第225話 噂の真相
大袈裟過ぎるのではないかと思ってしまうほどの堂々たる立ち振舞いで、エドガー国王は玉座から立ち上がり、俺たち一人一人に視線を送ってから言葉を紡ぎ始めた。
「トム、フィア、ラム、イグナールよ。其方らの活躍、誠に見事であった。僅か四人で四方の門を守り抜き、反乱を鎮圧した働きは感嘆の一言に尽きる。其方らが防衛戦に加わっていなければ王都は――いや、王国は滅亡していたかもしれぬ。心より感謝する」
こういった場合はどう返事をするのが正解なのか正直俺にはわからないが、それらしい言葉をチョイスするしかない。
「王都を守るために当然のことをしたまででございます」
半分は真実で、もう半分は嘘の言葉を俺は並べた。
俺が防衛戦に加わったのはあくまで知人に被害が出てほしくなかったが故の行動で、王都を守るというのはその延長線上に過ぎなかった。
無論、王都を荒らされたくないといった気持ちも少なからず持ち合わせてはいたのだから真っ赤な嘘を吐いているつもりはないが、褒章式の場でわざわざそれを口にする必要は全くないと俺は考えた。
「其方らは此度の反乱の鎮圧において最大の功績を挙げたと考え、その功績に相応しき褒美を与えよう。トム、フィア、ラム、イグナールの四名にはそれぞれ男爵位に加え、『ルージュ』の姓を名乗ることをここに認める」
姓を与えるなんて話は事前に聞き及んでいなかったため、若干困惑してしまう。だが、そもそも偽名に姓が加わったからといって特段影響はないだろう。
これからはトム・ルージュと名乗らなければならない点を考えると面倒な気がしないでもないが、まぁ気にするほどではない。
それよりも気になるのは、血縁関係が全くないにもかかわらず、俺たち四人全員が『ルージュ』という姓を名乗るのはどうなのかといった疑問である。
これはあれだろうか。エドガー国王が勝手に俺たち四人を兄弟または家族という設定にしたということなのかもしれない。
まぁ何にせよ、決まってしまったことをいつまでも考えていても然程意味はない。そのため、さっさと頭を切り替えてエドガー国王の話の続きに耳を傾けることにした。
「さらに其方ら四人には、それぞれ金貨二千と『自由権』を与えることとする」
――『自由権』。
その単語がエドガー国王の口から出た瞬間、会場内はそれまで以上のざわつきを見せる。
「今、陛下は『自由権』と申したか!?」
「……ああ。違いない。『自由権』といえば、アーデル・ベルナール男爵だけが持つ特権中の特権。まさかあの四人を陛下がそこまで評価されるとは……」
「……何とも羨ましい。税の完全免除ともなれば、その恩恵は計り知れぬぞ」
王都の冒険者ギルドでギルドマスターをしている、あのアーデルさんが『自由権』を持っていた事実にも驚きだが、それよりも『自由権』を与えられることになった俺たち四人への羨望の声が多く上がっていることに俺は驚いてしまっていた。
確かに税金が免除されることは大きな利点かもしれない。
だが、そもそもの話、貴族ではなかった俺たちからしてみれば、元々支払う必要がなかった税金なのだ。免除されると言われても嬉しいとはあまり思えないのが正直なところだ。
その後、俺たちは各々エドガー国王から書状と勲章らしきメダルを貰い、褒章式は閉幕した。
褒章式が終わった後、俺たち四人は祝勝会が開催される時間まで、王城内にある一室で待機させられていた。
その部屋には俺たち四人に加え、エドガー国王とその娘であるアリシアまでもが何故か同室していた。
「主よ、もう帰ってもいいか? 私は既に疲れ果てたぞ……」
部屋に着くなり仮面を外し、柔らかなソファーにダイブしたフラムは、開口一番そんなことを言い始めた。
「いや、褒章式は終わったけど、まだこの後には祝勝会が残ってるからね」
「どうせ欲にまみれた人間共が寄ってたかってくるだけだと私は思うぞー? 私たちの武力は他者から見れば喉から手が出るほど魅力的なものであろうからなー」
フラムの口調は精神的な疲れと人に対する呆れが混在したような投げやりなものであった。
そんなフラムの言葉に返答したのは、一人掛けのソファーにゆっくりと腰を掛けたエドガー国王だった。
「可能性はゼロとまでは言い切れないが、そこまで酷く迫ってくる者はいないはずだ。何せ、コースケたちは『国王の懐刀』だと噂されているくらいだしな。俺の反感を買いかねない行為をするほど馬鹿な者は反王派貴族が粛清された今、そうそう現れないだろう。まぁコースケたちと縁を結びたいが為に接触してくる者は少なからずいるかもしれないが、そこは我慢してくれるとありがたい。その代わりといってはあれだが、最高級の肉を使った料理をいくつも用意させている」
「むっ! その言葉に嘘偽りはないな!?」
むくっとソファーから身体を起こしたフラムは真剣な眼差しをエドガー国王に向ける。明らかにフラムはエドガー国王の思惑通り、肉料理に釣られていた。
「ああ。フラムの舌を満足させられると思うぞ?」
「ならば許す。主よ、私は料理を食べることに集中する故、人間共の対応は任せるぞ!」
「あ、うん……」
完全にフラムの気迫に押し負けた形になってしまったが、祝勝会でフラムが暴れ出すよりかは余程マシだと開き直ることにし、俺は静かに佇んでいたアリシアに話を振ることにした。
「そういえば、褒章式ではいなかったアリシアがどうしてここに?」
「祝勝会には出席することになりましたので、先に先生方にご挨拶を、と」
王女という立場にありながら、相変わらずアリシアは律儀な性格をした王女様なんだなと考えながら、本当にエドガー国王の娘なのかと失礼な事を考えてしまう俺がいた。
「わざわざありがとう。お礼に、また今度俺たちの屋敷に来た時には稽古をつけるよ。地獄の特訓を経て、俺も自分がどれだけ強くなったか腕試しをしてみたいしさ」
「是非ともよろしくお願い致します。ですが、地獄の特訓とは一体どんなものなのでしょうか? 私も出来ることなら受けてみたい――」
「――これだけは断言出来る。絶対に、絶対にやめた方がいい。確実にフラムに殺されるよ……」
アリシアの言葉を途中で遮り、やめた方がいいと強く念を押す。
自惚れているわけではないが、俺ですら何度も死ぬ思いをしたのだ。到底アリシアが耐えうるとは思えない。
「フラム先生に殺される……ですか? フラム先生の実技訓練は素晴らしいものだったと記憶していますが……」
「そうだぞ、主よ。私ほど的確に指導できる者はそうはいないぞ? ディアとイグニスからも何か言ってやってくれ」
「わたしからアリシアに忠告できることは一つだけ。こうすけの言うとおり止めた方がいい」
「ぬっ?」
「フラム様からご指導して頂けるともなれば、大変栄誉なことでございますが、おそらく並大抵の人間では耐えられないかと」
「ぬぬっ?」
フラムを盲信しているイグニスでさえも、フラムの地獄の特訓にアリシアがついていけないと判断したことから、その危険性は証明されたも同然だ。
「そうですか……。本当に残念です。多少の怪我であれば、近日教会から販売される予定の『治癒の薬』でどうにかなると思っていたのですが……」
「――えっ!?」
思わぬ情報が突然アリシアの口から飛び込んできたことに驚きが隠せず、つい俺は立ち上がって大きな声を上げてしまっていた。
「……? どうかされたのでしょうか?」
俺が大声を上げた理由がわからなかったのか、アリシアは首を傾げながら瞼を瞬かせている。
「今、教会から『治癒の薬』が販売されるって言った?」
「は、はい。そうですが、それがどうかしましたか?」
「……あ、驚かせちゃったかな。ごめん。実は知り合いの商人から『教会が画期的な代物を販売するかもしれない』っていう噂話を聞いていたから、つい……ね」
「そうだったのですか。てっきり周知されている情報かと思っていたのですが、どうやらそうではなかったようですね。お父様はご存知でしたか?」
「いや、俺もアリシアと同じ認識だったが、耳聡い商人ですら知らなかったともなると、教会は商品について秘匿しているのかもしれないな。俺は教会から『治癒の薬』の販売許可を直訴されていたから知っていたが」
「え? 商人ギルドにではなく、わざわざ国王様に、ですか?」
通常、商売を始める場合には商人ギルドに申請を行い、一定の金額の支払えば基本的には誰でも商品の売買が出来る仕組みになっているはずだ。にもかかわらず、何故教会は商人ギルドを通すことなく、エドガー国王に直訴したのかといった疑問が残る。
「ああ。だが、この手の申請はそう珍しいことじゃないぞ。ラバール王国内で生産できず、他国から定期的に商品を輸入し販売するとなると、俺の許可が必要になるからな。勿論、行商人などが行う一時的な販売については商人ギルドに一任しているが」
つまり、教会が販売しようとしている『治癒の薬』は国外で生産されているということになる。だからロンベルさんの情報網に引っ掛からなかったのかもしれないと、俺は一人納得する。
『治癒の薬』の効果がどれほどのものなのかはわからないが、確かに治癒魔法のように瞬時に怪我を治せるのであれば『画期的な代物』と呼べるだろう。
販売された暁には、試しに買ってみようと俺は心の内で決心したのであった。
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