第184話 不運な偶然
「馬鹿なッ! まさか街道を通ったわけではなかろうな!?」
反王派貴族による王都襲撃計画は王派貴族に気づかれないよう行動しなければならなかった。そのため、慎重に慎重を重ね、人の行き来が多い街道を通ることは禁止されており、基本的には獣道などを通ってこの日に王都で合流することになっていたのだ。
無論、道中にある王派貴族領の町や都市に入ることも近づくことも禁じられていた。
だが、兵士からもたらされた今の話が事実であるとするならば、どうしてか南方貴族軍は発見されてしまったとのこと。
発見されてしまった原因があるとすれば、それは南方貴族が禁止事項を破ったのではないかとシプリアン・ギグー男爵は考え、激昂したのであった。
「そ、そのようなことはございません! 我ら南方貴族軍は王派であるシャレット伯爵領を必ず通らなければならないことを十分理解した上で綿密に移動経路を模索し、行動しました! ですが――」
シプリアンに怒りの感情をぶつけられながらも、兵士は発見された経緯の説明を行う。
王都から南南東に位置する広大な土地にシャレット伯爵領が広がっているため、南方貴族軍はどうしてもシャレット伯爵領を通らねばならなかった。
そのため、南方貴族軍はシャレット伯爵領の中で一番の大都市である商業都市リーブルを避ける経路で移動していたが、それにもかかわらず、南方貴族軍はシャレット伯爵軍に発見されてしまったとのことだった。
「それはつまり……計画が漏れていたということか?」
説明を聞いているうちに、僅かに冷静さを取り戻したシプリアンは周囲にいる他の兵に聞こえない程度の小さな声で疑問を口にした。
「いえ……相手の慌てようから察するに、偶然の可能性が極めて高いかと」
事実、シャレット伯爵軍が南方貴族軍を発見したのは偶然であった。
シャレット伯爵軍の目的は、ここ数日で数多くの発見報告が領民から寄せられていた魔物の討伐にあったからだ。
冒険者だけでは手が足りておらず、このままでは領民や農作物に被害が出てしまうのではないかと危惧したシャレット伯爵が私兵を投じた結果が南方貴族軍の発見に至ったのである。
「偶然の遭遇であるなら、相手の兵数などたかが知れているのではないか? 一息で殲滅してしまえば間に合ったはずだ」
「確かに兵数だけを比較すれば、こちらの方が数倍は上だったと思います。ですが、遭遇した場所が最悪でした」
遭遇した時の詳細を兵士は続ける。
南方貴族軍がシャレット伯爵軍と遭遇した場所は、最悪なことに河川の対岸だった。
大河とまではいかないが、それなりに川幅は広く、流れが速い川で、橋を渡らなければ対岸を渡ることはほぼ不可能。
兵力差に物を言わせて橋を渡ることも、橋の造りや幅から難しく、川を挟んで睨み合いを続ける他なかった、とシプリアンに説明を行う。
「勿論、ただ睨み合いをしていた訳ではありません。シャレット伯爵軍に気付かれぬよう徐々に兵を割き、別の橋からこちらに向かう手筈となっています。かなりの遠回りをしなければならないため、歩兵がこちらに合流するには数日はかかってしまいますが、騎兵隊だけであれば早くて半日程度で合流出来る可能性もあるかと」
説明を全て聞き終えたシプリアンは大きく舌を打ち、不満を露にする。
騎兵隊でさえ合流するのに半日を要するとなれば、増援など待ってはいられない。
何より、騎兵隊の数などたかが知れている。加えて、例え騎兵隊が合流しようとも、この季節外れの猛吹雪を打破することなど到底不可能。
シプリアンからしてみれば、現在最も欲している部隊は魔法が使える部隊であり、機動力に重きを置く騎兵隊は不要だった。
既に開戦してから一時間近くが経ってしまっている。
他の戦場の様子はわからないが、これ以上の遅れはシプリアンの立場を考えると許されるものではない。
ただでさえ男爵という低い地位にあるシプリアンが臨時とはいえ指揮官を任されているのだ。
ここで結果を出さなければ、例え王都を陥落させ、ジェレミー・マルク公爵の計画が成功したとしても、明るい未来は閉ざされてしまう。
最悪なパターンは自身が任されている南門以外が陥落してしまうことだ。もしそんなことになってしまえば、無能の烙印が押されてしまうことは明らか。
それだけは絶対に避けなければならないと意を決したシプリアンは決断する。
「今一度後退し、兵を半数に割る。そこで衣類を半数の兵に全て渡し、再度南門を攻めるぞ」
シプリアンが考えた策は二千の兵から精鋭千人を選抜し、選ばれなかった千人の衣服を全て精鋭千人に譲渡し、寒さを凌ぐといったものだった。
しかし、否定的な意見が続出する。
「半数で南門を落とせと仰るのですか! それは幾らなんでも不可能です!」
「千人ともなると、南門を守る王国騎士団と兵数がほぼ同じとなってしまいます! 同数で攻城戦を行うなど、無謀と言わざるを得ません!」
否定的な意見にうんざりしつつも、シプリアンに作戦を変更する意思は一切ない。
シプリアンは兵たちに黙るよう厳しい眼差しと手振りで制し、説明を続ける。
「まだ説明は終わっていない。最後まで話を聞け。千人だけで南門を落とすことがどれほど困難であるかなど重々承知している。それに残りの千人をただ待機させるわけがなかろう」
「では、残りの千人はどうなさるおつもりでしょうか?」
「簡単な話だ。衣服が足りないのであれば調達してくれば良い。残った千人は近場の村や町でありったけの衣服を集めてこい。ここは王国で最も栄えている王都だ。近場に町や村など幾らでもあるだろう」
シプリアンの言う『調達』とは、金銭のやり取りで衣服を手に入れるという意味ではない。
その意味するところは――『略奪』。
町や村を襲い、奪い取る。
無論、そこに住まう民たちは抵抗するだろう。
しかし、ただの平民が日々訓練を行っている軍人に勝てるようはずもない。
一秒でも時間が惜しいと考えるシプリアンからすれば、これ以上簡単に衣服を手に入れる方法はそれ以外には思いつかなかった。
シプリアンの言葉の意味を履き違える者はこの場にはおらず、その話を聞いた者は驚きの表情と共に、シプリアンを諌めようと声を張り上げる。
「お待ち下さい! 略奪行為はマルク公爵閣下から禁止されていることをご存じではないのですか!?」
「知っているが、それがどうしたというのだ。最優先されるべきは王都を陥落させることにある。例え禁止されていようが、王都を落とすために必要であったと説明すれば、マルク公爵も理解してくださるはずだ」
諌めようとしてくる者をシプリアンは持論を展開し、黙らせる。
だが、シプリアンの解釈は自身に都合の良いようにねじ曲げていた。
そもそもジェレミーが略奪行為を禁止したのは、王都襲撃が成功し、ジェレミーが王国を統治していく中で、民への理解が必要不可欠であると判断したからに他ならない。
関係のない民に手を掛けたと王国中に知れ渡れば、例え玉座についたとしても民からの理解は得られず、新たに生まる王国の統治が面倒で困難なものとなってしまうからこそ、略奪行為を禁じていたのだ。
確かにシプリアンの言葉通り、最優先事項は王都を陥落させることにあるが、シプリアンが略奪行為を働いたとジェレミーが知れば、シプリアンは確実に罰せられる。
だが、功を焦るシプリアンはそこまで考えが至らず、諌める兵士の言葉を無視し、命令を下す。
「ですが……」
「もう良い! 大人しく私の命令に従うのだ! さもなくば――」
シプリアンの言葉が最後まで発せられる前に、別の兵士から緊急事態を報せる声が上がった。
「前方から何者かが近づいて来ております!」
「……何だと? 数はどれほどだ?」
「数は二つ! 吹雪で視界が悪いため、確実ではありませんが、確認出来る限りでは二つだけです!」
視界不良で前方から近づく者の顔は確認出来ず、見えるのは二つのシルエットだけ。
そして、謎の二つの影が近付いた時点で、シプリアンの命運は尽きたも同然であった。
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