第156話 比翼連理
「――火を灯せぇぇ!」
拡声器の魔道具で告げられた一声に兵士たちが呼応し、王都の外壁を取り囲むように設置された松明に、次々と火がくべられていく。
後一時間もしない内に夜が訪れる時刻。そして、その後一時間とは魔物が王都に到着すると予測されている時間でもあった。
―――――――――――――
「……後一時間か。オーバン、騎士団や冒険者たちの配置はどうなってる?」
会議室に設置された時計を確認したエドガー国王は、宰相であるオーバン・クール侯爵に兵の配置についての進捗状況を確認する。
つい先程、魔物襲来の対策会議は終了し、現在この部屋にはエドガー国王とクール侯爵だけが残っていた。
「滞りなく。しかし陛下、本当に近衛騎士団まで配置してよろしかったのでしょうか? 今ならまだ再配置も可能性ですが」
エドガー国王は魔物の襲来に対し、自身を守るための盾である近衛騎士団を出撃させていた。
その総数は約千人。
国王の護衛のために近衛騎士団があるにもかかわらず、一兵たりとも王城に騎士は残していない。
それは近衛騎士団副隊長であり、エドガー国王の懐刀であるダニエル・オードランも例外ではなかった。
「問題ない。俺を守るために騎士を割いてる状況じゃないしな。それに……」
ここでエドガー国王の言葉が途切れたが、クール侯爵はその言葉の続きを口にした。
「近衛騎士団隊長ジスラン・バルテル……でしょうか?」
「――ああ」
近衛騎士団隊長ジスラン・バルテル。
ジスランは近衛騎士団隊長という地位にありながら、反王派に属していると、上層部では認知されている。
その理由としては、ジスランがマルク公爵家の遠縁にあたることに起因していた。
無論、今まで近衛騎士として勤めている間に表立った問題は起こしていない。
しかし、過去の実績から信用の置ける人物かと問われれば、それは否である。
いくら勤勉でいようが、マルク公爵家との繋がりがある時点で信用などすることは出来ない。
何より、ジスランを近衛騎士団隊長に任命することを支持した家こそ、マルク公爵家を中心とした反王派貴族であった。
ジスランが隊長に任命された当時は、反王派が大きな影響力を持っていたがために、人事権を握られてしまい、ジスランが隊長に任命されたという経緯があったのだ。
王派に出来た事と言えば、ダニエルを副隊長に捩じ込むくらいのことだけ。
そのような過去があったため、エドガー国王は常日頃からダニエルばかりを側につけていた。
「確かに、あの者を陛下の側に居させるくらいなら、戦場に送り込んだ方が陛下の安全が確保されるかもしれません」
「まあな。だが、俺に護衛をつける余裕が無いのも事実だ。東西にしかSランク冒険者が配置出来なかったからな……。完全に人手不足だ」
「Sランク冒険者の配置についても、私は疑問を持っているのですが、何故東西に配置を? 最も多くの魔物が押し寄せてくる北に配置をした方が良いかと思うのですが」
魔物の襲撃に備えた現在の配置は、東西にSランク冒険者を主軸とした冒険者と傭兵が置かれ、南には王国騎士団の半数が配置されている。
そして最後に激戦が予想される北には、近衛騎士団と残り半数の王国騎士団が魔物を討つべく配置についていた。
「俺の考えすぎかもしれないが、少し思うところがあってな……。それに、東西の魔物を片付け終えた際には、Sランク冒険者が南北へ援軍に来ることになってるし、問題はないだろう」
マルク公爵がクーデターを起こす可能性があるというのはエドガー国王の憶測でしかない。
ここでクーデターの可能性について話せば、余計な混乱を招きかねないこともあり、曖昧な表現で誤魔化す。
「陛下に何かお考えがあるのでしたら、私としては異論はございません。ですが、念のために北方の監視は厳にしておきます」
「何か動きがあり次第、報告してくれ」
「かしこまりました。陛下」
――――――――――――――――
完全に日が沈み、暗闇が王都を包み込んだ。
光源は松明から燃え上がる炎と夜空に煌めく星々のみ。
普段の王都の夜であれば、外壁の外に出てしまえば、聞こえる音は虫の鳴き声くらいなもの。
しかし、今夜は違う。
周囲の森から、風の仕業とは違うざわめきが聞こえてくる。
次第に木々が揺れる音だけではなく、大量の何かが移動したことによる地響きが近寄ってくるのを兵士の誰もが感じ取っていた。
そして――数えきれない程の魔物が姿を見せる。
「――魔物を確認! 迎撃準備!」
けたたましい鐘の音が王都中に鳴り響く。
最初に魔物が現れた方角は東だった。
「やっと魔物が来たみたいだよ? エルミール
「そうみたいね。待ちくたびれてしまっていたところよ。エドワール」
大量の魔物が現れたにもかかわらず、瓜二つの男女は軽口を交わしながら、微笑み合う。
ライトブルーの髪色をした男女は十代前半にしか見えない幼い外見をしているが、実際は二十歳を超えた一流の冒険者である。
Sランク冒険者パーティー『比翼連理』。
双子の姉弟だけで構成された『比翼連理』は、息の合った連携に加え、個々でさえ圧倒的な実力を誇る、ラバール王国随一の冒険者パーティーである。
その圧倒的な実力を冒険者ギルドに認められ、依頼によっては設けられている人数制限を解除されるほど実力者。
そんな二人は今回の魔物襲来の防衛に駆り出されていた。そして、東の主力として周囲から期待され、先陣も任されていた。
「それなら早く始めようよ。エルミール姉様」
「そうね。派手に血の華を咲かせましょうか。エドワール」
姉のエルミールからの許可が下りた弟のエドワールは、玩具を前にした子供のような笑みを浮かべながら、地面に落ちていた拳大の石を拾い、それを軽く振りかぶって投げた。
すると、軽く投げた石があり得ない程のスピードで魔物の大群の中へと飛んでいく。
「暗くて当たったのか、わからないよ。エルミール姉様」
「仕方ないわよ。それは日が昇ってからのお楽しみにしておきましょう? エドワール」
「うん! そうするよ! エルミール姉様」
「それじゃあ、本格的に始めましょう。魔物の蹂躙を――」
その言葉を合図に、二人は真の力を解放した。
二人の周囲に、数多くの大小様々な石が宙に浮かび、そしてその石を魔物の大群へと放つ。
石は音速を超え、目にも留まらぬ速さで魔物のいる方向へと消えていく。
「「――グェェェッ!!」」
「「――キィィィッ!!」」
石の飛んでいった方向から、魔物たちの様々な叫び声が上がる。
「当たったみたいだよ! エルミール姉様!」
「まだまだ沢山魔物はいるわ。とっても楽しめそうね。エドワール」
そこから東側では『比翼連理』の二人による蹂躙劇が幕を開けることになった。
二人から放たれる石の弾幕があまりにも厚いこともあり、他の冒険者や傭兵たちがほとんど手が出せない。それほどまでに激しい攻撃が幾度となく繰り返される。
そんな双子の姉弟が持つスキルは全く同じもの。しかも
その二つのスキルとは――
英雄級スキル『念動力』、そして『多重加速』の二つである。
『念動力』で地面に落ちている数多の石を操り、それを『多重加速』によって音速を超えた速度で放つ。
単純な能力の組み合わせではあるが、それ故に制御は容易く、魔力効率も良い。
特に今回のような開けた場所かつ大群を相手にした戦いでは、無類の強さを発揮することが可能となっている。
「――ああ。楽しいわね。エドワール」
「本当に楽しいよ。エルミール姉様」
こうして、一番始めに東側で戦闘が始まり、次第に王都を囲むように全方角で戦闘が始まるのであった。
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