第139話 鎧袖一触
とてもではないが立派とは言い難い造りをした木製の門を俺は片手で押し開け、堂々と宿場町ロージの中へと足を踏み入れた。
町に入ると同時に『
俺は普段、『神眼』の常時発動はしていないのだが、それには理由があった。
それは脳への負担が大きいことに他ならない。
仮に大勢の人がいる場所で使用した場合、数多くの情報を解析し、視界に映し出してしまう。そうなると情報を処理するために、脳がフル回転を余儀なくされ、激しい頭痛が俺を襲ってくるのだ。
そのため、必要な場面以外では『神眼』を使用していなかったのだが、今回は頭痛を押してでも吸血鬼を見分けるために使用する必要があると俺は判断をしたのだった。
しかし、頭痛の心配は杞憂に終わる。
「まだ明るい時間だっつうのにほとんど人がいやがらねぇ」
ブレイズの言葉通り、周囲を見渡してみても人の姿がほとんど確認できない。両の手の指で事足りるほどだ。
そして何より異常だと思えるのは、全員が全員、下を向きながら歩いている点にある。
まるで誰とも目を合わせたくないといった雰囲気すら醸し出していた。
普通、町の門から冒険者らしき人物が六人も入ってきたのであれば、多少なりともそちらに視線を向けようとするだろう。ましてや、吸血鬼に支配されてしまっている町の状況を考慮すると、なおさらだ。
「……そうね。しかも誰一人として、こっちを見ようともしていないわ。もしかして、私たちが冒険者だと思われてないってことはないわよね?」
レベッカが疑問を持つのも仕方がない状況と言えるだろう。
吸血鬼によって支配されている町に冒険者が来たのだ。助けを求めべく、俺たちに声を掛けてくる者が一人もいないというのは些かおかしい。
「俺たちは完全武装してるんだぜ? それはねぇだろうよ。まぁうだうだ考えていたって仕方ねぇし、話を聞けば一発だろ」
ブレイズが即座に行動に移り、近くにいた四十代前後と思われる男性に声を掛ける。
「すまねぇ。少し話を聞かせてもらいたいんだが――」
言葉遣いこそ丁寧とは言えるものではなかったが、無難な会話の切り出し方でブレイズが声を掛けると、男性は怯えた表情を見せてから、何も言葉を発さずにその場から走り去ってしまった。
「……どういうことだ? 明らかに避けられてたよな?」
「アンタの態度のせい……ではないでしょうね。それに周りを見てみなさい。他の人たちもどこかへ行ってしまったわ」
只でさえ、外を出歩いていた者が少なかったにもかかわらず、ブレイズが男性に話し掛けた途端、他の者たちも周囲から姿を消してしまっていた。
話し掛けられると何かまずい事情があるのかもしれない。
「おいおい……。これじゃあ、何の情報も手に入りやしねぇじゃねぇか。コースケ、どうするよ?」
「『気配探知』によると、人の反応がそこら中の建物からあるんだけど……流石に押し入るわけにはいかないし、町長の屋敷に行くしかないかな」
問題は町長の屋敷がどこにあるのかという点だが、それについてはさして問題にはならないはずだ。
吸血鬼に拐われた人々が町長の屋敷に捕らわれているとなると、その屋敷が大きいだろうことは容易に想像がつく。
それなら、手当たり次第に大きな建物に近づき、『気配探知』で人の気配を捕捉すればいいだけの話だ。
「やっぱそうするしかねぇわな。ただ、問題は吸血鬼がそこに全員いるかどうかだが……」
「全員はいないと思って行動した方がいいと思う。でも、人質さえ解放してしまえば、その後はどうとでもなるよ」
町の入り口で衛兵に成りすましていた吸血鬼がいた点を考慮すれば、全ての吸血鬼が一ヶ所に留まっているとは考え難い。
けれど、俺としては吸血鬼を探すのに多少の面倒臭さを覚えるだけである。
人質さえ解放出来れば、後は吸血鬼を一体一体見つけていき、討伐するだけで済む。
いくら吸血鬼がSランク指定の強力な魔物とはいえ、俺からしてみれば大した敵ではない。
「後はどうとでもなるって……。コースケは吸血鬼のことを少し甘く見すぎじゃないかしら? コースケがどれほどの実力を持っているかはわからないけど、簡単に倒せるような魔物ではないわよ」
「忠告はありがたいけど、大丈夫。心配はいらない――っと、前から歩いてくる二人組の男……あいつらは吸血鬼だ」
今まさに話題にしていた吸血鬼が前方から現れた。
服装は町民が着るような質素なもので、さらに武器を一つも所持していないため、『神眼』を使用していなければ気づくことは出来なかっただろう。
「……悠長に会話している場合じゃなさそうね。それで、どうするの?」
「相手は二体だし、俺とフラムで対処するよ。フラム、準備はいい?」
「問題ない。いつでも行けるぞ」
「じゃあフラムは左の奴を頼むよ。騒ぎにならないよう、迅速に仕留めよう」
「任せよ」
俺とフラムは呼吸を合わせ、目にも留まらぬ速さで吸血鬼との間合いを詰める。
しかし、吸血鬼に焦る様子は見受けられない。おそらく、最初から俺たちのことを排除しようとでも考えていたのだろう。
二体の吸血鬼は俺とフラムが動き出すと共に両手の爪を伸ばし、迎撃を行えるよう身構える。だが、俺たちからしてみれば無意味な行為だと言わざるを得ない。
唯一、吸血鬼が助かる道があったとすれば、それはただただ全力で逃げるという選択肢のみ。迎撃を選択した時点で吸血鬼の命運は決まった。
俺は紅蓮を鞘から引き抜き、吸血鬼との間合いを詰めきる前に一閃。
紅蓮の刃は『
――空間と空間の接続。
正直に言ってしまえば、俺は最初の立ち位置から移動することなく、吸血鬼の背後から襲いかかることもできた。けれども、距離が離れれば離れるほど精度を欠いてしまう恐れがあったため、ある程度間合いを詰めたのだ。
紅蓮の刃はあっさりと吸血鬼の首から上を切り落とし、吸血鬼に声を上げさせる暇すら与えずに仕留めたのだった。
そしてフラムはというと――どうやら既に戦いを終えていたようだ。
フラムの相手であった吸血鬼は頭の上から真っ二つに両断されており、誰の目から見ても絶命していた。
その後、俺とフラムは皆の下へと戻り、例によってフラムは吸血鬼から浴びた大量の血をディアに処理してもらっている中、『新緑の蕾』の三人は呆然と俺とフラムの姿を見つめた後、口を開く。
「……コースケ。お前……どうやって吸血鬼を殺ったんだ?」
「……斬撃を飛ばした? でも、それだと普通なら吸血鬼の首は後ろに落ちるはず……」
「……えない」
ブレイズとララは驚いた表情を浮かべながらも、俺がどのように吸血鬼を倒したのかに興味を惹かれているようだ。それに対してレベッカは、先程の戦いの光景が信じられないといった様子で、何やら小さな声で呟いていた。
「斬撃を飛ばしたりなんてことはしてないよ。ただ単純に吸血鬼の背後から攻撃をしたってだけ」
「それだと辻褄が合わねぇ。コースケが吸血鬼の正面から剣? を振っていたのをしっかりと俺は見たぜ?」
「……剣先の転移?」
ララは俺のヒントとも言えない言葉を元にほとんど正解へとたどり着いていた。
正しくは転移ではなく、空間の接続なのだが、その二つに大した差違はないだろう。
「ララはコースケが剣を転移させたっつうのか? そんなスキルなんざ今まで聞いたこともねぇぞ」
「私も聞いたことがない。……でも、そうとしか説明ができないのも事実」
二人は俺に視線を向け、答えを知りたがっている様子を見せるが、今は少しでも時間が惜しい。なんせ、吸血鬼を町中で倒してしまったのだ。他の吸血鬼にこのことが知られてしまうのも時間の問題だと言えよう。
「それについては、この町の問題が片付いてから説明するよ。それよりも一秒でも早く町長の屋敷を探しに行こう」
「……まぁそうだな。さっさと次に行くか」
渋々といった様子ながらもブレイズは俺の言葉に同意を示し、俺たち六人はこの場から離れ、町長の屋敷を探すことにしたのだった。
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