第138話 捕らわれた町民
「コースケたちの意思は固まっちまったみてぇだな。――なら俺たちも覚悟を決めるしかねぇか。後輩冒険者を見捨てるなんてダセェ真似はできねぇしよ」
俺たち『紅』の宿場町ロージを救うという決意表明を聞いたブレイズは、やや困った表情をしながら同行を申し出るが、レベッカは納得がいかない様子で反論を口にする。
「アンタ本気なの? 町の中がどうなってるのかもわからないのよ? それにララの身が危険に晒される可能性だってあるってのに」
「町の中の様子は今からそこにいる衛兵から聞くとこだっただろ。それにな、ララだってSランク冒険者だぜ?」
「兄さんの言う通り。私だって、いつまでも二人に守られてばかりじゃないよ。自分の身は自分で守れる」
ブレイズはあたかもララの心配はいらないといった風な体裁を取り繕ってはいるが、実際に危険な場面にララが陥った場合には身を挺して守りきるつもりでいるはずだ。
何より、ララの直接戦闘能力はSランク冒険者の中でも低い部類に入る。
ここまでの旅路で俺が見てきたララの戦闘スタイルは主に支援系魔法での補助がメインであった。
無論、攻撃手段が皆無というわけではないが、基本的には後方からブレイズやレベッカに能力向上系の魔法を付与する、所謂『バッファー』の様な役割を担っていた。
「ララ……本気なのね。――……あぁもう! わかったわよ! た・だ・し! 私が本当に危険だと判断した時にはララを無理矢理にでも連れて町から離れるわよ?」
「うん。わかった」
「なら決まりだな。コースケ、時間を無駄に使っちまって悪かった。さっさと衛兵の話を聞かせて貰おうぜ」
後四時間もすれば日が沈んでしまい、吸血鬼の本領が発揮出来る時間帯となってしまう。これ以上、時間を無駄にすることは好ましくはないと言える。
加えて、未だに町の中にいる者たちにこの場の様子は気付かれていないようだが、いずれは気付かれてしまう恐れもあることから、時間的な猶予は然程残されてはいないと考えるべきだ。
「この町で何が起きたのかを手短に教えて欲しい」
「は、はい。実は――」
衛兵の青年曰く、宿場町ロージが吸血鬼の手によって支配されるようになったのは一週間ほど前からとのこと。
事の発端は二週間前に遡る。
一体の吸血鬼が町に出入りし、人間を誘拐していることが発覚したことで、町長が大々的に町民にこの事実を発表し、町の警備を強化した。
この時点で町長は既に冒険者ギルドへの報告と依頼の申請していたため、町民の間では事件が解決されるのは時間の問題だと思われていたらしい。
――しかし、そうはならなかった。一つの誤算によって。
その誤算とは吸血鬼が一体だけではなかったことにあった。
しかも最悪なことに、発見されていなかった吸血鬼たちは警備を強化する前から町の中に旅人として既に入り込んでいたのだ。
宿場町という性質上、見知らぬ人間が町を出歩くことは全くもって珍しいことではなく、その性質が致命的な事態を引き起こしてしまった。
警備を強化したにもかかわらず、犠牲者の数が増える一方だったことに業を煮やした町長は、この町に滞在していた全ての人間の取り調べを衛兵に命令し、実行させた。
その結果、取り調べを始めてから僅か一日で一体の吸血鬼の発見に至った。――いや、至ってしまったのだ。
吸血鬼を見つけること自体は至極簡単なことだった。
町長が大々的に、吸血鬼がこの町に出入りしていたことを発表したおかげで、町民以外の多くの者たちが町を去っていたこともあり、取り調べを行う人数が少なかったのだ。
そして町民以外がこの町に入るためには身分証が必須だったため、身分証を所持していなかった一人の男が吸血鬼の疑いありと判断され、拘束された時に事件が起きてしまう。
取り調べを行っていた衛兵が殺害されてしまったのだ。
吸血鬼からしてみれば、正体が露呈してしまった以上、隠れる必要はない。
そしてその時点をもって、宿場町ロージの地獄が始まった。
正体が露呈してしまった一体の吸血鬼が次々と町民を殺し始めたタイミングで、その他にもいた吸血鬼たちも一斉に正体を露にしたのだ。
――その数、九体。
そこからさらに町の外にいた女の吸血鬼が加わり、合計十体もの吸血鬼がこの町に現れ、支配してしまったとの話だった。
「ありがとう。おかげで経緯はわかった。それで町の中の様子がどうなってるのかも教えて欲しい」
「わかりました。……現状では町民の八割は生き残っているはずです。ただし、自由は一切ありません。独り身の者を除き、家族を持つ者は人質として家族の中から一人、吸血鬼の監視下に置くために連れ去られてしまいました。もし吸血鬼共に逆らおうものなら、連れ去られてしまった家族が殺されてしまうため、逆らうことなど到底出来ないのが現状です……」
悲痛な表情と涙を浮かべながら、衛兵の青年は町の現状説明を行っていたが、ブレイズの次の一言によってギリギリまで保っていた感情の防波堤が崩壊してしまう。
「独り身の者はどうしてんだ?」
「……ひと……独り身の……者は……うぅッ……」
耐えきれなくなったのか、衛兵の青年は大粒の涙を流し、声を詰まらせてしまった。
反応から察するに、独り身の者は吸血鬼に殺され、そして喰われてしまったのだろう。
独り身の者には人質に取れる者が存在しない。もちろん親しい友人や将来を約束した者が人質に取られれば、独り身であろうと吸血鬼に従う者もいたはずだ。
しかし吸血鬼たちはそうは考えなかったのか、はたまた逃げられるリスクが僅かにでも残る者を監視する手間を惜しんだのかはわからないが、真っ先に自らの糧にすべく、殺したのだろう。
その光景を想像をするだけで腸が煮えくり返る思いになる。
このまま放置してしまえば、次は独り身の者だけではなく他の者にも手をかけるだろうことは火を見るより明らかだ。
「……そんな事は絶対にさせない」
声に出すつもりはなかったが、小さくそう呟いてしまう。
気が付くと俺の拳は血を流さんとばかりに強く握りしめられていた。
「こうすけ」
俺の強く握られた拳にディアはそっと手を重ね、冷静さを取り戻させるかのように優しく声を掛けてくれる。
そのおかげで若干の冷静さを取り戻した俺は、ゆっくりと手の力を緩め、大きく深呼吸を数回繰り返す。
「……ふぅ。ありがとう、ディア。少し力が入り過ぎてたみたいだ」
「うん。それよりもこれからどうするの?」
ディアから今後の方針を問い掛けられるが、既に俺の中では決まっていた。
――誰一人として殺させず、この町を救う、と。
「これ以上の犠牲者は絶対に出させない。だから――全力をもって吸血鬼を倒す。フラムも手加減をする必要はない。もちろん町にはなるべく被害を出さないように、だけど」
「承知したぞ。私の誇りに賭けて、主の命に従おう」
フラムは了承の言葉を告げると共に、足元から突如として現れた魔法陣から黒い大剣を召喚し、柄を掴み取った。
さらにフラムの髪色に変化が生じ始める。
魔武道会でルミエールと戦った際に起きた変化と同様に、真紅の長髪が炎のようなグラデーションを帯び、髪から赤い光の粒子が舞っていく。
俺はディアとフラムの準備が完了したのを確認し、ブレイズに一つの願いを口にする。
「ブレイズ、お願いがあるんだ」
「……なんだ?」
俺たち『紅』の纏う雰囲気が急激に変化したのを察したのだろうか、僅かばかりに緊張した面持ちでブレイズは応じた。
「これから見ることになる俺たち『紅』の戦いを誰にも話さないで欲しい。多くの人たちにあまり知られたくないからさ」
「……なるほどな。やっぱり実力を隠してたっつうことか。まぁこの依頼を受ける前からお前たちの実力を疑ってはいたし、特段驚きはしねぇよ。それに『紅』の全力っつうのも見てみてぇからな、その願いを聞いてやるぜ。ララとレベッカもそれでいいな?」
「兄さんがそれでいいなら」
「私も構わないわよ。人の秘密を喋るような趣味はないもの」
ブレイズたち『新緑の蕾』の了承は得た。これで能力を制限する必要はなくなり、久方ぶりに全力を出すことができる。
「ありがとう。それじゃあ正面から堂々と中に入ろう。――っとその前に……」
俺はアイテムボックスから一枚の金貨を取り出し、衛兵の青年に手渡す。
「念のために渡しておくよ。しばらくはこの町から離れていた方がいいと思うから」
「あ、ありがとうございます……。吸血鬼たちに拐われた者は町長の屋敷に捕らわれています。どうか……どうか……町の皆を助けて下さい……」
「……ああ。必ず助けるよ」
最後に衛兵の青年と約束を交わし、俺たち六人は宿場町ロージへと足を踏み入れたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます