第136話 目的地

「地図によると、もう一時間もしないうちに目的地へ着くはずよ。皆、気を引き締めて」


 レベッカが地図を片手に道なき道を先頭で歩きながら、全員に警戒を促すが、その言葉に反してブレイズから茶々が入る。


「吸血鬼が来たときに爆睡してた奴に言われたきゃねぇよな? なぁ、コースケ?」


 反応に困るような話を振らないで欲しいと内心で思いながら、引きつった苦笑いでこの場を切り抜けさせてもらう。


「……ははは」


「それについては何度も謝ったじゃない! ……本っ当、アンタって性格悪いわね。だから彼女の一人も出来ないのよ」


「俺はあえて作ってねぇだけだっつうの! そもそも俺にはララを見守るっつう崇高な使命があるから、それどころじゃねぇんだよ」


「崇高な使命とか言ってるけど、それはただの変態シスコン野郎ってだけじゃないの! 一緒にいる私まで変な目で見られるんだから――」


  『気を引き締めて』という言葉は一体全体どこへいってしまったのか。

 歩きながらも延々と痴話喧嘩を繰り返す二人。仲が良いのか悪いのか、さっぱりわからない二人だが、幼馴染みなだけあって仲は良いはずだ。絶対にそのようなことは認めようとしないだろうが。


「兄さん、レベッカ。落ち着いて」


 ブレイズとレベッカの痴話喧嘩を止めることが出来るのはララくらいなもの。そのことをララ自身も自覚しているようで、しっかりと仲裁に入る。

 そしてララ至上主義者であるブレイズは大人しくせざるを得ず、不完全燃焼といった様子ながらも矛を収め、レベッカも同様に矛を収めた。


 一悶着はあったが、俺たちは予定していた時間より早く目的地へ到着できそうだ。

 依頼の目的地はラバール王国とマギア王国を隔てる巨大な山脈の麓付近。

 現在いる場所は森に囲まれ、現在位置の把握こそ難儀しているが、進行方向には山脈の姿がしっかりと見て取れているため、然程の誤差はないと思われる。

 本来であれば、もう少し到着まで時間が掛かってしまうと出発前の段階では思われていたが、幸運な事に魔物との遭遇がこれまでとうってかわってほとんどなかったこともあり、順調に目的地へ進むことが出来ていた。


「こうすけ、ちょっと聞きたいことがある。……いい?」


 先頭を歩く『新緑の蕾』の三人には聞こえないほどの小さな声で、ディアは唐突に疑問を投げ掛けてきた。

 俺は首肯で応じ、話の続きを促す。


「今回の依頼って誰が冒険者ギルドに依頼したの?」


「それはもちろん被害に遭った人たちだと思――」


 思う、と言い掛けたところで俺の中で疑問が膨らんでいく。

 ――誰が依頼を出したのか、と。

 依頼を出した者がつい先日までいた村にはいないことは確か。そうでなければ、失踪事件の原因がわからないなんてことにはならないからだ。

 ともなると、今回の依頼主はあの村以外の人間ということになる。なら、その依頼主は一体どこにいるのだろうか。


 俺は疑問を解消するべく、ブレイズに声を掛ける。


「ブレイズ、聞きたいことがあるんだけど、今回の依頼の依頼主が誰なのか教えて欲しい」


「ん? 依頼書を見てなかったのか? 依頼主は確か、宿場町ロージってところの町長だったはずだぜ」


 依頼書には依頼主が誰なのか表記されているのだが、俺は依頼を受ける前に依頼主を確認するという習慣がなかったため、今の今まで依頼主のことをすっかりと忘れてしまっていた。


「宿場町ロージ? ロージの場所はもしかして……」


「……ああ。吸血鬼がいるっつう場所に一番近い町だ」


 知りたくはなかった情報がブレイズからもたらされる。

 俺たちが一泊したあの村でさえ、八人もの被害者が出ているのだ。おそらく宿場町ロージの被害はそれを遥かに上回るだろうことは想像に難くない。

 犯行が露呈しないように吸血ヴァンパイア王女・プリンセスがあの村で行った『邪眼』を用いた思考誘導での誘拐ならば、それなりの被害はあれど、壊滅的な被害とまではいっていない可能性はある。

 けれども、もし露呈を恐れずに実力行使に出ていたとしたら、宿場町ロージは今頃、死の町と化しているかもしれない。


「……」


 おぞましい光景を想像するだけで胸が激しく締め付けられ、吐き気を催しそうになる。


「……こうすけ? 大丈夫?」


 余程顔色が悪くなっていたのだろう。

 俺の顔を覗き込みながら、ディアが心配そうな声音で俺に声を掛けてくる。


「心配してくれてありがとう」


  『大丈夫』と強がることすらできず、そう返事をするのが精一杯。それほどまでに俺は精神的に深傷を負ってしまっていた。

 この世界に来てからというもの、肉体的には以前と比べるまでもなく強くなっている。だが、精神の部分ではほとんど成長が見られていないのが現実だった。




 道なき道を歩き続けること、約一時間。

 日の位置がもうじき真上に来るという絶好の時刻に俺たちはついに目的地に到着した。


「基本的に吸血鬼は日が出ている時間にはあまり活動していないはずだ。運が良けりゃ寝込みを襲って終わることもあるかもな」


 吸血鬼は日に弱く、日中は洞窟などの暗所で寝ている場合が多い。

 例外は吸血王女くらいなものだろう。『超克鬼』というスキルで日に対する耐性を持っているため、日による弱体化がほとんどない。


「それだと楽が出来て良いわね。でも、依頼内容は『吸血鬼を討伐』っていう曖昧なものだけど、数は何体なのかしら? もし、複数体なんてことになれば、撤退も視野に入れないとダメよ」


 依頼書には『吸血鬼の討伐』とだけ書かれており、詳細は何一つ書かれてはいない。

 吸血鬼は一体だけでもかなりの脅威であるため、Sランクに指定されている魔物なのだ。それがもし複数体ともなれば、厳しい戦いを余儀なくさせられるだろう。

 しかし、俺は吸血王女が所持していた『百鬼夜行』というスキルを鑑みて、まず間違いなく吸血鬼が複数体存在していると踏んでいる。

 それでも必ず吸血王女を倒すという俺の決意は変わることはない。

 例え『新緑の蕾』の三人に俺の本当の実力が露呈してしまう可能性があっても、だ。


「そこは吸血鬼の強さ次第だな。多少の無理をしてでも吸血鬼は討伐しなくちゃならねぇ。下手すりゃラバールの北方に住む人間が全員喰われちまうかもしれねぇしな。――にしても、周囲に人の気配はおろか、魔物の気配すらないっつーのはどういうことだ?」


「私には探知系スキルがないから気配とかはわからないけれど、目的地はこの辺りのはずよ」


 ブレイズ同様、俺の『気配探知』でも何の反応も捕捉できない。


「なら少し危険かもしれねぇが、歩き回って探すしかなさそうだな」


 俺たちの目の前にはほぼ垂直に切り立った崖がそびえ立ち、これ以上先には進むことは不可能。よって探索を行うとしたら崖沿いに歩いていく他ない。


「そうね。だったらこのまま東へ進みましょ。地図によると、ここから二時間ほどの距離に宿場町ロージがあるはずだから、吸血鬼が見つからなかったとしても最低でもロージの状況は確認できるわ」




 その後、レベッカの案が採用がされ、俺たち六人は崖沿いに東へと進んでいった。


 そして崖沿いに歩くこと数十分。

 切り立った崖に大きく口を開いた洞窟が見つかった。


「主よ。気配こそないが、この穴からは微かに吸血鬼の匂いを感じるぞ」


「つまり、ここには既に吸血鬼はいないってこと?」


「いないと思うぞ。いるのならもっと匂いが残っているはずだ」


 洞窟の中は薄暗く、先を見通すことは出来ない。

 フラムの言う通り、この洞窟内に吸血鬼が過去にいたのであれば、何かしらの手掛かりが掴めるかもしれないが、無駄足になる可能性も高いため、洞窟内に踏み込むかどうかは悩むところだ。


「ブレイズ、どうする? 俺としてはフラムを信じてるし、洞窟内には吸血鬼はいないと思う」


「そうだな……。――よし、ロージに向かうぞ。ここに吸血鬼がいないとなれば、大した手掛かりなんて見つかりはしねぇだろうし、何よりロージの様子が気になる。少しでも早くロージに行った方が救える命が増えるかもしれねぇしな」




 ブレイズの決定によって、俺たちは洞窟を探索せずに駆け足で宿場町ロージに向かうこととなった。


 そこに地獄のような光景が待っているとは知らずに――

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