第131話 手掛かり
やはりと言うべきか、杖をついた老人はこの村の村長であったようで、ブレイズとの交渉の結果、空き家を借りることができた。
なんでも、借りた空き家は行方不明になった者が住んでいた家らしく、手付かずの状態で放置していたとのこと。
そして今、俺たちはその空き家へと村長自ら案内してもらっていた。
おそらく案内ついでに俺たちが借りる家で行方不明の事件についての話がしたいのだろう。
何しろ、俺たちがこの村に滞在するのは一日だけなのだ。一秒でも時間が惜しいと考えてもおかしくはない。
「どうぞ、こちらの家をお使いください」
案内されたのは古びた木造二階建ての家。
外観を見る限りでは、荒らされた形跡などは確認できない。
あえて気になる点を上げるとするならば、案内された家は施錠がされていなかったことくらいだ。
「村長さん、この家には鍵がないのかしら?」
レベッカも俺同様に鍵の有無が気になったようで、家の中に入るなり鍵について村長に尋ねる。
「鍵……でしょうか? こんな
不用心だとは思うが、田舎ではごく当たり前なことなのだろう。
日本の田舎でも鍵をかけずに外出する者も多くいると聞いたことがあるくらいだ。鍵がないとしても特段おかしなことではないのかもしれない。
「……そう。なら家に入ろうと思えば、誰でも入ることが出来てしまうってわけね。――例えそれが魔物だとしても」
この家の扉にはドアノブすらなく、扉を手で押すだけで開いてしまうような代物。
この様な造りではレベッカの指摘通り、知能の低い魔物でさえも簡単に入ることが出来てしまう。
「冒険者様の仰る通りかもしれません。ですが、この村は除魔の木が村を囲うように植えられているため、魔物が村に入り込む可能性は低いかと」
「除魔の木?」
つい俺は口を挟んでしまう。そんな植物があるなど、聞いたことがなかったからだ。
「除魔の木っていうのは、何故か魔物が嫌う木のことよ。私は植物学者じゃないから詳しいことはわからないけど、人には感じ取れない聖なる力が宿っていると聞いたことがあるわ」
どうりで魔物が跳梁跋扈する森に囲まれた場所にもかかわらず、村が存在できているのか、と内心思いながらもレベッカにお礼を言ってから再び会話に耳を傾ける。
「その通りです。それより立ち話もなんですので、どうぞ椅子にお掛けください」
「助かるわ」
家に入ってすぐにあるリビングには六人用のテーブルが置かれており、その他には特に目立つ家具などはなかった。
「椅子が一つ足りないわね。足が悪い村長さんを立たせるわけにはいかないし……」
「いや、俺はちょっくら外を見ておきてぇから出てくる。後は任せたぜ」
そう言ってブレイズは家を出て行ってしまったが、何か気になる事があったのかもしれないので止めることはしなかった。
「それじゃあ、話を続けさせてもらうわ。まず、除魔の木について話す必要がありそうね」
「除魔の木について……ですか?」
「少し過信しすぎているようだったから話す必要があると思ったの。除魔の木は全ての魔物を退けるものではないわ。知能が低い魔物であれば近寄ることもないでしょうけど、ある程度知能が発達している魔物ともなれば話は別よ。何と言っても除魔の木には魔物を滅ぼすような力はないもの。あくまでも魔物にとって嫌な感じがするっていう程度しか効果がないのよ」
知能が低い魔物なら本能や直感で行動するため、除魔の木は効果を発揮するのだろう。
しかし、知能が発達しているとなれば話は変わる。
除魔の木が己を害することはないという知識を魔物が得てしまうのだ。
そうともなれば村を囲うように植えられている除魔の木は役割を果たさない。
魔物が異常発生している現状を鑑みるに、この村はかなり危険な状況に晒されていると言わざるを得ないだろう。
「……そうでしたか。ですが、私たちにはこれ以上どうすることも出来ないのもまた事実。戦える若者は少なく、冒険者ギルドに依頼しようにも依頼料を払う余裕もないのです」
この村は日本で言うところの限界集落のようだ。
過疎化に若者の減少、そして魔物の脅威。
正直、俺たちでは手の施しようがない状態にまでこの村は陥ってしまっている。
この村を救うことができる者といえば、それはおそらくエドガー国王か、この地の領主くらいなもの。
せめて魔物の異常発生が止まれば、何かしらの光明が見えるかもしれないが、原因がわからない以上どうすることも出来ない。
「なるほど……ね。そう言えば、この家に元々住んでいたのは何人なのかしら?」
「三人です。三十代の夫婦と十を過ぎたばかりの子供が住んでおりました」
「それにしてはテーブルが大きいと思うのだけれど?」
「それでしたら、元々は夫側の両親が住んでいましたので」
村長の言い回しから察するに行方不明とは別件で亡くなったのだろう。しかし、つまるところ三人は行方不明になってしまったということになる。
俺は気になっていた点を村長に質問をすることにした。
「村長さん、この家の住人は全員同時に消えたって認識で合ってる?」
「間違いありません。およそ二週間前の夜に忽然と行方がわからなくなりました。当初は一家全員がいなくなったので、村の者に黙って移住をしたのかとも考えたのですが、この家の中を見てそうではないと察した次第です」
移住したとなれば、この家には何も残っていないはずだ。しかし、数こそは少ないが未だにテーブルや椅子、台所には包丁などが見てとれるため、それらを残して移住したとは考え難い。
ここは村長の見立て通り、何かしらの事件が起きたと見て間違いないだろう。
「私が話せることは現状この程度しかありません。ですが、何卒よろしくお願い致します。後程、食材を村の者に運ばせますので、本日はごゆっくりなされて下さい。それでは失礼致します」
頭を深々と下げた村長はゆっくりとした足取りでこの家を後にしたのだった。
そして残された俺たちはひとまず家の中を探索することに。
「私とララは一階を調べるから、『紅』の三人は二階をお願い」
レベッカの指示で俺たちは二階へと足を運ぶ。
二階へと続く階段は足を踏みしめる度に軋む音が鈍く響き、階段を上った先には二つの部屋が存在した。
「とりあえず、一部屋ずつ見ていこうか」
俺はディアとフラムにそう告げてから、階段を上って左側にあった部屋に入る。
その部屋には多くの埃が舞っていて、思わず咳き込みそうになるほど、息苦しさを覚える部屋だった。
「ここは荷物置き場?」
ディアは首を傾げ、自信無さげにそう聞いてきたが、間違いなくこの部屋は荷物置き場だ。
古びた箪笥や色褪せた衣類、はたまた鍬などの農作業に使う道具まで放置されている。
「この部屋には何も無さそうだし、もう一つの部屋に行ってみようか」
簡単にしか調べてはいないが、荷物置き場と化した部屋に何かしらの痕跡が残っているとは思えないこともあり、俺たちは次の部屋へと向かった。
「この部屋は寝室みたいだね」
ベッドが三つ置かれているだけのシンプルな部屋。
窓こそついてはいるが開いてはいないため、この部屋も埃が充満している。
フラムも埃を気にしているのか、鼻を何度かすする仕草を見せていた。
「うーん……。この部屋も特に荒らされた形跡はなさそ――」
俺がお手上げだと言い切る前にフラムから待ったがかかる。
「主よ。この部屋からは人以外の匂いがするぞ」
「え? 人以外の匂い?」
俺の嗅覚では特に異臭を感じとることは出来なかったが、竜族であるフラムにはそれをかぎ分けることが出来るようだ。
「ああ。何の生き物の匂いかまではわからないが、確実にこの部屋には何かが侵入していたのは間違いないぞ」
「家畜を飼っていたとして、その匂いが残っているってことはない?」
「ないな。この匂いは獣の類いではない」
人でもなく、家畜などの獣でもない。それ以外に考えられる匂いがあるとすれば、それは――魔物。
「つまり魔物ってことになるか……。フラム、その匂いは一階で感じ取れなかった?」
「この部屋以外では感じ取れなかったぞ」
この部屋でしか匂いを感じとることが出来なかったということは、侵入経路はおそらくこの部屋に取り付けられている窓からということになる。
だが、俺たちがこの部屋に入った時には窓は閉められていた。
俺は窓に近付き、鍵の有無を確かめるが、玄関の扉でさえも鍵がない家だ。当たり前のように鍵など取り付けられてはいなかった。
「やっぱり鍵は無いか。それなら窓から飛び降りながら窓を閉めることも出来なくはない……かな?」
「こうすけ。いくら魔物でも人を三人も抱えながら、それは出来ないと思う。腕が四本以上あれば別だけど……」
言われてみれば確かにその通りだ。しかもそれに加え、抵抗されずに連れ去る必要もあると考えれば、なおのこと困難。
この家の住人を殺害してから運んだのであれば、まだ可能かもしれないが、血痕はどこにも見当たらない。
「考えれば考えるほど、わからなくなってくるなぁ……。とりあえずはこの事を『新緑の蕾』の三人にも報告しておこう」
その後、俺たちは一階へと戻り、いつの間にか家に戻っていたブレイズを含めた『新緑の蕾』の三人にこの家の住人が魔物に襲われた可能性が高いと報告を行った。
もちろん、フラムが竜族であるということを教えるわけにはいかないため、フラムには嗅覚を強化するスキルを持っているという設定にしてもらったのだった。
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