第130話 行方不明
俺たちが早足で向かった先にあったのは幸運にも小さな村だった。
どうやらブレイズが見つけた寂れた木造建の家は森に一番接していた家だったらしく、その家に近付いた頃には、まばらながらも他の家々を確認することができた。
建物の数はざっと見たところ二十戸前後。どの家も例外なく木造建築である。
その他にあるものといえば、畑と村を囲う木製の柵くらいなものだろうか。
ただ、柵とは言ったものの、その出来はかなり酷い。
統一されていない大きさの細い丸太を何の加工もせずに縄で雑に縛り、地面に打ち込んだだけといった代物。
さらにこの柵は作られてからそれなりの時が経っているようで、丸太は腐食し、縄に限っては今にも切れてしまいそうな有り様だった。
「これは……酷いわね」
村を一目見たレベッカは誰に聞かせるでもなく、ポツリとそう呟く。
しかしそれも仕方のないことだろう。この村は誰の目から見ても寂れ、荒れ果てているのだから。
「確かに酷いな。つかよ、この時間に村人が誰も外にいないってのは少しおかしくねぇか?」
現在の時刻は日の位置からしておおよそ午後二時前後といったところ。
農作業は朝に行うものだとは聞いたことがあるが、いくらなんでも人ひとり外に出ていないのは確かにおかしい。
「寝ているのではないか? 現にそこらの家の中には人の気配があるぞ?」
村人の全員が全員、この時間に寝てるわけがないだろ、と思わずフラムにツッコミを入れたくなる衝動に駆られるが、ぐっと抑え込む。無駄な体力を使うだけになることは明らかだからだ。
「さて……どうすっかな。泊めてくれる場所を提供してもらうにしても村人と話が出来ないんじゃどうにもならねぇしよ」
「何を悩む必要があるのだ? 外に誰もいないのであれば、呼べばいいだけの話だ。おーい! 話がしたい! 誰か外に出てきてくれないか!」
村人が何故外に出ていないか、などといった事情を考える必要性をフラムは感じていないようで、俺たちに何も相談することもなく、突然大声を出して村中に呼び掛ける。
「……おいおい」
流石にブレイズもフラムの傍若無人っぷりに呆れている様子だが、フラムを止めるつもりはないようだ。
「家の中にいることはわかっているぞ! 早く出てくるのだ!」
「――ちょっ! フラム、ストップ! その台詞はまずいって! 盗賊か何かかと思われるから!」
俺は今まで黙って様子を伺っていたのだが、今のフラムの言葉だけは止めざるを得ない。
あんな脅迫紛いの台詞では出てくる者も出てこれなくなってしまう恐れがあったからだ。
まず間違いなく、俺が村人の立場であれば外に出ようとは微塵も思わない。
「……」
そして案の定、フラムの呼び掛けは空振りに終わる。しかし、完全に無駄に終わったわけではなかった。
いくつかの家の扉が僅かに開き、その隙間からこちらを窺っている者が何人か現れたのだ。
もちろんその視線は善意的なものではなく、警戒や怯えの色が濃い。
完全に不審者扱いされている俺たち。このままでは対話を行うことなど到底不可能だろう。
仮にまた大声を出し、弁明をしたところで信じてもらえるとは思えない。
だが、この八方塞がりな状況をブレイズは打破した。
「聞いてくれ! 俺たちは冒険者だ! その証拠に――」
そう言いながらブレイズは腰元にあるアイテムボックスから一枚のカードを取り出す。
淡く青色に輝く白銀のカード――それはSランク冒険者の証。
「これを見て欲しい!」
カードを掲げ、こちらを窺う者たちに見せつける。
小さなカードでありながら、何故かそのカードからは存在感の様なものが放たれていた。
「冒険者様……なのか?」
そんな呟きがどこかの家から聞こえてくる。
ブレイズが掲げたカードを見たことで、未だに半信半疑ながらも警戒心が僅かに解けたようだ。
そしてその機を逃すほど、ブレイズは抜けてはいない。
「俺はSランク冒険者パーティー『新緑の蕾』のリーダーをやっているブレイズだ。誰か話を聞かせて欲しい」
優しい声音と表情で村人に語りかける。
その姿は俺が知っている普段のブレイズとは真逆の印象を抱かせるもの。
臨機応変で纏う雰囲気を変え、見知らぬ人間と打ち解ける
Sランク冒険者とは強さだけではなく、こういった人心掌握にも長ける必要があるのかもしれないと俺は認識させられたのだった。
「本当にSランク冒険者様……なのか?」
「俺たちの村は救われるのか!?」
「あぁ……神は儂らをお見捨てにはならなかったようじゃ」
ブレイズの言葉を聞いた村人たちは各々言葉を発しながら、家の扉を開けて外に一人、二人と続々とその姿を現していく。
そして数分後には、老若男女を問わず五十人以上の村人が俺たちの前に集まった。
中には涙を流す者や歓声を上げる者、はたまた祈りを捧げ始める者まで現れる。
この混沌とした状況ではブレイズも強張った笑みを浮かべることしか出来ない。なにしろ、この村の状況を何一つとして把握出来ていないのだから仕方がないことである。
そんな中、俺の隣に立っているディアがぼそりと小さな声で俺に質問をしてきた。
「これはどういう状況……? もしかして、ラフィーラに祈りを捧げてるの?」
「いや……その可能性も否定は出来ないけど、たぶん大方はブレイズにだと思うよ」
仮にラフィーラへ祈りを捧げたところで、効果は見込めないだろう。
ひねくれた性格であるラフィーラを知っている身としては、今すぐにでも信仰の対象を変えるべきだと忠告したいくらいだ。
「おいおい……。一体何がこの村に起きたってんだ?」
この状況を打破すべく、ブレイズは村人に何があったのかと問いかける。
すると、杖をついた一人の老人がブレイズの前に立ち、頭を下げながらその質問に答える。
「冒険者様、ぜひともこの村をお助けください……。ここ数週間、この村では村人が忽然と行方知らずになっているのです。それも一人や二人ではございません。すでに八人もの村人が消えてしまったのです」
「村の外に出て、魔物に襲われたってことか?」
魔物が異常発生していることを村人たちはしらないのかもしれない。
猟を行うため、村の外に出たところを魔物に襲われたという可能性をブレイズは考えたのだろう。しかし、その考えは否定される。
「いえ、その可能性は低いかと。行方知らずになった者が村の外に行った形跡がないのです」
「つーことは人拐いなんじゃねぇか?」
若い女性や子供を誘拐し、奴隷として売り払う者たちのことだ。
ラバール王国では強制的に奴隷に仕立て上げることはかなりの重罪だが、未だに人拐いがなくなっていないということを聞いたことがある。
「私たちもその可能性については考えたのですが、女子供だけではなく、男も二人消えていることからその線はないかと」
確かにこの老人の言う通り、人拐いが男を拐う可能性は限りなく低い。
男の奴隷は大抵労働奴隷として売買されるが、大した金額にはならない。そのため、危険を犯してまで男を拐うことはないだろう。
外出先で魔物に襲われた可能性も人拐いの可能性もないとなると、他に考えられる可能性は何があるだろうか。
村人の中に殺人者がいる……? いや、そうだとしたら何かしらの形跡が残っているだろうし、気付かないなんてことはないよなぁ……。
頭の中で可能性を模索するが、浮かんでは消えてを繰り返すだけになってしまう。
話を聞いただけではいくらなんでも手掛かりが少なすぎる。そう考えたのは俺だけではなかったようで、ブレイズも頭を悩ませていた。
「……わからねぇな。助けてやりたいのは山々だが、手掛かりが少な過ぎてさっぱりだ」
「そうですか……」
杖をついた老人はあからさまに落ち込んだ表情を浮かべ、うなだれてしまう。
「一つ取引をしねぇか?」
ブレイズは老人の落ち込んだ表情を見ると共に突然、取引を持ち掛け始めた。
「取引……ですか?」
「ああ。俺たちはたまたまこの村を見つけて、ここに来たわけなんだが、その目的は一晩休むところを提供してもらうっつー目的だ。それで、取引ってのは俺たちに休む場所を提供してくれるなら、もっと詳しく話を聞いてやる。んで、犯人について検討がついた場合には俺たちが問題を解決してやるよ」
中々に悪どい取引を持ち掛けたもんだと俺は感心してしまう。
手掛かりがないからこそ、村人は困っているのにもかかわらず、多少の時間を割いて話を聞いたところで問題の解決には至らないだろう。
しかしその日の夜、事態は急展開をみせる。
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