第120話 Aランク冒険者へ
場所を訓練場から冒険者ギルド内に戻し、リディアさんからAランクの昇級試験についての詳細を聞くことになった。
「試験について話す前に――Bランク昇級おめでとう。三人共」
お祝いの言葉を貰ったはいいが、俺たちは訓練場に移動しただけでBランクになったので、実感も喜びもあまりないというのが正直なところだ。
「ありがとう? でいいのかな?」
「良いと思うわよ。コースケ君たちの実力ならマスターの言ってた通り、試験を受ける必要がないって私も思ってたから。それに時間も勿体ないしね」
「でもアーデルさんのことだから執務室で暇してるんじゃ……?」
俺の言葉にリディアさんは首を左右に振り、否定する。
「それがここ一週間は結構忙しいのよ。訓練場に来たマスターの顔を見たでしょ? あのやつれた顔を」
そう言えばそんな表情を浮かべていたっけ。てっきり面倒臭がってるだけかと思ってた……。
「目の下に隈が出来てた。寝不足?」
意外にもディアはアーデルさんの顔色をしっかりと見ていたらしく、会話に加わってくる。
「ここ最近はろくに睡眠が取れていないらしいわ。実際あんな疲れてるマスターの姿は私でも初めて見たくらいよ」
逆に言えば、それまでは大して仕事をしていなかったのでは? とも思ったが、わざわざ口にすることでもない。
だが、アーデルさんがそこまで忙しくしている理由に疑問を覚える。
商業都市リーブルから王都の冒険者ギルドへ転属したばかりであれば、忙しくしている事にも納得がいくが、すでに転属してから二ヶ月近く経っているため、忙しい原因は別にあるはず。
ともなれば、一体アーデルさんの身に何が起きているのだろうか。
「アーデルさんが忙しくしてるってことは何か問題があったりするの?」
俺がそう聞くと、リディアさんは声のボリュームを落として推測を口にした。
「私も詳しくは聞いていないから知らないのだけれど、思い当たる節はあるわ。どうやら王都近辺で魔物が増加しているみたいなの。――ううん、これだとちょっと違うかな。正しくは魔物が
「……魔物が集まってきてる?」
そんな事がありえるのだろうか。
仮に集まってきている魔物が単一種族ならば、あり得るかもしれないが、そうであればアーデルさんがやつれるまで仕事をするとは思えないため、それはないはず。
「そうよ。現にここ最近は想定以上の魔物が現れたっていう報告がいくつも上がってきてるわ。そのせいで依頼を失敗する人が多くなってギルドとしても困っているの。だからこそマスターが忙しくしているのだと思うわ」
リディアさんからの話を聞き、俺たちにも似たような出来事があったことを思い出す。
それは冒険者活動を再開して最初に受けたオーガの討伐依頼のこと。
依頼書には数体のオーガの討伐となっていたが、実際には三十体以上のオーガが現れたことがあった。
当初は依頼を申請した者が数を偽ったのかとも考えたが、どうやら違ったようだ。
「それって結構まずいんじゃ……? もし王都に大量の魔物が雪崩れ込んできたとしたら……」
王都には巨大な外壁が存在するため、簡単には魔物が王都に侵入することは出来ないとは思うが、四方を魔物に囲まれてしまえば物資の搬入も不可能となり、それだけでも食糧難に陥ってしまうかもしれない。
そうなる前に何としても王都近辺の魔物を討伐しなければ大変な事になるだろう。
「良い状況……とは言えないわね。でも今のところ王都近辺に現れる魔物は比較的弱いものばかりだから、対応は出来ているわ」
王都の冒険者ギルドだけあって冒険者の人数はかなりのものだが、上級冒険者の数は決して多くはない。
そのため、現状は弱い魔物ばかりということもあって何とかなっているようだが、今後強敵が数多く現れた場合には何かしらの対応が迫られることとなる。
そうなった場合、アーデルさんやラバール王国の国王であるエドガー国王はどうするのだろうかと考え込んでしまう。
「……」
「コースケ君? 心ここにあらずって感じだけど、そろそろ昇級試験について話そうと思うのだけど大丈夫かしら?」
「――あ、うん。大丈夫だよ。そう言えば昇級試験の話をするはずだったのにだいぶ話が逸れちゃってたね」
声のボリュームを元に戻したリディアさんが昇級試験について語る。
「それじゃあ話すわね。Aランク昇級試験は二種類に別れていて、そのどちらかを達成すれば合格となるわ。一つはSランク冒険者と一緒にSランクの依頼を受けてもらい、その補助をすること。もちろん依頼を達成しなくちゃ合格にはならないわ」
この試験方法は簡単そうでかなり難しいことに気付く。
何故ならSランク冒険者パーティーの依頼に同行させてもらわなければならないからだ。
そもそもの話、Sランク冒険者の数自体が少ない。
そんな中で一緒に依頼をしてくれる者を探すことは骨が折れるだろう。
「リディアさん、一つ質問していい?」
「何かしら?」
「Sランク冒険者と依頼を受けてもらうって言ってたけど、それはギルドが仲介してくれるの?」
ギルドがSランク冒険者との仲介役をやってくれるのであれば、この試験方法もまだ納得がいく。
しかし――
「……何とも言えないわね。ギルドからはAランク昇級試験を受けたい人がいることを各Sランク冒険者に通達することくらいはするのだけど、それを受けてくれるかどうかは本人たちの意思に委ねてるのよ。もちろん引き受けてくれた場合にはそれなりの手当てを出しているわ。ただ……それでもあまり良い返事は貰えないわね」
仮に俺がSランク冒険者で手当ての額が良かったとしても引き受けないだろう。
何せ、Aランクに上がろうとしている冒険者ではあるが所詮はBランクでしかない者と依頼を共にするにはリスクが伴う。
足を引っ張られ、依頼を失敗するだけならまだマシだが、最悪自分自身や仲間を危険に晒してしまう可能性があるため、引き受けようとはとてもじゃないが思えない。
「俺たちにはSランク冒険者とのコネもないし、その試験方法は無理かな……」
リディアさんは知らないと思うため言わなかったが、俺たちにはSランク冒険者である『銀の月光』と縁がある。
あの三人なら俺たちの試験を手伝ってくれる可能性はあるが、残念ながら彼女たちは既に王都を離れ、ブルチャーレ公国に戻ってしまっていた。
「なら二つ目の試験方法を教えるわね。二つ目はSランクの依頼を昇級試験を受ける冒険者たちでパーティーを組み、達成するって内容よ」
「それだったら簡単ではないか? 他の者たちの実力がどうであろうと私たちが何とかすればいいだけだからな」
確かにフラムの言う通りだ。
仮に他の冒険者パーティーが弱かったとしても俺たちならどうとでもなるだろう。
強いて問題を上げるとすれば、目立ち過ぎてしまう可能性があるくらいのものだが、その辺は苦戦するフリでもすれば問題ないはずだ。
「普通ならかなり厳しい試験なのだけど、コースケ君たちなら大丈夫よね。ただこの試験方法にも少し問題があるの」
「問題?」
話を聞く限り、問題らしい問題はないと思える。
「それが……試験を受ける冒険者パーティーが五組必要なのよ。冒険者たちの安全を考えると少人数で受けさせる訳にはいかないから仕方がないのだけど」
Aランクになるための試験を受けるとはいえ、現時点ではBランクでしかない冒険者にSランクの依頼を受けさせるには安全面からそれなりの人数を揃える必要があるとのことだが、それのどこに問題があるのかがわからない。
「俺としてはその方法で試験を受けようと思ってるんだけど、聞いた限り、どこに問題が?」
「問題は五組のパーティーが必要ってところ。実はつい最近試験をやったばかりで昇級試験の申請をしているパーティーがまだ一組しかないのよ。だからコースケ君たちを除いて後三組待たないと試験が受けられないわ」
要するに時間の問題ってことか……。この問題は俺たちだけじゃどうすることも出来ないよなぁ……。
「ちなみに集まるまでどのくらい掛かりそう?」
「うーん……。早くて一ヶ月ってとこかしら」
早くて一ヶ月ということはさらに時間が掛かると考えた方が良さそうだ。
なるべく早く冒険者ランクを上げてしまいたいところだが、こればかりはどうすることも出来ない。
「仕方がないけど待つことに――」
俺が申請待ちをしようとした時だった。
突然、背後から男性の声が聞こえてきたのは。
「話は聞かせて貰ったぜ。お前たちの昇級試験、俺たちが引き受けてやるよ」
後ろを振り向くとそこには以前冒険者ギルドで見たことのある一人の男性と二人の女性が立っていたのだった。
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