第119話 昇級試験

 冒険者活動を再開してから今日で二週間。

 俺たち『紅』はこの二週間をほぼ毎日冒険者活動に費やしていた。


 そして今も討伐依頼を達成したため、冒険者ギルドに報告をしている最中である。


「リディアさん、これが今回倒したタイラント・グリズリーの魔石だから鑑定をお願い」


 拳大ほどの魔石をリディアさんに手渡す。

 この魔石をリディアさんが魔道具で鑑定し、タイラント・グリズリーのものだと確認が取れた時点で依頼が完了となる。


 ちなみに今回の討伐対象であったタイラント・グリズリーは十メートルを超えるサイズの灰色の熊に似た魔物。

 家畜や人間などを襲うため、小さな村にひとたび現れれば、その村に住む村人が跡形もなく食われて消えてしまうほどの凶悪さを持ち合わせている。

 さらに厄介な事にタイラント・グリズリーの分厚い毛皮は弓はおろか、生半可な剣や槍をものともせず、魔法でさえもある程度の耐性を持っていた。

 そのため、ある程度の実力を持つ冒険者でもない限り倒すことが難しく、ギルドの掲示板にBランクの依頼として貼り出されていたので俺たちが依頼を受注し、現在に至るというわけだ。


 リディアさんは俺から受け取った魔石を魔道具で鑑定し終える。


「確認が終わったわ。――じゃあこれが依頼の達成報酬と魔石の買い取り金額を含めた金貨8枚と銀貨3枚よ」


 カウンターの上に金貨と銀貨を並べられ、それを俺が確認してアイテムボックスにしまう。


「なぁ、主よ。もう少し手応えのある依頼はないのか? あの程度の魔物であれば戦いにもならないぞ」


 フラムは不満げにそう口にするが、それに関しては俺も同じ思いを抱いている。

 近場の依頼を受けているとはいえ、大体の依頼は移動に数時間は掛かってしまう。

 そしてようやくの事で目的地に到着したところで、魔物を討伐するために掛かる時間はほんの数分程度。しかも手を抜いてこれなのだ。

 前に一度、フラムが討伐対象の魔物を出会い頭に一撃で倒してしまったことがあったが、あの時は何とも言えない空気になり、フラムが『すまん』と謝罪するという珍事が起きたこともあるほど。

 移動には数時間掛かり、対して討伐には数秒ともなれば、虚しくなるのも仕方がないと当時は思ったものだ。

 だからこそフラムの不満は理解出来る。


「まぁ冒険者ランクが上がれば、フラムの不満も解消すると思うんだけど、貢献度をどれだけ稼げばランクを上げられるのかわからないし……今は辛抱するしかないよ」


 冒険者活動を再開した初日以外は全て自分たちのランクより一つ高いBランクの依頼を受けてきた。

 そんなこともあり、貢献度はそれなりに貯まってきているはずだ。


「……」


 俺とフラムが会話を終えてリディアさんに視線を向けてみると、何故か俺たちから視線を外し、額に汗を浮かべているリディアさんの姿がそこにはあった。


「リディアさん、どうかし――」


「――ごめんなさい!!」


 カウンターに頭を打ち付けんばかりの勢いで唐突にリディアさんが頭を下げる。


「……へ?」


 いきなりの事に付いていけず、俺の口から間抜けな声がこぼれ落ちた。


「どうしたの?」


 そんな中、冷静な態度でディアが事態を把握するために口を開く。


「伝え忘れていたのだけど、三人の貢献度は既に昇級試験を受けるための必要ポイントに達していたの……。――本当にごめんなさい!」


 再び頭を下げ、謝罪を行う。

 真面目なリディアさんらしからぬミスだが、ここ最近忙しそうにしていたので伝え忘れてしまったのかもしれない。

 そう考えると、とてもじゃないが責める気にはなれず、頭を下げるリディアさんに大丈夫だと声を掛ける。


「そこまで謝らなくても大丈夫だよ。それより昇級試験について話を聞かせてほしいかな」


「……ありがとう。それで昇級試験についてなのだけど、B級へ上がるためにはギルド職員と模擬戦をしてもらうって内容なの。もちろんギルド職員と言っても私みたいな職員じゃなくて、元A級またはS級の上級冒険者で昇級試験のためにいる職員よ」


 要するにその試験官にBランクの実力があるかどうか見極めてもらうってことかな? これならすぐに終わりそうだし、楽そうで良かった。


「試験内容はわかったけど、その試験はいつ受けられるかな? なるべく早く受けられるなら受けたいんだけど」


 受けるならなるべく早いほうがいい。

 B級に上がればA級の依頼を受けることも出来るようになるため、報酬も魔物の強さも上がるはず。

 その代わり、自身のランクよりも高い依頼を受けて失敗した場合には通常以上の罰金や貢献度の低下というペナルティもあるため、気をつけなければならないが。


「今回は私のミスでこんなことになっちゃったから、すぐにでも受けられるように手配するわ。今から申請してくるから待ってて」


 申請を行うためにリディアさんは小走りでこの場から離れていった。

 貢献度を俺たちに伝え忘れていた罪悪感からか、急いで準備してくれているようだ。




 それから十五分程経ち、リディアさんは僅かに呼吸を乱しながらも戻ってきた。


「申請をわ。今からギルド内にある訓練場で試験を行うから、私についてきて」


 言葉のニュアンスからして無理矢理申請を受理させたかのように聞こえたが、気にしないことにして俺たちは訓練場に移動した。


 訓練場には初めて足を運んだが、建物の中ではなく外にあり、見た目はただ土で地面を固めた空き地のような場所だ。

 観客席などはなく、広さはおよそ学校の体育館くらいである。


「ここで試験をするのだけど、試験の合否は模擬戦の勝敗には関係がないわ。例え負けたとしても試験官から実力ありと判断されれば合格になるから気負わないようにね。――まぁそんな心配はいらないだろうけど」


 評価してくれるのは嬉しいが、相手はA級かS級だった元冒険者だ。気を引き締めて試験に挑む必要があるだろう。

 何よりも俺だけ試験に落ちるなんて結末になったら二人に合わせる顔がない。


「合格出来るように頑張るよ。それでリディアさん。試験官はどこに?」


「試験官ならもうすぐ――」


 そう口にしたタイミングで俺たちの後ろにある入り口付近から声を掛けられる。


「待たせたな。なんで私が試験官をやらなければならないんだ……」


 やつれ気味の表情で試験官として現れたのはギルドマスターであるアーデルさんだった。


「えっ? アーデルさんが試験官? ギルドマスターなのに?」


 さっきリディアさんから聞いた話では試験専門の職員がいるとのことだったはず。

 にもかかわらず、ギルドマスターとして働いているアーデルさんが試験官というのはどういうことなのだろうか。


「そうだ。ギルドマスターだというのに無理矢理試験官をやらされる羽目になってしまった。――リディアに脅されて、な……」


「脅したりなんてしましたっけ? ただお願いをしただけですが」


 絶対にしらを切っていると確信させるようなセリフを吐きながら、リディアさんは視線を泳がせていた。


「急な申請で試験官がいないからといって私にやらせただろう。しかも私が試験官をやらなければ副マスターを辞めるとまで言っておいて脅していないなど、よく言えるな……」


 なかなかにえげつない方法でアーデルさんを引っ張ってきたようだ。

 自身が副マスターを辞めれば、アーデルさんが苦労する事になることを知っているが故にそのように脅したのだろう。

 そしてその脅しにアーデルさんは屈したわけだ。


「〜♪」


 リディアさんは口笛まで吹き始め、この場を何とか誤魔化そうとしている。


「……まぁいい。それよりさっさと試験を終わらせるぞ。三人一緒で構わないからな」


「三対一でいいの? 自分で言うのもあれだけど、それだと試験が簡単すぎるんじゃ……」


 三対一なら確実に勝つことが出来る自信がある。それどころか一対一でも問題ないだろう。

 そしてその事はアーデルさん自身も理解しているはずだが……。


「いいから早く始めるぞ。リディア、開始の合図だけ頼む」


「わかりました。それでは――始めっ」


 まだ俺たちの準備は完了していないのだが、構わずアーデルさんが試験を開始してしまう。

 慌てて俺は腰に差した『紅蓮』を引き抜き、身構えようとしたその時――


「――降参だ。お前たち『紅』の試験は合格とする」


 試合開始早々、アーデルさんは両手を上げて降参を宣言したのだった。


「なんだ? まだ何もしていないぞ……」


 フラムは模擬戦を楽しみにしていたのか、残念そうな表情を浮かべている。


「アーデルさん、本当にこれで合格にしてもいいの? フラムの言った通り、まだ何もしてないんだけど……」


 仮にこの模擬戦を他者に見られていたら八百長だと勘ぐられてしまうだろう。

 しかもそれを行ったのがギルドマスターであるアーデルさんともなれば大問題に発展しかねない出来事だ。


「いいに決まっている。そもそも私がお前たちに勝てると思うか? 下手に模擬戦をして怪我などしたくはない。何よりも時間の無駄だ」


 時間の無駄だと考えていたからこその三対一の対戦だったらしい。


「これで晴れてBランクになった訳だが、リディアから聞いた話では貢献度はとっくに達していたのだろう? だったらそのままAランクの昇級試験を行っても構わない。詳しくはリディアから聞いてくれ。――ではな」


 そう言葉を残し、アーデルさんは訓練場から去っていってしまった。

 ギルドマスターが今回の試験のような不正じみた事をしてもいいのだろうかとも思うが、俺たちに不都合があるわけでもないため、その辺の事は考えないようにしたのだった。


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