第117話 再始動

 書類の束を両手に抱えて立っているリディアさんを見る限り、相変わらず仕事が忙しいのだろうか、と考えながらも挨拶を交わす。


「あ、リディアさん。久しぶり! 元気そうで何よりだよ」


「元気っていうより、忙しなく働いてるだけよ……。そういえば三人と会うのは一ヶ月ぶりくらいかしら?」


 言われてみれば、リディアさんと顔を合わすのは王都に着いた日以来かもしれない。

 特別講師に魔武道会やら何やらで冒険者ギルドに来る暇がなかったことが原因である。


「確かそれくらいかな? 今日は久々に依頼でも受けようかと思ってギルドに来たけどやっぱり混んでるね。もう少し時間をずらせばよかったかも……」


 現在の時刻は午前九時を少し過ぎたあたり。

 冒険者ギルドでは依頼書の掲示が朝に更新されることが多いこともあり、朝の時間は混み合っている事が多いのだ。


「そうねぇ……。依頼書は早い者勝ちだから、どうしても朝は混むのよ。でも今日はいつも以上に混んでいるのよ?」


 王都の冒険者ギルドにはあまり来たことがなかっため、俺には普段の様子はわからないが、ここで働いているリディアさんがそう言うのであればそうなのだろう。


「よりにもよって混んでる日に来ちゃったかぁ……。失敗したな……。でも何でいつもより混んでるの?」


 辺りを軽く見渡してみても、原因らしい原因は見当たらない。

 ディアとフラムも周囲を見ているが、俺と同様に見当がついていないようで、首を傾げていた。


「ああ。それはね――あれよ」


 そう言ってリディアさんがある場所に視線を向ける。

 指を指せなかったのは両手が書類で塞がっているためだ。

 そしてリディアさんの視線の先に目をやると、そこには男性一人と女性二人で構成された三人組の冒険者らしき人達がテーブルに着いて食事をしていた。

 もちろん、ただ食事をしているだけであれば珍しい光景でも何でもない。

 しかし、その三人組へ数多くの冒険者たちが遠巻きに視線を向けている様子が見てとれる。


「あれって言うのはご飯を食べてる三人組のことだよね? あの人達がどうかしたの?」


 俺が返答すると、リディアさんは小さくため息を吐く。

 どうやら呆れているといった雰囲気。


「やっぱりコースケ君は知らないわよね。うん、そんな気がしてた。で、二人はどう?」


 話を振られたディアとフラムは頭を悩ます素振りすらせずに答える。


「わたしも知らない」


「私もだ。どこかで見た記憶すらないぞ」


 元々他人に興味を示すことが少ない二人だ。

 俺ですら知らないのであれば、二人が知っている可能性はゼロに等しいだろう。


「三人は少し――いえ、か・な・り冒険者としての知識が不足しているわね。もう少し知識を蓄える努力をした方がいいわよ。――って話が逸れたから戻すけど、あの三人組はとても有名な冒険者なの。だからああやって有名人見たさに人が集まってるってわけ」


 危うくお説教モードに突入しかけたが、何とか踏みとどまってくれたようでホッと一息吐く。

 リディアさんの話を聞く限り、野次馬が多くいるせいで普段よりギルドが混み合っているとのことだが、それほどまでにあの三人組が有名だということは、やはりSランク冒険者パーティーなのだろうか。


「なるほどね。やっぱり実力がある冒険者だから有名ってこと?」


「なんたって王都を中心に活動してるSランク冒険者だから王都近辺では彼らを知らない冒険者はいないほど有名なの。それに三人とも容姿端麗。人気が出ない方が不思議ってものよ。まぁディアさんとフラムさん程ではないけどね」


 ディアとフラムの容姿が群を抜いているのは確かだ。けれど、俺への言及が無いのはどうなのだろうか……。


「……」


「あ、もちろんコースケ君もなかなかよ。――うん」


 取って付けたかの様なフォローではさらに悲しくなっていくだけである。


「こうすけが一番」


「主よ……。大切なのは心の有り様だぞ」


 ディアの言葉には励まされたが、フラムのそれはフォローになっていない気がしてならない。


「そ、そうそう! マスターからコースケ君に伝言と渡す物があるんだったわ! 向こうのカウンターまで来てくれるかしら?」


 上手く話をはぐらかされた気がするが、大人しく言葉に従ってカウンターまで向かう。

 リディアさんは職員用の入り口からカウンターの奥に立ち、カウンター越しに話を始めた。


「まずマスターからの伝言を伝えるわね。大した内容じゃないから身構える必要はないわ」


「面倒事は勘弁してほしいんだけど……」


「安心して。大丈夫だから。それで伝言なんだけど、早く冒険者ランクを上げてほしいとのことよ」


 似たような事を慰労会でアーデルさんに言われてたことを思い出す。


「この間、アーデルさんに会ったときも上級冒険者の人手が常に足りていないとか何とか言ってたなぁ」


「そうなのよ。上級冒険者になるには実力と才能がないと難しいから、どうしても人数がね……。まぁだからこそ、マスターがコースケ君たちにランクを上げるように催促してるってわけ」


「アーデルさんにも言ったけど、善処はするってことで。それで渡す物ってのは?」


「ちょっと待ってね」


 リディアさんはカウンターの奥にある部屋に入っていくと、ほんの数十秒で戻ってくる。


「渡す物っていうのはこれよ」


 カウンター越しに渡されたのは丸められた羊皮紙。

 中を開いて見てみると、そこにはこの世界の地図が描かれていた。

 その地図はかなり詳細に地形や国境なども描かれており、この世界の地理を何も知らない俺にとってはかなり有用な物である。


「これって地図だよね? どうしてこれを俺に?」


 地図が欲しいとは思ったことはあるが、それをアーデルさんに伝えたことはなかったはず。


「この地図についても伝言を預かっているわ。『この世界の地理をもっと知っておけ』とのことよ。たぶんだけどマスターなりの気遣いってやつね。コースケ君は地理を知らなすぎるから」


 アーデルさんとリディアさんは俺が異世界人だと知っている数少ない人物。

 そのこともあってか、俺の正体について他の人にボロが出ないように知識を身につけろといったところだろう。


「ありがたく頂戴するよ。あと、アーデルさんにお礼を伝えといてほしい」


「わかったわ。あくまでも私の予想だけど、この恩は働いて返してくれって言いそうね。マスターは」


 十二分にありえる話だ。

 タダより高いものはないとはよく言うが、その通りになりそうで怖いものがある。

 俺は渡された地図を再び丸め、ウエストポーチ型の疑似アイテムボックスに地図をしまう。

 地図は落ち着ける場所で今度じっくりと読むことにした。


「あ、そうだ。ついでに聞きたいんだけど、何かオススメの依頼はないかな?」


「ずいぶんざっくりとした質問ね。採取、護衛、討伐、他にも色々とあるけど、何か希望はあるかしら?」


 特に考えていなかったが、今日は久々の冒険者活動なので、なるべく時間が掛からない依頼がいいと俺は考えるが、念のためにディアとフラムの意見を聞くことに。


「二人は何系の依頼がいい?」


「私は討伐がいいぞ! 最近は身体を動かしてなかったからな」


「わたしは何でもいいよ」


 かなり食いぎみにフラムが討伐系の依頼を押すこともあり、討伐依頼にする旨をリディアさんに伝えた。

 するとリディアさんは幾つかの書類をカウンターの下にある引き出しから取り出し、俺たちに見せる。


「討伐の依頼で時間があまり掛からない依頼はこのくらいよ。BランクからCランクの依頼書だけを見せてるけど、問題はない?」


 Dランク以下の依頼を受けてもあまり旨味はない。

 上級冒険者であるCランク以上の依頼とそれ以下の依頼では報酬額にかなりの違いがあるためだ。


 俺が出された依頼書に目を通していると、フラムが口を開く。


「……報酬がかなり少ないぞ。Bランクの依頼でも良くて金貨5枚か」


 金貨5枚はおおよそ日本円にして50万円。

 そう思えば決して安い報酬ではないが、多額の金を持っている俺たちからすれば、魅力を感じることが出来ないのは事実である。


「あなた達……だいぶ金銭感覚が狂ってるわよ? 金貨が5枚もあれば二ヶ月は余裕で生活出来るというのに……。まぁ仕方ないわね。あなたたちは相当お金を持っているだろうし」


「はははは……」


 リディアさんには俺たちの懐事情をある程度知られているため、俺は乾いた笑い声を上げてその場をはぐらかす。


「でも、これから冒険者ランクを上げていくんでしょ? Aランクにでもなれば、報酬額の桁も変わるからあなた達でもやり甲斐が出るんじゃないかしら? それで、どの依頼にするか決めた?」


「それじゃあ日帰りで終わりそうだし、これにしようかな」


 選んだ依頼は王都近辺にある森に住み着いているオーガの討伐依頼。

 報酬は金貨3枚とあまり高くはないが、久しぶりである冒険者活動のリハビリだと思えば悪くはないと判断する。




 こうして俺たち『紅』の冒険者活動は再始動したのだった。

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