第84話 リゼットの奮闘
物陰で仮面を着けた俺たち三人は闘技場内へと向かう。
俺たちは観戦をするために来たわけではないので、入り口が他の一般客とは違い、関係者入り口から中に入ることになっていた。
エドガー国王曰く、関係者入り口から中に入るためには本来、身分を証明する冒険者カードなどが必要なのだが、俺たち三人は偽名を使っているために冒険者カードを警備の者に見せるわけにはいかない。
そのため、関係者入り口の前でアリシアが俺たち三人のことを出迎えてくれることになっていた。
「アリシア、わざわざごめん」
入り口の前でこの国の王女を待たせていたのだ。開口一番、俺はアリシアへ謝罪する。
「いえ、謝られる必要はございません。元々は父が無理を押して頼んだのですから。それよりも中へと入りましょう。ここでは目立ってしまいます」
こういったアリシアの腰の低い態度を見ると、今更ながら本当に王女なのかとつくづく思ってしまう。
関係者入り口を守る警備の者はこの国の王女であるアリシアが俺たち三人を案内していたことで、何も言わずに一礼をするだけで通したのだった。
ラバール王国の代表者控え室に案内されたが、そこにはまだ誰もいなかった。
「あれ? まだ誰もいないみたいだけど、他の代表は?」
疑問に思った俺はアリシアが知っているかはわからないが、そう聞く。
「先に学生が戦う前座があるため、魔武闘会が始まるのは後三時間はありますので、まだ他の方々はいらっしゃらないでしょう。ダニエルでしたら、時間になるまでは父の護衛をしているはずです」
後三時間ってことは俺とフラムの出番は午後からってことになるのか。
現在の時刻は午前九時を回ったところ。
十時から学生同士の戦いが始まることは聞いているので、おそらくは学生同士の戦いが終わり、昼休憩を挟んでから本大会が始まることになるのだろう。
「それなら俺たちも午前中は観客席にいれば良かったかもしれないね。アリシアたちの戦いも見たいしさ」
今さら観戦チケットを手に入れることは難しいため、諦めるしかないと考えていたところでアリシアから良い話が。
「それでしたら問題はございません。二階の観客席から見ることは出来ませんが、この部屋を出てさらに奥に進めば、関係者席がありますのでそこから観戦していただけますよ」
「ありがたいな。俺としては放課後にしてた訓練の成果を見たかったからね。――ってそれよりもアリシア、時間大丈夫!? 案内させた俺が言うのもあれだけど……」
俺が若干慌てながら心配をするが、そんな俺の様子が面白かったのかアリシアは笑みを浮かべる。
「心配なさらないで下さい。後は着替えるだけですから」
「でも心を落ち着かせる時間とか必要なんじゃない? 大勢の人に見られるわけだし。アリシアは緊張したりはしないの?」
こんな大舞台だ。俺だったらとてもじゃないが平常心を保つのは難しい。しかしアリシアは出番が近いにもかかわらず平然とした様子だ。
「私は人前に出ることに慣れていますから」
それもそうか。王女だったら人前に出る機会なんて幾らでもあっただろうし。
その後、アリシアと試合とは何の関係もない雑談をし、彼女は控え室を後にしたのだった。
俺たち三人は現在、アリシアに教えてもらった関係者席で生徒同士の試合を観戦している。
試合が始まる前には各国の国王と大公が長話でもするのかと、てっきり思っていたのだがそんな事もなく、審判と思われる白のワイシャツに黒いズボンを履いた男性が軽く代表選手の紹介や試合のルールを説明し、試合が始まったのだった。
試合のルールは意外にも危険なもので、それを聞いた俺は少し驚いた。
・相手に致命傷を負わせる攻撃の禁止
・観客を巻き込む攻撃の禁止
・勝敗は相手を気絶させるか降参させるかで決定される
・武器は刃を潰した物のみ使用が許可される
・学生同士の試合では勝ち残り戦ではなく、三勝した側の勝利
・三勝を決めても五試合は最後まで行われる
審判から説明されたルールはこの様なものだった。
闘技場にはステージがないため、場外に飛ばされたら負けなどのルールは存在せず、直径百五十メートル程の広さの中で自由に戦う。
俺が驚いたルールは気絶させるか降参させるかで決定されるという部分。要するに寸止めでは試合が決まらない可能性がある。
もちろん相手が寸止めされた結果、降参をする可能性はあるが逆に言えばそこまでされても降参さえしなければ負けにはならないのだ。
そんなルールで確実に勝利を得るためには相手を気絶に追い込むか、圧倒的な力量差を見せつけて心を折るしかない。
一応、一流の治癒魔法の使い手が控えているらしいのだが、学生同士の試合でこのルールは厳しすぎるのではないかと俺は感じたのであった。
そして今二試合目の戦いが終了し、俺の教え子が勝利を収めた。
これにより現在の戦績は一勝一敗となる。
ここまでの二試合は降参により試合が決まったため、重傷者は出ていないようで俺は安心していた。
二試合目が終わり、五分間のインターバルを挟み、次に出てきたのはリゼット。
リゼットは闘技場の中央へと進むと目を閉じ、集中している様子を見せる。
対戦相手は大柄で黒い髪を短く刈り込んだ男子生徒。
彼の手には槍が握られており、その槍を大柄な見た目とは似合わずにくるくると器用に回し、構えを見せた。
両者が出揃ったことで審判が開始の合図を告げる。
「――始め!」
開始の合図と共にリゼットはレイピアを片手に一気に間合いを詰める。
リゼットの得意武器はレイピアのため、槍を持つ相手に間合いを離すのは不利だと考えたのだろう。
間合いを詰めた勢いで素早い突きを何度も繰り返す。
しかし、相手の男子生徒も伊達に代表には選ばれてはいない。リゼットの突きを槍と足捌きでかわしていく。
だが完璧に全ての攻撃をかわしきることはできておらず、肩や脇腹をレイピアが掠めることが数度あった。
「はぁーー!!」
リゼットは声を上げ、さらに一段階ギアを上げた高速の突きをお見舞いする。
男子生徒はその速度についていけず、徐々に後方へと押し込まれる形となっていく。
「「おぉ!!」」
観客はリゼットの攻撃に声を上げ、会場が大きく沸く。
このまま男子生徒が防戦一方になれば、リゼットの勝利は間違いないだろう。
しかし、ここで男子生徒は賭けに出た。
リゼットの渾身の一撃を左肩にあえて受けたのだ。
男子生徒は痛みに顔を歪めながらも、レイピアが一瞬止まったことで右手に持った槍を力任せに大きく振り回す。
その攻撃をリゼットは防ぎきれないと判断し、大きく後方へと飛び下がる。
これにより、二人の間合いが大きく空いてしまうのだった。
間合いが一度空いてしまえばレイピアでは槍のリーチには勝てない。そこからは攻守が逆転し、リゼットが防戦一方となってしまう。
上段からの槍の一撃がリゼットを襲う。
その攻撃はモーションが大きく回避することはそう難しいことではない。
しかし回避することはできても、それをレイピアで受け止めることはリゼットでは難しい。
圧倒的な腕力の差。
それがリゼットが攻撃を受け止めることができない原因となっていた。
本来ならば受け止めた後に相手の懐に潜り込みたいところなのだが、それが出来ない。
回避したところで相手の懐に潜り込もうと何度かリゼットは試みたが槍の突きによる牽制で失敗に終わっていた。
リゼットは放課後の訓練でレイピアに風魔法の付与を素早く行えるように練習し、以前と比べれば段違いに早くなっていた。
しかし一対一の試合では付与を行う時間が取れない。
付与さえ出来てしまえばこの試合は再びリゼットが優位に進めることができるだろうが、今のままでは不可能である。
俺がリゼットの立場だとしたら風魔法を使い、相手を吹き飛ばしたりとしただろう。
けれどもリゼットに限らず、学生の実力では隙を生まずに魔法を使うことは難しい。どうしても魔法スキルを使用する際には隙が生まれてしまうのだ。
魔法を使用するにはしっかりとした魔法のイメージと魔力のコントロールが必要となる。
それらをただ走り回りながらするのではまだしも、相手の攻撃を回避しながら行うのはかなりの高等技術で、一朝一夕で会得することはできない。
俺の場合、その辺りの技術はディアが封印されていたダンジョンの攻略を通じて習得に至っていた。おそらくは『
そんな事を俺が考えていた間もリゼットは上手く相手の攻撃を回避し続けていた。
相手のスタミナ切れを待つ作戦なのか? と考えたがどうやら違ったようだ。
槍で放たれる変幻自在の攻撃の一つをリゼットは待っていた。
その攻撃は横凪ぎに振り払われる一撃。
もちろんそんな攻撃が直撃してしまえば敗北は確定的だろう。
しかしリゼットは横凪ぎの一撃が相手から放たれた瞬間にレイピアを槍と自身の身体の間に滑り込ませると共に攻撃された逆方向へと横飛びしながらあえて吹き飛ばされた。
その一撃でリゼットは数十メートルは吹き飛ばされただろうか。
地面を転がりながらも上手く受け身をとり、即座に立ち上がる。
だが、流石に無傷とはいかなかったのか、額や腕などから出血をしていた。
そんな傷を負ったにもかかわらず、リゼットの表情には笑みが浮かぶ。
何故ならリゼットと男子生徒の間には一瞬で埋めようのない距離が生まれたからである。
男子生徒は大柄なだけあり、足は遅く、リゼットへと向かって全力で走りながら距離を詰めていたが、既に手遅れだ。
リゼットは五秒程の時間でレイピアに風魔法の付与を完了させていた。
そして男子生徒が近寄ってくる中、リゼットも相手へ向かい距離を詰める。
互いの距離が二メートル程となったところで男子生徒は槍から突きを放つ。
リゼットが風魔法を付与する前であれば、その突きに対して下がりながら回避するしかなかっただろう。
けれども風魔法を付与したレイピアを持ったリゼットであれば、真正面から受け止めることができる。
槍先にレイピアを当て、相手の槍の軌道を軽々と横に反らす。
相手の槍はリゼットの身体の横をすり抜け、男子生徒は無防備な身体をさらしてしまう。
それを逃すリゼットではない。
レイピアの間合いに踏み込むと全力の一撃を持って相手の利き腕である右肩目掛け、強烈な一撃をお見舞いしたのだった。
その結果、男子生徒の右肩の骨は砕け、槍を地面へと落とす。
「――降参だ」
男子生徒から降参の一言を聞いたリゼットはレイピアを天高く掲げ、勝利をアピールする。
「「うぉぉぉ!!」」
会場からは溢れんばかりの歓声と拍手が巻き起こり、勝者であるリゼットを称えたのだった。
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