第85話 偽装
リゼットが試合に勝ったことにより、ラバール王国側が二勝一敗となった。
残る試合は二試合。
どちらかの試合で勝利を掴むことが出来れば、学生同士の試合はラバール王国側の勝利となる。
そして残りの二試合に出場するのはディオンとアリシアの二人なのだが、ディオンについては練習を見ていないためにどこまで仕上げてきているのかが不明だ。
まぁディオンはどうなるかわからないけど、今のアリシアの実力なら学生相手ではたぶん負けることはないか。
アリシアは毎日のように放課後になると、俺を相手にした対人戦闘訓練を行っていた。
その結果、短い期間ではあったが実地訓練の頃に比べると、さらに一段階上の実力を発揮できるようになったのだ。
ただし、対人戦闘に限った話であるが。
リゼットが退場し、インターバルを挟んでディオンが闘技場へと現れる。
その姿は堂々としたもので、緊張とは無縁の表情を浮かべていた。
そしてディオンに遅れること少し、ブルチャーレ公国側の生徒が登場する。
その生徒は褐色の肌をした黒髪の男子生徒で、陽気に観客席に向かい手を振りながら、笑顔を見せていた。
どっちの生徒も緊張なんて言葉を知らないみたいで羨ましいかぎりだ。っていうかブルチャーレ側の生徒は二刀流?
見るとブルチャーレ公国側の生徒の腰には二本の剣がさげられている。
短刀やナイフならまだしも、普通の剣を二本同時に操るのはかなり難しい。片方を攻撃、もう片方を防御に使うような戦い方であれば、おとなしく盾を持った方が強い。
二本の剣で攻撃と防御のどちらもスムーズに行えるとなると相当な実力を持っているか、そういったスキルを所持しているかのどちらかだろう。
俺は好奇心に駆られ『
能力を見てしまえばディオンと相手の生徒の強さが簡単に比べられてしまう。もちろん、スキルの能力だけが試合を左右するわけではないが、勝敗の見当が大体ついてしまうのだ。
二人が所定の位置につくと観客の歓声が静まり、審判がそれを見計らったかのように試合開始の合図を告げる。
「――始め!」
最初に動いたのはディオン。
相手が近接戦闘向きだと思ったのだろう。一度後方へと下がりながら風の刃を放ち、牽制を行った。
ディオンは剣と魔法の両方を使うことができるが、俺の印象としてはどっちつかずといったもの。
学生の中ではどちらも高水準の実力を持っていることには違いない。しかし飛び抜けてはいないのだ。
そのことはディオン自身も自覚しているのだろうか、剣に特化しているであろう相手に剣での戦いを挑まず、魔法主体の戦法にしたのは良い判断だと言える。
風の刃を放たれた男子生徒は軽々とサイドステップでかわしていく。かわしている最中、男子生徒は剣を抜いてすらいない。
ディオンはある程度距離を開けると一度立ち止まり、そのまま相手をギリギリ傷付けられる程度の最小限の威力で風の刃を放ち続ける。
おそらくは魔力を枯渇させないために出力を抑えているのだろう。
「これは長引きそうだね」
男子生徒は未だに剣を抜かずに回避に専念。ディオンはディオンで少量の魔力で魔法を放っているため、まだまだ魔力が尽きることはない。
「うん。さっきの試合に比べると見ごたえがない」
ディアはこの試合への興味がほとんどなくなっているのか、目を擦りながら欠伸を我慢している。
それに対してフラムはというと、しっかりと二人の戦いに視線を向けていた。
「意外にフラムは試合を見てるんだね。フラムはこういった、試合展開は嫌いかと思ってたよ」
「いや、別に面白いと思っているわけではないぞ? ただ、何であの男はさっさと試合を終わらせないのかと思って見ているだけだ」
「ディオンのこと?」
「違うぞ。二本の剣を持っている方だ」
……やっぱりそっちか。
正直、俺もフラムと同じ感想を抱いていた。
剣を抜かない余裕といい、風の刃への反応の良さといい、かなりの実力を持っているのだろうと感じていたのだ。
ディオンは風の刃を単調なリズムで放っているため、その気になれば間合いを詰めることはできるはず。
もちろん、ディオンを警戒しているという線も考えられなくもないが男子生徒の表情を見る限り、ただ楽しんでいるようにしか見えなかった。
それから数分が経ち、ようやく違った動きを見せる。
このままでは埒が明かないと判断したディオンが風の刃を放つことを止めたのだ。
そして次にディオンが繰り出したのは三つの竜巻。
闘技場の床は土のため、竜巻により砂が巻き上げられる。
三つの竜巻が男子生徒に向かって意思を持ったかのような動きを見せながら、三方向から襲い掛かった。
砂が巻き上げられたことによって相手の視界を奪ったディオンは、三つの竜巻の内の一つに身を隠しながら剣を抜き、男子生徒へと走り寄る。
ディオンからすれば、相手が竜巻に巻き上げられても良し、竜巻から抜け出した瞬間に仕留めるのも良しといったところだろう。
ついに相手生徒を竜巻が飲み込むという瞬間、闘技場内に暴風が吹き荒れ、ディオンが生み出した竜巻がその暴風によってかききえる。
砂を含んだ強風を突如受けたディオンは咄嗟に腕で両目を隠してしまう。
「――くっ! なんだ!?」
風に乗ったディオンのそんな声が俺に届く。そして隣に座るフラムからも声が聞こえてきた。
「終わりだな」
ディオンが自ら視界を腕で隠している間に相手生徒は即座に近付くと、がら空きとなっていた左側頭部へハイキックを撃ち抜く。
ハイキックが綺麗に決まり、ディオンは声を上げることもできずに意識を手放したのだった。
試合が終わり、会場内には歓声や試合内容について語るような声があちらこちらから聞こえてくる。
「剣を使わないで終わったね……。少し二刀流を見てみたかったな」
少しがっかりとしているとフラムから声を掛けられる。
「主は情報を見ていなかったのか? 相手生徒には二刀剣スキルはおろか、剣術系統のスキルすら持っていないぞ」
「――え?」
俺は『神眼』を使用し、相手生徒の情報を読み取ってみるとそこにはフラムの言うとおり剣術系スキルは存在せず、彼の所持している戦闘系スキルは『暴風魔法』と『格闘術』くらいであった。
「本当だ……。まさか腰に差しっぱなしの剣はハッタリだったのか」
「そうだと思うぞ。真正面から剣で攻めていればこちらが勝っていたかもしれなかった」
完全に俺も相手生徒の作戦に引っかかってた……。かなりの実力者だと思っていたのが的外れで恥ずかしい……。
試合が終わった相手生徒は肩で息をしながら、服の袖で汗をぬぐっていた。軽々と風の刃をかわしているように見えたのも演技だったのだろう。
しかし疑問に思うところがある。
試合の途中でフラムが言っていた通りにディオンを上回る風魔法スキルを持っているのにもかかわらず、何故使用せずに回避に専念していたのかということだ。
さっさと勝負を決めようと思えばできたはずだが、そうはしなかった。
フラムに聞いてみようかと思ったが、フラムも俺と同じ事を考えているのか首を捻っていたため、代わりにディアに聞いてみることに。
「何で相手生徒はすぐにディオンを倒さなかったのかわからないんだけど、ディアはどう思う?」
するとディアはすぐにその質問の答えをくれた。
「こうすけとフラムは相手のスキルを見ることができるからそう思うだけだと思う」
「あ、確かに……」
すっかり失念していた。
俺とフラムの場合は相手の情報を見ることができるため、相手が何を出来て何が出来ないのかを把握しながら戦うことができる。
もし、そういった情報を見るようなスキルがなければ相手の実力を把握するのは難しく、慎重にならざるを得ないのだ。
「今回の試合は作戦負けってところだな。奴が間合いを離した時点で勝敗は決まったようなものだ」
こうして四試合目の戦いが終わり、二勝二敗に。
ちなみにディオンは担架のようの物で運ばれていった。
そして次はアリシアの試合であり、ラバール王国とブルチャーレ公国の学生同士の勝敗を決める大一番でもある。
当然観客もラバール王国の王女が出場することを理解しているのだろう。会場のボルテージは徐々に上がっていくのであった。
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