第82話 不安

 晩餐会が終わり、エドガー国王やヴィドー大公などの身分が高い者から順に参加者たちが会場を後にしていく。


 俺たち三人は会場の端にいたこともあり、貴族たちが会場からいなくなるまではその場で待機することにしていた。


 そして会場内から八割方、人が捌けたところでそろそろ屋敷に戻ろうと俺が二人に提案をしようとした時にある人物から話し掛けられたのだった。


「コースケ殿、少しお時間をいただけないでしょうか?」


 先程までエドガー国王の側で護衛を行っていたはずのダニエル副隊長がそう俺に尋ねてきたのだ。


「大丈夫ですけど、何かあったんですか?」


「明日の魔武闘会について話がしたいのです。もちろんフラム殿にも話を聞いていただきたい」


 俺がダニエル副隊長に了承の返事をすると、晩餐会が開かれた会場から数分歩いた場所にある部屋に案内されたのだった。




 案内された部屋に入るとそこにはエドガー国王の姿があり、俺たちが入室したのを確認すると六人掛けのテーブルに座るように指示をする。


「ダニエル、ご苦労。お前も椅子に座ってくれ」


「かしこまりました」


 ダニエル副隊長はエドガー国王の隣の席に腰を降ろし、俺たち三人はその対面に座った。


「コースケたち悪いな。また呼び出して」


「別に構いませんよ。話というのは明日の作戦会議みたいなものですか?」


「ああ。そんなところだ」


「とは言っても一対一の勝ち残り戦というルールで作戦とか必要なんですか?」


 事実、魔武闘会のルールではどちらかの代表五名が脱落するまで続けられるため、一人の強者がいれば他の四人がいくら弱くても問題がない。チーム戦であれば作戦会議を開く意味はあるとは思うが。


「正直に言うと最初は俺も必要ないと考えてたんだが、ブルチャーレ公国の代表を知り、考えを改める必要があると思ったんだ」


「理由はSランク冒険者パーティーの『銀の月光』ですか?」


 俺がSランク冒険者を見たのは今日が初めてであった。

神眼リヴィール・アイ』を使用しなかったこともあり、その実力の程はわからないが、エドガー国王が警戒する理由もわからないでもない。


 しかし、こちらにはフラムがいるのだ。

 フラムが手を抜かない限りは負けることはないだろう。

 それに自分で言うのもあれだが、俺自身もそこらの冒険者に負けるほど弱くはないと自負している。


「そうだ。だが相手がSランク冒険者だといった理由だけでもない。実はな、ダミアーノが今回の代表メンバーにかなりの自信を持っていたことが主な理由だ」


 俺はエドガー国王の話に疑問を覚える。


「Sランク冒険者が三人も代表にいたら、自信を持つのは当たり前では?」


「それが違うんだなこれが。ダミアーノはあんな面をしてるが、その性格は自信家ではなく、むしろ真逆の性格をしている。何事にも慎重なあいつが"逸材"とまで評した事に不気味さを感じてな」


 不気味さか……。


 慎重な性格の人物に逸材だと言わしめる程の者となるとエドガー国王が不気味さを感じるのも無理はない。


 晩餐会で『銀の月光』のルミエールと話した際に、彼女は俺たちから強者の匂いがすると言っていたことからもルミエールの実力者を感じ取る感覚が優れていることはわかる。

 そしてその感覚を持ちながらもフラムに対して宣戦布告を行ったということは自身の実力に相当な自信を持っていることは確かだろう。


 それらのルミエールの行動を考えると俺も彼女には不気味さを感じざるを得ないのは事実。

 しかし彼女が無鉄砲なだけの可能性も十二分にあるが。


「国王様の考えはわかりました。それでは明日の魔武闘会はどのように戦うつもりですか?」


「コースケには言ってなかったが、魔武闘会では前回大会の敗戦国の代表が対戦相手を指名することが出来るんだが、最初にコースケとフラムには『銀の月光』以外の二人を指名し、戦ってもらう」


 今の話で俺はエドガー国王の意図をある程度理解する。

 要は俺とフラム以外の三人を『銀の月光』の物差しにするつもりなのだろう。


 もし俺とフラムが『銀の月光』の誰かと戦い、思わぬ手段で敗れてしまった場合、ラバール王国側に勝ち目がほとんどなくなってしまう。

 そのリスクを減らすために他の三人の代表を最初に『銀の月光』にぶつけ、情報収集を行うことにより、少しでもラバール王国が勝利する確率を上げるつもりなのだと俺は察した。


「わかりました。フラムもそれでいいかな?」


「問題ないぞ。どのみち私が複数回戦うことになるだろうからな」


「ですが、国王様。本当にその作戦でいいんですか?」


「ん? どういうことだ?」


 俺の言っている意味がわからないといった様子でエドガー国王は僅かに首を傾げている。


「俺とフラムを初戦から『銀の月光』と戦わせれば、ラバール王国の代表の全員が勝利する可能性もあると思うんです。そんな圧勝劇を見せれば国王様を支持する者が多く現れるのではないかと」


「そう言うことか。確かに全勝すれば相応の利益をもたらすだろうな。だが、負けた時の代償の方がデカいんだよ。今の状況は僅かな可能性に賭けて百点を取るよりも確実に五十点を取ることの方が重要だ」


 もしラバール王国側が魔武闘会で敗北してしまえば、エドガー国王は派閥争いで不利になる事は間違いなく、それどころか致命傷にもなりかねない状況。

 そういった事を考えれば大きな利益を得られずとも確実な利益を得たいという判断なのだろう。


「まあ少し慎重過ぎるかもしれないけどな。それに――ダニエルには損な役割を押し付けちまって悪い」


 エドガー国王はダニエル副隊長に向き直り謝罪するが、ダニエル副隊長はその様な対応をされて逆に畏まってしまっていた。




 そして話が終わり、その後エドガー国王からお土産に渡すと言われていた紅茶の茶葉を大量に受け取り、俺たち三人は屋敷へと帰ったのだった。


――――――――――――――――――――――


 晩餐会が終了し数時間経った今、王都一の高級宿の一室で『銀の月光』の三人は各々寛いでいた。


 そんな中、リーダーであるオリヴィアは紅茶を片手に席に着き、ヴィドー大公の側近から受け取ったとある資料に目を通している。


 その資料にはラバール王国の代表者についての情報が記載されていた。

 しかし代表は晩餐会で発表されたばかりであり、詳細な情報は調べきれてなどいない資料ではある。


 もちろん事前にブルチャーレ公国がラバール王国の代表を探ろうと思えば不可能ではないが、魔武闘会は戦争ではない。

 あくまでも二か国間の交流を深めるためのイベントの一つに過ぎないため、事前に情報を調べるような無粋な真似は暗黙の了解で互いにしないことになっていた。


 しかし、発表後となれば話は別。

 晩餐会で代表が発表されたと共に、ヴィドー大公が引き連れていた情報官の人間が晩餐会の会場を後にし、僅かな時間で調べられた限りの情報が現在オリヴィアの手元に届けられていたのだ。


「ふむ……。この資料には三名の情報しか記載されていないが、どうやらその三名は私たちの相手にはなりそうもないな」


 オリヴィアは軽いため息を吐くとティーカップに手を伸ばし、喉を潤す。

 資料に書かれていた情報には三人のスキルや得意武器、性格などが載っていたが、完璧な情報ではないだろう。

 しかしこの情報に記載されている三人の能力が正しいものだとすれば、つまらない戦いになるであろうことがオリヴィアを落胆させていた。


 『銀の月光』がこの大会に参加したことには深い理由はない。

 ヴィドー大公から打診を受けた際にはオリヴィアとノーラには参加をする意思はなかったのだが、ルミエールが強者と戦える機会があるのであれば戦うべきという主張をしたために参加したにすぎない。

 それでもノーラは参加には否定的であったが、オリヴィアは強者と戦うことでさらなる高みが見えるのではないかという淡い期待もあったことからルミエールの主張を認め、打診を受けたのだった。


「やっぱり弱そう……?」


 ノーラはオリヴィアが落胆している雰囲気を察し、声を掛ける。

 こういった気遣いをノーラがすることは珍しいことではない。

 普段のノーラは会話すら面倒だと思っているが、仲間に対しては気遣いができる優しい一面を持っているのだ。


「正直に言ってしまえば弱い。あまり相手を見下す様なことは言いたくはないのだが……」


「でもオリヴィア。その資料には三人の情報しか載ってないんでしょ……? 誰の情報が載ってないの……?」


「晩餐会で会話を交わした、仮面の二人の情報がない。確かトムとラムという名だったはずだ」


「あぁ……。あの二人……。ルミエールはかなり期待しているみたいだったね……」


 ノーラはソファーで寝そべっているルミエールに話を振る。

 ルミエールはその話に食いつく様に身体をすぐに起こし、会話に加わった。


「あの二人か! あれは当たりだ。オリヴィアとノーラは本気で戦わねば負けるかもしれないな!」


 その言葉を聞いたオリヴィアは眉を僅かに動かす。それは驚きのためだ。


 ルミエールが『銀の月光』に加わってから今日まで、彼女が強いと認めた者は誰一人としていなかった。

 今まで幾度か他のSランク冒険者パーティーと顔を合わせた機会はあったが、ルミエールはその誰もを強者だと認めたことはない。

 そんな彼女があの仮面の二人を強者と認めた事実にオリヴィアは驚いたのだ。


「そこまでなのか?」


「ほぼ間違いなく、な!」


「根拠は……?」


 オリヴィアとノーラはルミエールの強さを知っている。しかし何をもってルミエールが強者か否かを判断しているのかを出会ってから未だに知らないでいた。


 今までは自身の強さに相当な自信を持っていることからルミエールが他者を認めないだけなのだと二人は考えていたが、どうやら違ったらしい。


「根拠か。そういえば二人には話してなかったか! 我には上級アドバンススキルである『鑑定』より上の情報看破スキルを持っているのだ」


 ルミエールの発言を聞いたオリヴィアとノーラは呆れた様な表情を浮かべる。

 それも無理ないことで、今までに『鑑定』などの情報を覗き見るスキルがあれば楽ができた場面がダンジョンを攻略する時など、幾つもあった。

 それにも関わらず、ルミエールが今の今までスキルを二人に隠していたことに呆れる他なかったのである。


「……そんな理由があったのか。色々と言いたいことはあるが、それは後回しにしよう。それでそのスキルで見た仮面の二人はどのようなスキルを持っていたんだ?」


 オリヴィアは説教をしたい気持ちに駆られるが、ぐっと抑え込み、仮面の二人の情報を得ることを優先した。


「いや、わからない!」


「……どういうことだ?」


 上級アドバンススキルである『鑑定』を越えるスキルをルミエールは持っていると言うのだ。それなのにわからないと発言したことに疑問を持つ。


「我でもあの二人の情報を見ることが叶わなかったということだ」


 そんなことがあり得るのだろうか?

 『鑑定』を越えるスキルとなるとそれは最低でも英雄級ヒーロースキルとなるのだ。

 そんなスキルを防ぐことができる者が一人ならオリヴィアはまだ納得ができた。

 しかしそれが二人となると話は変わる。そんな偶然は常識的に考えれば信じられない。


「それは本当なのか?」


「間違いない。それにもう一人あいつらには仲間がいたであろう? その者の情報も見ることができなかった」


「――なっ!」


 あり得ない。

 二人でもあり得ないことにも関わらず、それが三人。

 普段冷静なオリヴィアでも声を上げずにはいられなかった。


 しかし、オリヴィアはそれから数秒間思考した結果、一つの可能性にたどり着く。


「あの仮面に何か秘密がある可能性はないか?」


 あの三人が同一の仮面を着用していたことに思いあたる。

 あれが国宝級の魔道具であれば、ルミエールの情報看破スキルを防ぐことも不可能ではないと考えたのだ。


「我は魔道具には詳しくないからな、その可能性もあるかもしれない。だが、我の勘は強者だと感じている。――あぁ! 明日が待ちきれないな!」




 ルミエールは期待を胸に。

 ノーラは気だるげに。

 そしてオリヴィアは僅かな不安を抱えながら魔武闘会を迎えるのであった。

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