第61話 波乱の前触れ

 学院長から実地訓練の話を聞き終わり、始業の鐘が鳴る前に俺たち三人がSクラスの教室に入ると、何故かいつもと少し様子が違う。

 普段なら俺たちが教室へと入ると生徒たちは自分の席に戻り、静かにしているのだが、今日に限っては教室内がざわめきだしたのだ。


「あれ? どうしたん――」


 俺が生徒たちに話しかけようとする途中、三人の男子生徒が俺たちのもとへ近寄り、逆に話しかけられる。


「先生、僕たちも放課後の自主訓練に参加させて下さい!」


「「お願いします!」」


 急にそんな事を言われ、少し戸惑う。


 基本的に放課後の自主訓練に参加していた生徒たちはアリシアを中心とした派閥のメンバーが大半である。

 最初はクラスに派閥の様なものが存在していたとは知らなかったのだが、流石に一週間もSクラスの生徒たちを見てきたことで派閥の存在に俺は気付いたのだった。


 このクラスでは大まかに分けて三つのグループが形成されている。


 一つはアリシアを中心とした派閥。

 この派閥の生徒たちは真面目な生徒が多く、放課後の自主訓練にも精を出している。男女比は3:7で女子生徒の方が多い。


 もう一つは金髪オールバックことディオンを中心とした派閥。

 アリシアの派閥とは違い、男子生徒のみが集まっている派閥で、アリシア派にかなりの対抗心を一方的に燃やしていた。


 最後はどちらの派閥にも属さない生徒たち。

 この生徒たちは個性的な性格をしている者が多く、他人との関わりに興味がない者ばかりなのだが、中には放課後の自主訓練に参加している生徒もいる。


 そして今回、俺に自主訓練の参加を願い出た三人の生徒はディオン派の生徒であったため、俺は少し戸惑っていたのだ。


 ちなみにディオン派の生徒で自主訓練に参加していた生徒は今まで誰一人としていない。

 それにも関わらず、何故今日になって急に参加をしようとしたのかが気になった俺は直接聞いてみることにした。


「参加するのは構わないけど、どうして急に?」


 すると、一人の男子生徒が代表して答える。


「実はコースケ先生とフラム先生の戦いを見た生徒たちが凄い戦いだったと興奮しながら話しているところを見たのです」


 昨日の模擬戦のことか。どうりで俺たち三人が教室に入ったときに騒がしくなったわけだ。でもあの模擬戦を見て、生徒たちに何か刺激を与えられたのならフラムと戦った価値があったかもしれないな。疲れるから二度と御免だけど。


「なるほどね。でもいいのか?」


 俺はあえてわかりにくい言い方をし、視線でディオンの事をどうするのかと聞く。


「それは……」


 言葉の意味を理解したのだろう。生徒たちは表情を暗くしながら、言い淀む。そして口を閉ざしてから数秒ほど待つと、何かを決心した表情で言葉を続けた。


「僕たちは強くなりたいのです。強くなるためなら派閥を変えるつもりです」


 その言葉は力強く、意志を固めた様に感じる。

 そして三人の生徒にとって幸運な事に教室内が騒がしいおかげでディオンには聞こえてはいないようだ。とはいっても派閥を変えたことなど、すぐに気付かれるだろうが。


「でもどうしてそこまで強くなりたいんだ? 貴族の子供なんだから強さに拘る必要はないと思うんだけど」


 冒険者になると言うのなら強くなりたいという気持ちは理解できる。だが貴族の子息なら冒険者になり、わざわざ危険を犯す必要はないはずだ。


 しかしそんな俺の考えは否定される。


「僕たちは確かに貴族の子ですが、僕たち三人とも嫡男ではありません。将来は兄が爵位と領地を継ぐことになるため、いつか自立しなければならず、兄の手伝いをするか騎士になるかの道しかほとんどないのです」


 貴族の子供に生まれたからといっても将来が安泰なわけじゃないのか。


 三人の生徒はそういった爵位継承の事情があるため、派閥を変えてまで強くなりたいのだろう。


「確かに将来騎士になる可能性があるなら強くなった方が良いね。俺は貴族の世襲について詳しくないから助言とかはできないけど、強くなるための訓練ならするよ」


「「ありがとうございます」」




 こうして三人の新たな自主訓練参加者が増えたところで、始業の鐘が鳴り響き、特別講師としての一日が始まったのだった。



――――――――――――――――――――


 学院が終わり、ディオンは王都にあるマルク公爵家の別邸へと帰宅する。


 マルク公爵家は先々代国王の弟の系譜に連なる一族で、王都の北に広大な領地を持つ。

 現在はディオンが学院に通っていることもあり、父親であるジェレミー・マルクは度々王都にある別邸へと訪れており、今も二週間ほど前から王都にいた。

 ちなみにジェレミー公爵が領地を離れている間はマルク公爵家の血筋を持つものが代理で領地を管理している。


 ディオンは帰宅すると玄関まで出迎えた使用人に荷物を投げ捨てるように預け、自室へと向かう。

 自室へと向かう途中に今日の出来事を思い出し、怒りのあまり大声をあげて苛立ちを吐き出す。


「あいつら、ふざけやがって! 僕が今までどれだけあいつらの面倒を見てやったと思っている!」


 怒りの原因はアリシア派に寝返った三人の男子生徒である。


 彼らは当初、貴族の嫡男ではないことから他の生徒たちと馴染めないでいたのだが、そこで手を差し伸べたのがディオンだった。

 もちろん可哀想だからといった単純な理由ではなく、打算があっての行動である。


 ディオンは学院に入学すると共に、自分を中心とした派閥を作ることに腐心していた。理由は父親からの指示があったため。


 マルク公爵家は反王派の中心であり、父親であるジェレミーは大きな野望を持っていた。それは自身がラバール王国の国王になること。

 国王になるためにはマルク公爵家を中心とした反王派に多くの貴族を引き込む必要があり、そのために息子であるディオンに学院で派閥を作るように指示をした。


 しかしディオンは不幸な事に同学年かつ同じクラスに王女でありながら実技、勉学共に優秀なアリシアが存在していたのだ。

 もちろん同い年に王女がいることは知っていたが、最大の誤算は自身よりもアリシアが優秀なことにある。


 入学前は自分よりも優秀な生徒が存在するはずはないと考えるほどの自信があり、学院に入学して優秀な成績を修めていれば自然と人が集まると考えていた。


 だが現実は学年次席。

 よりにもよって首席が王女であるアリシアだったため、派閥を作るのにはかなりの苦労が必要になったが、時間をかけながらも何とかそれなりの規模の派閥を作ることには成功した。


 そして三年生になり、ようやく生徒それぞれの派閥が固まったと思いきや、突如現れたのが特別講師である紅介たちだ。


 紅介たちが特別講師としてSクラスに来た当初、ディオンは平民の冒険者如きが教師面することに嫌悪感を覚えたが、それだけであった。


 しかし、特別講師がここにきて派閥争いに影響を及ぼす。

 紅介たちの実力が飛び抜けていたため、平民でありながらも生徒たちに教師として認められたのだ。

 そして紅介たちへ真っ先に師事を請うたのがアリシアとその派閥の生徒たちだった。


 ディオンは自身の貴族としての自尊心から平民に師事を請うことができず、ディオンに配慮して派閥の生徒たちもそれに倣うこととなる。


 だが今日、紅介とフラムの模擬戦の様子を聞いた自身の派閥の生徒三人が特別講師の強さに惹かれ、ディオンから寝返ってまで師事を請うという結果になってしまったのだ。


 ただでさえ紅介に模擬戦で苦い思いをさせられ、憎悪を募らせていたところで追い討ちのように今回の件があり、ディオンの感情は爆発したのだった。


「あいつら三人も許せないが、何より許せないのがあの平民である特別講師たちだ!」


 ディオンは怒りに任せ、廊下の壁を強く拳で叩きつける。


「どうした。騒々しい」


 壁を叩きつけた際に大きな音が響いたことにより、ちょうど近くの部屋にいた父親であるジェレミーが廊下に顔を出す。


「父上、申し訳ありません。少し感情が昂ってしまいました」


「一体何があった? お前がこの様な態度を取るなど余程のことか?」


 ディオンは父親の前では優等生を演じており、こういった姿を今まで見せたことがなかった。


「い、いえ……」


 父親に恥ずかしい姿を見られ、表情を曇らせてしまう。


「私は今、手が空いている。何があったか話すがいい」




 そう言われた後、近くの部屋に入り、特別講師が現れてから今日までの事を詳細に父親に説明した。


「なるほどな。その様なことがあったのか。しかし私の耳に特別講師が来るなど入っていなかったが」


「どうやら、誰かから特別講師をするように依頼された様です」


「誰かから依頼だと?」


「はい。以前その特別講師の内の一人に敬称を付けて呼ぶよう忠告をしたのですが、依頼主からアリシア王女殿下を含め、敬称を付けず呼ぶ様に指示されたと言っていました」


 ディオンの話を聞き、ジェレミーは依頼主の正体に気が付いたが、あえてその事を伏せてディオンに問う。


「お前にはその依頼主がわかるか?」


「……いえ、申し訳ありません」


 息子が依頼主に見当がついていないことを聞き、ジェレミーは表情には出さないが内心落胆する。


「そうか。なら依頼主が誰かを教えてやろう。それはおそらくエドガー国王だ」


「何故、父上には依頼主の正体がわかったのでしょうか?」


「簡単な話だ。アリシア王女を呼び捨てにしても良いと言える人物はこの国には二人しか存在しない」


 父親の解説を聞き、ディオンはようやく理解した。


「エドガー国王陛下と王妃であるセリア殿下ですか」


「それ以外には考えられないだろう。そしてセリア王妃は表立って何かをするような人間ではない」


 この一連の話を聞いたディオンはさらに怒りを覚える。


(特別講師たちは国王の手の者というわけか! どうりで僕の邪魔ばかりしたのだな!)


 ディオンはアリシアと紅介が初対面の振りをして裏では手を組み、自分の邪魔をしたのだと思い込んだ。


 そして父親に恥を忍んで頼み事をする。


「父上、このままではせっかく築き上げた僕の派閥がなくなってしまいます。そこでお願いがあるのです」


「聞こう」


 短く返事をし、続きを促す。


「三日後に実地訓練が行われるのですが――」




 ディオンの話を聞いたジェレミーはその頼み事を了承する。


「わかった。確かにこのままでは由々しき事態になるだろう。お前の願いを聞くことにする」


「ありがとうございます。父上!」


 頭を深く下げ、父親に感謝する。


「準備をする故、一日家を空ける。お前は何もする必要はない」


「わかりました。よろしくお願いします」




 この二人の親子によって、三日後の実地訓練に波乱が起きるのであった。

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