第53話 遠距離転移

 ナタリーさんとマリーがこの屋敷に来てから既に今日で九日。

 今ではすっかり全員馴染んで、仲良く暮らしている。


 この九日間では屋敷で生活する上で必要な雑貨や食品、その他諸々を買いに行ったり、注文したりとそこそこ忙しい日々を送っていた。


 俺はここ数日、朝食の後に軽い運動をこなし、屋敷の広い庭でとある実験をしている。

 その実験とは『空間操者スペース・オペレイト』を使い、別の場所へと転移するという実験だ。

 もちろん別の場所というのは元の世界という意味ではなく、例えば王都から商業都市リーブルへと転移ができるかということである。


 今日もこの後、ナタリーさんが作る朝食を食べてから実験を行うつもりだ。

 しかし、現在食堂には俺とマリーの二人しかいない。何故ならディアとフラムは朝にとても弱いため、毎朝朝食の時間になるとナタリーさんが二人を起こしに行っており、今日もナタリーさんが二人を起こしに行っていた。


 すると二階の方からナタリーさんの声が一階の食堂まで響いてくる。


「ディアちゃん! フラムちゃん! 朝ごはんですよ!」


 このセリフはここ最近の定番となっていた。


 フラムって出会ったばかりの頃に、竜族は数日間睡眠を取らなくても平気みたいな事を言ってた気がするんだけどなぁ。今では毎日熟睡してるし……。


 そして数分後、ナタリーさんが二人を連れてきて全員が席につく。我が家では全員がいる時はなるべく一緒に食事をするというルールが作られたのだ。


「ディアお姉ちゃん、フラムお姉ちゃん、おはようです!」


「……おはよう」


 ディアはまだ眠そうにしており、今にも瞼が閉じてしまいそうだった。


「マリー、それに主よ。おはよう」


 フラムはあくびを噛み殺しながら、覇気のない挨拶をしてくる。


「二人ともおはよう。ナタリーさんが作ってくれた料理が冷めないうちに食べようか。今日はマリーが目玉焼きを作ったんだって」


「頑張ったです! 少し黄身が崩れたですけど」


「味は一緒だから大丈夫。それにこれからもっと上手くなるよ」


「また今度頑張るです!」


 マリーは今では毎日元気に過ごしている。ナタリーさんの手伝いをして、出来る事をどんどんと増やしていくのだった。


「「いただきます」」


 全員が手を合わせて朝食を食べ始める。

 今日のメニューはマリーが作った目玉焼きにトースト、サラダ、そして野菜と肉を煮込んだスープ。

 特にスープはナタリーさんの得意料理の一つで三日に一回は俺のリクエストで作ってもらうほど気に入っているスープだ。


 そして朝食を済ませると、俺はディアとフラムに話しかける。


「ディア、フラム。明日は学院の特別講師を始める依頼の日だから忘れないようにね」


「大丈夫、覚えてる」


 ディアは意外にも約束事は覚えが良いのだ。それに比べてフラムはというと――


「すっかり忘れていたぞ。そうか明日からだったか」


 フラムは約束事に関してはかなり無頓着なのである。


「まあ、準備とかは必要ないと思うから今日は明日からの依頼に備えてゆっくりしてていいよ」


 二人はどうやらゆっくりとした一日を送るようだ。俺に返事をした後に各自の部屋へと戻っていく。


 そして俺は庭へ向かい、転移実験を行うことにしたのだった。




 庭に出てから軽いストレッチを行った後、早速実験を始める。


 ここ数日間の実験の成果はというと、リーブルへの転移は失敗に終わっていた。しかし、無駄に時間を費やしていた訳ではない。

 実験を何度も繰り返すうちにわかったこともあったのだ。

 それは転移する距離が遠ければ遠いほど大量の魔力を消費するということ。現状の俺の魔力量では精々十キロメートルの範囲内の転移しかできない。


 ちなみに一言で転移といっても、二種類の方法がある。

 一つはタイムラグがほとんど存在しない空間転移だ。この転移の方法だと戦闘ではかなり有効に使用することができる。

 自身を起点に『空間操者』で敵の近くへと空間を接続し、瞬時に転移するといった使い方ができるため、かなり便利なのだが、デメリットが存在した。

 それは自分しか転移させることができない点と視界内の範囲にしか転移ができない点だ。おそらく自身を起点にしてしまうと、空間の接続が一瞬で途切れてしまうためであると俺は考えている。


 そしてもう一つの転移の方法は、空間を移動するためのゲートを近くに設置し、脳内でイメージした場所にもう一つのゲートを設置するといった方法だ。

 この方法では自身だけではなく、ゲートが繋がっている限り、何人でも転移させることができる。しかし、この方法にもデメリットがあった。それは二つのゲートを設置するため、どうしても魔力の消費量が大きくなってしまうのだ。それに加え、距離が遠ければ遠いほど魔力の消費量が増えてしまうため、十キロメートルが限界となっていた。


 さて、今日はどうしようか。これ以上同じ事を繰り返すのは無駄だと思うし、何か別の方法を見つけ出すしかなさそうだなぁ。


 俺はそれから、身体を動かすことも魔力を使うこともなく頭を働かせていた。

 そして一時間以上経過したところで、頭を働かせて過ぎたせいなのかはわからないが無性に甘いものが食べたくなり、俺は擬似アイテムボックスからパイを取り出し、食べようと口を開いたときに一つの案が閃く。


 あれ? そういえばアイテムボックスって一度完成したら魔力が消費しないんだよな。でもこれって異空間に空間を接続してるのに何で魔力を消費し続けてないんだ? ……そうか! 一度ゲートを作ってしまえば、ゲートの維持には魔力を消費しないんだ! なんでこんな事に気付けなかったんだ俺は! ということは――


 パイを口の中へ放り込むと一度自分の部屋へと戻り、まだ何も物が入っていない空っぽのクローゼットを開ける。


 よし、これならいける!


 俺はそのクローゼットに『空間操者』を使用し、クローゼットの中にゲートを設置する。もちろん、目の前にゲートを設置する分には大した魔力は必要ない。


 その後、ナタリーさんに一言「出かけてくる」と声をかけ、屋敷を飛び出す。




 屋敷を飛び出し、さらには王都からも出て、体力が続く限り全力で走ることおおよそ二時間。俺は王都から百キロメートル以上離れた知らない土地へと来ていた。


 よし、ここまで来れば十分だな。


 俺は実験を再び始めることにする。

 今までは遠距離を転移するためにはゲートを近くに設置し、脳内で転移したい場所をイメージした後にさらにもう一つゲートを設置しなければならなかった。


 しかし、今回実験する転移方法は今までとは違う。

 俺は自室のクローゼットにゲートを創造した。これにより、遠距離にゲートを新たに設置する必要もなくなり、使用する魔力は近くに作るゲートの分だけとなる。

 加えて、接続先であるクローゼットは俺の意思で『空間操者』のスキルを切らない限り残り続けるため、新たに魔力を消費することなく、永久的にゲートを維持しておけるのだ。


 早速、目の前にゲートを創造する。目の前にゲートを創造する分にはほとんど魔力を消費せずに済む。そして俺は目の前に現れたゲートを潜る――




 するとゲートを潜った瞬間に視界は切り替わり、自室へと転移していた。


「やった、成功だーーーー!!」


 俺はあまりの喜びに、大声を上げてしまい、俺の部屋にディアとフラムが入ってくる。


「こうすけ、どうしたの?」


「主よ、何があったのだ?」


 二人は俺の喜ぶ様子に疑問を浮かべながら尋ねてきた。


「遠距離の転移に成功したんだ。それでつい、はしゃいじゃって……」


 少し冷静になった俺は、大声を上げて喜んでしまった恥ずかしさで顔が少し赤くなってしまう。


「そういえば、こうすけはここ最近ずっと何かやってたね」


「遠距離転移の実験をしてたんだよ」


「それで主は成功したというわけか」


「まあね。とは言っても、一方通行の遠距離転移なんだ」


 言葉の通り、この遠距離転移はあくまでも一方通行でしかない。

 今回実験が成功したことにより、好きな場所から屋敷へと戻ることが出来るようになったが、屋敷から好きな場所に行くことはできないのだ。

 だが、この転移方法は応用が効く。要はクローゼットに作ったようなゲートを違う場所にも作れば、そこにも転移ができるようになる。

 いずれは様々な場所にゲートを設置していけば、移動も楽になるだろう。


 俺の数日間に渡った実験は功を奏したのだった。




 そして翌日、特別講師の依頼日が訪れる。


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