第44話 サド伯爵の失脚

 場内の明かりが戻ると、テーブルや料理、グラスなどが散乱しているのが目に入る。そして社交界に参加していた貴族たちは何が起こったのかと騒然としていた。


「これは国王である俺が何とかしないといけないか」


「陛下、申し訳ありません」


「シャレット、謝罪はもういい。それより他の者たちにどう説明をするか……」


 エドガー国王は下を向きつつ腕を組み、数秒間思考を巡らせる。そして何か良案が見つかったのか。膝に両手をつき、立ち上がった。


「よし! これで行くか。その前にコースケ、先に謝っておく」


「……え?」


 俺に何故か謝罪をした後に、エドガー国王は声を張り上げて衆目を集める。


「皆、聞いて貰いたい! どうやら今回の騒ぎは私の命を狙い、何者かが刺客を送り込んできた様なのだ。この様な騒ぎになってしまったが、安心して欲しい」


 そう場内にいた全員に告げると、エドガー国王は俺に近付き、肩に手を置いてきた。


「この者がその刺客を退け、私の命を救ってくれた。この者の名をコースケと言う。コースケは上級冒険者であり、私とシャレット伯爵が懇意にしている者だ」


「「おぉ!」」


 エドガー国王と懇意にしている冒険者と聞かされ、周囲の者は驚きの声をあげる。


 さっきの謝罪はこれの事か……。そもそも襲撃者の狙いはエリス様なのに。しかも俺に称賛の目を貴族たちに送らせようとしないで欲しい……。


「彼には褒美を与えなければならない。後日、褒美として三等級勲章と王都に屋敷を与える。異議のある者はいるか?」


 エドガー国王が周囲を見渡し、確認していたが誰一人として異議を唱える者は現れない。


「では、コースケ。後日、王城にて褒美を与えることとする」


 急に勲章と屋敷を与えると言われ、俺は軽いパニックになっていたが、頭を高速回転させてエドガー国王に片膝をつき、頭を下げる行動をとった。


「ありがとうございます」


 すると周囲から拍手が上がり、その音は次第に大きくなっていった。



 拍手がやむと、エドガー国王の表情が真剣なものとなり、社交界に参加している貴族たちに爆弾を落とす。


「今回、私に刺客を送り込んだ者の正体はすでに判明している」


「なんですと!?」


「陛下を狙う狼藉者は一体誰だ!!!」


 あちらこちらから驚きの声と怒りの声が聞こえる。


「サド伯爵。前へ」


 エドガー国王は極めて冷たい声でサド伯爵の名を呼んだ。

 サド伯爵は太った身体を揺らしながら、慌ててエドガー国王の前に行き、膝をつく。


「陛下、いかがされましたか?」


 サド伯爵は額に汗をかきながらも白々しく、そう答える。


「貴様が黒幕だな?」


「一体何のことでしょうか?」


「貴様が使用人に変装していた刺客と、怪しげな会話をしているところを聞いた者がいる」


「誰が証言したのかはわかりませんが、その様な戯れ言を陛下は信じるのですか!? 確かに私はあの者と会話はしました。しかし、あくまでもそれは飲み物を持ってくるようにと伝えただけです!」


 よくもそんなにスラスラと嘘が吐けると俺はサド伯爵に感心してしまう。


「白々しいぞ」


「陛下、僭越ながら言わせていただきます。私が怪しげな会話を刺客としていたと言う証言だけでは証拠とはなりません。もしかしたら私を恨む何者かが私を嵌めようとしたのではないでしょうか?」


「貴様の戯れ言は聞き飽きてきた。コースケ、ここへ」


 話の流れで、魔道具を使えと指示されたのだと察する。

 俺は指に着けた魔道具を周囲の貴族たちに見せつけるように上へ掲げ、魔力を流す。


『――サド伯爵、襲撃のタイミングはどうすればいい?』


『シャレットが陛下の元へ向かったタイミングで行動に移れ』


『了解した。他の二人にもそう伝えておこう』


『大金を支払ったのだ。失敗は許さない』


 魔力を多目に流したことにより、社交場にいた全員に聞こえるほどの音量でサド伯爵の会話が再生された。


「なっ、何故!? へ、陛下! これは誤解なのです! 私は陛下の命を狙っておりません! 私はただエリスを――」


「騎士たちよ。こいつを捕らえるのだ」


 エドガー国王の言葉を聞き、即座に場内にいた四人の騎士がサド伯爵の身柄を拘束する。


「陛下! お待ち下さい!」


「貴様の声を聞くと耳が腐る。早くこいつを牢へ連れていけ」


「「はっ!」」


「糞があぁぁぁぁ!!! 離せ! 私を誰だと思っているのだ!」


 サド伯爵は叫び散らしながらも騎士に連行されたのだった。


「皆の者、騒がしくなってしまった。許せ。それとサド伯爵家は取り潰し、爵位を剥奪することとする」


 エドガー国王の言葉に全員が頭を下げ、了承の意を示す。


「社交界はこれにて終了とする。流石にこの状況では続けられまい」


 この一言で社交界はお開きとなったのだった。




 俺はシャレット伯爵とエリス嬢と一緒に社交界が終わった後に王城内にある会議室の様な別室へと案内され、そこで数分ほど待つとエドガー国王が入室してくる。


「待たせたな」


「陛下、この度はありがとうございました。この御恩は一生忘れません」


 シャレット伯爵は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。それに続き、エリス嬢も頭を下げていた。


「いや、気にするな。俺としてもサド家を取り潰すことができてちょうどよかった」


「しかし、奴は中立派だったはずですが」


「表面上はな。俺は各地に密偵を放っているが、奴は裏では反王派と繋がり、そして取り込まれていた」


「なるほど、それで『貴族の影ノーブルシャドウ』を動かせた訳ですか」


「ああ。だが、これでエリスが狙われることはなくなるはずだ。エリスを狙ったのは反王派の意向ではなく、サド個人が金に目が眩んだだけだろう」


「はい。私もそう考えます」


 これでエリス嬢の護衛は一件落着かな。王都への護衛だけのはずだったのに、まさかこの国の王様と知り合うことになるなんて思いもしなかったなぁ。


 そんな回想をしていると、エドガー国王から話しかけられる。


「コースケ、褒美の件だが、予定はいつ空いている?」


「予定は今のところ何もないですが、褒美の件はその場の出任せではなかったのですか?」


「多くの貴族たちの前で宣言したんだ。出任せな訳がないだろ」


 まさか本当に褒美が貰えるとは……。まぁ貰えるものは貰っておくのが一番だ。


「それではありがたく頂戴します」


「じゃあ二日後に王城へ来てくれ。コースケが来たら通すように通達しておく」


「わかりました」


「そういえば、コースケは一人で冒険者活動をしてるのか?」


「いえ、あと二人の仲間がいます。とは言っても、最近パーティーを組んだばかりですが」


「なら、その二人も連れてこい。どんな者とコースケがパーティーを組んでいるのか興味がある」


 ディアとフラムを連れてくるのは正直不安がある……。ディアは王様に話しかけられても何とかなるかもしれないけど、フラムは絶対敬語なんて使えないぞ……。


「二人を連れてくるのは構いませんが、失礼な発言などをしてしまう恐れが……」


「そんな事は気にしないから安心しろ。俺の性格はもうわかってるだろ?」


「そこまで言うのでしたら、パーティーの二人を連れて行きます」


「ああ。楽しみにしている」




 こうして、エリス嬢の護衛依頼は完了したのだった。

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