第40話 着せ替え人形

 王都に着き、その街の光景を見た俺の感想は『すごい』の一言だった。


 ラバール王国王都プロスペリテ。

 その王都を囲む外壁の高さは二十メートル程あり、いかなる者の進入を防ぐだろう。門を潜り抜け、街の中に入れば溢れんばかりの多くの人々がいる。

 そして街の中央にはこの世界で見たどの建物よりも巨大な王城が聳え立っていた。


 俺はこの光景を馬車の中から見渡している。


 人生で初めて城を見たけどこれはすごいな! 城を見にヨーロッパへ観光に行く人の気持ちが今ならわかる!


 横目でディアとフラムを見ると、俺と同じ様にワクワクしているようだった。


「まずはベルナール男爵とリディアさん、それにフラムさんとディアさんを私がおすすめする宿へと送ろう」


「シャレット伯爵、王都まで馬車に乗せて貰い感謝する」


 アーデルさんが代表し、シャレット伯爵へお礼の言葉を述べる。


「私の方こそ感謝しなければならない。素晴らしい冒険者を紹介してくれたのだ。私は今後『くれない』の名を忘れることはないだろう」


 その後、馬車は王都でも一、二を争うと言う立派な宿に到着し、アーデルさんとリディアさんが馬車を降りていく。それに続いてディアとフラムが馬車から降りる前に俺は二人を呼び止めた。


「ディア、フラム! お金を渡すからちょっと待って」


 俺はポーチからお金を出す振りをしながら、スキルで創造した空間から財布を取り出し、その中から金貨20枚をディアに渡す。


「一人金貨10枚あれば、俺がいない間の生活費として足りるよね? 何か買い物する予定があるならもっと渡すよ」


「わたしは部屋でゆっくりするから大丈夫」


「私も平気だ。ディアと一緒にゆっくりしてるぞ」


「わかった。二人とも危ないことはしない様にね」


 そして俺たちの話が終わり、二人が馬車から降りる瞬間、ディアを呼ぶ大きな声が聞こえてくる。


「ディアさん!」


 ディアに声を掛けたのはエリス嬢だった。


「どうしたの? エリス?」


「あの……また会えますか?」


 その言葉を聞いたディアは一度俺に視線を合わせて来る。おそらく、どう答えればいいのかがわからないのだろう。


 俺はそんな様子のディアに頷く。


「また会えるよ」


「はい! その時はまたお話しましょうね!」


 こうして二人は互いに手を振り、別れの挨拶をしたのだった。




 馬車の中には俺とシャレット伯爵、エリス嬢を残すのみとなった。


「シャレット伯爵、今からもう王城へ行くのですか?」


「いや、社交界は明日に開催されるのだ。今は私の屋敷に向かっている」


「え? 王都にも屋敷があるのですか?」


「勿論だ。とは言ってもリーブルにある屋敷に比べると小さいがね。貴族の大多数は王都に住んでいなくても家を持っているものだよ」


 流石、貴族って感じだ。当たり前の様に屋敷を二つも持つなんて。


「そうなのですね。今日この後の予定は何かあるのですか?」


「今日は屋敷でゆっくり休むだけだ。エリスも長旅で疲れているだろうからな」


「それでは私は明日にシャレット伯爵に合流すればよかったのでは?」


「本来はそうするべきなのだろうが、やはりエリスの件もある。コースケ君が同じ屋敷に居てくれれば心強いのだよ」


 屋敷には騎士たちも滞在するはずだけど、それだけでは不安があるのかな? 確かに騎士たちだけでは『貴族の影ノーブルシャドウ』にも勝てなかったし、しょうがないか。


「そういう事ならわかりました。一つお願いがあるのですが、いいですか?」


「私に出来る事なら何でも言ってくれて構わない」


「いえ、そんな大した事ではないのですが、なるべくシャレット伯爵とエリス様の近くの部屋に泊めて欲しいのです。襲撃があった場合にその方が駆けつけやすいですから」


「ああ、勿論そうさせてもらうつもりだったよ。だが、私の予想では今日は安全だと思うが」


 シャレット伯爵は何か掴みかけているみたいだが、今は聞く必要はないか。何かあったら俺に話すだろうし。


 そして馬車はシャレット伯爵の屋敷に到着し、その日は豪華な食事で俺をもてなしてくれたのだった。





 翌日、俺はシャレット伯爵の屋敷にいたメイドさんに弄ばれていた。とは言ってもメイドさんにはその自覚はないだろうが。


 俺が社交界で着る服をメイドさんに着ては脱がされを繰り返されているのだ。着せ替え人形の様に……。


 何故この様になったのかと言うと、それは朝食の時間に遡る。




「コースケ君は何か社交界で着るような服は持っているかね?」


「……え?」


 シャレット伯爵は何を言っているんだ?


「ん? どうかしたのか?」


「いえ、すいません。あの、私は護衛として参加するのですよね?」


「そうだとも。エリスを守ってもらうためにコースケ君にお願いしたのだから」


 うん、やっぱりそうだよな。どうやら聞き間違えたみたいだ。


「ですよね。少し寝ぼけていたみたいで、社交界に着る服を持ってるか? と聞かれたのかと思いましたよ。はははは!」


「いや、それであっているが?」


 ……あれ?


「護衛ですよね? それなのに着替える必要があるのですか!?」


「すまない。どうやら説明が不足していたようだ。コースケ君には護衛として社交界に参加してもらうが、表立って護衛をしてもらう訳ではないのだ」


「つまり?」


「私の遠い親戚として参加して貰うつもりだ。なので、それなりの格好をする必要がある。勿論、設定は考えてあるから安心してほしい。コースケ君の設定は貴族の血を引いているが、長男では無かったため――」




 という感じの出来事があったのだ。


 そして今、俺は十着目となる着替えを終えたところであった。


「コースケ様はこの服が一番お似合いでございますね!」


「……そうですか、ではこの服をお借りします……」


 赤や緑などの様々な色の豪華なタキシードをメイドさんに何着も着せられた末に決まった服は、黒色のタキシード。

 金色の糸で刺繍が施され、どこからどうみても平民が着るような服ではなく、貴族のそれである。刺繍は派手だが、それでいて下品にはならない程度に施されていた。


 俺は着替え終え、馬車の中で待っているシャレット伯爵とエリス嬢の元へ向かう。


「着替えに手間取ってしまい、お待たせして申し訳ありません」


「おお! 似合ってるではないか。エリスもそう思わないか?」


「コースケさん、とてもお似合いです」


「ありがとうございます。シャレット伯爵、社交界の場に武器の持ち込みはできますか?」


「それは不可能だ。ナイフ程度の大きさなら隠しようによっては見つからない可能性もあるが、入場前にボディーチェックがある」


 やっぱり無理だよね。まぁその辺りはどうにでもなるか。


 普段は偽装アイテムボックスであるポーチから物を出し入れしているが、実際はどこからでも自分がスキルで創造した空間から物を取り出すことができる。


「やはりそうですか。わかりました」


「武器が無くても何とか出来るか?」


「問題ありませんよ。必ずエリス様を守ってみせます」


 俺は自らハードルを上げた。


 ディアとエリス嬢は今ではすっかり仲良しなのだ。そんなディアの友人を絶対に拐わせはしない。これはエリス嬢のためだけではなく、ディアのためでもあるんだ。


「コースケ君、よろしく頼む」




 そして馬車は社交界の会場である王城へと向かった。


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