第39話 ノーブルシャドウ

 黒装束たちを捕らえてから馬車に戻った俺たちはシャレット伯爵と話し合いを行った。

 その結果、王都まで残りの道程は短いこともあり、捕らえた者たちを馬車の中に入れ、移動することに決まった。

 最初はシャレット伯爵が危険だと反対をしたが、アーデルさんが騎士の実力ではいくら拘束されているとはいえ、逃げられる恐れがあると忠告した事でシャレット伯爵も了承することに。


 そして黒装束のリーダーと思われる人物の意識を起こし、馬車の中で尋問を始める。


「貴様たちは何者だ? 狙いは私の娘であるエリスか?」


「……我らは『貴族の影ノーブルシャドウ』だ。依頼主からシャレット伯爵の娘を誘拐せよとの依頼を受けた」


 意外な事に捕らえられた者はあっさりとその正体と目的を吐く。


「その依頼主は誰だ!」


 シャレット伯爵はエリス嬢が狙われた事で怒りを抑えられなくなる。


「……それは言えぬ。我らはどのみちここで殺させるのだろう? そしてもし依頼主を明かし、この場を見逃されたとしても依頼主に処分される。それなら我らの誇りのために言わぬ」


 シャレット伯爵は拳を強く握り、怒りを抑えようと苦心していた。


「シャレット伯爵よ、冷静になるのだ。まだ尋問は始まったばかり。まだ話を聞くべき事があるだろう?」


 アーデルさんが、シャレット伯爵を落ち着かせるために言葉を掛ける。


「すまない、ベルナール男爵。冷静さを失っていた様だ。そして冷静になり、わかったことが一つある」


「ほう? それは一体?」


「『貴族の影』という名前をベルナール男爵は知らぬかもしれんが、様々な貴族と付き合いのある者なら多くの者が耳に及んでいる組織だ。この組織は貴族が表立ってできない仕事を多額の報酬と引き換えに代行をするのだよ」


「と言うことは、やはりエリスを狙う者の正体は貴族の何者かになるのか」


「その通り。そして『貴族の影』を使った事で黒幕の正体をかなり絞る事ができた」


 尋問を行ってから初めてシャレット伯爵の顔に笑みが浮かび、言葉を続ける。


「エリスを狙った貴族はの者たちの誰かだ」


 反王派と言うことは王政に反対している者、あるいは王の地位を奪う者の派閥ってことなのか? それがエリス嬢を狙ったのか。


 アーデルさんも反王派の言葉に何かピンと来たのか、納得の表情を浮かべていた。


「なるほどな。確かシャレット伯爵は王派だったか?」


「勿論だ。私は王に忠誠を誓っている。ベルナール男爵だってそうだろう?」


「私の場合、現王は友人であった先代の王の子供だ。忠誠と言うよりは愛着心の様なものだな」


 アーデルさんは笑みを溢しながら、そんなことを言っている。そしてその言葉を聞いたシャレット伯爵も同様の表情をしていた。




 その後も尋問は続けられる。

『貴族の影』の者は多くの事は語らなかったが、それでも有益な情報を得ることができた。


「……まだエリスを誘拐しようとする動きは終わらないと?」


 シャレット伯爵は眉間に皺を寄せながら、尋問する。


「あくまでも我々の予想ではあるが。今回の依頼に成功していた場合、我々に金貨1000枚が支払われる予定だった」


「金貨1000枚だと? 裏仕事の報酬の相場は知らんが、いくらなんでも高過ぎる」


「我らでさえも、その成功報酬を聞いたときは驚いた。相場の十倍はくだらない額なのだ。そして疑問も覚えた。何故、我々にそこまでの報酬を支払う用意があったのかと」


 俺はこの会話に付いて行けていなかった。貴族の事を何もしらないからだ。それはディアとフラムも同じらしく、どこか上の空になっている。


「金貨1000枚ともなれば、いくら貴族と言えども用意するには時間がかかる。それを用意し、通常の報酬の十倍を支払う様な愚か者はいないと言うことか」


「そうだ。その事を怪しいと思い、依頼を断ろうとも考えた。しかし、我らの前に『『便利屋』を襲撃させ、囮にすることでシャレット伯爵を油断させる』と言われ、我々が本命の襲撃者だということを聞かされて依頼を承諾したのだ」


 話が見えてきた。本命だと思われた『貴族の影』は囮の囮である可能性が高いということが。


「なるほどな。しかし実際はそれさえ嘘の可能性があると言うことだな? だが、王都まではもう一日程で到着する。王都に我々が近付けば近付く程、人の通りが増えて襲撃をするには無理が――」


 そこまで言葉にしたところで、シャレット伯爵は何か思い当たる事があったのか、言葉を止めた。


 俺はそれが気になり、話掛けることに。


「シャレット伯爵、どうしましたか?」


「すまない。いや、しかし……」


 そこからシャレット伯爵は数分の間、黙り込んでしまった。

 そして考えが纏まったのか俺に視線を合わせて話す。


「コースケ君に頼みがある」


「なんでしょうか?」


 俺は疑問に思いながらも話の内容を聞くことに。


「私から追加の依頼を受けてほしい」


「依頼ですか?」


「ああ。王都に着いてから王城で私とエリスは王派が集まる社交界に参加する予定なのだが、それに護衛として参加して貰いたいのだ」


「そんな場に自分が参加できるのですか? それとその依頼は私たち三人ではなく、私だけと?」


「本当なら三人が居てくれた方がいいのだが、流石に私の力では一人の者を連れていくのが限界なのだ」


 うーん。俺一人か……。ディアとフラムには宿で待ってて貰うしかないか。ここまで護衛した事だし、エリス嬢には無事であって欲しい。


「わかりました。悪いけどその間、ディアとフラムには宿で待ってて貰うことになるけど良いかな?」


「うん。大丈夫」


「私も平気だぞ。その代わり浴場付きのところで頼むぞ」


「わかったよ。美味しい食事も付けるさ」


 こうして二人に承諾を得て、シャレット伯爵の依頼を受けることにしたのだった。




「それで『貴族の影』はどうする?」


 アーデルさんが、捕らえた黒装束たちをどうするべきかシャレット伯爵に話を聞く。


「エリスを狙ったのだ。当然それ相応の罰を受けてもらう――と言いたいところだが、私と取引をするのであれば見逃そう」


「我らと取引を? しかし我々が依頼に失敗し、生きていると知られれば処理されてしまう」


「そこは私が何とかしよう。お前たちを死んだ事にする位ならどうとでもなる。だが私を裏切った場合はどんな手を使おうと許しはしない」


 シャレット伯爵の目は真剣そのものだ。


「……わかった。その取引に応じる。それでその内容は?」


「依頼主を教えろと言いたいところだが、それは出来ないのだろう?」


「ああ。我らを死んだ事にしてシャレット伯爵に依頼主を教えた結果、もしその依頼主が死んだとしても、我らには他にもメンバーがいる。今回の依頼には他のメンバーが関わってはいないとはいえ、他の反王派貴族が残りのメンバーを殺そうとすることは明白だ」


「だろうな。それならお前たちには別の事をしてもらう。内容は――」




 こうして話し合いが終わり、その後馬車は無事に王都へと到着したのであった。

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