ひよこ寮の住人達
皆実
ダシとしょうゆ
春休み初日。
昨年の今頃は入寮の準備でバタバタしていたけど、今年はリビングでゆっくり本を読んでいる。
ひよこ寮の他のメンバーはみんな出かけて行った。
「なぁ、なぁ、ユウちゃん」
違った、やかましいのが1人いた。いつの間にかオレの隣に関西弁の男が座っている。
「なぁ、ユウちゃんて」
この馴れ馴れしい呼び方は出会った日から始まって、ちゃんを付けるなって散々言ってもこれだから、もうほっとく事にした。
それでも呼ばれる度に気にはなる。
「ユウちゃん、聞こえてへんの?」
…うっとうしい。
これ以上大声で名前を呼ばれ続ける事に耐えられそうにないので声のする方へ顔を向けた。
そこには寮のメンバーの師田トオルがいて、いつもの笑顔でこっちを見ていた。
「何?」
「今日みんな出かけとるんやね」
「…何回も呼んだのはそんなくだらない事言うため?」
「えー、くだらんやなんて。2人っきりやね、いう事やん」
「うるさい」
トオルのこういう冗談もいつもの事だ。付き合う気になれず顔を逸らした。
トオルは昨年の夏に転校して来て、夏休みからこの寮に入った。その頃からずっとこんな感じ。
「暇やない?」
「なら出かければ?」
「ユウちゃんは?」
「留守番」
「ほな、ワイも留守番」
言うと思った。
留守番が必要ない事はトオルもわかってるのに。
「オレは相手しないから」
「え~」
おしゃべりなトオルといると自然と口数が増えるから、何だかペースを乱されている気がしてたまに胸がざわつく。
「そない言うとっても結局は相手してくれるんよな、ユウちゃんは」
「あのな…」
睨んで文句を言ってやろうと顔を上げると、思ったよりトオルの顔が近くて驚いた。
「可愛ぇよな」
話に脈絡がない。
「わ~、そないにげんなりした顔しとったら可愛ぇ顔が台無しやわ」
「うるさい、可愛くない」
「可愛ぇよ」
「どこが」
「言うとる事と、やっとる事がちゃうとこ?」
今度はちゃんと睨んでやった。
「お前オレの事バカにしてるだろ」
「しとらへんて、アピールやんか~」
「アピール? 何の?」
「え~? 今まで結構アタックして来たつもりやってんけど…伝わらへんかった?」
「伝わらなかった」
アタックというよりこっちの反応見て楽しんでるとしか思えなかったし。
読書に集中しようと、本に顔を戻す。
「ユウちゃん?」
「本読むから、邪魔するな」
「ん~」
あいまいな返事だったけど、それからトオルが話しかけて来る事はなかった。
かといってそこから離れる訳でもなく、オレの隣で暇な1日を過ごしたみたいだった。
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