第6話 「このたびは、うちの孫が…」
〇桐生院貴司
「このたびは、うちの孫が…」
私は今日、再び…神 幸作氏の屋敷に訪れている。
氏からは、うちに来たいと言われたが…
私としては、母抜きで。
二人で話したかった事もあり…訪問させてもらう事にした。
「娘がこちらで料理を作ったと聞いたのですが、お口に合いましたでしょうか?」
神くんを信じようと決めたのに、どこかまだ…私は探りを入れてしまう。
知花が神くんに料理を振る舞ったと聞いたが、本当にこの家でだろうか。
ここなら…安心だと思った。
常に、屋敷には誰かがいる。
結婚前提で付き合っているのだから、安心も何もあった物じゃないかもしれないが…
知花には、さくらのように…若くして出産するような事は…して欲しくないと思った。
「ええ。知花さんは本当に料理上手ですな。あの偏食家の千里が、次々と料理を口に運ぶ姿は初めて見ました。」
「…そうですか。」
本当か。
なら…いい。
「実は…話しておかなくてはならない事が。」
「何でしょう。」
「娘は…実は、少しだけ外国の血が入ってまして。」
「亡くなった奥様が?」
「私は二度結婚しまして…一度めの結婚の時に生まれたのが知花です。それで…今はカツラを着けていますが…本当は赤毛なんです。」
「赤毛。」
神氏は少し目を丸くされたが。
「なぜ、カツラを?」
そちらの方を…不思議とされたようだ。
「小さな頃から赤毛の事で好奇の目で見られ…いじめられました。」
「…ああ、それで…」
「母が…知花の身を案じて、インターナショナルスクールに入れ、そこでは自由にできていたのですが…高校は桜花に行きたいと言って帰って来て…」
「確かに、桜花には…赤毛では無理ですな。」
例え地毛であっても…桜花は、赤毛では無理だ。
「赤毛であろうと、外国の血が混じっていようと、私の知花さんに対する思いは変わりませんよ。」
神氏はニッコリと笑って言った。
「彼女がうちに来てくれると、家の中が明るくなります。」
「…そうですか。」
「執事の篠田も、警備の佐々木も、私の秘書たちもみんな知花さんが可愛くて仕方ないんです。」
その言葉を聞いて…私はさくらを思い出していた。
さくらも…誰からも愛された。
無愛想な庭師の長井さんも、さくらにかかれば…
「もちろん、私も知花さんの大ファンです。」
神氏はそう言って、壁際を指差して。
「先日、知花さんに活けてもらいました。」
そこには、シックな花器に広がる、カンパニュラ。
「可愛い活け方をされますな。」
「…知花にはきちんと教えた事がなくて…思い切り自己流でお恥ずかしい。」
そう言いながら、私は知花の活けた花を見ていた。
…本当に、知花らしいと言うか…
さくらの活け方にも似ている。
やはり、親子…
会った事はなくとも、血がそうさせるのか。
『篠田。何で勝手に持ってくんだよ。』
『坊ちゃん、今日は取材がある日ですよね?絶対こちらの方がお似合いです。』
『スタイリストが何か持ってくるから、別に何でもいーんだぜ?』
『スタイリストさんが持ってくる物よりお似合いでしたら、こちらを使われる可能性もあるかと。』
『まー、そうだけど…別に俺は何でもいーんだ。写真なんか撮られなくてもいーのに。』
『また…もう…そのような事…』
『俺は音楽の事を聞いて欲しいんだよ。なんで写真が要るかな。』
『そんな事言わずに、ほら、こちらにお着替え下さい。』
『うっせーな。ほっとけよ。』
『あっ、坊ちゃん。』
ドアの外から、神くんの声が聞こえて来た。
それは…私が聞いた事のない乱暴な口調の神くん…
「…申し訳ない…」
神氏が額に手を当てた。
「…私の前では頑張ってくれているようですね。」
「口は悪いが…千里は私の孫の中では、一番心優しい子です。」
「…分かります。」
神氏の言葉は、本当だろう。
私は彼の…全てにおいてさりげない所が好きだ。
知花が…巣立つのは寂しいが…
彼なら本当に…
知花の居場所になってくれるのかもしれない…。
* * *
そうして…
知花の誕生日が来た。
16歳になった知花は…神 千里くんの妻となった。
…神知花。
とは言っても。
学校に通う間は、その名前も書く事はないだろう。
知花の夫になった男の事を、いつまでも『神くん』と呼ぶのもどうかと思い、『千里くん』と呼ぶ事にした。
もし私が彼なら、女性と間違われそうな名前を少し嫌に思う年齢があったと思うが、彼はそれについても全く気にしていないと言って、私の気分を良くさせた。
本当に、見た目に反して…と言っては失礼だが。
見た目は…どことなく冷たいし、視線だけを動かして人を見る目は…鋭さを感じる。
だが、見た目に反して彼は…おおらかだ。
と、思う。
千里くんが、私が思っている以上に有名人だったと知って。
私は、深田にCDを買って来るよう頼んだ。
麗と誓に言えば持っているのだろうが…そこはちょっと避けたかった。
最近、私の中にも色々変化があるように思う。
それは…麗と誓に対しての想いだ。
誓は昔から知花に懐いていただけ、私にも可愛らしく思えたが…
麗を見ていると、容子のように思えて…ずっと麗に冷たくしていた…つもりはなくても、そうなっていたのではないかと思う。
それを、少し…自分の中で変えていきたいと思っているのかどうかは分からないが…
知花が家を出てしまう今、私は二人の子供達に、ようやく目を向け始めた気がする。
今までも、知花は寮生で…麗と誓だけの年月はたっぷりとあったのに。
初めて、だ。
…遅いだろうか。
いや、遅くはない。と、自分で言い聞かせる。
私は…父には興味を持ってもらえなかった。
あの人のようになりたくない。
そう思うならば…変わらなくては。
深田が買って来てくれたCDには、確かに…若者に人気が出ても当然だろうと思わざるを得ない千里くんの姿がそこにあった。
斜に構えたその顔の視線は、私が見たどれよりも鋭い。
「……」
仕事の合間を見て、歌も聴いた。
世の中に対する不満…
上手く自己表現が出来ない自分…
居場所がないなら自分で作ればいいが、それさえも認めてくれない大人たち…
その歌を聴きながら、どこか麗を感じさせる気がした。
そうか。
千里くんも…少なからずとも、愛に飢えて育って来たのかもしれない。
飢えて育って来たが…愛を求める傍ら、人に優しく出来る心根を兼ね備えている人物…
買いかぶり過ぎなのかもしれないが、私は千里くんを高く評価していた。
それと同時に、彼なら…
知花を大事にしてくれて…
さらに、私だけでなく…麗の事も変えてくれるのではないかなどと、都合良く考えてしまった。
* * *
「久しぶりだね。」
「ご無沙汰してます。」
知花が千里君と結婚して四ヶ月が過ぎた。
千里君の多忙ぶりは、誓たちがテレビで見ては騒いでいるのを知って、何となく理解できている。
つもりなんだが。
「忙しいのに、悪いね。」
「いえ、今日は夕方までは時間があるので。」
コーヒーを入れて、広縁で二人。
庭を眺めながら、それを飲む。
まだ少し風は冷たいが…千里君は、うちの庭が好きらしい。
何も言わないが、うちに来るたびに庭を眺めている姿をよく見かける。
「…千里君。」
「はい。」
「まだこんな話は早いとは思うんだが…」
「何でしょう。」
「子供を作る気は、あるのかな?」
「……」
私がそう言うと、千里君は口を真一文字にして…目をパチパチとした。
…そうか。
以前私は、知花が成人するまで子供を作らないでくれと言った。
だから、この質問は、私が『作ってくれ』と言っているようにも聞こえる。
「えー…と…」
案の定、千里君は少し困った風だ。
「ああ…悪いね。」
私は苦笑いをして。
「…知花の母親は知花を17の時に産んだんだ。それで、つい…知花も…そういう歳になったんだなと思って…」
本当に…。
知花が…さくらと同じ歳だとは…
あの頃のさくらも、今の知花のように…まだまだこんなに幼いのに…と周りから心配される風だったんだろうか。
「…聞いていいですか?」
桜の木を眺めていると、千里君が遠慮がちに言った。
「何だい?」
「…俺が勝手に思ってるんですが…」
最初は『僕』で頑張っていた千里君も、最近は私の前でも普通に『俺』と言うようになった。
その方が家族になれたようで嬉しい。
「知花の事は、すごく愛してらっしゃるなと思えるんですが。」
「ああ。」
「…双子に対して、同じようには思えないんです。」
「……」
千里君の思わぬ指摘に…私は、つい言葉を失った。
自分でも気付いている事だ。
だが、周りにはそう悟られていないと思っていた。
…千里君に言われるとは…
「すみません。」
「…ハッキリ言うね。」
「性格なんで。」
「ふっ…気持ちいいよ。」
それから私は…
アメリカで一目惚れした女性と、どうしても結婚したかった事。
彼女が妊娠していると知っても、結婚した事。
だが、彼女と別れて結婚した容子が、なぜか妊娠した事。
自分が子供が出来ない体質だと言う事。
それらを…話した。
千里君は始終目を丸くして、口を開けていた。
CDや雑誌、テレビでの彼からは想像もつかないマヌケな様子に。
私は、笑いを堪えるのに必死だった。
そうか…私の秘密は、他人にこういう顔をさせてしまうのか。
そう思うと、自分の秘密が少し楽しくも思えた。
決して笑い事ではないのだが。
今までも、笑い事ではなかったのだが。
どこかで…他人事のように思えていたのは確かで。
それはきっと、私が人生に失望している人間だったからだと思う。
「…なんで、俺に…」
千里君は、とてもらしくない声でそう言った。
「…私の…大事な知花を任せてる男だからね。」
「……」
「知花を、泣かせたりしないように。」
今までになく、真面目な低い声でそう言うと。
「…泣く事があるから、笑いもあって幸せを感じるんだと思いますよ。」
千里君は…首をすくめて言った。
「……」
「でも、なるべく泣かせないようにはします。俺も…あいつが泣くのは好きじゃないから。」
千里君はそう言ってコーヒーを飲むと。
「少し庭を歩いて来ていいですか?」
桜の木を指差して、少しだけ笑顔になった。
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