いつか出逢ったあなた 35th
ヒカリ
第1話 「…何だよ…それ…」
〇
「…何だよ…それ…」
俺…桐生院 聖は…
今、父親である桐生院貴司から、とんでもない話を聞いた。
とんでもなく…
信じられない話…
「作り話と…思うか?」
「思うに決まってる。こんなの…有り得ない。」
「…有り得ない…か…」
父さんは…ガンで余命宣告された。
今はこうして入院中で…大晦日には一時退院して、みんなで正月を迎えた。
そして…また病院に戻って…
いきなり、俺に。
とんでもない事を打ち明けた。
「…信じられないか。」
「信じられるかよ。こんな話…」
「…さくらは知らない。」
「えっ…」
ますます信じられない。
そんな事、出来るのかよ!!
ここ毎日…父さんに呼び出された。
呼び出されなくても来るっつーのに…毎日毎日、メールが来た。
『今日は何時頃来るんだ?』
そりゃあ、入院すると寂しいのかもしれないけど。
父さんの所には、毎日誰かが来てた。
母さんは当然だし、ばあちゃんも姉ちゃん(
家族はみんな来てた。
入院初日に、俺は父さんから。
「社長になる準備をしてくれ。」
そう言われた。
そりゃあ…いつかは…ぐらいの気持ちはあったけど。
俺はまだこの先、大学院に進もうって思ってたし…
今は、父さんが頼りにしてる深田さんが社長代理として頑張ってくれてるから、安泰だよなー。なんて思ってた。
引退しろって言われても、ずっと退かずに会長の席も空けたまま…父さんは現役で頑張って来た。
周りから『若手に譲れ』って声が聞こえても、あの独特な雰囲気で静かに笑って。
「私の会社ですので自由にさせていただきます。」
株主や役員達にそれ以上を言わせなかった。
俺の知ってる父さんは、物静かで…優しくて…すごく家族を大事にしてて…
親父(神 千里)が姉ちゃんにくっついて、ノン君が『いい歳してやめろよ』なんて言ってるのを、すごく…幸せそうな顔して見て…
母さんの事…『さくら』って…用もないのに呼んで…
「もー!!名前が減ったらどうするの!!」
って…母さんが頬っぺた膨らませるのを、嬉しそうに見て…
「…嘘だろ…?」
俺の目から、涙がこぼれた。
「…本当だ。」
「…父さん…」
「すまない…話しておきたかったんだ…」
ベッドの脇に頭を乗せて、泣いた。
そんな俺の頭を撫でながら、父さんは…
「…これで…おまえには全部残せた。家族と力を合わせて…後は任せたぞ…」
今まで聞いた、どの声よりも…優しくそう言った。
〇桐生院 貴司
「父さん。」
耳元で…とても好きな声が聞こえて、目を開ける。
「…
「よく寝てたのね。みんな集まってるのに、気が付かなかった?」
知花に言われて病室を見渡すと…
知花の夫、千里くんに…息子の聖…
妻のさくらと…
高原夏希さん…
「…いつから?」
「聖は今来たけど。」
「父さんが呼んだんじゃねーか。」
「はは…そうか…」
「すぐ来いってメールが来たの、朝五時だぜ?おまえ、今まで何やってたんだよ。」
「え?五時だった?あ…ほんとだ。え?みんなにこれ送ったって事?」
「そうだよ。年寄りはこれだから…」
「もう、千里。」
「で?みんな五時過ぎには来たの?」
「五時半には来たな。高原さんが一番乗り。」
「俺は事務所にいたから。」
「いい加減自分の歳考えましょうよ。」
「余計なお世話だ。」
「おっちゃんが来た時は、父さん起きてたの?」
「いや、ぐっすり。」
「帰れば良かったのに。」
「暇だしな。」
「年寄りは朝が早いから…」
「千里。」
さくら以外のみんなの声を聞きながら…私は目を閉じた。
「…夢を…見てた…」
「どんな夢?」
これは…さくらの声…
大切な…妻、さくらの声…
「楽しくて…楽し過ぎて…笑って…」
「何がそんなに楽しかったのかしら。」
さくらの声は…あの頃とちっとも変らない。
初めて出会った…あのカプリのステージ…
ハツラツとした歌声…
一目惚れとも一聴き惚れとも言える…
「…高原さん…」
少しだけ目を開けて…高原さんを見る。
私より三つ年上なのに…この人はいつまでも若々しい…
「どうした?呼びつけておいて寝てた謝罪ならいいぞ?」
高原さんは…そう言って笑いながら、私の顔を覗き込んだ。
「……」
ぐい、と…
高原さんの首に手を掛けて…抱き寄せる。
「何、年寄りがラブシーンやってんだ。」
「もうっ、千里…そんな言い方やめて。」
「じゃ、俺らも…」
「バカっ。どこだと思ってるのよ。」
知花夫婦のやり取りは…いつ聞いても楽しい…
「…高原さん…」
高原さんの耳元で…小声で…言う。
「……さくらを…よろしくお願いします…」
私の言葉に…高原さんは何も言わなかった。
何も言わなかったが…
「…貴司。」
私の手を握って。
「……ふっ。」
小さく…笑った。
高原さん…。
あなたに、『貴司』と呼ばれるのが…私はとても好きでしたよ。
戸籍では事故死した妹はいたが…私は一人っ子だった。
あなたのような、同性の私から見ても申し分のない男性に…親しみを込めて呼んでもらえるのは、とても…光栄な事でした。
「…知花…」
「なあに?」
「…カーテンを…開けてくれ。」
「眩しくないかな?」
「…いいんだ…」
知花がカーテンを開ける。
そこから…朝日が射し込んで来て…
「…さくら。」
「はい?」
「……」
「もうっ、また呼んだだけ?」
さくらの…愛しい声を聞きながら…
「…すがすがしい朝だな…」
私は…
目を閉じた。
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