早くタピオカになりたい
「悪いことすると、絶対にばれるのよ。わかる?」
「はい」
「土下座しますか?」
顔を上げて虎之助の顔色を窺う。
「そんなので許すかよ」
「ですよねえ」
惨めな気持ちになる。どうすればこの場を切り抜けられるのだろう。だってお金、どう考えたって本当に持ってないんだから。
「じゃあ、今から俺が、ここでピアノを弾くんで」
鍵盤から指を離し、私の方に向き直った虎之助が笑った。腹の底では何を考えているのかわからない、ホストたちがみんなやる、あの笑顔だった。
「え、いきなりどうしたの? 金の話はどうなったわけ」
「ガタガタうるせえ。最後まで話聞けよ」
「はいすみません」
「俺のピアノを聴いているうちに、樹里はいつの間にか、タピオカになります」
「え?」
「だから、お前はタピオカになるんだよ」
「ほお・・・」
そう言ってから、じわじわと笑いが押し寄せてくる。うつむいて、にやにやと笑ってしまう。
「私、タピオカになっちゃうの?」
もうだめ。そう思った瞬間に吹き出してしまう。
ぎゃはは。あんた何言ってんの。
爆笑する私のことを、虎之助はつまらなそうに見ている。
「なんで?」
「売掛飛んだ女は、捕まえて、全員タピオカにするの。それもホストの仕事」
虎之助は真面目に答える。
「知らなかったわ。てっきり私、殺されるんだと思ったけど」
「お前みたいな女、殺すだけ無駄だわ」
「殺さずタピオカ・・・」
また笑ってしまう。ヒィ。
笑いすぎて呼吸困難になりそうで、落ち着こうと深呼吸しながら私は虎之助を見る。だけど、彼が冗談を言っているようには見えなかった。
「タピオカってさ、全部、私みたいな女の生まれ変わりなの?」
「そうだよ、最近バカ女が多いから、街にタピオカ屋が溢れてんの」
「あんた、本当に嘘つきだね。タピオカは何かのイモからできてるんだよ。私一回ウィキペディアで調べたことがあるもん。中卒でもウィキペディアくらいは読めるんで」
「そういうことにしておかないと、今の時代、色々コンプラとかがやばいからでしょ」
はあ? しつけーな、いい加減にしろよと思ったが、この話を信じれば七十万の借金がチャラになる、そう思うとそれは悪い話じゃなく、むしろラッキーじゃん、と考え直した。
「わかりました。それで許してもらえるのなら、ちゃちゃっとお願いします」
私はふざけて言う。
COCO都可かな、それともゴンチャかな。
私、どの店のタピオカになるんだろう。
自分がタピオカになる姿を想像すると、また笑いそうになったが、虎之助にうんざりした顔で睨まれるのがいやで、無理やり真面目な顔を作る。
「ねえ、見て。何あれ。ホストがピアノ弾いてる」
楽器屋に入って来た客の笑い声が背後で聞こえた。
だっさー。そう言ってクスクス笑う声が近づき、私が振り返り睨みつけようとすると、「ほっとけよ」と、虎之助が言った。
「お前はさ、本当にクズでどうしようもない人間なの。わかる?」
私はうなずく。
「だから人生終わらせて、タピオカからやり直すの。いい? わかった?」
「はい、わかりました」
彼の言うことが本当ならば、もうさっさとタピオカにでも何でもなりたかった。
こんな人生、一ミリの悔いもない。
欲しい物は何も手に入らなくて、今さら生活を立て直す気力もなくて、笑えないくらい借金背負って。
この流れで言うけど、鼻の整形も失敗して、超後悔してる。
このままの私で、あと五十年くらい生きなきゃいけないなんて、普通に無理じゃん。
私は急にさっぱりした気分になり、決心した。
「私、早くタピオカになりたい」
そう言うと、今度は虎之助がげらげら笑った。
「お前ってまじで頭弱いな」
彼は気が済むまで笑った後、わかった、と言った。
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