第253話 鬼神の戦装束

 ヨシツグの鬼人族としての能力を得た紫音は、その能力を駆使して一人で二体のゴーレムを相手にしていた。


「ハハハッ! どうした! さっきよりも攻撃が軽いぞ!」


 鬼人族の姿になってからというもの、どういうわけか紫音の口調は一変し、別人のようになりながら戦いを繰り広げていた。


「シオン……やはり私も加勢しよう。あの人形相手に一人はやはり無理がある」


「……心配無用だ。ヨシツグはそのまま休んでいてくれ」


「だ、だが……」


「ヨシツグは俺たちより先に戦場に出て戦っていたんだから、ここは俺に任せて少しでも体力を温存していろ。……それに今の俺、なんだかすこぶる調子がいいんだ。もしかしたら、このまま押し切れるかもしれない」


(……これは、少々まずいかもしれないな)


 戦いぶりが荒々しくなった紫音を見て、ヨシツグは不安を感じずにはいられなかった。


「……どうしたんでしょうか、シオンさん? あの姿になってからすでに数分ほど経っていますが、ずいぶんと性格が変わりましたね。『リンク・コネクト』というオリジナル魔法はアルカディアにいたときに何度か見させてもらいましたが、性格までは変わらなかったはずです」


 横で見ていたセレネも紫音の違和感に気が付いたのか、怪訝そうな顔を浮かべながら紫音の動向を観察していた。


「……おそらくだが、あの姿になったせいだろう」


「……なにか、心当たりでも?」


「まだ確信の域にまでは達していないが、おそらくシオンは鬼人族特有の闘争本能が色濃く表に出てしまったのだろうな……」


「闘争本能……。それが、鬼人族の特性なのですか?」


「ああ、これは鬼としての性だな。私たち鬼人族は、戦いに身を置くことこそが生きがいと感じる種族だ。長い年月を経て、その本能も薄れていったが、大昔には毎日のように戦が起き、本能を満たしていたと聞く」


 ヨシツグは、鬼人族に眠る闘争本能が紫音の中で目覚めたことにより、性格や戦い方までが一変したと考えていた。


「――くっ! やっぱりどこも硬いな……。さて、どうやって攻略してやろうかな。……あ、そうだ。セレネさん!」


「……な、なに?」


 突然、名前を呼ばれたせいか、少し驚きつつセレネは返事をする。


「こいつら、元々セレネさんの所有物だったみたいだけど、倒すために壊してもいいか? ……と言っても、すでに腕の一本、斬り落としちゃったんだけどな……」


「え、ええ、それくらいしょうがないわ。思いっきりやりなさい」


「……そうか。それと、こいつの弱点とかあればついでに教えてほしいんだけど……」


「弱点……。それならコアを狙いなさい。ゴーレムの動力源はそこにあるから破壊すれば止まるはずよ」


 セレネに言われて、再びゴーレムに目を向けるが、肝心の核が見当たらない。


「セレネさん、コアの場所はどこにあるんだ?」


「エメラルダお姉様がどこもいじっていなければ、胴体の中央部分にあるわ。……でも、そこだけ海鉱石の量を増やして装甲を硬くしているから簡単に壊すことは難しいと思うわ」


「それだけ聞ければ十分だ。あとのことは任せてくれ」


 そう言いながら紫音は、再び前へと出る。


 二体のゴーレムからの攻撃を巧みに躱しながら反撃に機会を待つ。

 そして、相手に隙が生まれた瞬間を狙って、紫音は甲板を力強く蹴り上げながら跳躍する。


(よし! こいつの上を取った! あとはこのまま……)


 紫音の倍以上の身体を持つゴーレムよりもさらに高く飛んだ紫音は、空中で刀を振り上げながらゴーレムの胴体部分に狙いを定める。


「――なっ!?」


 しかし、紫音の行動を予測していたのか、ゴーレムは顔をこちらに向けると同時に肩に乗せていた砲台の照準を紫音に合わせている。


「――っ!」


 瞬時に砲台に魔力が充填され、そのまま魔力砲撃が発射された。


「……だが、この程度っ! 縮地気功術――『天』」


 空中を蹴るような動きをした瞬間、紫音の体は蹴った方向に移動し、ゴーレムの砲撃から間一髪のところで躱していく。

 そして紫音は、まるで空を飛ぶように空中を移動していき、ゴーレムの後ろを取ると、刀を振り上げ、ゴーレムの身体に斬撃を喰らわせる。


 ――ガンッ!


(ダ、ダメか……。やはり、これを突破するにはさっきみたいな爆発的な攻撃が必要だな。……そのためには魔力と氣の合わせ技が一番だが、あれを使うには時間がどうしてもかかる。戦いの最中にそんな時間をくれるほど甘い敵でもないし……さて、どうするか)


 突破口を模索していたところ、紫音の脳裏にある戦術が頭に浮かんできた。


(ああ、そうだ……。初めてこの姿になったときにいろいろと情報が流れ込んできたが、その中に使えそうなのが一つあったな……)


 紫音はゴーレムを相手にしつつ、左の拳に氣を集約させる。

 すると、次第に紫音の拳に赤黒いオーラのようなものが纏わる。


「喰らいな……。天涯鬼功てんがいきこう――『覇者はしゃけん』」


 オーラを纏った拳をゴーレムの身体に向けて放つ。


 ドオオオオォォン。


「――っ!?」


 直撃した瞬間、爆発にも似た音が鳴り響き、ゴーレムは身体をよろけさせながら倒れ込んでしまった。


「……いいな、今の。今までにない力が振るえて、最高に気分がいい……」


 今までにない手応えを感じ、紫音は殴った拳に目をやりながら笑みを浮かべていた。


「……っ? なんだ、まだ動けるのか?」


 一度倒れたゴーレムだが、すぐに立ち上がり、戦闘態勢へと入った。

 しかし、その海鉱石の装甲を持つ身体には、拳の跡がくっきりと残っており、紫音の攻撃が無駄ではなかったことを物語っていた。


「やっぱり、この方法は当たりだったみたいだな。これなら……次は……」


 紫音はそう言いながら、そっと自分の刀に目を向けた。


「な、なんだ……あれは?」


 一連の戦いをその目で見ていたヨシツグは、信じられないという表情を浮かべていた。


「……どうしました、ヨシツグさん? 確かにシオンさんの戦いぶりは変わってしまいましたが、あの調子ならすぐにでもカタがつきそうですよ」


「いや、そのことで驚いているのではない。なぜ紫音があの技を使えるんだ?」


「……ど、どういうことですか?」


「奴がさっき使ってみせた技は、どれも私が教えた覚えのない技ばかりだ。そもそも最後のに至っては私ですらまだ修得していない技のはず。……なぜ教えてもない技を紫音が扱えるのだ?」


 説明の付かない紫音の技の数々にヨシツグは困惑している様子だった。


「……これは私の推測ですが」


 困惑しているヨシツグに、セレネがある仮説を立てながら話す。


「シオンさんの『リンク・コネクト』という魔法は、ただ亜人種の姿や能力をコピーしているだけでなく、もっと根源とも言えるような肉体に再構築しているのではないでしょうか?」


「……どういう意味だ?」


「考えてもみてください。どうして人種であるシオンさんが、各亜人種の姿になった途端、その種族の能力を扱えるようになるのか」


「それはあの魔法のせいではないのか?」


「そう考えるのが妥当ですが、それでも説明の付かないこともあります。例えばフィリアさんたち、竜人族がいい例です。元々、飛行能力も炎を吐く能力も持ち合わせていないシオンさんがなぜ竜人族になったときだけ、それらの能力が使えるようになるのか不思議には思いませんでしたか? いくら魔法のおかげとはいえ、それを自分のものにするなど不可能に近いのです」


 セレネの言い分は理にかなっている。

 異世界人とはいえ、この世界で紫音はただの人種に分類される。それだというのに、他の種族の能力を得た途端、その能力を行使することなど不可能に近いとセレネは言っているようだ。


「だ、だが……修練を積んで会得したという可能性もあるのではないか?」


「私もそう考えて、シオンさんに聞いたことがあるわ。そしたら、『ものの数分で使えるようになった』って言ったのよ」


「なにっ!?」


「さらに言うと、能力やその使い方も契約者とリンクした瞬間、様々な情報が流れ込んでくると言っていたのよ。おそらく……さっきヨシツグさんが言ってた技の数々もその中で得たんだと思うわ」


「……そんなことがあり得るのか?」


「私も驚いたわ……。でも現に、初めて鬼人族の姿になったというのに、シオンさんはその能力を使いこなしているように見えるわ」


 紫音の現状を通して、セレネの仮説は確実なものへと近づいていた。


「……この際だから言っておきますけど、シオンさんのあの魔法について、一つ気掛かりなことがあるのよ」


「気掛かりなこと……?」


「シオンさんにあの魔法をどうやって編み出したのか、以前に質問してみたのよ。ただの興味本位だったけど、それで返ってきた答えが『ある日突然思いついた』って言ったのよ」


「あんなものをなんのきっかけもなしにか?」


 普通に考えれば、ありえないことだった。

 魔法というものはそう簡単にまったく新しいものを作り出すことは難しいとされている。研究者であるセレネも実際に魔法の開発経験があるため、その難しさは嫌というほど痛感していた。


「その答えを聞いたとき、さすがに冗談かなにかかと思ったけど、そのときのシオンさんの顔、とても噓をついているような顔ではなかったのよ」


「つまり……セレネ殿はなにが言いたいのだ?」


「ただ……不安なだけよ。ある日、突然編み出した強大な魔法がシオンさんにどう影響しているのか。あれほどの力をほとんど代償なしで使えていること自体、おかしいのよ」


 紫音の魔法に対して、セレネは驚きというよりも不安のほうが勝っており、これから先、紫音の身になにが起きるのか、一抹の不安を感じていた。


「お前のその身体を突破する方法も見つけたことだし、そろそろ終わりにさせてもらうぜ」


 一方、そんな心配をされていることなど露知らずにいた紫音は、この戦いに決着を付けようと動き始めていた。


「天涯鬼功――『付与』」


 先ほど見せた氣功術を今度は自身の刀に付与させた。すると、さっきと同様に刀も赤黒いオーラに包まれる。


「鬼功剣――『修羅の剣』」


 新たな氣功術を纏わせた刀を振り、ゴーレムの身体に斬撃をお見舞いする。


「――っ!?」


 瞬間、今までとは比べ物にならないほどキレ味が増し、ゴーレムの身体が核ごと真っ二つに斬り落とされていく。


「――――っ」


 崩れ落ちたゴーレムは、そのまま甲板の上に横たわり再び起き上がることはなかった。


「……まずは一体目」


 倒したことを確認すると、紫音はもう一体のゴーレムに狙いを定める。


「……往生際が悪いゴーレムだ」


 先ほどの戦いを見て、脅威度を高めたのか、ゴーレムは高速で移動しながら近接戦闘を避け、遠距離から魔力砲撃を放つ戦法へと変えてきた。


「空中戦がお前だけの特権だと思うなよ」


 紫音はその場を跳躍すると、そのまま空を駆けながらゴーレムとの距離を詰める。

 しかし、高速で移動する敵に追いつけるほどの技量は紫音にはまだないため、イタチごっこのような状態が続く。


(空を飛べてもこれじゃあ埒が明かない……。それなら……)


 追いつけない敵に対しての対処法として、紫音はある考えに至る。


(奴の魔力の流れを視ろ……。ゴーレムと言えど、魔力を動力源として動く人形だ。それなら移動する最中に魔力の残滓が発生するはず。その魔力の流れを視るんだ。……昔、ディアナに教えてもらったことがあるからできるはず)


 紫音はじっと観察するようにゴーレムの姿を追いながら、そこから漏れ出る少量の魔力を頼りに次の移動先を予測する。


「――そこだっ! 《バインド》」


 ゴーレムの移動先を予測し、その場所に向けて拘束魔法を放った。


「――っ!」


 紫音の魔法は命中し、ゴーレムの動きを封じることに成功した。


「これで……トドメだ!」


 動けなくなったゴーレムのもとへ飛び、そのまま先ほど斬撃を喰らわせた。


「――っ!?」


 再びゴーレムの身体は真っ二つとなり、動力を失ったゴーレムは、重力に従うように、ゆっくりと落下していく。


 ドオオオオォォン。


 激しい音を立てながらゴーレムの残骸が甲板の上に転がる。


「セレネさん、ヨシツグ……終わりましたよ」


 戦いを終わり、満足した紫音は、満面の笑みを浮かべながらセレネとヨシツグのほうへ顔を向ける。

 この状況は喜ばしいことなのだが、先ほどの話を思い出し、セレネとヨシツグは素直に喜べずにいた。

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