第235話 暴かれた素顔

「……くっ! マリアーナ、ガゼット! まだ動けるか!」


 コーラルの呪歌の歌を聴いたことにより、異常をきたしているマリアーナたちを見て、ブルクハルトは声をかける


「き、気合で……なんとか……」


「正直言って厳しいですけど、少しぐらいなら……」


「……よし」


 このまま時間が長引いてしまえば、不利になるのは明らかに自分たちのほう。

 そう思い、二人の状況を確認した後、ブルクハルトはガゼットに耳打ちをする。


「――というわけだが、いけるな?」


「わ、わかった……。やってみる」


「マリアーナ、私たちにバフを……」


「お父様たち……お願いします。リーシアのことは私に任せてください」


 マリアーナに強化魔法をかけてもらった後、ブルクハルトとガゼットは再び前に出た。


(何度来ても同じことよ!)


 胸中でそう宣言すると、それに応えるようにクラーケンがブルクハルトたちの前に立ちはだかる。

 触手を鞭のようにしならせながら複数の触手が次々とブルクハルトたちを襲う。


「――くっ!」


「ハアァッ!」


 ブルクハルトとガゼットは、不調の体に鞭を打ち、迫りくる触手を躱していく。


「――っ!?」


 しかし、それも長くは続かず、ブルクハルトの足に触手が巻き付き、その場から動けなくなってしまう。


(……取った!)


 ブルクハルトの捕縛に成功し、コーラルは歓喜に震える。

 ……だが、それも束の間、


「……フッ、これで私を捕まえたと思うなよ! 人魚の魔法・奥義――《ウルティマ・マリン》!」


 瞬間、巨大な魔法陣がブルクハルトの前に現れ、その中からおびただしいほど膨大な量の海水がレーザー光線のように一直線になって放出される。


(――っ!? こ、これは……少しマズいわね……。クラーケン!)


 あれに巻き込まれてしまえば、ひとたまりもないと感じ、クラーケンの触手すべてを使ってその攻撃を防ぐ。


「――っ!」


 さすがは伝説上の魔物と恐れられている存在。

 押し寄せてくる大量の海水にも負けず、すべての触手を使ってとどめている。


(こ、これなら……)


 最悪の結果は阻止できたと安堵し、緊張の糸が少しだけ緩んだ。

 しかし、それが命取りだった。


「今だっ!」


「――《アクア・バレット》」


(――なっ!? い、いつの間にっ!)


 ブルクハルトの合図とともに、コーラルの死角から突然ガゼットが現れ、畳みかけるように水の弾丸を連発させる。


「ぐうぅっ!」


 防御を取る暇も与えられず、咄嗟に両腕を体の前に出すが、それだけで水の弾丸を防ぐことなど到底できなかった。

 あちこちから襲い掛かってくる痛みに、コーラルは歯を食いしばりながらグッと我慢する。


 ……そして、


「ハア……ハア……」


「うぅ……」


 長いようで短かった攻撃も終わり、ブルクハルトたちは攻撃の手を止める。

 幸いあの膨大な海水は、クラーケンの前で食い止められてしまい、コーラルには当たらなかったが、そのクラーケンは防御に集中していたせいでひどく疲弊しているように見えた。


(私が囮になる作戦はどうやらうまくいったようだな。……あれで、どれだけのダメージを与えられたかは分からないが、奇襲には十分な攻撃のはずだ)


 まさかコーラルもオルディスの王が囮になっていたとは知る由もなかったため、ブルクハルトの読み通り、まんまと策にはまってしまった。


「コーラル! お前の手の内が分かった以上、このまま好きにさせるつもりはない。……お前を拘束して、どうやってその歌を手に入れたのか、吐いて……もら…………えっ?」


「……?」


 ついさっきまで、大声を上げながらコーラルに戦意をむき出しにしていたブルクハルトの声が突然言葉を失ったように静かになり、辺りにまで静けさが訪れる。


 なにが起きたのか、まだ理解できていないコーラルは様子を窺うために顔を上げる。


(……いったい、なにが?)


 周囲を見渡しても状況は理解できなかった。

 この場にいる全員がまるで幽霊でも見たかのように、驚きの顔を見せていた。さっぱり状況が分からずにいると、リーシアが静かに口を開いた。


「……お……お姉さま? エメラルダ……お姉さま……ですか?」


「…………えっ!?」


 もう二度と呼ばれることのない自分の名前をリーシアの口から呼ばれ、思わず腕を前に出して顔を隠す。


「……?」


 その瞬間、ある違和感がコーラルを襲う。


(あ、あれ……? フ、フードは……? か、仮面は……?)


 顔や頭に手を触れてみると、そこにあるはずのフードと仮面の感触がない。

 どうやら先ほどのガゼットの攻撃で、どちらとも外れてしまったようだ。


「エ、エメラルダ……? なぜおまえが……ここに……? それにその姿は……?」


(見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。見られた。……。)


 まるで呪詛のように何度も何度も同じ言葉を繰り返す。


 しかしこうなってしまうのも当然のこと。

 家族の前でもずっと隠し通していた自身の素顔。変わり果ててしまった自分の姿を最悪のタイミングで晒されたせいで、コーラルはパニック状態に陥ってしまっていた。


「――《海牢獄》!」


 狼狽えるコーラルのもとに突如として、水でできた檻が出現し、その中に閉じ込められてしまった。


「……マ、マリアーナ?」


「お父様! しっかりしてください! エメラルダお姉様がなぜこんなところにいるのかは知りませんがそれを考えるのはあとです! 今は魔物たちをどうにかしないといけません!」


「――っ! そ、そうだったな……」


 マリアーナに叱咤され、ブルクハルトは我に返って落ち着きを取り戻した。


(……くっ。マ、マズい……)


 先ほどまでパニック状態になっていたが、檻に閉じ込められたことで少しだけ冷静になる。

 しかし捕らわれてしまった現状は変わらず、この先の展開をどうすべきか思案を巡らせていた。


(……どうする? いざとなれば檻から抜け出すことなど容易だが……いっそのこと例の作戦を実行に移すか? ……いいや、まだ状況が拮抗している状況では効果が薄い……が、このままでは……)


 最善の手を打つため、様々な考えが頭に浮かぶが、どれも最適解ではないものばかりで困惑していると、


「……っ?」


「……え?」


 突然、カルマーラ海域の上空に巨大なスクリーンが浮かび上がった。


「……あれは確か……アトランタの奴らが使っていた映像用の魔道具だったか?」


「見てください! なにかが映し出されていきます」


 リーシアの言うように、砂嵐ばかりでなにも映っていなかったスクリーンから次第になにかが映し出されていく。


「――っ!?」


「……え?」


 そのスクリーンに映っていたのは、オルディスに侵攻していた聖杯騎士のローンエンディアと彼女の手に引きずられ、血だらけになっているティリスの姿だった。


「お、お母様……?」


「ティ、ティリスーッ!」


 このスクリーンはカルマーラ海域だけでなく、オルディスにも点在しており、それらすべてに同様の映像が流れていた。

 当然のことながらこの映像を目にして、オルディスの人魚たちは動揺を隠せずにいる様子でいた。


 そんな中、スクリーンに映っていたローンエンディアが声を上げて宣言する。


「聞けえぇっ! お前たちの国の女王はこの私が討ち取った! このまま私は王城を占拠しに行く! 武器を捨て降伏を認めるなら命まで取らないが、それでも私の前に立ちはだかるのなら容赦なく切り捨てていく! 覚悟しろ!」


 脅迫にも似た言葉の数々と、オルディスの柱の一つとも言える存在が敗れたことを知り、人魚たちから少しずつ戦意が失われていく。


(……き、来たっ! ……ついに……来たわ。今この瞬間こそ……作戦を実行する絶好のタイミング!)


 実の母親がやられているというのに、無情にも涙の一つも見せず、むしろついに作戦を実行へと移すことができると、歓喜に震えていた。


 これを境に、戦争はさらに混沌と化していく。

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