第233話 相対する姉妹たち
両国との戦いが激化し、ついにはオルディスの王ブルクハルトまでが戦場に出陣することとなった。
そして、そんな状況にまで戦況が発展していたことなど知らずにいたリーシアたちは、現在進行形で戦いに貢献し続けていた。
「ハアアァァッ!」
気合の入った雄叫びを上げながらラムダは目の前の魔物を打ち倒した。
「お疲れさまです、ラムダ。これでここいらの魔物は掃討できたようですね」
「……そうみたいだな」
「ふえぇ、つかれました……」
「フフフ、リーシアもご苦労さま。みなさんも一時戦闘を中断させて周囲を警戒しながら休憩に入ってください」
「りょ、了解しました……」
戦闘の連続ですっかり疲れ果てている騎士たちの姿を見て、マリアーナは小休憩に入るよう指示する。
騎士たちはその指示を聞き、全員安堵の表情を浮かべながら休憩に入った。
「……ったく、情けねえ奴らだな。この程度でへばるなんて」
「呪いを受けて狂暴化した魔物と戦っているのですから、こうなるのも無理はないかと思いますよ。リーシアの浄化もすぐに終わるわけでもないし、それまでの間、彼らには魔物を押さえつけてもらわないといけないので」
「……それもそうか。リーシアの奴もだいぶ疲労しているようだしな」
「ええ、浄化のために数え切れないほどの歌をうたっていたんですもの。……だから、ラムダが合流してくれて本当に助かりましたよ」
途中からラムダがリーシアたちのところへ合流し、多くの魔物の相手をしてくれたおかげで、リーシアの負担も大幅に減少していた。
「まあな……。突然海賊どもが現れて、どういうわけか、オレたちの味方をしてくれたおかげでこっちに来れたんだがな」
「……海賊。あの旗は確か、バームドレーク海賊団の旗でしたよね?」
「ほう……よく知っているな」
「昔からある有名な海賊の旗ですから。それよりもなぜ、私たちの味方をしてくれたのでしょうか? それにどうやってこの場所を突き止めたのか……。偶然にしては出来すぎですよね?」
「偶然と言えば、あのドラゴンの件もだな。いくらなんでもウチにとって都合のいいことばかり起きてやがる」
何度も降ってきた幸運に、さすがのマリアーナたちも不振に思い始めていた。
「それはもちろん、シオンさまたちが陰ながら動いてくれたおかげに決まっているじゃないですか!」
疲労のあまりずっとへたり込んでいたリーシアが、急に息を吹き返したように起き上がり、前のめりになりながらそう言った。
「…………」
「あ、あれ……?」
しかし、リーシアの熱意のこもった言葉に対してマリアーナたちは浮かない顔をしていた。
「リーシアには悪いが、本当にそいつがやったのか?」
「残念だけど、私たちはリーシアの恩人たちに会ったことがないうえに、あなたが慕っている人ってニンゲンなんでしょう? 信用できるかどうか……」
「なに言っているんですか! シオンさまは信用できるお方です! 疑うようでしたらシオンさまとのラブラブな日々を、一言一句余すことなく姉さんたちに説明しましょう!」
「……んな時間あるわけねえだろう。その話は後だ。まずはこの戦いを乗り切ることが先決だろ?」
長くなりそうなリーシアの話を避け、ラムダは強引にその話を終わらせる。
休憩の中、そんな雑談を交わしていると、
「後方から魔物の姿を確認! こちらとの距離はまだありますが、敵は群れをなしてこちらに近づいております!」
周囲を監視していた一人の騎士が声を上げて報告した。
その報告を耳にし、マリアーナはすぐさま頭を切り替え、戦闘の準備に取り掛かる。
「みなさん、休憩の時間は終わりです。早急に迎撃に入ってください。敵は多数ですが、幸いまだ猶予はあります。落ち着いて準備を整え、魔物の掃討に入ります」
周囲にいる騎士たちにそう指示を出した後、今度はリーシアのほうへ顔を向けながら別の指示を出す。
「リーシア、あまり休む時間はなかったけどいけるわね?」
「ハ、ハイ! もちろん大丈夫です」
「それじゃあ、手筈通り魔物の浄化にあたってちょうだい。私も引き続き、リーシアの警護に入るから」
「わ、わかりました!」
「――っ! マ、マリアーナ様っ! 大変です! 前方からも魔物の群れが!」
「なんですって!」
迎撃に向かおうとしていた方向とは正反対の方向からも魔物が姿を現し、こちらに向かってきていると知り、マリアーナは驚きの声を上げる。
(このままだと挟み撃ちになってしまうわね。それだけは絶対に避けないと……)
不利な状況に陥ってしまう前に、マリアーナは当初の予定を崩して別の手に出る。
「みなさん! いったん迎撃は中止します! 魔物のいない方向へ離脱し、態勢を立て直してください!」
戦闘を避け、逃げの一手に出る。
しかし……、
「マリアーナ様! こっちからも魔物が!」
「こ、こちらからもです!」
リーシアたちの退路を断つように今度は左右からも魔物が押し寄せ、ついには四方を囲う形で魔物の集団が押し寄せてきていた。
「オイオイ、なんだよこの状況……。これ完全にオレたちを排除しに来ていないか?」
「おかしいわね。理性を失っている魔物がこんな統制のとれた動きをするなんてありえないわ」
まるで訓練された動きを見せる魔物の行動にマリアーナは違和感を覚える。
「ど、どどうしましょう……」
「こうなったら深海に潜るぞ。なにもないここじゃ、敵のいい的になるだけだ。深く潜れば遮蔽物も多いはずだから、それで敵を撒くしかない」
「そ、そうね……。今はそれしか方法はないわね」
「ダ、ダメです!」
残された道の一つとして、さらに深く潜ろうとするが、その前にリーシアの制止の声がマリアーナたちの耳に届く。
「リーシア! こんなときにどうしたの?」
「……し、下にも魔物がいます。……それにあれって、アングリーシャークではないですか?」
「なにっ!?」
「ほ、本当……だわ……」
アングリーシャークとは、気性が荒いうえに驚異的な破壊力も兼ね備えており、深海のギャングと呼ばれ、恐れられている魔物である。
元から凶暴な性格をしていたが、そこに呪いが付与されたことにより、その凶暴性も前よりも増しているように見えた。
さらに運が悪いことに、そのアングリーシャークは一体だけでなく、他と同様群れをなして襲い掛かってきている。
(あんな魔物まで相手していたら全滅する恐れがある……。でもほかに退路は……)
打つ手なしと諦めかけていたそのとき、
「仕方ねえ……。オレが活路を開く」
この状況を打破すべくラムダが名乗り出てきた。
「ラ、ラムダ……? いったいなにをするつもり?」
「オレの大技で一方向の魔物どもを全滅させる。その隙にとっとと離脱するぞ」
殲滅に長けた広範囲の技を撃つことに決め、リーシアたちを下がらせる。
そしてラムダは、両腕を前に掲げながら唱えた。
「唸れ渦潮の波紋――《
ラムダの前に複数の魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣から螺旋状に描く水流が前方に放出される。
おびただしい数の魔物たちもラムダが放った水流に巻き込まれ、海の彼方へと消えていく。
「今だっ! 全員遅れるなよ!」
みんなに渇を入れながらラムダは先陣を切って、退路を進み行く。
これでこの危機的状況から脱することができると安堵したのもつかの間。
「――っ!? ウソだろ……」
「そ、そんな……」
全滅して道が拓けた場所を進もうとするが、その場所を埋めるようにすぐさま別の魔物が補充されてしまった。
またもや退路を塞がれてしまい、ラムダの泳ぐ足も止まる。
「クソッたれ……。もう逃げ道はあそこしかないじゃねえか」
そう言いながらラムダは、上を見上げた。
「ラムダ、それは待ちなさい。いくらなんでも地上は危険すぎる」
地上に逃げようとするラムダに対して、慌ててマリアーナは止めに入る。
「ここは確か、敵軍からかなり近い場所にある海中のはずです。こんなところから地上に出てしまっては、敵地のど真ん中に顔を出すようなものです。それはあまりにも危険すぎるわ」
「だが、もうそれしか方法はないだろう? なに大丈夫だ。地上に上がったらすぐに敵の船を奪取すればいい。敵さんも味方の船を打つことなどできないだろうし、その時間を使って態勢を立て直せばいいだけの話だ」
「……っ。わ、分かったわ。それで行きましょう」
結局、マリアーナも折れてラムダの提案に乗ることにする。
すぐにマリアーナたちは、部下を引き連れて地上へと進路を変え、海の中を泳いでいく。
「……よし、あの船にするぞ」
「ええ、了解したわ」
ラムダの指示により、周囲に味方の船はなく、孤立していた一隻の船に目を付け、その船の奪取に取り掛かる。
一気に海中から地上へと駆け上がり、そのままの勢いで船の甲板に乗り込む。
「――っ!」
甲板に足をつけると、各々武器を構えながら敵の攻撃に備えるが、
「……い、いない?」
妙なことに乗り込んだ船には、誰一人としてニンゲンの姿はなく、影もその形すら見当たらなかった。
「も、もしかして……この船を乗り捨ててみんな別の船に移動したのでしょうか?」
「それもない話じゃないが……それで本当に合っているのか?」
「……ええ。あまりにも都合がよすぎるわ」
どこか作為めいたものを感じ取ったマリアーナは、緊張の糸を解かずに、引き続き周囲の警戒に当たる。
「――っ!」
まだまだ安心ができない状況の中、ふと船の内部から足音が聞こえてきた。
カツッ、カツッという一定の音で聞こえてくる足音は、時間が経つに連れて大きくなり、周囲の警戒に当たっていたマリアーナもその足音がする方向へと顔を向けた。
「あら、まさかこんなにも簡単に釣れるなんて思いもしなかったわ。……まあ、そうなるよう仕向けたんだけどね」
不敵な笑い声をしながらリーシアたちの前にコーラルが姿を現した。
「お、お前は……?」
「この状況から察するにアトランタの手の者ね」
(……あ、あれ……?)
すぐさまコーラルを敵と認識したラムダとマリアーナに反して、リーシアだけは別のものを感じ取っていた。
(おかしいな……。初めて会うはずなのに、どこか懐かしい感じがするんだけど……ううん、やっぱり気のせい……よね?)
コーラルの姿を目にして、なんとも言えない既視感に襲われる。
しかしそんなはずはないと思い、すぐにその考えを頭から取り払った。
「……初めまして、オルディスのみなさん。私はコーラル。アトランタの王太子の側近を務めているものです」
自ら自己紹介をしながらコーラルは深々とお辞儀をする。
「やはり敵のようね」
「それなら遠慮はしねえ。どうせ奴は一人だ。一気にやるぞ!」
「……一応忠告しておくけど」
「……っ?」
「そこから一歩たりとも動かないほうが身のためよ」
今すぐ戦いを仕掛けようとするラムダに忠告するような言葉を投げかける。
「そんな脅しが通用するかよ」
しかし、その程度の言葉にひるむわけもなくラムダはかまわず前に出る。
「……ハア、相変わらず直情的ね」
フッと少しだけうれしそうな笑みを浮かべるが、その後こちらの忠告を無視した報いをラムダに受けさせる。
「やりなさい」
一言、声をかけた瞬間、船の中から一本の触手が飛びしてきたと思ったら、その触手を鞭のようにしならせながら突撃してくるラムダを払いのけた。
「ガアッ!?」
触手による攻撃を受けたラムダは、受け身もとることができず、そのまま後方へと弾き飛ばされてしまった。
「な、なんですか! いまのは!」
「……姿は見えないですが、どうやらこの船には彼女以外にも敵がいるようですね。……それよりも今のは」
先ほどの攻撃を目にして、マリアーナはあることに気付いた。
「……コーラルと言ったわね……あなた」
「ええ、そうよ」
「一瞬だったけど、今の触手からは瘴気が漏れていたわ。それをあなたが操っているってことは……もしかしてあなたが、一連の事件の犯人なのね」
これまで呪いを受け、狂暴化した魔物にはどれも共通があった。それは黒い瘴気のようなものが出ていること。
その事実からマリアーナは、コーラルが呪怨事件の犯人ではないのかと推測していた。
「……フフフ、ご明察。マリアーナの言う通り、私が呪いをばらまいた張本人よ」
「……っ! やっぱりそうなのね……あれ?」
あっさりと自供し、ついに事件の犯人が判明したが、それよりもマリアーナ別のことに気を取られていた。
(……なんで彼女が私の名前を? 私、彼女に名前なんか言った覚えがないんだけど……)
名乗った覚えもないのに、コーラルに名前を呼ばれたことが気になり、マリアーナは怪訝そうな顔を浮かべていた。
「……さて、これで私の忠告を無視するとどうなるかみなさんも分かってくれたようだから話を進めるけど……このまま投降してくれない?」
「な、なんですって!」
「他はどうか知らないけど、少なくとも私個人としては、投降さえしてくれればあなたたちに危害を加えるつもりはないわ」
「……脅しておいてよく言いますね」
「これは脅しではなく、たんなる抑止力ですよ。それにあなたたちにとっても都合がいいと思いますよ。今はまだいませんが、これ以上長引けば死者も出る恐れがある。それは避けたいはずよね?」
現状、負傷者はいるものの未だ死傷者が出たという報告は確かに出ていない。
しかし、戦いが激しさを増していけば、いずれは命を落とすものが現れる可能性も高くなる。
「ふ、ふざけるな……。まだ終わってもいないのに投降などできるか!」
「……ラムダ」
「元からあなたたちには選択肢などないのよ……」
「――っ!?」
すると、急に船が大きく揺れ、危うくバランスを崩しそうになる。
「こ、これは……」
「大変です! 周囲に大多数の魔物が出現! 船に攻撃をしています!」
海中にいた魔物たちがリーシアたちに追いつき、彼女たちがいる船を取り囲みながら鳴き声を上げていた。
「……どうしますか? このまま船が破壊され、魔物たちの餌食になりますか? ……それとも投降しますか?」
もはや八方塞がりとなってしまい、今度こそ本当に打つ手がなくなってしまった。
窮地に追いやられ、マリアーナとラムダは諦めからか、顔を下に向ける。
(シ、シオンさま! ……助けて!)
そしてリーシアは、静かに紫音に助けを求めた。
「……っ?」
この状況を前にして、勝ち誇っていたコーラルだったが、ある異変に気付き、リーシアたちから視界を外した。
(……なに、あれ?)
見ると、姿は目視できないが海のほうから凄まじい水しぶき上げながらこちらに近づいてくる影がコーラルの視界に入る。
猛スピードで近づいてきたその影は、あっという間にリーシアたちがいる船にたどり着き、その場で水柱を起こしながら船に乗り込んできた。
「無事か! お前たち!」
「お、お父様っ!?」
「ガ、ガゼット兄さんまで!?」
リーシアたちの前に颯爽と現れたのは、ブルクハルトとガゼットだった。
どうやってこの場所を突き止めたのか知らないが、絶体絶命の中、リーシアたちに救いの手が差し伸べられたのだった。
「……久しぶりね、お父様。また私の野望を壊すために現れたのね」
コーラルは誰にも聞こえないよう、独り言のように小さな声で言った。
それは憎しみなのか、それともあのときの復讐ができることから出てきた言葉なのか定かではないが、コーラルの口元からはこれ以上ないほどの笑みが表に出ていた。
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