第218話 集結する三勢力

 紫音たちがコーラルらとの邂逅を果たしてから早数日。

 その間に着々と準備は進んでいき、わずか数日ですべての準備が整ってしまった。


 戦争を始める準備を終えたその翌日。

 アトランタにある巨大な船着き場では、辺り一面を埋め尽くすかのごとく、大量の大型船が停留していた。


「皆の者! 時は来た! 諸悪の根源たるオルディスを潰すため、今ここにオルディス侵攻を宣言する!」


「オオオオオオオォォォッ!」


 アトランタの王子――パトリックが高らかにそう宣言すると、船の甲板にいたアトランタの兵士たちが一斉に雄叫びを上げる。


「オルディスの人魚どもはおろかにも海に凶暴化した魔物たちを放ち、自国のみならず他国の貿易船にまで危害を加えていた。このまま奴らの暴挙を見過ごせば、アトランタを中心に次々と奴らの勢力が拡大していくはずだ」


 パトリックは一度そこで言葉を止め、一呼吸置いてから話を続ける。


「これ以上、奴らの好きにさせていいのか! 今ここでオルディスを制圧してこそ、我ら人族に安寧のときが訪れるのだ! さあ者ども! 武器を手に取り、もう二度とおろかな真似をさせぬようオルディスを支配下に置くぞ! 進軍開始っ!」


 そういい終えると同時に、おびただしいほどの数の船が次々と出航していく。

 大船団と化した大型船の集団は、オルディスへと進路を進める。


(実に壮観だな……。これだけの力があれば、一国を相手にするなど造作もない)


 船団の中でもひと際大きな船に乗っていたパトリックは、この圧巻とも呼べる戦力に酔いしれていた。


「パトリック王子、素晴らしい演説でしたよ」


「やはり君もそう思うかいコーラル? 我ながらいい出来だったと自分を褒めてやりたいほどだよ」


 飽きもせず自分に酔いしれているパトリックに苛立ちを覚えながらもコーラルは愛想よく振舞う。


「……それで、コーラルよ。オルディスまでは、あとどれくらいで着くんだ?」


「この船団を統制しなくてはならないうえに、天候による影響も生じますので断言できませんが、カルマーラ海域内にあるオルディスまでは、おそらく丸一日はかかるかと思われます」


「そんなにか……。だいぶ時間があるな。……クラウス」


「ハイ、パトリック様」


 同じ船に乗っていた宮廷魔導師のクラウスは、返事をしながらパトリックの前に現れる。


「いよいよお前の力を人魚どもに見せるときが来たが、準備はできているだろうな?」


「ハイ、お任せください。コーラル様のおかげですでに仕込みも終えたので、後はオルディスに着くのを待つのみです。パトリック様のご要望通り、派手に開戦の狼煙を上げる算段なので、お楽しみください」


「それは実に楽しみだ。……期待しているぞ」


 まだ始まってもいないのに、すでに勝ったような気でいるパトリックに、コーラルは冷ややかな視線を向けていた。


(どこまでも、脳みそがお花畑な人だ。これから自分がどんな運命を辿るかなど知る由もないのでしょうね。……本当におろかな人)


 胸中でパトリックを嘲笑しながら、コーラルは静かな笑みを浮かべた。


 そんなやりとりが甲板で行われている中、その光景をアストレイヤ教会の聖杯騎士であるローンエンディアが、遠目で静かに眺めていた。


「あの王子は、副業に小説でも書いているんでしょうかね?」


「ローンエンディア卿? どうなさいましたか?」


「あなたも先ほどの演説は聞いていたでしょう? 仮にも教会の人間がいる前でよくもあんな作り話を言えたものかと、呆れているんですよ」


「なるほど、それで小説と、皮肉めいたことを言ったのですね。……ですが、それも仕方のないことかと思います。……なにせ、今回の事件が自作自演だということを知っているのはごく一部ですからね」


 当然のことながら、呪怨事件を引き起こした犯人がアトランタだということを知っている者はほとんどいない。

 この件を知っているのは、アトランタ王家の中でも一部の王族や貴族、教会陣営の中ではローンエンディアとオーロットぐらいにしか知らされていなかった。


 つまり、アトランタの兵士や教会のプリーストや騎士たちはまったく知らずにいるばかりか、先ほどの演説でまんまと捻じ曲げられた事実を植え付けられてしまっている。

 薄汚れた欲望が蔓延しているこの状況に、ローンエンディアは嫌悪感を覚えていた。


「……もしやローンエンディア卿? 乗り気ではないのでしょうか?」


「あら、分かりますか?」


「ええ、その顔を見れば……誰でも」


「安心しなさい……。戦いともなれば、このような情はすぐに捨てきって差し上げるわ。なにしろこの戦いにおける勝利を教会は望んでいるんですから」


 すべては教会のためだと、念頭に置きながらローンエンディアは船が進む先へ視線を向けるのであった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アトランタ軍の船が出航を始めた頃、遠く離れた岩窟島でもある目論見が動き出そうとしていた。


「……ふむ。どうやら向こうさんに動きがあったようじゃな」


 アトランタに置いてきたライムの分裂体を通して、情報を集めていたディアナはぽつりとそう漏らした。


「なんだ? やっと動いたのか? オーイ、デューク! 早く準備しろ!」


 横で盗み聞きをしていたグリゼルが、大声でデュークの名前を呼びながら船を出す指示を送っている。


「馬鹿者……。そう急かすな。まずは情報を整理することから始めるべきじゃろ」


「いきなり大声出して、どうしたんだグリゼル?」


 グリゼルの呼びかけに応じるようにデュークの走ってくる姿が見えたので、ディアナはひとまず情報を共有することにした。


「デュークよ、今しがたアトランタの方で動きがあった。すぐに船を出すことは可能か?」


 その言葉を聞き、デュークは真剣な表情へと雰囲気を変えながら答える。


「ついに来たか……。船を出すぶんには可能だが、目的地は分かるか?」


「このタイミングで船を出すということは十中八九、オルディスに攻め込もうとしておるんじゃろう」


 言いながらディアナは、事前に手に入れていた地図を広げながらアトランタ側の予想される航路を指でなぞっていく。


「奴らはオルディスがあるカルマーラ海域に向かっているはずじゃ。船の数は百を優に超えておるから、そこまで速度は出せぬと思うが、デュークの考えではどうなんじゃ?」


「それだけの数が一斉に海に出ているとなれば、船同士の統制を保つためにあまり速度は上げられないな。船の型とかは分かるか?」


「確か……ガレオン船とか言うんじゃったかな? 似たような大型の船が多数見えたのう。その他にも教会の旗を掲げた船も見えたぞ」


「予想はある程度していたが、大型船が百以上か……」


 改めて伝えられる敵の規模にデュークは一瞬、言葉に詰まっていた。

 しかし、少しだけ考え込むような仕草をとった後、決心をしたような顔へと表情が変化した。


「ミラジェーン! チェイス! ちょっとこっちに来い!」


 大声を上げながらデュークが呼び出したのは、バームドレーク海賊団に所属する幹部たちの名前だった。

 名前を呼ばれた二人がデュークの前に姿を現した後、すぐさまデュークは二人に指示を送る。


「お前ら仕事の時間だ。今回の敵はいつもと違って強大な戦力を有している。よって、三つの組に船を編成し、お前たちにはそれぞれの指揮を執ってもらう」


「へえ、珍しいじゃねえか。大船長がそんなことを言うなんて。……いつもは大船長がオレたちをまとめているっていうのによ」


「それだけ警戒すべき敵だというのだろう。なにせ一国を相手にするようなものだからな」


 大きな海賊帽に藍色の髪をなびかせる女幹部ミラジェーンと逆立った赤髪に右目に眼帯を付けたチェイスは敵の強大さを改めて痛感した。


「他の奴らにも情報を共有しておけ。目的地はカルマーラ海域。詳しい作戦については航海しながら伝達する」


「了解」


「やってやるぜ!」


 指示を受けた二人は、それぞれの持ち場へと戻り、出航の準備に取り掛かった。


「ひとまずはこれでいいだろう。グリゼルたちもすぐに船に乗ってくれ。急いでアトランタの連中を追いかけるぞ」


「盛り上がっているところ悪いが……ちゃんと間に合うんだろうな?」


 不安そうな顔をしながら問いかけるヨシツグに、デュークは迷いながら答える。


「正直微妙なところだな……。奴らがついさっき出航したなら早くても丸一日はかかるはずだ。……だが、ここからカルマーラ海域までは迂回しないといけないから一日で着くかどうか……」


「なぜ、迂回する必要があるのじゃ?」


「海にも魔物がナワバリにしている区域があるから、オレたち海賊はそれを避けて渡る必要があるんだよ。じゃないと、魔物に襲われる可能性があるからな」


 安全に海を渡るにはそうせざるを得ないのだが、それではアトランタ側に後れを取る可能性がある。

 そう思い、グリゼルはある提案をする。


「わざわざ迂回する必要もないだろう。そのまま突っ切ってしまえ」


「……グリゼルさんよう。こっちは多くの船員の命を抱えているんだぞ。わざわざ危険を冒すようなマネするわけにはいかねえんだよ」


「安心しろ。オレが睨みを利かせていれば奴らは恐れて地上には出てこないはずだ。なんなら竜化した状態でお前たちを先導してもいいんだぜ」


 グリゼルの提案はなかなか妙案とも言えるものだった。

 地上にドラゴンがいる状態で、わざわざ海面に浮上する魔物はいないだろう。もしそのようなことをすればドラゴンの餌食になってしまうからだ。


 この作戦であれば、迂回ルートを通らず一直線に進むことができる。


「よし、それで行こう! グリゼル、頼んだぜ」


「オウ、任せとけ!」


 方針が決まったところで、デュークたちは出航するため急いで船へと走っていった。

 道中、ディアナは未だ連絡のない紫音たちの身を案じるように遠くの海へと目をやる。


(紫音……フィリア、いったいなにをしておるというのじゃ。もう儂らは止まらないぞ。……すべてが終わる前に早く姿を見せんかい)


 心配事を胸に抱えながらバームドレーク海賊団の船団は、カルマーラ海域を目指して一斉に出航した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――同時刻。

 アトランタの動向を監視していたのは、なにもディアナたちだけではなかった。


 おびただしいほどの数の船が出航したとの報告を聞き、ここオルディスでも動きを見せていた。

 報告を聞いたブルクハルトは、早急に自分の子どもたちのみならず、上層部の者たちを海皇の間へと招集する。


「聞けぇっ! つい先ほど、監視の者からの報告でアトランタから大量の船が出航したとのことだ。目的地は依然として不明だが、奴らが通っている航路からして、ここカルマーラ海域に向かおうとしている可能性が高い」


 ブルクハルトが発した言葉を聞き、海皇の間にいた者たちは騒めき出す。


「まだここに向かっているのか、確実ではないものの、近頃のアトランタの動きを見る限り、油断はできない。今から国全体で緊急の警戒態勢を敷き、有事に備えよ!」


「国王様、恐れながら申し上げますが、ただ警戒するだけでなく、こちらから打って出るべきではないでしょうか?」


 やられる前にやるべきだという考えを持っていた宰相は、ブルクハルトにそう進言する。


「確かに、そうですな。奴らの所業を考えれば、この国に攻め込もうとしているのでしょう」


「これはもはや奴らからの宣戦布告ではないのか? ならば、奴らに先手を打たれる前にこちらも兵を出すべきではないか?」


「いや、それは早計だろう。奴らに攻め込む口実を作ってどうする」


「やはりここは、動かず様子を見るべきでは?」


 宰相の言葉を皮切りに、次々と対抗すべきだという意見が出てきたが、それに対抗するように静観すべきだという意見も飛び交っていた。


 その後も各々が好き勝手意見を出し合うせいで、なかなか話が前へと進まずにいると、


「……お父様、これでは埒があきません。お父様の口からこの先どう動きべきか、決断をお願いします」


 この状況に痺れを切らしたマリア―ナが溜まらず、ブルクハルトの言葉を求める。

 マリア―ナがそのような言葉を発したためか、他の者たちも口を閉じ、静かにブルクハルトの次の言葉を待っていた。


「結論から言わせてもらうと、ここは動きべきではないと私は思う」


 静観を選択したブルクハルトに、先ほどまで正反対の意見を言っていた者たちは驚きの顔を見せる。


「アトランタの目的がまだはっきりしていない以上、下手に動いては奴らの思う壺だ。無用な争いは避けるべきだと思うが、それでも打って出るべきだとお前たちは思うのか?」


 その場にいる全員に向けて問いかけるブルクハルト。

 その問いに対して皆からの反論の言葉はなく、全員が沈黙という形で答えていた。

 あれほど動きべきだと言い放っていた者たちも、少しだけ不満そうな顔をするが、ブルクハルトの決断に身を委ねることにしたようだ。


 しかし皆の気持ちが一つになろうとしているそんな中、一人だけ納得していないものがいた。


(……マズイな。少数でもいいから戦力を分散するはずだったのに、まさか黙って静観を決め込めるとは……予想だにしていなかったぜ)


 アウラムに扮しているグラファは、想定外の出来事に焦りの顔を見せていた。


(……あまり目立つ行動は控えるべきだったが、こうなっては仕方がない。オレのほうから動くしかないな)


 この流れを変えるため、グラファは意を決して手を挙げた。


「……っ? アウラム、なにか意見でも?」


「ハイ! 父上のご意見には私も賛同しますが、それでも保険は掛けておくべきではないでしょうか?」


「……保険?」


「ハイ、仮に奴らに攻め込む意思があったとすれば、先手を打たれてしまうのは必至です。そこで幾ばくかの部隊を率いて、奴らに対抗すべきではないでしょうか? それと同時に、奴らの目的を明確にするため、誰かが向こうとの対話を求めるべきだと進言いたします」


「……なるほど。そういう意見もあるのだな? ただ静観するだけともなれば、納得しない者もいるだろうが、その案であれば、ある程度のことなら対処もできるだろう。……それでお前は、敵の陣地まで赴き、対話をするという大役を誰が担うべきだと思う?」


「それは、父上が適任かと思います」


 ブルクハルトの問いかけに、グラファは間髪入れずに答えた。


「こちらの王が対話を望んでいるならば、その要求に応えるのが道理かと思われます。アトランタ側にも王が乗り込んでいるともなれば尚更です。おそらくこの役目は、他の者ではあまり意味をなさないと思うのですが、父上はどうお考えでしょうか?」


 するとブルクハルトは、長い沈黙をしたのち、グラファの問いに答える。


「……アウラム。お前の案に乗るとしよう。国の王が姿を見せれば、奴らも下手に動けまい。その大役、見事こなして見せよう」


 グラファが提示した案に乗ることにしたブルクハルトは、すぐさま次の指示を全員に通達する。


「半数の兵力は国に残したまま、残りは私と共に地上に出るぞ!」


「ハイッ!」


「アトランタ側が到着するまでそう時間はない。早急に部隊を編成すると同時に、国民たちにも警戒を強めるよう通達せよ!」


 力強く発したブルクハルトの言葉に、各々は自分がやるべきことを果たすために動き出した。


(……うまくいったようだな。一時はどうなるかと思ったが、思いのほか兵を出してくれるようで安心したよ)


 グラファにとって事態が好転してくれたので、ほっと胸を撫で下ろした。


(さあて、こっちの仕込みも準備万端。これから楽しい楽しいショーの始まりだ……)


 これから始まるであろうオルディスとアトランタとの戦いを前にしてグラファは胸を躍らせていた。


 アトランタ、オルディス、バームドレーク海賊団。

 各勢力たちがそれぞれ違った動きを見せながらも、それらの勢力は一つの場所へと集まろうとしていた。

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