第211話 囚われの身

『…………殿。……主殿』


「……ん。うぅ……」


 脳内にいつまでも鳴り響く声に煩わしさを感じ、紫音は重い瞼を開けた。


「こ、ここは……? いったいなにが……?」


『ようやく起きたな主殿。さっきから何度も呼んだというのに目を覚まさぬからいよいよ死んだかと思ったぞ』


 話を聞く限り、先ほどまで紫音の頭の中で鳴り響いていた声の主は妖刀の鏡花だった。

 起こしてくれた鏡花にお礼を言いつつ、紫音はなにが起きたのか、冷静になりながら思い返すことにした。


「……そ、そうだ。確か俺たち、アウラム王子に化けていたグラファとかいう奴に嵌められてどこかに転移されたんだった。今の今まで気を失っていたのは転移の影響か? とりあえず……ありがとうな鏡花」


「うむ、気にするでないぞ」


 あっ!? そ、そうだ!」


 ふと、あることを思い出し、紫音は慌てた様子で周囲に目をやる。


「……はあ、よかった」


 そこには、先ほどまでの紫音と同じように床に倒れ込んでいるフィリアたちの姿があった。

 一瞬、一人だけ転移したと思い込んでしまったが、どうやらあの部屋にいた全員が一緒に転移されたらしく、紫音の取り越し苦労だったようだ。


 ほっと胸をなでおろし、紫音はみんなを起こすことにした。


「フィリア、ローゼリッテ、ティナ、エリオットさんも起きてください」


 一人ずつ体を揺すりながら起こそうと、何度か試していると、


「……んん。……だれよ? せっかくいい気分で寝ていたっていうのに……ふわぁ」


 小さなあくびをしながらフィリアが最初に目を覚ましてくれた。それに続くようにメルティナとエリオットの意識も覚醒する。


「あ、あれ……? ここは?」


「うぅ……私はいったい……」


「みんな、大丈夫か?」


「……? 大丈夫ってなにが――っ!? そ、そうだ!」


 するとなにかを思い出したフィリアが、まるで親の仇でも見るような目をエリオットに向けながら声を上げる。


「あなた、よくもやってくれたわね! 恩を仇で返すようなマネをするなんていったいどういう――ぐえっ!?」


 いまの自分の状況をオルディスによる策略だと判断し、エリオットに襲いかかろうとするフィリアを紙一重のところで紫音が止めに入る。

 止めるために服の襟の部分を掴んでしまったせいか、なんとも下品な声がフィリアの口から漏れ出る。


「な、なにするのよ紫音! いまからこいつに制裁を加えるところだったのに!」


「仮にも一国の王子に指をさすな。それに、今回の件はおそらく、オルディス側による犯行じゃないと思うぞ」


「……え? それって、どういう意味よ」


 紫音の言葉のおかげで冷静さを取り戻し、話を聞く姿勢になってくれたので、紫音はフィリアたちが眠っている間に起きた出来事について話し始めた。


 そして一通り話し終えると、よほどショックを受けたのか、エリオットが顔を下に向けながら項垂れていた。


「……というのが真実だが、フィリアはこれで納得してくれたか?」


「わ、分かったわよ。私が軽率でした! これでいいでしょう?」


 先ほどの自分の行いが非であると自覚し、フィリアは謝罪の言葉を口にした。


「あ、あのシオンさん……」


「……ティナ? どうしたんだ?」


「ごめんなさい!」


「っ!?」


 どういうわけか、突然メルティナが頭を下げながら謝ってきた。


「ティ、ティナ? 急に頭なんか下げてどうしたんだよ?」


「アウラムさんから妙なオーラが視えていたので警戒もしていたのに、こんな無様な姿をさらしてしまって申し訳ありませんでした。もっとみなさんに注意しておくべきだったのに……」


 この状況を作った原因が自分にあると思い、責任を感じている。

 自責の念を抱えているメルティナの様子に慌てて紫音は訂正した。


「なにも全部が全部ティナのせいじゃないだろ。俺だってアウラムに妙な気配を感じて怪しんでいたのに、結局はこのざまだろ? たぶん向こうも事前に用意して俺たちに接触して来たんだろうから、そう自分を卑下することはないんじゃないか?」


「そ、そうでしょうか……」


「だれもティナを恨んじゃないから心配するな。……それよりも、フィリア。あいつになにか心当たりはないか?」


 このまま誰のせいかなどという不毛な話題は避けたほうがいいと考え、紫音は別の話題をフィリアに振る。


「そ、そうね……。紫音の話から察するに、そいつは間違いなく私と同じ竜人族ね。しかもよりによって幻竜種が国外にいるとはね……」


「幻竜種……?」


「私たち竜人族には、いくつもの種類がいるのよ。獣人族がいい例ね。あいつらも犬型や猫型の獣人って感じでいろいろといるでしょう。竜人族もそれと同じなのよ」


 獣人族と一言で言っても確かに様々な例がある。事実、アルカディアにも猫や狐、兎型の獣人族が暮らしている。


「例えば私の場合は竜人族の炎竜種、伯父様の場合は緑樹竜種ね。……で、今回出てきた幻竜種っていうのはそうとう厄介な相手ね」


「……というと?」


「幻竜種っていうのはその名の通り、幻術の類を得意とする竜人族よ。うちの国では主に諜報や暗殺の際によくその名前を聞くわね」


「えっ! あ、暗殺……?」


 フィリアの口からなんとも危なっかしい単語が飛び出し、思わず紫音はその単語を繰り返してしまった。


「と言っても、全員がその仕事を生業としているわけじゃないけどね」


「そ、そういえば、グラファも殺しはしないって言ってたな……」


「……でも、まさかあいつが幻竜の奴だったとはね。分かっていたらもっと警戒していたのに……」


「そもそもなんでお前は気付かなかったんだ? 同族なら気付くものじゃないのか?」


「ムチャ言わないでよね。相手は潜入なんてお手の物とかいう連中なのよ。竜人族の気配なんかも隠ぺいしているだろうから気付くわけないでしょう」


(気配を隠ぺい……。だからなんだか気配が不自然だったのか)


「そもそも私と伯父様以外にも国外に同族がいるなんていままで知らなかったのよ。こんなところにいるなんてだれも思わないでしょう」


「あっ、それもそうだな……」


 フィリアの言い分を聞き、紫音もなるほどと納得した。


「ねえ、それよりも……」


 するとフィリアは、なにか別に言いたいことがあるらしく、紫音に呼びかける。


「いい加減、あれ起こしたほうがいいんじゃないの?」


 そう言いながらフィリアが目を向けているほうへと紫音も目をやると、そこには静かに寝息を立てているローゼリッテの姿があった。


「あいつ、なんだか静かだと思ったら今の今まで寝ていたのかよ。さっきあれだけ起こしていたっていうのに……」


 この非常事態にも関わらず、のんきに眠りこけているローゼリッテに怒りを通り越して呆れてしまった。


「はあ、しょうがない……。ローゼリッテ――『今すぐ起きろ!』」


「――っ!?」


 主人による命令権を行使したところ、ローゼリッテはバネのように飛び上がりながらようやく目を覚ましてくれた。


「えっ? ……え、なにごと!?」


「ようやく起きたな、この寝ぼすけ」


「ああっ! さっきのはシオンのせいね! あれやられるとスッゴク寝覚めが悪くなるから前にヤメてねって言ったのに、またやってくれたわね!」


 睡眠を妨害されたのがそこまで不快だったようで、怒りを前面に出しながら紫音に掴みかかってきた。


「何回も起こしそうとしたのに全然起きなかったお前が悪いだろう! こっちはマズイ状況にいるっていうのに一人だけのんきに寝ていたお前に責められる言われはないぞ」


「……マズイ状況? そういえばここは……あっ!」


 紫音にそう言われ、周囲を見渡していたローゼリッテは、ふとなにかを思い出し、エリオットを睨みつけた。


「よくもやって――グホッ!?」


 先ほどからずっと項垂れているエリオットに襲い掛かろうとしていたので紫音は、ついさっきのフィリアのときと同じように襟の部分を掴みながら止めに入る。


「ちょっとシオン、なにするのよ!」


「前から思っていたけど、お前とフィリアって本当に似た者同士だよな……」


「ハア? いったいなんの話よ」


「まずはエリオットさんに襲いかかるのをやめろ。二度目になるけど、また事情を説明してやるから」


 というわけで、紫音はフィリアたちにした説明をまたすることとなった。

 まったく同じ説明をし終えた後、ローゼリッテはバツが悪そうな顔をしながら言った。


「フ、フン! わかったわよ。アタシが軽率でした! これでいいでしょう!」


 と、どこかで聞いたようなセリフを吐きながらローゼリッテも納得してくれた。


 これで全員に状況の説明をしたということで、紫音はいよいよ先へと進むことにした。

 その決心をした後、紫音はエリオットに近寄り、ある質問をする。


「エリオットさん、いつまでも落ち込んでいないで、そろそろ前を向きましょう」


「そ、そうだったな。すまない……」


「いえいえ。……それでですね、念のためにエリオットさんにお聞きしたいのですが、アウラムが偽物だったことにみなさんは気付いていましたか?」


「いいや、恥ずかしながらまったく気付かなかったよ。もし気付いていたらこんな目に遭うこともなかったのにな」


「すいません、こんな失礼な質問を……」


「気にするな。それに、アウラム兄さんとは頻繫に会っていたわけでもないから、ちょっとした変化に気付けなかったことも原因の一つかもしれないな」


「それって、どういう……」


 気になる言葉がエリオットの口から出てきたので、思わず紫音は訊いてみた。


「アウラム兄さんは、次期国王として父上たちから教育を受けていたんだが、その一環として政務に携わっていた。残念ながら私を含め他の兄妹たちは政務に携わっていなかったからアウラム兄さんと顔を合わせる機会というのもずいぶん減ってしまった」


「政務ね……。オルディスの内部を知るには打ってつけね。……もしかしたらグラファって奴もアウラムがその仕事に就いていたから狙われたのかもしれないわね」


「その可能性は大いにあるな」


「っ!? そ、そうだ! あのアウラム兄さんが偽物だということは、本物はどこに! ……ま、まさか殺されて……」


「それはないと思うぞ」


 最悪な状況を脳内に浮かばせていたエリオットに対して紫音はすぐさまその想像を否定した。


「あいつと戦ったときもさっきをあまり感じなかったし、実際自分でも殺しはしないと言っていた。現に俺たちもこうして生きている。正体を知られたら普通、始末したほうが都合がいいのにこうして生かしているってことは、なにか目的でもあるのか、それとも殺しをしない主義なのかもしれないな」


「そ、それじゃあ……」


「断言はできないが、まだ望みは捨てるべきじゃないと思うぞ」


 紫音から励ましの言葉をもらい、エリオットは安堵するように息を吐いた。


「こんな状況だっていうのに、よく他人の心配なんかできるわね」


「……ローゼリッテ」


「そんな顔で見ないでよね。別におかしなことを言ってわけでもないでしょう。本物を探すにしろ、まずはこの場所から出るのが先のはずよ。……だいたいどこなのよ、ここは……」


 珍しくローゼリッテの口からまともな言葉が出てきた。

 紫音はそれもそうだと思い、改めて周囲を見渡した。


 紫音たちが転移された場所は、牢屋というほど殺風景な場所ではなく、一つの大きな部屋というべき場所だった。

 室内には数台のベッドが置かれているほかにテーブルやイス、本棚までもが置かれている。


「変な場所ね。てっきり私たちを監禁でもするのかと思ったけど、妙に小綺麗だし、普通に住めるわね」


「で、でも、普通の部屋じゃないと思いますよ。この部屋……至るところに魔法が組み込まれているようです。どんな魔法があるかまではまだわかりませんが……」


「ホント、なんなのよこの部屋……。窓もないし、この扉も簡単に壊せそうにもないし……」


 ローゼリッテは、この部屋唯一の出入り口である扉をガンガンと叩いてみるが、びくともしない。


「もしかしたら、ここはもうオルディスじゃない別の場所って可能性もあるな」


「……いいや、違う」


「……エリオット……さん?」


 紫音が口にした予想に対して、エリオットが即座に否定した。


「私は、この場所を……知っている」


「ほ、本当ですか! いったいここはどこなんですか?」


 すると、エリオットは思いつめた顔をしながら告白する。


「ここは、オルディスの王宮から少し離れた場所にある離宮だ。……そして、8年前にエメラルダが軟禁された場所でもある」


「っ!?」


 エメラルダという名前を聞き、紫音たちは驚きの顔を見せる。


 この場所は彼女にとって悪い思い出のある場所であり、いまでは紫音たちがその場所にいる。

 さらに現在に至るまで行方不明になっていたのに、海龍神がいる神殿で彼女の名前を耳にし、これは本当に偶然なのかと、なにか陰謀めいたものを感じていた。

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