第208話 捻じ曲げられる事実
――アルカディアから来た使者とエリオット皇子が行方不明になった。
そんな話があっという間に王宮内に広まり、騒然としていた。
すぐさま捜索隊が編成され、王宮内はもちろんのこと、オルディス全域の捜索を試みるものの影すら見つけられずにいた。
そして、彼らの行方が分からないまま、ただただ時間だけが過ぎ、ついには夜になってしまった。
この事態に国王ブルクハルトと女王ティリスの両名は、王宮内の一室にエリオットを除く子どもたちすべてを招集し、家族会議の場を設けた。
「私の可愛い子供たち、よくぞ集まってくれました」
「今、王宮で起きている非常事態について早急にお前たちの意見を聞かせてほしいと思い集めさせてもらった」
ブルクハルトたちの口から簡単に招集された経緯を説明された後、最初に口を開いたのは、今日まで国外で仕事をしていた7人兄妹のうちの2人だった。
「お言葉ですが父上? 他の者ならまだしも私たちは父上たちからの命令を受け、急遽帰国してきたのですから、その非常事態というのを存じていないのですが……」
オルディス王家の次女マリアーナは、まったく知らないといった顔をしながら困り果てていた。
「まったく……まだ外交の途中だったというのにそれを切り上げてきたのです。くだらない話でしたらいくら父上たちとはいえ、承知しませんよ」
「姉貴の言う通りだ! こっちも遠征の最中だったというのに指揮を部下に任せて戻ってきたんだぞ! ……まさかアトランタの奴らが攻めてくるっていうのか?」
マリアーナの言葉に同意しながら次男のラムダは、ひときわ大きな声を上げていた。
つい先ほどまで2人は大事な任務に就いていた。
マリアーナは他国との外交のため、ラムダはアトランタとの戦いに備えて騎士たちの練度を上げるために遠征という名の訓練の真っ最中だった。
そのため、それらを投げ捨て、急いで帰国する羽目になったので、彼らとしてはいま起きている問題についての説明を求めていた。
「その話なら当事者であるアウラムから聞くといい」
ブルクハルトからの指名を受け、アウラムは挙手をしながらマリアーナたちに説明する。
「まず結論から言うと、我が国の第三皇子であるエリオットがアルカディアの者らが私の部屋から忽然と消え行方不明となった。私もその場にいたのだが、奴らに不意を突かれ、気絶してしまい、目が覚めたらすでに彼らはどこかへと消えて行ってしまったのだよ」
「ア、アウラムお兄さま! デタラメなことを言わないでください! シオンさまたちがなにも言わずに行ってしまうなんてあるわけないでしょう!」
これまで黙っていたリーシアがアウラムの説明を聞いた途端、怒りをあらわにしながら異議を申し立てる。
「待て待て! お前らはさっきからなんの話をしているんだ? エリオットが行方不明っていうのはいったいどういう意味だ?」
「それに話に出ていたアルカディアとは? まずはそこから話してください」
怒りを爆発させているリーシアとは対照的に冷静に状況を把握しながらマリアーナとラムダは更なる説明を求める。
アウラムはその要望を聞き入れ、リーシアを静かにさせた後、これまでの経緯について話し始めた。
アルカディアが家出していたリーシアを保護していた国だということ、そこから来た使者がオルディスに入国したこと、そしてアルカディアから来たうちの一人が海龍神からの証を得たことなど時系列でなるべく詳しく説明した。
「……なるほどね。私たちが留守にしている間にそんなことがあったのね」
「リーシアが戻って来てくれたのはうれしい限りだが、その代わりに妙なのも付いてきちまったわけか」
「私たちはそのアルカディアの方たちについてよく知らないから、客観的な意見を言わせてもらうけど……エリオットを唆したのはそのアルカディアの人たちじゃないの?」
「まあ、そうなるわな。アルカディアのヤツラになにを吹き込まれたかは知らないが、それが原因でエリオットはヤツラとともに行動し、結果的に行方知れずとなった。……憶測でしかないが、その可能性も高いな」
マリアーナとラムダの二人は、第三者からの視点で推測を口にした。
瞬間、犯人がアルカディアの者たちだと決めつけらたことに怒ったリーシアは机を力強く叩き、立ち上がりながら反論する
「マリアーナお姉さま! ラムダお兄さまもいい加減なこと言わないでください! シオンさまたちはそんなことする人じゃありません!」
「落ち着け、リーシア。オレたちの言っていることはただの推測だ。まだそうと決まったわけじゃねえんだ」
「……というよりリーシア。あなたのは私情が入り過ぎよ。もっと冷静に状況を見なさい。そんな風に振舞っていると、足元をすくわれるわよ」
予想だにしてなかった小言を言われ、リーシアは膨れっ面になりながらおとなしく席に座り直した。
「……もしかしてそのシオンって子は、人種で男の子だったりする?」
「えっ!? なんで知っているんですか? 名前だけでみんなの種族については触れていなかったはずなのに……」
「そりゃあ分かるわよ。あなたが『さま』付けする相手なんて家族か、小さなころからずっと夢に抱いていた王子様ぐらいでしょう」
「ああ、人魚伝説に出てくる王子様のことだろう。お前、昔っから『自分も王子様見つける』って騒いでいたもんな。まさか現実になるとはオレたちも思ってもいなかったがな」
「……もう、マリアーナお姉さまたちも人が悪いですよ。わかっているならなおさらシオンさまたちのことを悪く言わないでください。わたしはシオンさまたちのことを信じているんですから!」
「分かっているわよ。そのためにもまず必要なのは情報よ。私たちはまだ、なんの手がかりも掴んでいないのよ。……それで、アウラムお兄様? そこのところどうなのかしら?」
早急に問題の解決にあたるべく、マリアーナは紫音たちと最後に行動していたアウラムに話を振る。
「そもそも兄貴が不意を突かれたっていうのも納得できねえ。兄貴ほどの戦士がそう簡単にやられるほどアルカディアのヤツラは強いのか?」
「……まあな。私も油断していたとはいえ、不甲斐ない。向こうには人種の他にも竜人族に吸血鬼族、エルフ族も一緒にいた。もっと警戒すべきだったな」
「森に住むエルフ族がいたことに驚いたが、それよりも竜人族に吸血鬼族だと……」
「どれも上位種ばかりね。確かにそれだと、不意を突かれたっていうのも納得ね」
「もう! マリアーナお姉さまはまたそんなこと言って! だいたいシオンさまたちはアウラムお兄さまとの話が終わったあとに私と会う約束をしていたんですよ! そんな人がどうして姿を消す必要があるんですか!」
「そんなのただの社交辞令か、自分たちの犯行ではないと証明するための嘘だという可能性もあるでしょう。現にリーシアは、その約束を取り付けていたから彼らの身の潔白を訴えているんでしょう?」
「た、たしかにそれもありますけど……。そ、それよりもほかになにか手がかりとかなかったんですか? たしかセレネお姉さまが調査をしていましたよね?」
今回起きた事件を捜査するため、セレネはアウラムの部屋の調査や王宮内の聞き込みをしていた。
それを知っていたリーシアは、少しだけ期待を寄せながらセレネに問いかける。
「リーシアの言う通り、お父様から命令を受け、私はアウラムお兄様の部屋を調べていたわ。……でも残念ながらなんの手掛かりも見つけられなかったわ」
「そ、そんな……」
ひどく落ち込むリーシアに対して、セレネは付け足すような言い方をしながら続ける。
「なんの手掛かりも見つからなかった、それが一番の疑問なのよね……」
「……っ? いったいどういう意味だセレネ?」
含みのあるような言葉にアウラムは眉をひそめる。
「アウラムお兄様の部屋には確かにシオンくんたちがいた
「行方不明になっているのだから、痕跡が見つからないのも不思議ではないと思うが?」
「問題はどのような方法で行方をくらましたか、という話です。人が行動する際、そこには必ず痕跡があるものです。……ですが、あの部屋にはそれすら見つからないばかりか、逃走ルートまでもが見つからないんです」
「なに!? 部屋中をくまなく探したのか?」
「はい、お父様。部屋の中を探しても魔法を使用した痕跡は一切見つかりませんでしたし、不審なものも特にありませんでした」
(バカな奴らだ……。眠らせるために使ったスリーピー・マンドラゴの体液も別の場所に隠したうえに、部屋にあった転移の魔法陣も使用したと同時に消失する手筈になっているから見つかるわけがない。……こういう展開になるなら発動させて正解だったな)
アウラムに扮したグラファは、捜査が難航している現状に安堵の顔を見せ、胸中で嘲笑っていた。
「王宮内で聞き込みもしてみましたが、だれも彼らの姿を見た人はいませんでした」
「では、奴らはいったいどこに行ったというのだ?」
「それも踏まえまして、引き続き調査したいと思います」
まったく進展のない捜査にブルクハルトは嘆きの顔を見せた。
これ以上話しても無駄だと思い、別の話題へと話を進める。
「ひとまずエリオットの件はセレネに任せるとして、次にアトランタの件について話そうと思う」
「……最近不穏な気配を見せるアトランタですか? なにかありましたか?」
「これはアルカディアの者から得た情報なのだが、アトランタの連中が近々攻め込もうと企てているとのことだ。おまけに向こうは教会の連中と手を組んでいるとも言っておった」
それからブルクハルトは、海皇の間で紫音たちから聞いた情報を子供たちにも共有した。
あらかた聞いた後、マリア―ナはその場で挙手をしてから話す。
「その情報の出所はどこなのかしら? 正直言って怪しいところだわ。もしもアルカディアの人たちがアトランタの間者だったら罠かも……リーシア、そう睨まないの。あくまで可能性の話をしているだけよ」
話の途中でリーシアからの痛い視線を感じ取り、マリア―ナはため息をこぼしながらリーシアをなだめていた。
「出所については情報屋から得た情報だと言っていた。こちらでも念のために確認を取らせたところ奴らの言っていたことはどれも真実ばかりだった」
「なっ!? それが本当ならこっちも迎え撃つ準備をしねえといけねえじゃないか!」
「アトランタはまだしも教会の力は未知数。そのうえ、聖杯騎士までいるとなると、こちらの編成も見直さないといけませんね」
「ああ、その通りだ。エリオットの件もあるが、それよりも今はこっちのほうが重要だ。意見のある者は遠慮なく言ってみろ」
その後も会議は続くものの有効な手立てが見つからず、結局のところ監視を続けながら動向を探るという話に落ち着いた。
数時間にわたって、続いた会議だったが、あまり
解散する途中、案の定リーシアは不満を募らせていたためか、不機嫌な顔を表に出しながらセレネとマリア―ナに慰められている。
その様子を横目で見ながらアウラムはその場から去っていく。
自室は捜査のせいで立ち入り禁止となっているので、別に用意された部屋に着き、周囲にだれもいないことを確認しながらアウラムの仮面を剝がした。
「……ふう。ようやく終わったか。どうやら向こうはまだなにも掴んじゃいないようだな」
グラファの姿に戻り、大きく息を吐きながらベッドに腰掛ける。
「奴らの居場所なんぞ、どうせあいつらには見つからねえよ。なにせ本物のアウラムすら見つけられずにいるんだからな」
自信満々にそう言いながらグラファは、だれもいないことをいいことに大声で笑う。
ひとしきり笑った後、真面目な顔へと戻しながらある魔道具を取り出す。
「……さて、王子どもに連絡でもするか」
魔道具を発動させ、グラファはアトランタにいる自分のご主人に連絡を取ろうとする。
そのときグラファの顔からは、悪巧みを企てるなんとも悪い笑みが浮んでいた。
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