第202話 決闘の終結

 グリゼルとデュークとの戦いが白熱している頃、岩窟島の海岸付近では、この決闘の結末を静かに待っているディアナとヨシツグの姿があった。


 時折、島のほうから聞こえてくる戦闘音が二人の耳に届いていた。


(思ったより、手こずっておるようじゃな。……遊んでおるのか? ……それにしても)


 胸中でそのようなことを考えつつ、ディアナはチラリと周囲に目を配る。


(随分と警戒しているようじゃな……。まあ、分からぬでもないが……)


 デュークの指示によって、待機を命じられていた海賊たちからの鋭い視線が先ほどから痛いほど感じる。

 状況が状況だけに警戒するのも当然ではあるが、ディアナとしてはなんとも居心地が悪い思いをしていた。


 そんな心境でいるディアナとはまた違い、なにやら考え込んでいる様子のヨシツグは、ひとしきりその動作を見せた後、周囲を一瞥しながらディアナに問いかける。


「……ディアナ殿、少しいいだろうか?」


「……っ? なんじゃ、ヨシツグ」


「グリゼル殿は本当に大丈夫なのか? 実際のところ、グリゼル殿の力量というものがどれくらいあるのか私は知らないのでな。アルカディアにいたときから何度か手合わせを申し込んでもあの手この手で引き受けようとしないからまったく分からないのだが……」


「そうは言うが、ヨシツグの故郷では奴の偉業が後世までに語り告げられておるのじゃろ」


「確かにヤマトでは、グリゼル殿に関する逸話はいくつもあるが、私が知りたいのは過去ではなく今だ。ディアナ殿は私よりグリゼル殿との付き合いも長いようだが、実際のところどうなのだ?」


 ヨシツグは、グリゼルの実力をまだ目の当たりにしていないためか、この決闘の行く末を心配している様子だった。

 ディアナは、周囲のことを考えて声量を抑えながら答える。


「なあに、心配はいらんよ。奴は仮にも竜人族なのじゃぞ。昔だろうが今じゃろうが、その実力は衰えていないはずじゃ。……それに、グリゼルが人種相手に後れを取ることなど万に一つもないじゃろうな……まあ、シオンは別じゃがな」


 自信をもってそう答えた瞬間、突然地面が大きく震え出し、島全体がざわめき始めた。


「な、なんだこれは!?」


「いったいどうしたんだ!」


 突然の事態にバームドレーク海賊団が騒ぐ中、ディアナだけは落ち着いた様子でいながら小さく呟いた。


「……奴め……決めに来たか……」


 そう呟いた後、ディアナは小さく笑みを浮かべた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 場面は変わり、岩窟島内の森の奥。

 グリゼルとデュークとの戦いが最終局面へと差し掛かろうとしている中、グリゼルは決着をつけるべく、攻撃に打って出る。


「なにをした! 貴様っ!?」


「……なにをした……だと? 見てわかるだろう? 緑樹竜としての能力ちからでお前を倒そうとしているんだよ」


「なにっ!?」


「簡単に説明すると、この森……いや、この島全体はオレの支配下に置かせてもらった。この森に生息する全植物すべてがオレの意のままに動かせるって話だ」


(……これは、少々敵を侮っていたようだな。まさかこれほど広範囲にまで能力が適用されるとは……せいぜいこの島の半分程度だと予想していたが、さて、どうする?)


 改めてグリゼルの能力を凄さに驚かされたデュークは、この状況をどう回避しようか、思考を巡らせていた。


「スケールのデケェことをやっているようだが、それでどうやって俺に勝つつもりだ?」


 明確な対策が思いつかなかったので、デュークは悩んだ末、話しかけながら時間稼ぎをすることにした。


「この状況でずいぶんと悠長に話しているようだが、時間稼ぎのつもりか?」


「っ!?」


 しかし、その悪あがきもすべてお見通しだった。


「……だが、お前の質問には答えてやるよ。その体でしっかりと受け止めるんだな!」


 そう言いながらグリゼルがさらに力を込めると、デュークの周囲の地面が再び震え出した。


「――っ!?」


 すると突然、地面から樹根が飛び出し、デュークの体にまとわりつき、身動きが取れない状況に陥ってしまった。


「……あ、あれだけのことをして……俺を拘束するだけか? スケールがデケェと言ったが、あれは取り消したほうがよさそうだな」


「安心しろ。こんなのはまだ序の口だ」


 グリゼルの言うようにこれだけでは終わらず、手始めにデュークにまとわりついている樹根の縛り具合をさらに強める。


「ぐっ……うぅ……」


「これで終わりか……? 健闘していたようだが、ここまでのようだな。あいつの子孫と言っても所詮こんなもんか」


 グリゼルの煽りにカチンときたデュークは、辛うじて動かせる右手に力を入れ、銃の引き金に手を伸ばす。

 ……そして、


「魔弾――《ファイア》」


 デュークを縛り付けていた樹根から火の手が上がり、拘束が少しだけ緩む。

 自分の身を顧みず撃った結果、抜け出すことに成功したデュークは明後日の方向に銃を向け放った。


「なっ!?」


 デュークが放ったのはなんの弾も込められていないただの空砲だったのだが、放たれた瞬間、銃口から風が吹き荒れ、それを推進力としながらグリゼルとの距離を一気に離した。


(空砲だけであそこまで飛ぶはずが……っ!? まさかあのアーティファクト……ただ銃弾に魔力を付与させるだけのものじゃなかったっていうのかよ。あんな使い方……バルトロだってやってなかったぞ)


魔導煌のマギステル・オブ・双銃ヴァレット』の性能を勘違いしていたというマヌケなミスをしてしまい、驚きを隠せずにいたが、デュークを見失わないためにもグリゼルは慌てて追いかけようと羽根を広げる。


 しかしデュークはそれすらも読んでいた。

 追跡を防ぐため、空に向けて銃を構え、その引き金を引く。


「魔弾――《スカーレット・レイン》」


 空高く打ち上げられた銃弾は、数秒ほど上空へと上がった後、無数に分裂し、四方へと散らばる。

 散らばった銃弾には炎の魔法が付与されており、落下していく度にその炎の威力も増していき、最終的にはに炎の雨となってグリゼルに降り注ぐ。


「チッ!」


 グリゼルは炎の雨にも怯むことなく、器用に躱しつつ最小限のダメージに抑えながらデュークの跡を追う。


 一方、デュークは危機を脱したものの安心する余地など微塵もなかった。


「くそっ! まさか俺がこんな無様な姿をさらすとは……。ひとまずもう少しここから離れて態勢を整えるべきか……?」


 まだ油断できない状況のため、そのような考えが頭をよぎる。

 敵との力量差を鑑みて、この手が最も適切であると判断し、さっそく行動に移そうとするが、


「――っ!? くっ……こんなときに……」


 足を止めていたデュークのもとに、ガサガサと物音を立てながら森の奥から魔物が姿を現してきた。


「……この程度の雑魚など」


 銃を向け、障害となる魔物たちを次々と撃ち殺していく。

 しかし、撃っても撃っても次々と魔物たちがまた姿を現し、デュークの行く先を阻んでいく。


(……なんだこいつら?)


 さすがにこの状況はおかしいと感じたが、それとはまた別に違和感もあった。

 先ほどから姿を見せる魔物はどれも植物型の魔物ばかり。この岩窟島には生息していないというわけでもないが、こうも連続で姿を見せるなど偶然にしてはできすぎていた。


「――っ!? まさか、こいつらは……」


「……ようやく見つけたぜ」


「くっ……」


「どうだ? オレの能力のほんの一部でしかないが、楽しんでくれたか?」


「やはりこの魔物どもは……」


「そうだ……。オレの能力は植物型の魔物にも適用される。とりあえずこの島にいる植物型の魔物すべてにお前の足止めを頼んだが、どうやら成功のようだな」


 魔物の介入が常時発動するという理由で決闘の場を岩窟島に指定したのだが、これではグリゼルのほうに分がありすぎる。

 完全にしてやられたデュークは、グリゼルに背を向け、行く手を阻む魔物たちを蹴散らしながら駆ける。


(種族が限定されているとはいえ、魔物を味方につけてしまうとは恐ろしい奴だ。……それにしても、ほかの魔物どもがいったいどこに? さっきからどこにも姿が見えないぞ)


 戦いの序盤までには何度か見かけていた魔物たちもいまではその影すら見当たらない。

 ……と思いきや意外な形で見つけることとなる。


「……これは」


 そこには、自然の脅威に負け、木々や植物の養分と化している魔物たちの姿があった。

 グリゼルの支配下に置かれているせいか、本来ではありえない光景が目の前で起きている。


「ガハッ!?」


 目の前で起きている光景に、あっけにとられていると、突然飛んできた斬撃がデュークを襲う。


「二度もオレの手から逃れたようだが、もう次はないぞ……」


 もはや逃げるという選択肢すら消え去ってしまい、真正面から戦うしかできない状況へと陥ってしまった。

 デュークは射撃手として、少しでも距離を取りつつ攻撃に打って出ようとするが、


「……させねえよ」


 足元につたのようなものが現れ、デュークの足に絡みつく。


「くっ……こうなったら……」


 移動することも封じられてしまい、仕方なく応戦しようと銃を向けるが、


「《ムチよウィップ》」


 地面から出てきた樹根がムチのようにしならせながらデュークの手から銃を叩き落とす。

 デュークの手から武器が離れた瞬間、再び蔦が現れ、今度は両腕を拘束し、グリゼルに無防備な姿をさらすこととなった。


「これで……終わりだな……」


「ああ、そのようだな」


 デュークは戦う意思を見せず、諦めた顔を見せながら言う。


「最後に聞かせてくれ。俺の敗因はなんだと思う?」


「……しいて言えば、バルトロの影を追い過ぎているところか?」


「影を……?」


「バルトロよりも優秀だとオレに見せるために、そのアーティファクトを主体とした戦いをしていただろう。お前の戦い方を見ていると、射撃のほかにも目を見張るものがあるというのにあれじゃあ自ら戦いに制限を課しているようなものだ」


「……それは盲点だったな。こいつ一つでここまで昇り詰めてきたものだからまったく気付かなかったぜ」


「……お前の質問にここまで答えてやったんだ。この後はオレの話にたっぷりと付き合ってもらうぜ」


 グリゼルは決着をつけるべく、大剣を振りかざした。


「……ああ。敗者はおとなしく従うことにするぜ」


 デュークはそっと目を閉じり、そのときを待つ。


「……そうだ! 最後に言っておくべきことがあったよ」


「……っ?」


「お前、強かったぜ。……たぶん、バルトロと同じぐらいにな」


「……ふっ、そうか」


 その言葉にデュークは、満足そうに笑みを浮かべ、そのすぐ後にグリゼルは大剣を振り下ろし、決着がついた。

 こうして、岩窟島でのグリゼルとデュークとの決闘は、グリゼルの勝利で終わった。

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