第201話 魔弾の射撃手

 グリゼルとデュークとの決闘が始まって早くも一時間が経過していた。

 しかし未だに決着がつかず、いまもなお、岩窟島内にて激しい戦闘音が鳴り響いていた。


「ハアアアアァァッ!」


「ウオオオオオォォ!」


 これで何度目の激突か、互いの攻撃が相殺され、二人は次の相手の出方を窺うように睨みを利かせていた。


(思ったよりも勝負が長引いているな……。まあ、相手が錬金術師で無尽蔵に弾を用意できるせいもあるが……それだけじゃないな。……アーティファクトに頼らずとも、あいつ自身の能力だけでも厄介だ)


 グリゼル自身、デュークとの決闘の際は短期決戦を望んでいたが、こちらの思惑が外れたうえにデュークの戦術に翻弄されてしまった結果、予想以上に苦戦を強いられていた。


「オイオイ、こんなものかよ! ご先祖様の右腕と恐れられていたグリゼルの力は! 正直言って、拍子抜けだぜ!」


 圧倒的とまではいかないもそれなりに戦えている現状にデュークは憤慨していた。

 デューク自身、苦戦すると思っていた手前、この程度かとガッカリしながらグリゼルに狙いを定め、怒りを込めながら引き金を引く。


「くっ!」


 グリゼルは、周囲にある木々に逃げ込み、その後ろに隠れながらデュークの銃弾か身を守る。


「それで逃げられると思うなよ!」


 そう声を上げながら再びデュークは引き金を引く。


「魔弾――《エクスプロージョン》!」


 銃口から発射された弾は、一直線にグリゼルが隠れている木に向かい、そして直撃する……その瞬間。


 ドオオオオオン。


「――ッ!?」


 銃弾を中心に突如として、大爆発が発生した。

 周囲に爆炎が飛び交い、緑豊かだった木々たちも一瞬にして半壊してしまった。


「……やっちまったな。もう少し爆炎魔法エクスプロージョンの威力を抑えて放つべきだったか。これじゃあグリゼルの奴も……」


「……オレが……なんだって?」


 あまりの威力の大きさにグリゼルの死体ごと吹き飛ばされてしまったと心配してしまったのも束の間、燃え盛る炎の中からグリゼルの声が飛び込んできた。


「……オイオイ、マジかよ……」


 驚きの声を上げるデュークの視線の先には、先ほどの爆炎魔法を喰らっても倒れることなく、堂々と地に足を付いているグリゼルの姿があった。


 よく見れば、グリゼルの周りには焦げ付いた樹根が巻き付いていた。

 どうやらあの爆発の瞬間、咄嗟に地中に張ってある樹根を操作し、鎧のように自身を覆うことによって直撃を免れたようだ。

 しかしそれでも、あの爆発を防ぎきることはできず、ところどころに火傷の痕が残っている。


「まさかあれを喰らっても生き残るとはね……。だがどうする? アンタの能力が十二分に発揮されるのは自然の中だけ。こうも木々が破壊し尽くされた状況じゃ、能力も満足に使えねえだろう」


「……そうでもねえよ」


「……っ?」


「まあ、見てな……。グローアップ――《アプロディーテ》!」


 大地に手を当て、おもむろにそう唱えた瞬間、神々しい光が大地より照らし出される。

 光が現れると、そのすぐ後に小さな新芽が地面から生えてきたと思ったらぐんぐんと急成長を遂げ、わずか数秒ほどで先ほどまで見えていた自然あふれる光景へと修復されていく。


「……チッ!」


 自信の手によって半壊された戦場をあっさりと元通りにされてしまい、デュークは悔しそうに舌打ちをする。


「舌打ちなんかしてる場合か? これで終わりじゃねえぞ! 螺旋樹らせんじゅ――《連樹槍れんじゅそう》!」


 グリゼルは戦況を元に戻すと同時に次の攻撃に移る。

 地中より槍の形をした数十本もの樹根が飛び出し、それが束となって一斉に襲いかかる。


(マ、マズイ! あの量はさすがに対処しきれねえ! さっきみたいに爆炎魔法で一掃する手もあるが、この位置じゃ俺にまで被害が及ぶ)


 樹根の槍とデュークとの距離はそこまで遠くないため、下手に強大な弾丸を放ってしまえばデュークにまでダメージが及んでしまう。

 そう考え、デュークが出した決断は、


(ここは……逃げの一手だ!)


 退避を選択し、前方にいくつもの障壁を展開しつつ後退する。

 デュークが展開した障壁は樹根の槍によって貫かれていくが、障害となることでデュークに到達するまでの時間を多少なりとも遅れさせることができる。


 その隙に、攻撃範囲から外れようと試みるが、


(――っ!? 殺気!)


「捕まえた……」


 背後から感じる殺気。

 とてつもない威圧感を帯びたその殺気に一瞬怯みながら後ろを振り向くと、大剣を振りかざしたグリゼルがすぐそこにいた。


(バカな! いったいどうやってここまで……っ! まさかあいつ……あの槍の中を並走してきたとでもいうのか!)


 思い付きで、その発想が頭に浮かんでいたが、実はあながち間違いではなかった。

 樹根の槍を形成し、デュークに向かって放った後、グリゼルは奇襲を狙って密集された槍の中に隠れながら近づいていた。


 結果的に奇襲は成功し、いままさにデュークに手が届く距離にまで詰めていた。


「さっきのお返しをくれてやるよ。ハアアアアァァッ! 《断斬破》!」


 大剣に氣を纏い、渾身の一振りをデュークにお見舞いする。


(っ!? もうなりふり構っている暇はねえ!)


 グリゼルの一振りが直撃する前にデュークは銃を前に出し、その引き金を引く。


「グオオオオオォォ!」


「ガアアアアアァァ!」


 先ほどよりも小規模ではあるが、再び爆発が発生し、グリゼルとデュークはその衝撃波に耐えきれず、後方へと吹き飛ばされる。


「……うぅ」


「ガハッ!」


 至近距離で爆発を受けたというのに、まだ立てる様子のグリゼルに対して、デュークの状態はひどいものだった。

 爆発によるダメージはもちろんのこと、グリゼルの斬撃を相殺し切れず、胸部に痛ましい斬傷が刻まれている。


「……ったく、ムチャしやがるなオメエ……。オレじゃなかったらあっという間にあの世行きだったぜ」


「ハア……ハア……俺としては……捨て身の……一撃だったんだが……これでもダメか……」


「いいや……。よくやったほうだぜ。……ここまでオレに傷を負わせたのは最近じゃあマスターぐらいだっていうのに、こんなにも早く出会えるとはな……」


「……なんだよその……『マスター』って奴は……。化け物かよ……」


「知りたいならあとで教えてやるよ。……この決闘にケリをつけてからな」


 まだ降参するつもりがない様子なのでグリゼルはさらに追い打ちをかけるために大剣を携えながら近づいていく。


「…………ふっ」


「――ッ!?」


 ドオオオオオン。


 デュークのもとまで歩いていたら突然地面に魔法陣が浮かび上がったと思ったら、次の瞬間には爆発が起きた。


「ゲホッ! ゲホッ!」


 咄嗟のことで、対処しきれず爆発をモロに受けてしまった。

 思わず片膝をつくグリゼルに、デュークは満足そうに笑い始める。


「アハハ! また引っかかってくれるとは……油断したな!」


「……チッ! またこれかよ……」


 実はグリゼルはこれと似たような攻撃を先ほども喰らってしまっていた。


 デュークが仕掛けていたこれは、いわゆる設置型の魔法の罠マジック・トラップとでもいうべきもの。

 あらかじめ、地面に術式を組み込んだ後に、だれかがその術式に触れた瞬間、術式に組み込まれていた魔法が発動するようになっている。


 いまグリゼルがかかったものは威力を抑えた爆炎魔法になるが、その前は拘束魔法の罠にかかってしまい、デュークの格好の的になっていた。


「これと似たようなものがまだいくつか残っているがどうする? このまま先に進むか?」


「……ハッ! そんなブラフに引っかかるかよ」


「そうかい……。じゃあこれから逃げてみな……」


 そう言いながらデュークは、傷ついた体にムチを打ちながら立ち上がり、銃を構えながら引き金を引く。

 銃口から弾が放たれ、グリゼルまでの弾道の中で突然弾が分かれていく。

 その数は近づくごとにどんどんと増えていき、簡単には避けきれないほど増えていった。


「魔弾――《スプリット・アイス》」


「――くそっ!」


 グリゼルは無数の銃弾を躱すため、背中から羽根を生やし、一気に空へと飛翔する。

 間一髪のところで銃弾を躱すことに成功し、標的を見失った銃弾はグリゼルが元居た場所を通り過ぎ、後ろにあった木々を凍らせていく。


(あの弾には氷系の魔法が付与されていたのか……。あのまま喰らっていたら氷漬けにされていたかもな。……それよりもあの弾……普通の弾じゃねえな)


「……飛んで避けられたか……まあいい。どうだ、グリゼル? こいつが俺の錬金魔法を駆使して精製した特殊弾――『スプリット』だ」


「厄介な弾を作りやがって……」


「俺の力はまだまだこんなもんじゃねえんだ。……まだ終わりじゃねえぜ」


 まだ手の内を残し、この決闘を心底楽しんでいるデュークに対して、グリゼルは少しだけ焦りの表情を見せていた。


(予想以上にしぶといせいで戦いが長引いているな……。この後の予定も詰まっていることだし……そろそろ本気で終わらせたほうがいいかもな)


 最初はデュークと同じく決闘を楽しんではいたものの、この先のことを考えると、いたずらに長引かせるのも得策ではないためグリゼルはこの決闘を終わらせようと最後の戦いに出る。


「お楽しみのところ悪いが、そろそろ終わりにさせてもらうぜ」


「……っ? なにを言っている? 俺相手に苦戦している奴が……」


「いろいろと策を講じているようだが、それだけじゃオレには届かないぜ……。オレの本気をちょっとだけ見せてやる」


 地面に手を伸ばし、なにかを企てようとするグリゼルを前にして、デュークがそれを見過ごすはずもなく、阻止しようと動く。

 再び銃を構え、グリゼルに狙いを定めるが、グリゼルのほうが一手早かった。


「グローアップ――《ナチュル・ドミネイト》!」


 そう唱えた瞬間、地面が、木々がざわめきだし、同時に地震のような激しい揺れが起きる。


「――っ!?」


 立っているのもやっとの揺れにデュークはたまらず声を上げる。


「グリゼルッ! 貴様、いったいなにをした!」


 デュークの困惑と畏怖がこもった声が岩窟島中に響き渡る。

 その声にグリゼルは、静かに笑みを浮かべた。

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