第187話 石像の試練

 海龍神から放たれた石像との戦いが突如として始まって、数分ほどの時間が経過した。


 熾烈しれつを極める戦いを繰り広げる紫音たちであったが、その顔からは少しばかり焦りの色が見えていた。


「ハアアァッ!」


 リンク・コネクトにより、竜人と化した紫音の強烈な拳の一撃が石像に直撃するが、石像の体には罅の一つすら入っていなかった。


(な、なんなんだ? この硬さは……)


 戦闘開始直後は、ただの石像相手だからそれほど苦戦しないだろうと高を括っていたが、蓋を開けてみれば、あまりの硬度に攻めあぐねていた。


「くそっ! なによ、こいつ! 石像のくせに……」


 それは、フィリアのほうも同じだった。

 フィリアは竜化して戦っているというのに、状況は紫音たちとまったく変わらない状況だった。


 二体の石像との戦いから始まったすぐ後、紫音たちは二手に分かれて石像の相手をすることにした。


 一方は紫音とメルティナが、もう一方はフィリアとローゼリッテがコンビを組んで戦っていたが、どちらも未だに決定的な一打を加えることができずにいた。


「――っ!? ま、まさか、あれは……」


 そんな中、この戦いを間近で傍観していたエリオットがあることに気づく。


「シ、シオンくん! やはりこの戦いは無謀だ! 私の見立てが間違っていなければ勝ち目がない勝負だ!」


「っ!? ……エリオットさん、それはどういう意味ですか?」


 紫音は、羽を翻しながら石像の攻撃を躱しつつ、エリオットの言葉に問いかける。


「おそらくその石像を形成している素材は、深海でしか見られない『海鉱石かいこうせき』と呼ばれる鉱物の可能性がある」


「海鉱石……ですか?」


「ああ、この鉱物は恐ろしいほどの硬度を持っているという特徴がある。深海の水圧にも圧し潰されることもないため、加工することが難しいというのが、人魚族の間では常識となっている……のはずだが……」


 しかし、目の前にいるのは精巧に神龍族を模して作られた石像。

 明らかに手を加えられているのは一目瞭然だった。


「おまけに奴らが持っている剣と盾はどちらもドラゴンの一部を素材に使われている。武器の性能の面でも、こちらが圧倒的に不利だ!」


「……そうですか。海鉱石っていうのは初めて聞きましたが、装備についてはある程度予想はしていました」


「な、なに!?」


「うちには、ドラゴンが2人もいるので、装備を見ただけでなんとなく気配で分かっていました」


「だ、だったら今すぐ――」


「さっき、海鉱石の加工に挑戦したっていう話が出ていましたけど……」


 この場からの離脱を促そうとするエリオットに対して、紫音は一歩も引かず、逆にエリオットにさらなる質問を投げかける。


「本当にどうしようもなかったのですか?」


「そ、その通りだ。強烈な力を加えさえすれば、切断することもできるが、それ以上手を付けることはできなかったとの話だが……」


 その答えを聞いて、紫音はニヤリと笑みを浮かべる。


「オイ、みんな聞いたか! 簡単に言えば、深海の水圧以上の力を与えれば勝機はあるってことだ! お前ら向きの戦い方だろ!」


「……遠回しにバカにされている気がするけど、今回だけは見逃してやるわ。吸血鬼! あんたの力も――っ!?」


「ジャマよ……デカトカゲ。創成クリエイト――《ギガント・ジャベリン》」


 協力しようと動くフィリアを無視してローゼリッテは、巨大な槍を錬成し、フィリアごとその後ろにいる石像に向けて投げ放った。


「あ、危ないじゃない! このバカッ!」


 気付いたのが早かったおかげで、とっさに回避して直撃を免れる。

 そして、ローゼリッテが投げ放った槍はというと、石像に直撃するも威力が足りないのか、傷一つ付いていなかった。


「チッ、避けたか……」


「こ、こいつ……絶対にワザとやったわね……」


「アラ、言いがかりはよしてほしいわね。アタシが攻撃した方向にたまたまアナタがいただけのことじゃない」


「お前ら! こんなときにケンカなんかしてんじゃねえよ!」


 ケンカが白熱する前に紫音が声を上げて二人の間にある熱を冷ます。


「前にも言ったけど、これからは個の力だけでなく、複数人での力が必要になるかもしれないんだ。仲良くしろ、とまでは言わないから、少しは協力して倒してみろ」


 声を上げて言った紫音の言葉に対して、それを聞いたフィリアとローゼリッテは、


「……ねえ、あんた。このまま言われっぱなしでいいと思う?」


「イヤに決まっているでしょう。こんな石コロに負けるアタシじゃないもの」


「……だったら」


「……ええ」


「「いまだけは手を貸してあげるわ」」


 二人の意見が合致し、再び共闘することを宣言した。

 その姿に、紫音は満足そうに笑みをこぼしながらささやかな贈り物を渡す。


「お前ら受け取れ! 《全能力強化オーバードライブ》」


 瞬間、フィリアたち全員に強化の魔法が送られる。

 力がどんどんとみなぎってくるのを肌で感じ取り、フィリアたちの闘志に再度火が灯った。


(フィリアたちにほうはこれでなんとかしてもらうとして、問題はこっちだな。ティナはサポート寄りの戦い方だからあんまり期待できないし、俺ががんばりしかないよな)


 メルティナが武器としている弓矢では、いくら強化を加えたとしても石像相手にはあまり期待できない。

 そのため、必然的に紫音の手でこの状況を打破する必要があった。


(……よし。アレをやってみるか……)


 しかし紫音には、ある秘策があった。あの強堅な身体を持つ石像に強烈な一撃を与えられる方法が。


「鏡花! アレをやるぞ!」


『ま、待てっ!? あれはまだ、未完成だったはず! その後のことを考えて言っておるのか!』


「ほかに方法がないんだからやるしかないだろ! 出力の調整は任せた――おっと!」


 石像の攻撃を躱しつつ、紫音は妖刀の鏡花と打ち合わせをしていた。


「ティナ! 一瞬でいい。奴の動きを止めることはできるか?」


「た、たぶんできると思います。で、でも……自信が……」


「よし、わかった。じゃあ、いますぐやってくれ」


 不安そうにするメルティナなどお構いなしに紫音は実行するよう指示した。

 突然のことにオロオロするメルティナであったが、紫音に任されたということもあってすぐに気持ちを切り替え、実行へと移す。


(あのゴーレムさんの流れを見て気付いたけど、ゴーレムさんの全身を駆け巡るように魔力が循環している。それに何ヶ所かは集中的に魔力が集まっている部分がある。おそらくあそこがこのゴーレムさんを動かしている重要な機構のはず。……だったら、そこを狙えばもしかしたら……)


 自身の眼の能力を信じてメルティナはタイミングを見計らいながら弓矢を構える。


「《炎竜弾・10連》」


 紫音は刀を構えた状態で、周囲に炎の球体を出現させながら石像から繰り出される攻撃に対抗する。


(アレをやるには、集中する時間が欲しいからあまり大きな動きができない。これでなんとか時間稼ぎをするしかないな)


 あとはメルティナが仕事をしてくれるのを待ちながら紫音は耐え忍ぶ。


「――っ!」


 ワザと遅延するような動きを見て、石像の攻撃パターンが突如として変化する。

 紫音から放たれる炎の弾丸など無視して盾を前に突き出しながら突進してきた。


「こいつ……突進とかなに考えてんだよ!」


 巨体から繰り出される突進に普通なら避けることも難しいが、いまの紫音には羽がある。

 羽をはばたかせながら紫音は上空へと避難する。


「――っ!」


 しかし、紫音が上に逃げることを呼んでいた石像は、すぐさま剣を振りかざす。


「なっ!?」


 そのまま、空へと逃げようとする紫音に向けて剣を振り下ろそうとするが、


「――そこっ!」


 メルティナから放たれた一矢が、石像に直撃する。


「っ!?」


 瞬間、石像が怯んだ様子を見せ、動きが少しの間止まる。


「シオンさん! いまです!」


「よくやった! ティナ!」


 この機を逃すまいと、紫音は前に出る。


(奴を倒すには強力な力が必要だ。俺単体では絶対に突破できないし、魔力か氣、どちらかを付与させても無理だった。……なら、この二つを同時に使ったらどうなる?)


 紫音がやろうとしていることは魔力と氣、二つの力を融合させて石像にぶつけるという、これまでだれも試したことのない方法だった。


 しかし、紫音には自信があった。

 以前、実際に試したことがあり、反動は大きいものの、その破壊力は目を疑うほどの威力だったからだ。

 そして、さらにいまはフィリアの竜人族の能力が紫音に宿っている。


「オオオォォッ!」


 咆哮を上げながら空を舞い、紫音は石像の懐にまで入る。

 炎を纏わせ、魔力と氣も付与させる。

 ……そして、


「《斬氣ざんき炎王牙えんおうが》ッ!」


 振りぬいた紫音の斬撃は、盾を持った石像の腕ごとスパッと切り落とした。

 崩れ落ちた腕は、大きな音を立てながら盾とともに地面へと落ちていった。


「……なんだ。最初っから、こうすればよかったんじゃねえか」


 余裕ぶった言葉とは裏腹に紫音は静かにガッツポーズを決めていた。


 勝機は見えた、と喜ぶのも束の間、すぐに紫音は先ほどの一振りの代償を支払うことになる。


「――うっ!?」


 突如紫音の体を襲う疲労感に耐えきれず、思わず片膝をついた。


『愚か者めが! 前にどうなったのか、もう忘れたのか?』


「忘れるわけねえだろ。……ハア、やっぱり……魔力と氣を同時に出すと毎回こうなるな。まだ慣れていないせいか、単に俺の実力不足のせいかわからないけど……ひとまず、ここからすぐに離れないとな」


 このままではいい的になってしまうので、この場から離脱しようとするが、


「シ、シオンさん! あぶない!」


 メルティナの叫び声が紫音の耳に届いた。

 紫音はまさか、と思いながらパッと顔を上げると、


「や、やば……」


 そこには片腕を失くした石像が、剣を振り下ろしている姿が目に入った。


 絶体絶命の危機に陥る状況だったが、そんな中、救いの手が差し伸べられる。


「――なっ!?」


 紫音の目の前に帯状に広がる水の通り道が出現する。


「シオンくん、手を!」


 その水の通り道からエリオットが現れ、手を伸ばしていた。

 紫音は差し伸べられた手を掴むと、そのままエリオットに引き寄せられ、水の中を移動しながら石像の攻撃を回避した。


「た、助かりました……エリオットさん……」


 安全な場所まで後退した後、紫音は助太刀に入ってくれたエリオットに感謝の言葉を贈る。


「……でもなんで助けてくれたんですか? エリオットさんは監視役のはずなのに……」


「本当は出るつもりはなかったのだが、先ほどの一撃を見せられては出るしかないと思っただけだ。あれほどの力を持つ逸材をみすみす失うわけにはいかないだろ」


「監視役のエリオットさんを動かすことができたなら、無駄じゃなかったみたいですね……」


 言いながら紫音は、魔力切れを補うためにポーションを一気に飲み干しながら少しばかりの休息をとる。


「それで、どうするつもりだ? その様子じゃ、さっきのを連発することは難しいようだが、なにか策はあるのか?」


「……大丈夫ですよ。戦いが始まったときから、その段取りをつけていましたから」


「なに? それはどういう――」


 意味深な発言を口にする紫音に、エリオットが問い詰めようとすると、


「シオンさん! 見つけました!」


「……ふっ」


 戦いの最中、張り上げた声が紫音の耳に届く。

 紫音は、不敵な笑みを浮かべながら再び動き出すのであった。

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