第176話 人魚武装
紫音の切り札であるリンク・コネクトが発動したとき、馬車の中いたリーシアの足元に突如として魔法陣が出現する。
「こ、これって――」
「リーシアッ!? 今すぐそこから離れろ!」
得体の知れない魔法陣の出現に警戒したエリオットたちは、リーシアを守るため武器を取ろうとする。
「ま、待って! エリオット兄さん! この魔法陣に害意はないわ」
「……っ? なにか知っているのか?」
「これはシオンさまが、ある魔法を発動する際に出現する魔法陣です。オルディスに向かう前にもシオンさまに何回か見せてもらったことがあります」
「ま、魔法だと……?」
「これを発動させるということは……どうやらシオンさまは本気でシードレイクを倒す気のようですね」
そう口にしながらリーシアは、窓から見えるシードレイクの群れに顔を向ける。
「シードレイクを倒せるかどうかは置いておくとして、ひとまず相手をしてくれるならこちらも動かなくてはな。……ガゼット、付いてこい」
「オウよ!」
「ちょっと待ちなさい。あのドラゴンもどきはウチの紫音と伯父様に任せればいいんだから、おとなしく待っていたほうがいいわよ」
「悪いが彼の力が未知数とはいえ、あの数では勝算も薄いだろう。それにどっちにしろあのままでは結界が破壊されかねないからな。住民の避難誘導に行かせてもらう」
まだ紫音の実力を信じ切っていないエリオットは、いま自分にできることをしようと、行動に移していた。
「あれほどの規模の街となると、護衛の者にも手を借りる必要があるようだな……。セレネ、私たちがいない間、リーシアたちの警護にあたってくれ」
「了解したわ、兄さん。こっちのことは私に任せて早く行ってきてちょうだい」
セレネに見送られ、エリオットたちは馬車を出てルーセントへと向かっていく。
「ど、どどどうしましょう……フィリアさん……。わ、私たちも加勢に出るべきでしょうか?」
大事になってきたこの状況にだんだんと心配になってきたメルティナは、心配そうな顔をしながらフィリアに問いかける。
「なに? まさかメルティナまで紫音の勝利を疑っているの?」
「もちろんシオンさんの勝利を信じていますが……あのシードレイクとかいう魔物から発しているオーラがあまりにも凄まじかったので、ほんの少しだけ心配になっただけです」
「それでも大丈夫よ。さっきの魔法陣を見たでしょう? リーシアにあの魔法を見せたってことは、この状況での戦闘を想定していたわけだから、きっとあっという間に倒してくれるわ」
そう自分に言い聞かせるように言いながらフィリアは紫音が向かった方向に目を向ける。
同じようにメルティナもフィリアと同じ方向に目を向けるが、その胸中ではまだ不安の種を抱えていた。
(フィ、フィリアさんは心配ないって言っていたけど、やっぱり心配だな。……だって、あの魔物から発せられているオーラがいままで見たことないほど禍々しい色をしていて、なんだか怖いわ……)
シードレイクから感じ取れる未知のオーラに恐怖を抱きながらメルティナはそっと紫音の身を案じるように祈っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「《リンク・コネクト》!」
紫音の足元に魔法陣が出現すると同時に紫音の体も変化していく。
魚の鱗と尾びれを持った下半身へと姿を変え、雄大な海を駆け巡ることができる足が備わる。そして耳には青と白色のヒレが生えている。
「《人魚武装――マーメイル》」
紫音は人魚の姿へと変身し、目の前の敵を討伐するためすぐさま戦闘態勢に入る。
「ほう、そいつは始めてみる姿だな……」
「ああ、人魚の国に行くなら水中戦対策はしておかないとマズいなと思ってな。リーシアに頼んで練習しておいたんだよ」
「勉強熱心なことだな……」
感心するように顎に手を当てながらグリゼルはうんうんと頷く。
「それじゃあまあ、やるとするか」
「それはいいが、まずは奴らを結界から離さないといけないな……」
「それなら任せとけ。あいつらを結界から離しつつ分断もさせてやる」
グリゼルが横に手を伸ばすと、その先の空間に裂け目のようなものが現れる。
「っ!? グリゼル……それって……」
「ああこれか? こいつは収納魔法ってやつだよ。放浪の旅をしていると、こういう魔法が必須でな……。保存もできるからなにかと便利なんだよ」
言いながらグリゼルは、その裂け目に手を突っ込み、一振りの大剣を取り出した。
「で、でか……」
紫音が驚くのも無理はない。
その大剣はグリゼルの身の丈以上もあり、紫音の目線が上に行くほど大きい。
刀身は黒く、年季が入っているほど使い込まれていた。
「こいつの名前は『黒樹剣』。人間の姿でいるときに毎回使っていたオレの愛剣だ」
軽く自分の愛剣について語った後、次にグリゼルは集中しながら剣を構える。
「ハアアアアアア……」
(な、なんだこの力……? 魔力……いや違う。ま、まさかこれって……)
グリゼルが突如として溢れ出る強大なエネルギーに見覚えがあり、紫音は恐る恐るグリゼルに尋ねた。
「グリゼル……それってまさか……気功術か?」
「ご名答だマスター。オレは前に東方の国にも行ったことがあるって言ったろ。そのときに伝授してもらったんだよ。……あっ、別に秘密にしていたわけじゃねえぞ。マスターに気功術について、いろいろと問い詰められるのがメンドくさくて教えなかっただけだからな」
「なんだその理由は? それはそれで、なんだかムカつくな……」
「なんだ? 気を悪くさせちまったか? 悪い悪い……それならお詫びとしてスゲエ技見せてやるからそれで勘弁してくれ」
するとグリゼルはさらに気を放出させ、その気をすべて構えていた大剣に流し込み、気を纏わせる。
「ウオオオオオオオオォォ! 《
グリゼルが力の限り振り下ろした大剣から極大サイズの斬撃が放たれる。
その斬撃は海を裂くほどの威力を発しながら水中を駆け巡っていく。
「シャアアアアアァァッ!?」
結界の破壊に動いていたシードレイクの群れのうち、三体を巻き込む形でグリゼルの斬撃が命中する。
「グルルルル……」
斬撃を喰らったシードレイクたちは、攻撃してきた張本人であるグリゼルを睨み付ける。
「あらら、けっこう力を入れたはずなのに、あの程度のダメージか……。でもまあ、かかったならよしとするか……。それじゃあマスター、残った奴らの相手は任せたぜ!」
そう言い残して、グリゼルは結界から離れた場所へと移動し始める。
シードレイクたちもグリゼルに攻撃の対象を移しているため、すぐさま結界から離れてグリゼルを追いかけていく。
「気を遠くへと放つあの攻撃……。グリゼルのヤツめ……あんなことまでできるのかよ」
紫音はまだ気を飛ばす技を会得していないため、自分より何段階も上の技術を持つグリゼルに少しだけ嫉妬した。
「……いや、いまはそんなことを考えている場合じゃないな。いま俺がやるべきことは……」
すぐに頭を切り替え、紫音は自分に任されたシードレイクの討伐に集中することにした。
(あいつらを結界から離す方法はグリゼルが教えてくれた。……だったら、俺も同じことをするだけだ)
紫音は手を前に突き出し、シードレイクを対象に無詠唱魔法を発動させる。
(《アクア・バレット――7連》!
周囲に七つの水の弾丸を形成し、シードレイクたちに照準を合わせて一斉に放った。
「ッ!?」
水の弾丸は、すべてのシードレイクたちに一発ずつ命中し、その痛みに全員が顔を歪ませる。
「――ッ!」
グリゼルのときと同じように、攻撃を仕掛けた紫音をギロリと睨み付け、一斉に襲いかかってきた。
「……来たな」
紫音は少しでも結界から離れ、被害が少ない場所へ移動しようと人魚の足で海の中を泳ぐ。
「――うおっ!?」
足を蹴り上げるときの要領で一回動かしただけで、何百メートルも海中を泳いでいる。
そのあまりの速度に紫音は驚きを隠せずにいた。
(練習のときは、そんなに広くない場所でやったから加減していたけど、思いっきり動かすとこんなに動けるのかよ……)
しかしこれは紫音にとっては好都合。
これほどのスピードならシードレイクたちに追いつかれることなく、誰もいない場所へ誘い込むことができる。
(そういえば、一人だけどグリゼルの奴は大丈夫だろうな?)
過去に人魚の国に立ち寄ったことがあると言っていたので、返り討ちに遭うことなどないとは思うが、それでも心配になり、紫音はグリゼルのほうへ視線を移す。
「グオオオォォッ!」
「オラアァッ!」
視線の先には、ちょうどシードレイクとグリゼルが激突している場面が映っていた。
力任せに突進してきたシードレイクに対し、その攻撃をグリゼルは真っ向から向かい打ち、大剣をシードレイクの脳天にぶつけた。
「……なかなかやるじゃねえか。……でもな、相手が悪かったな。オレを相手にするならもっと力をつけてから出直してきやがれ!」
そう言い終えると同時に、グリゼルはさらに大剣に気を流し込むと、大剣を振り抜き、シードレイクの巨大を海底へと叩きつける。
「まずは一体目かな……? ――っ!?」
喜ぶのも束の間、引き寄せたシードレイクはまだいる。
続けて残りの二体のシードレイクがまたもやグリゼルに向かって、鋭い牙を見せながら突進してきた。
「バカの一つ覚えの突進か? そんなもん、オレには通用しねえよ」
グリゼルは、再び収納魔法を発動させ、その中からなにかの種を取り出す。
突進してくる二体のシードレイクの攻撃を躱しながらそのうちの一体に種を仕込み、
「《グローアップ――サルガッソウ》」
瞬間、緑樹竜であるグリゼルの能力が発動し、シードレイクに仕込んだ種が一気に成長する。
種は、まる海藻ようなものへと成長し、シードレイクの体に巻き付いていく。しまいにはシードレイクを覆うほどにまで侵食していき、動きを阻害させながら拘束する。
「この程度で終わるんじゃねえぞ。お前らみたいな種類と戦うのは初めてなんだから、もっとその力をオレに見せてくれよ」
戦いを楽しむように笑みを見せながらグリゼルはシードレイクに挑んでいった。
(どうやら、大丈夫そうだな)
先ほどの戦いぶりを見て、加勢する必要はないと判断し、紫音は自分の相手に集中することにした。
「さて、これくらい離れてれば大丈夫だろう」
ルーセントの街が小さく見えるほど遠くにまで泳いできた紫音。
そして紫音の目の前には、誘い込まれたシードレイクの集団が七体もいる。
「シャアアァァ」
「悪いが……いまからお前ら全員、俺の練習相手になってもらうから覚悟しろ!」
自信満々に言い放った紫音は、すぐさま戦闘態勢に入り、刀に手を伸ばした。
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