第140話 黒狼の真価
「どういう意味だ……それは?」
唐突に自分をバカにするような言葉を受け、ジンガは腹を立てていた。
(話の流れから察するに奴の体が突如、変化したことを言っているのだろうが、やはりなにか秘密が? ……まさか身体強化系の魔法の類なのか?)
侍が言い放った言葉の意味を胸中で推測していると、
「……言っておくが、まほう? などという妖術の類ではないぞ」
「っ!?」
まるで心を読まれたかのように言い当てられてしまった。
「おっと、今まで戦ってきた者どもが我の力について口を揃えてそう言っておったのでな。つい先に言ってしまった」
「ヘッ! だからなんだって言うんだよ! 要は魔法ではない妙な力を使っているわけだろう」
「まあ、そのような考えでいいだろう。……それで、今の話を聞いてどうする?」
「愚問だな。それで尻尾を巻いて逃げるようなタマじゃないんでね。……テメエをぶった切ってやるよ!」
そう言い終えると同時にジンガは、大剣を大きく振り上げ、侍に向けて勢いよく振り落とした。
「ふっ、そう来なくてはな」
侍は、ひょいっと後ろへと飛び、ジンガの攻撃を軽々と躱す。
「……だがな、オマエの相手は今ではない。先に上でうろちょろしている目障りな鳥から片付けなければならないのでな」
言いながら侍は、上空でジンガたちの様子を窺っていたピューイに顔を向けられた。
「チッ! させるかよ!」
侍の目論見を阻止するべく、ジンガは力任せに大剣を薙ぎ払う。
「縮地
「なっ!?」
仕留めた、そう確信したジンガだったが、大剣は虚空を斬るだけで肝心の侍の姿がどこにも見当たらない。
「どこを狙っている」
「っ!? い、いつの間に……」
突如、侍が消えたと思ったらまるで瞬間移動したかのようにジンガの数メートル先に現れた。
そして侍は、ジンガになど目もくれず、先ほど定めた標的を仕留めるために刀を構える。
「神鬼一刀流・壱ノ型――《飛炎》」
刀を薙ぎ払うように振り、炎の斬撃をピューイに飛ばした。
「うわっ! また来た! これでもくらえ!」
今度は避ける素振りを見せず、持っていた爆弾を斬撃に向けて放った。
衝突した瞬間、爆発と同時に斬撃も霧散し、狙われていたピューイは空へと逃げていたため無傷で終わった。
その一連の流れを見ていた侍は、顎に手を当て、思案するような仕草を取っている。
「……なるほど。斬撃の速度を上げてもあのように防がれてしまう。続けて放ったとしても結果は同じ。……それなら」
なにか打開策を思いついた侍は、抜き身の刀を鞘に納める。
「神鬼一刀流・
「させるかっ!」
反撃を企てようとする侍を止めようと、ジンガが飛び出した。
そのまま、侍を押さえつけようと手を伸ばすが、
「っ!? き、きえた……?」
伸ばしたジンガの手は虚空を掴み、そこにはすでに侍の姿はない。
「――っ!? まさか!?」
途端、先ほどの特殊な移動術を目の当たりにしたジンガの脳裏に嫌な予感がよぎった。
「小娘っ! 逃げ――」
「《
「…………えっ?」
ジンガの叫びがピューイに届く前に勝負は決した。
地上にいたはずの侍が一瞬のうちにピューイのもとにまで移動し、すれ違いざまに抜刀する。
まさに神速の如き速度でピューイに一太刀を入れ、自分が斬られたことに気付かないままピューイの体から血飛沫が舞う。
「あ……あぁ……」
斬られた衝撃で羽を動かすほどの気力を失ったピューイは、そのまま地上へと落下していき、ドンという音を立てながら地面に墜落する。
「小娘ぇぇっ!」
ジンガは、地面に落ちたピューイのもとへ駆け寄り、その体を抱きかかえる。
「……ふう」
重傷を負っているものの息はある。
ひとまず命に別状はないことを知り、ジンガはほっと一安心した。
「さあ、これで邪魔者はいなくなった。次は貴様の番だ……」
「……」
「どうした? まさか、怒りを覚えているのか? 我が見る限り貴様らはそこまで親しい間柄には見えなかったが?」
「……いいや。こいつが弱かったから負けたんだ。恨みなどない……だがな、この娘は、お嬢が治める国の大事な国民の一人だ。それをこんな目に遭わせたキサマをタダでは帰さん。今ここでお嬢に代わってキサマを討つ」
「……なるほど。貴様の原動力は主に対する忠誠心か。嫌いではないぞ」
「その余裕ぶった顔もここまでだ」
「ほう、どうするつもりだ? まだ我に見せていない切り札でも残っておるのか?」
「……ハハハ、まさにその通りだよ。今こそ見せてやるよ!」
ジンガは自分の中にある力を解放するかのように雄叫びを上げる。
それと同時にジンガの体に異変が起き始める。
手足の爪がより一層、鋭く獰猛な爪へと変わり、体中にある体毛が伸び、その体が黒い毛に覆われる。
牙が口から剥き出しになり、体も前よりも一回り大きくなる。
顔つきも人間の顔から凶暴な獣の姿へと変わったその姿はまさにオオカミ男ともいえる姿へと変身した。
「アオオオオオォォンンッ!」
夜の帳が下りる森の中でジンガの遠吠えが響き渡る。
耳をつんざくほどの声に草木も震え上がる。
「……面白い、面白いぞお主! これほどまでの急速な力の上昇は見たことがないぞ! ……ふふふ、これなら我ももう少し力を解放してもよさそうだな」
変身したジンガの姿に侍は歓喜の声を上げた。
長年の宿敵にでも出会えたように顔を高揚させ、笑みを浮かべていた。
「見たか。これが獣人族の中でも素質がある者でなくては解放することができない獣人族の真の姿だ」
――獣化兵装。
獣人族の間では、解放したジンガの姿をそう呼んでいる。
血の中に眠る獣の血を呼び起こし、体全体に働きかけることでこの姿へとなることができる。
しかし獣人族であれば、誰にでも変身できるわけではない。
血筋はもちろんのこと、力が伴わなければ変身すら叶わない獣人族の奥の手である秘技がこの戦いの場で使われることとなった。
「では、お手並み拝見と行こうか」
言いながら侍は、体を低くする。
そして、先ほど見せた居合切りでジンガに一太刀入れようと、鞘に納めた刀に手を伸ばそうとするが、
「その手はもう通じねえよ」
(速いっ!)
そう思ったときにはもう遅い。
侍の居合切りとほぼ同じ速度であっという間に距離を詰めより、ジンガの攻撃範囲内に入る。
拳を後ろに引き、渾身の一撃を込めた拳を侍目掛けて勢いよく解き放った。
「がはっ!?」
基本的な身体能力が大幅に上昇した状態で放たれた拳は、侍の強化した体を貫き、侍の体が宙を浮く。
後方へと殴り飛ばされた侍は、樹木に激突し、大地へと倒れ込んだ。
「げほっ! ごほっ! ……こ、これは……」
「どうだ、見たか! 今度は吹っ飛ばしてやったぞ!」
(……まさか気を纏ったこの体が敗れるとはな。……だが)
侍は、口に溜まった血を地面へと吐き捨て、口を拭いながら立ち上がる。
「……まだやるのか?」
「……当然だ。この体が朽ちるまで我は戦う。……幸い、この森は異様なほど気が溢れておるからな……いくらでも戦える」
消耗した顔すら見せない侍に、ジンガは少しばかり喜びを感じていた。
まだまだ侍と戦える、そんな戦闘狂な考えで戦いに臨んでいた。
そして、お互いの準備が整ったところで第二ラウンドが今まさに始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます