第139話 鬼の剣舞

 アルカディアに人間の国で騒がせている辻斬りの犯人が侵入してきたことを聞き、紫音は仲間を集めながら侵入者のもとへ走っていた。


「……で、本当なの? 例の辻斬りがアルカディアに来ているって?」


 先ほど紫音に叩き起こされたフィリアは、重いまぶたをこすりながら訊く。


「……おそらくな。侵入者の特徴を聞いた限りほぼ間違いないだろう」


「でも、そいつを相手にするためだけに私たちも乗り込むっていうのはやりすぎじゃないかしら?」


「念のためだよ。向こうもかなりの手練れだ。ムダに仲間が傷つかないためにも一気に叩いたほうが被害も少ないだろう」


「……たしかにそうね。でもそれなら、もちろん私以外にも声をかけたんでしょうね」


「かけはしたが……グリゼルは酔いつぶれていてまるっきり戦力にならないし、レインとリースには街の警備にあたってもらっているから……残りは……」


 残りの戦力として数えられるのは監視役のディアナに、第三エリアの警備にあたっているジンガとピューイ。そして、いまだ連絡のつかないローゼリッテが侵入者撃退のための戦力となる。


「まあ、あの吸血鬼娘はともかく、ほかはあてにできそうね」


「連絡がつく奴には全員、手を出すなって言ってるから先走らなきゃ問題ないだろう……」


 走りながらそのような会話をしていると、


「シオン殿、なにかあったのか?」


 だれかに呼び止められ、思わず足を止める。

 声のするほうへ顔を向けると、どういうわけかフリードリヒとメルティナの姿があった。


「どうしましたかフリードリヒ殿下にティナ? こんな夜更けに」


「それはこちらのセリフだ。なにやら外が慌ただしいうえにティナが異様な魔力を感知したと言ってきてな。それで外に出てみたら君たちが見かけて声をかけたまでだ」


 なんと間が悪い。

 ここで誤魔化す手もあるが、メルティナの能力の手前、信憑性が増しているため誤魔化しがきかない。

 紫音は仕方なく、現在の状況をフリードリヒたちに伝えることにした。


「なるほど……侵入者か。君たちはこれから迎撃に行くのかね?」


「はい、ですからフリードリヒ殿下たちはこのままゆっくりとお休みください」


「……いや、私たちも付いていこう」


 フリードリヒの口から意外な言葉が返ってきた。


「危険ですので……同行するのはちょっと……」


「実際にアルカディアの防衛システムを見るにはいい機会だ。……それとも自信がないのかい?」


「……っ!?」


 なんとも挑発的な言いまわしだが、これでは断ることもできない。


「いいわ。殿下たちも一緒に行きましょう」


 それはフィリアも思っていたらしく、フリードリヒたちの同行を認めることにした。


「殿下たち、私たちに付いてきてください」


 フィリアを先頭に、フリードリヒとメルティナも加えて侵入者のもとへと急ぐのであった。


(妙なことになったな……。それにしても、あいつらまさか俺の指示を無視して戦ったりしていないよな)


 予想外の同行者に困惑しながらジンガたちが余計なことをしていないか心配する紫音だった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 紫音たちがジンガたちと合流しようとしている中、アルカディア第三エリアではすでに戦闘が行われていた。

 紫音の悪い予想が見事的中しており、ジンガとピューイが侵入者と交戦している光景にディアナは頭を抱えていた。


「まったくあやつらは……シオンの指示を無視しおって。……まあよい。このまま敵の情報を引き出すために頑張ってもらおうかのう」


 ディアナはジンガたちの戦闘に介入せず、このまま高みの見物をすることに決めた。

 そうこうしている間も下のほうでは苛烈な戦いが繰り広げられていた。


「ハアアァッ!」


「ぐぅっ!」


 侍が振り下ろした刀にジンガは大剣で対抗する。

 互いの得物からジンガが持つ大剣のほうに分があると思いきや、敵の一撃一撃が重く、獣人であるジンガは苦戦を強いられていた。


「くそっ! あんな細腕に力負けしそうになるなんてな……。オレもまだまだのようだな」


「どうした? もう終わりか? その程度では肩慣らしにもならないな」


「ふざけんな! 今度はこっちから――」


「オジサン、そこにいるとジャマだよ」


「……ん? ――なっ!?」


 視線を上に向けると、ちょうどピューイが爆弾を投下しているところだった。

 驚きの声を上げながらジンガは、すぐさまその場から離れる。


「……?」


 ジンガが尻尾を巻いて逃げる様を訝しげに見ながら侍は同じように空を見上げた。

 しかし、そのときにはもう手遅れとなり、ピューイが投下した爆弾たちが侍を中心に爆発が巻き起こった。


「あのバカ! 数が多すぎだろう。いったいいくつ落としやがったんだ!」


 思いのほか爆風が強く、ジンガのほうにまで被害が出るほどだった。だがこれほどの威力なら、侍のほうもただでは済まないだろう。

 無様に地に伏せる様を想像しながら笑みを浮かべていると、


「え……」


「なに!?」


 爆発の中心地にいたはずの侍がなぜか無傷でその場に立っていた。

 本来なら無事では済まないほどの爆発なのに服の裾が少し焼け焦げているだけでそれ以外に特に傷を負った様子がない。あまりにも不可解な光景にジンガとピューイは、自分の目を疑っていた。


「……こうなったら……やあ!」


 ピューイは、爆弾による攻撃から接近戦に切り替え、急降下した。

 速度を上げながら急降下し、そのままの勢いで侍に足蹴りを喰らわせる。


「……くっ! この程度……」


 多少、侍の顔を歪ませながらもピューイの蹴りは刀によって受け止められる。


「まだまだ! ヤア! トウ! ハイッ!」


 最初の一撃を受け止められても攻撃の手を止めることはなく、ピューイは侍と距離を取りつつ足技による連撃を繰り出す。


「……ちょこまかと」


 こちらから攻撃を仕掛けようとするときにはすでに刀の間合いから離れて飛んでいるため侍の苛立ちは募る一方だった。


「……こうなれば」


 痺れを切らした侍は、次にピューイが空中に逃げたときに刀を後ろに構え、狙いを定めるような動きを取る。


「へへん。そんなところからじゃあ当たらないよーだ!」


 刀の間合いから離れているためピューイは小馬鹿にするような言葉を発していた。


「愚か者め。神鬼しんき一刀流……壱ノ型――《飛炎ひえん》」


 虚空を斬るように横薙ぎに刀を振った瞬間、刀から斬撃の形をした炎が宙を飛び交う。


「――ピッ!?」


 これに驚きの顔を隠せないピューイは、羽をばたつかせながら寸前のところで炎の斬撃を躱す。


「ほう……なかなか……」


「ふう……あぶないあぶない」


 間一髪のところで侍の攻撃を躱したピューイに、侍は賛辞の言葉を送った。


「よそ見してんじゃねえぞ! コノ野郎っ!」


 侍の注意がピューイに向けられている隙にジンガが背後から奇襲をかける。

 自身の身長ほどある大剣を軽々と片手で振りかざし、力任せに振り下ろす。


「――っ!? まさか、犬畜生ごときに後ろを取られるとはな……。あと半歩遅れていたらまともに喰らっていたところだ」


「オイオイ、なに終わったみたいな風に言ってんだ?」


「……ほう、それはどういう意味かね?」


「テメエは両腕を使ってオレの攻撃を止めたつもりだろうが、こっちにはまだ攻撃の手が残っているんだよ!」


 ジンガは、もう片方の腕に握り拳を作り、侍に向けて拳を放った。


「くっ!?」


 拳は侍のみぞおちに正確に喰い込み、侍の顔からわずかだが、苦悶の表情が浮かぶ。


(終わりだ!)


 これを好機と見たジンガはさらに力を込め、侍を殴り飛ばした。


「……なかなかやるな」


「なにっ!?」


 しかし、ジンガの攻撃は侍を二、三歩ほど後ろに下がらせるだけに終わってしまった。

 ジンガの予想では、後方にある木に叩きつけるほどの勢いで放ったというのにこの結果。そしてジンガは、結果に納得がいっていないと同時に妙な感覚に襲われていた。


(どういうことだ? ヤツを殴り飛ばそうとした瞬間、巨大な壁にでもなったかのように重くなりやがった)


 予想外の出来事に直面し、思わずジンガは振るった拳を見つめる。


「まさかとは思うが……あの程度で驚いているのではあるまいな」


「……なにが言いたい」


「ハハハ……やはりな。ここまで来る途中、数多の敵と相まみえてきたが、所詮キサマも同類ということか」


 ジンガたちの力に落胆したように嘲笑い、侮蔑な視線を向けていた。

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