第99話 繋がる戦い

「待っていろ! そこから引きずり出してやる」


 二ッと笑いかけながら紫音を捕まえようと長い腕を伸ばす。


「アディ! 頼んだ!」


 紫音の声に呼応するように紫音をかくまっていた大樹が再び動き出す。

 大樹に生えた枝がまるで人間の腕のように自由自在に動き、グリゼルの好きにさせまいと妨害を始める。


「こ、こいつら! 俺の邪魔をするな!」


 行く手を阻む枝を排除するためグリゼルは体内に炎を生成し、息吹ブレスの構えを取る。

 しかし、この攻撃を読んでいた紫音は再びアディに指示を送る。


「アディ、息吹ブレスが来るぞ! 奴を拘束しろ!」


 すると、突如地面が割れたと思ったら地中よりいくつもの樹根が伸び、グリゼルに襲い掛かる。


「なっ!? これはまさか!」


 樹根はグリゼルの四肢を、そして息吹を噴き出そうとしている口を抑え込み、巨体のグリゼルの身体を見事拘束することに成功した。


(……まさか俺と同じ能力でこの俺が拘束されるとはな。だが、俺と同じ能力持っている者など他に……っ!? いや、いる!)


 戦闘が始まる前、その者は紫音とともにいたが、始まってからというもの戦い参加していなかったためグリゼルもすっかりその存在を忘れていた。


「マスター、竜の捕獲に成功しました」


「よくやった。アディ」


 紫音に褒められ、アディは恥ずかしそうに頬を染めていた。

 そのアディの身体から生えていた樹は、召喚されたときよりもいつの間にか何十倍もの大きさに成長していた。

 今のアディの本体は、グリゼルを見下ろすほど高い位置にいる。


(馬鹿な。いつの間にこれほど成長したんだ? 姿を隠している間、いったいあの精霊なにをしやがった)


 グリゼルの頭の中にいくつもの疑問が浮かび上がるも答えを返してくれる者はいなかった。

 徐々に焦りを顔に出すグリゼルの姿に紫音はうまくいったと言わんばかりに笑みをこぼしていた。


「どうやら、あの顔から察するにまだアディの仕業だと気づいていないようだな」


 今回紫音が立てた作戦がまた一つ成就した。

 紫音は、今回の試練を開始する前、参加する使い魔たちにそれぞれ役割を決めていた。


 ライムには、全体を見通す監視の役割。

 そして、精霊のアディには戦場となるこの森の支配を指示していた。

 しかし、支配といってもグリゼルのように周囲の樹々を操るのではなく、樹や大地に宿るマナのことを指している。


 ドリアードには、植物や大地の生気を吸収し、それを自分の魔力に変換することができる。さらに変換した魔力で自身の能力も強化される。

 先ほどグリゼルを拘束するときに見せた自身に生えている樹を手足のように操る能力。そしてもう一つは治癒能力。


 ドリアードは吸収した生気を自分の魔力にするだけでなく、他社に分け与えることもできる。

 今、紫音の体には管のようなものが数本、体の中に埋め込まれ、それを通してアディと繋がっているが、実はこの管からアディの魔力が与えられている。

 このおかげで紫音は、魔力だけでなく体力も同時に回復している。


 結果的にアディは、グリゼルの能力を封じるだけにとどまらず、回復支援の役割も果たしていた。

 リンク・コネクトによる著しい魔力の消費を補うために今回アディは重要な籠となっていた。


 徐々にアディのおかげで体力と魔力を回復している紫音に対してグリゼルがこのまま黙って見ているわけがない。


(落ちつけ、冷静になれ……。一旦、考えるのはやめだ。精霊といえど相手は樹。逆に俺の能力で返り討ちにしてやる)


 この窮地の中、すぐさま活路を見出したグリゼルは、起死回生のため能力を発動する。

 しかし、


「……っ?」


 自信満々に発動させた能力は何故か不発に終わってしまった。


「無駄よ。亜人種の中でも上位種の竜人族といえど私に勝つことはできないわ」


 はっきりとグリゼルに宣言にしながら続けて言う。


「他の精霊ならともかく奇しくも私とアナタは似たような能力を持っているようね。私はあなたのように他の樹木を操ることはできないわ。……でもあなたも精霊の中でも上位種の樹木を司る精霊――ドリアードの身体を操ることなんて不可能よ」


(そういうことか。だから俺の能力が……。さすがに精霊と戦ったことがなかったせいかしくじったようだな)


 ここにきて精霊との力量差を痛感したグリゼルだったが、まだ戦意は喪失していなかった。


「……ならば。フンッ! グオオオオオオオォォォッ! ガアアアアアアァァァ!」


 突然グリゼルは、気合を入れるように叫び声を上げながら自信を拘束している樹々を力尽くで破壊しようとしている。

 ギギギという樹の悲鳴を聞きながら徐々に拘束力が弱まっているのが伝わってきた。


「っ!? マ、マズい! アディ、絶対にグリゼルを逃がすな。フィリアも急いでアディに加勢しろ!」


「分かっているわよ」


 急いでグリゼルの方へ羽を広げるが、到着するまで紫音の予想では数十秒ほどかかりそれだけグリゼルに猶予を与えてしまう。

 紫音は一抹の不安を抱えながらもフィリアが加勢に来るまでの間、アディにすべてを任せることにした。


「舐めるな! 精霊だろうが何だろうが、いつまでもこんなもので俺を捕まえられると思うな!」


 といい終えるのと同時にアディの拘束が破られてしまった。

 晴れて自由の身となったグリゼルは、態勢を整えるためか、そのまま紫音の方へ行かず一旦、地面に着地しようとしていた。


(いったいなにをする気だ? このまま奴の好きにさせるわけにはいかないが、再度攻撃に入るまでアディにはもう少し時間がいる。ライムも最初の一発だけしか魔法を吸収させていなかったせいでもう打つことはできない……)


 紫音は、残された手としてグリゼルの後を追う者の名前を呼ぶ。


「フィリアッ! そいつを止めろ!」


「任せなさい! もう一度勝負よ!」


「ハッ! 何度きても無駄だぜ! お前にやられるほどまだまだ俺も年を喰っちゃいないんでね」


 両者の再三に渡る激突が行われようとするとき、最初に動いたのはフィリアだった。

 赤き炎の息吹を放出し、先手を打つ。

 それに向かい打つかのようにグリゼルは顔だけをフィリアの方に向くと、その状態のままこちらも緑の炎の息吹を放出する。


 両者の炎がぶつかり、赤と緑の炎が接戦しながら混じり合う。

 しかし、実力差のせいか徐々にフィリアの炎が押され気味でややグリゼルが優勢となってきていた。


(今回も俺の勝ちだな)


 胸中で勝利を確信したその刹那、


「ハアアアアアアァァァッ!」


「なに!?」


 二つの炎の中から突如フィリアが現れた。

 なんとフィリアは、その身を激突する二つの炎の中に飛び込み、そのままグリゼルの元まで一直線に突っ切るという捨て身の攻撃に出ていた。


 そして、グリゼルに手が届くまで距離を詰めたフィリアは、渾身の力を右腕に込め、拳を放った。


「甘いな。……俺ともっと遣り合いたければカイゼルを連れてくるんだな」


「……えっ? いま、なんて……」


 一瞬、意表を突かれたグリゼルだが、フィリアの拳を紙一重で躱した。そして大きな隙ができたフィリアの顔面目掛けて今度はグリゼルの拳がフィリアを襲う。


「ガハッ!」


 顔面に拳を喰らったフィリアは、殴られた衝撃で後方へ飛ばされ、やがて地面に叩きつけられた。


「フィリア!」


 紫音は声を上げ、呼びかけるがフィリアからの反応はなかった。


(フィリアの奴、俺がかけた強化魔法の効力ももう解けているはずなのに無茶しやがって……フィリアの方も心配だが、それよりも今は……)


 邪魔者がいなくなり、グリゼルが地面に着地しようと、足を地につけた瞬間、


「グローアップ――『フォレスト・シード』!」


 グリゼルが詠唱を口にすると、地面から光を放ちながら同時に魔法陣が浮かび上がる。

 その後、グリゼルを中心に緑を失った大地から草木が沸き上がり、木々が急成長していく。

 あっという間に木々はグリゼルの身の丈ほどに成長してしまい、これでまたグリゼルの能力が使用可能となってしまった。


「ハア……ハア……まずは精霊……お前からだ! 螺旋樹らせんじゅ――『連樹槍れんじゅそう』!」


 瞬時に数十本にも及ぶ樹木の槍を形成し始める。先ほどのよりもそれほど大きくはないが、数は桁違いに多く、鋭さも今回の方がより鋭利なものになっていた。

 グリゼルは、アディに狙いを定め、その樹木の槍を放つ。


「きゃあああああああっ!」


 身体のあちこちに樹木の槍が貫かれ、あまりの痛みに悲鳴を上げていた。


「ア、アディッ!」


「だ、大丈夫……です。損傷箇所は多いですが……まだ、戦えます」


 戦闘の意思を見せるアディだが、紫音は首を振りながら言った。


「いや、無理をするな。今すぐ全魔力を回復にだけ使え」


「で、ですが、それでは……」


「俺のほうは中断しろ。今はお前の無事のほうが重要だ」


 最初は躊躇っている様子を見せるが、やがて紫音の命令をしぶしぶ聞く選択を取り、回復に専念し始めた。

 紫音の指示通りアディが回復している様子を確認した後、紫音は、アディが巻き添えを喰らわないように離れた場所へ移動する。


「さてと、大見得を切ったのはいいが、中途半端に回復したこの体でどこまで時間を稼げるかな?」


 アディのおかげで回復したとはいえ、まだまだ全快とまではいかない。

 しかも今は紫音しか戦える者がいない状況であり、紫音にとっては今回の戦いで初めての危機的状況ともいえる。


 そして、そんな危機的状況の中、喜ぶ者がいた。


「さあ、これで本当に邪魔者はいなくなったようだな。ようやくお前と戦える」


 グリゼルは喜悦したような顔を見せながら紫音を見下ろしていた。

 そしてグリゼルの周囲には、先ほどアディを苦しめた樹木の槍が紫音に照準を定め、今にも襲い掛かりそうな雰囲気を漂わせていた。


(さて……どうしようかな。魔力切れを避けるならリンクを解除する手もあるが、でもそれだと素の状態であれを対処しなくちゃいけないしな……)


 この緊迫した状況の中、紫音は二つの選択に頭を抱えていた。

 今の状態を維持するか、それとも元の状態に戻るか。

 前者を選べば厄介なグリゼルの能力に対応できるが、魔力切れを起こして負ける可能性がある。

 しかし後者を選んだとしても魔力切れを起こす心配はないが、元の状態の力ではグリゼルの能力に対応しきれず負ける可能性がある。


 どちらに転んでも敗北する未来しかない。


(……だったらこのまま魔力切れを起こす前に倒すしかない)


 今の状態を維持することを選択した紫音は、すぐさまグリゼルからの攻撃に対応するために魔導杖を手に戦闘態勢に入る。


「どうやら覚悟を決めたようだな……。ならば、始めるとしようか!」


 戦闘を再開させたグリゼルは、周囲の樹木の槍たちを操り、紫音に攻撃する。

 紫音もこの樹木の槍たちに応戦するため魔法を唱える。


 …………ボンッ。


「ッ!?」


「っ!?」


 両者が激突しようとしたとき突如、遠くの方から正体不明の魔力反応を二人は感知した。


(な、なんだ……?)


 グリゼルは、攻撃の手を一時中断し、その正体不明の魔力の警戒にあたっていた。

 警戒しつつ魔力の反応があった方向へ目を動かすと、そこには青色の火の玉が宙に浮いていた。


(……っ! き、来た!)


 グリゼルと同じ光景を目にした紫音は、その光景に胸中で歓喜の声を上げていた。

 両者、異なる反応を見せていると、その火の玉は、まるで円を描くように紫音とグリゼルたちの周囲に次々と出現する。


 やがて火の玉で円の形が完成したとき、今度は炎と九尾の狐が描かれた巨大な陣が出現する。

 突如、グリゼルと紫音の足元に出現した陣にグリゼルが周囲の警戒を強める中、紫音は笑みを浮かべながらグリゼルに声を掛ける。


「確か……グリゼル……だったよな?」


「……っ?」


「悪いがこの勝負……俺の勝ちだ」


「なにを言って――」


 グリゼルの言葉を遮るように紫音はある言葉を口にした。


「狐火結界――『陽炎陣かげろうじん』」

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