第92話 小さな情報源
エーデルバルムの襲撃まで後二日に控えた朝。
紫音たちはソルドレッドからの試練に挑むため部屋の中で準備をしていた。
一夜明け、落ち着いた様子でいる紫音たちとは違い、リースとレインは昨日と同じく落ち着かない様子でそわそわとしていた。
見飽きた光景に痺れを切らした紫音は、武器の確認をしていた手をいったん止め、リースたちに一言文句を言う。
「お前らいい加減にしろよな。実際に試練に挑戦するのは俺とフィリアなんだからお前らがそんな顔しているとこっちにまで不安が移るだろ」
「だ、だってぇ、試練っていうけど実際はドラゴンと戦うってことですよね? そんなの勝てっこないですよ」
「大丈夫だよ。……実際俺、フィリアに勝ったことあるしな」
「い、いつの話のことをしているのよ! あ、あのときは油断していて本気を出していなかったせいよ。そ、それに、今だったらあのときのようにいかないわよ」
昔の話を持ち込まれ、フィリアは言い訳のような言葉を並べていた。
「ち、ちなみにフィリア様? フィリア様だったらそのドラゴンに勝てそうですか?」
「……そうね。そのドラゴンが私と同族で、しかもずいぶんと昔から住み着いているなら……本当はこんなこと言うのは
レインの質問に対して意外にも弱気な答えを返していた。
これには紫音も少し驚き、「えっ」と思わず口から出てきてしまった。
「驚くほどことじゃないわよ。向こうは成人した竜人族よ。力も竜化した姿もまだ成長期の私じゃ未熟過ぎて勝てっこないわ。それに私よりも長く生きてきた分、戦闘に関しても相当慣れているはずよ。希少な竜人族が国外で生きていくにはずっと勝ち続けなくちゃいけないからね……」
フィリアの言い分を聞いて紫音は納得した。
大戦以降、竜人族は国を鎖国し、外との交流を閉ざしている。そのせいで竜人族の価値が跳ね上がり、異種族狩りの連中に狙われるのは必至。
異種族狩りに限らず竜人族を倒したとなれば名声だけでなく、角や鱗などの素材を採取すればそこから様々な武器や防具が作れるため冒険者や鍛冶師などにも狙われる。
そんな奴らをすべて撃退しているなら戦い慣れているのも頷ける。
「私一人だけなら厳しいけど今回は紫音も一緒よ。たぶん、なんとかなるでしょう」
「た、たぶんって……」
「そんな……」
フィリアの根拠のない言葉にリースとレインの不安は増していく一方だった。
すると、そのような状況の中、ドアがノックする音が聞こえ、その後からフリードリヒたちが入室してきた。
「すまない。こちらの準備に手間取ってしまい少々遅れてしまった」
「別に問題ないですよ。こっちもちょうど準備が終わったところです」
「す、すいませんシオンさん。お兄様たち昨日から部隊の編成や会議などでずっと忙しくて先ほどようやく一段落したところだったんです」
「ティナ! こちらの情報をむやみに漏らすんじゃない」
「で、でもお兄様……。昨日約束していた時間に遅れたのは私たちなんですからきちんと説明しないと失礼じゃないですか」
まさか反論されるとは思っていなかったようでフリードリヒ王子はメルティナの言葉に驚いた顔を見せていた。
「ティナ、俺たちは気にしていないから大丈夫だよ」
「で、ですが……」
「それよりも……フリードリヒ王子。出発する前にこれ渡しておきますね」
そう言いながら紫音は、一枚の紙をフリードリヒに手渡す。
フリードリヒは怪訝そうな顔をしながら受け取り、その紙の内容をすぐさま読み進んでいく。
数分後。読み終えたフリードリヒは、なにかに恐れるように手が震えていた。そして、ごくりと唾を飲み込み、緊張した面持ちで紫音に尋ねる。
「き、君……この情報……いったいどこで手に入れた?」
「フリード兄様、いったいどうしました?」
「……クリスも見れば分かる」
フリードリヒの尋常ではない反応に不審に思ったクリスティーナが声をかけると、一言そう言いながら紫音から受け取った髪をクリスティーナにも見せる。
「部隊の編制内容に……冒険者のランクや人数……な、なによこれ……? ここを襲撃してくるエーデルバルムの戦力について事細かく記されているじゃない」
「ああ、しかもそこには決行時間や作戦内容まで記されている……。エーデルバルムに情報収集に行かせているアイザックの部下からは、まだなにも来ていないというのにいったいどこでこの情報を入手した……」
入手経路について訊かれるが、紫音はその質問の答えについて黙秘した。
紫音もあの紙を渡せばこのような質問をされることぐらい承知の上だったが、まだ友好を結んでいない相手に簡単に手の内を晒すわけにもいかないので適当にはぐらかすことにする。
「……情報の出所については企業秘密だが、今朝入手した最新のものだ」
「なにっ!? そんな情報、信じろと言うのか!」
「情報に関しては全部本当のことだよ。ウソだと思うならそのエーデルバルムに行かせているシーアに事実確認をさせればいいだろ」
「……っ!?」
情報に関して絶対的な確信を持っていた紫音は、後ろめたさを感じさせない堂々とした態度でフリードリヒたちに言い放つ。
あまりにも嘘偽りのない言動や目にぐうの音も出なかったフリードリヒは反論することもなく、ただ大きくため息をついた。
「クリス、私たちはこれからフェリスティー大森林に向かうためしばらく留守にするが、後のことは任せる。……それと、この情報を父上たちにも見せるように。その後の判断は父上たちに任せる」
「よろしいのですか、フリード兄様?」
「ああ。……ただ念のため事実確認させて真偽のほどを確かめるのも忘れるなよ」
「分かりました」
紫音が渡した情報の扱いが決まったところでフリードリヒの案内の下、紫音たちはフェリスティー大森林に向かうこととなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
城外を出て街を迂回しながらエーデルバルムとは反対方向にしばらく足を進めていくと、広大な森林地帯が広がっていた。
紫音たちがエルヴバルムに向かう際に通った森に比べ、樹の幹が太く、背も高い。ここだけまるで別世界のような錯覚にとらわれていた。
「ここがフェリスティー大森林の入り口だ。ここからさらに歩くが、遅れずについてくるように……ああ、言い忘れていたが、この試練は内容を少し変えているが成人の儀と同じように進めていくから必ず森の中を移動するんだな。飛行系の移動手段を取らないように」
フリードリヒはそう忠告しながらフィリアの方を見ていた。
この中で飛ぶことができるのは竜人族のフィリアだけだからか、フィリアの方に向けて忠告しているように見えた。
「ちなみにどれくらい歩くんだ?」
「まあ、安全を考えて歩いていくことになるから……半日もあれば着くだろう」
その答えに隣にいたフィリアの顔をちらりと覗くと、案の定、嫌そうな顔をしながら落胆の声を漏らしていた。
(まさかここまで来てやっぱりやめたなんて言わねえよな?)
先ほどの反応に心配になった紫音が声を掛けようとしたとき、突然フィリアがぱあっと顔を明るくさせて紫音に言う。
「紫音! 私、飛んで行くから」
「……は?」
「じゃあね」
そう言い残しながら背中に羽を広げ、今まさに飛ぼうとしているフィリアの手を強引に引っ張って止める。
「なにが『じゃあね』だよ。話聞いていなかったのかよ。ここでお前が飛んだら即失格なんだぞ! 少しは我慢しろ!」
「イヤよ! じゃあ歩けなくなったら紫音がおぶってくれるのかしら?」
「……お前、ホントそういうとこ成長しないよな。我慢して歩け」
「な、なんですって……」
「ん、どうした? なにか問題か?」
「い、いいえ! なんでもありません! 早く進みましょう!」
と誤魔化しつつ改めてフィリアに釘を刺しながら先に進むことにした。
あれからどれくらいの時間歩いたのだろうか。間に短時間の休憩を取りながら歩いているが、どれだけ歩いても同じような景色が広がるだけ。
案内役のフリードリヒがいなければ確実に迷子になっていただろう。
紫音は前へ足を出しながら目的地まで後どれくらいなのかなどと考えていると、後ろのほうからメルティナが耳打ちするように声を掛けてくる。
「シオンさん、いまいいですか?」
「……? 大丈夫だけどどうした? 疲れたのか?」
「い、いえ、そうではなく、今朝お兄様に渡していた情報ですが、あれの出所ってもしかしてライムさん経由で入手した情報ですよね?」
メルティナにそう訊かれた紫音は、一瞬返答に困ったが、こちらの事情を理解しているメルティナにならいいと思い、話すことにした。
「ティナの予想通りだよ」
「や、やっぱりそうなんですね。……あれ? でもいつから?」
「昨日話しただろ。エーデルバルムのギルドで偶然、騎士団長に会ったときに隙を見て分裂したライムを忍ばせたんだよ。後はその騎士団長を監視させて情報を集めたってわけだよ」
紫音にとって昨日、エーデルバルムの騎士団長に出会えたことは僥倖だった。元々は兵士の誰かにライムを忍ばせる算段だったが、騎士団長なら得られる情報も桁違いのはず。
そう思った紫音は、騎士団長に近づいた際に分裂ライムを仕込んでおいた。
後は、ライムとの感覚を共有すれば情報が簡単に手に入る。しかもその分裂したライムはかなり小さく、簡単に見つからないため今日までまだ誰にも気付かれずにいる。
「やっぱりそうだったんですね。アルカディアでライムさんのことを聞いてもしかしたらと思ったんですが、予想通りだったんですね」
「姫さま、先ほどからなにをコソコソとしているのですか?」
「ユ、ユリファッ!? い、いえ、なんでもありません……」
メルティナと紫音が何やら内緒話をしている光景を近くで見ていたユリファが二人の会話に割って入ってきた。
「怪しいですね……」
「す、少し疲れてきましたねって言っただけですよ」
「……そうですか。では少ししたらまた休憩にするよう王子に進言しますね」
「は、はい。お願いします」
なんとか誤魔化せたようでメルティナはほっと一安心した。
「一応言っておくが……お前の家族や知り合いには絶対に言うなよ」
「わ、分かっています。まだみんなには内緒なんですよね。今朝言わなかったのでなんとなく察しが付きました」
状況を察している様子で紫音としては助かる。
少なくとも友好を結んでから告白するつもりだったのでメルティナの気配りに素直に感謝した。
「そういえばフリードリヒ王子、一つ質問いいですか?」
メルティナとの会話が終わった後、ふとあることが疑問として頭の中に浮上してきたため思わず紫音は質問を口にしていた。
「別に構わないがなんだ?」
「これからエーデルバルムに反撃に出るのは分かりましたが、大丈夫なんですか? おそらく戦力面だと向こうの方に分があると思うんですが……」
ライム経由で得た情報では、何百人もの兵士や騎士の他にAランクやBランクなどの高ランクの冒険者も数多く参戦する。
一回目の襲撃で市民の他に多くの戦士を失ったエルヴバルムでは戦力に差があるのではないのかと紫音は感じていた。
「それなら問題ない。私たちにはまだ奥の手があるからな」
「奥の手……ですか?」
当然そう言われれば必然と気になってしまうもの。
紫音はその正体を探るため次の質問を投げかけようとするが、
「悪いが、これは門外不出の技。部外者の君たちに話すわけにはいかないからこれ以上、追求しないでくれ」
すかさずフリードリヒに先手を打たれ、質問しようとしていた口を閉じてしまった。
釘を刺された以上、気になるが諦めようと断念したとき、
「そ、それって……もしかして精霊魔法のことですか?」
奥の手について聞けないような雰囲気の中、それをぶち壊すかのようにメルティナがあっさりと白状した。
なぜかこのときだけ気が回らなかったメルティナは不思議に小首を傾げていた。
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