第90話 与えられし試練
ソルドレッドから下された試練の内容を聞き終えた後、紫音たちは客人扱いとして城内に泊まることとなった。
城内で夕食をごちそうになり、現在紫音たちは寝泊まりをするために与えられた部屋の中で今後のことについて話し合おうとしていた。
部屋の中は大人数が入れるほど大きく、そこには人数分のベッドが置かれている。
おそらくここは、客人の宿泊部屋なのだろう。
紫音たちはそれぞれ自分のベッドに座り込み、三者三様の顔色を見せている。
リースとレインはひどく絶望した顔を見せ、フィリアはひどく疲れたような顔をしており、ディアナはなぜか好奇心に満ちた笑みを見せ、紫音はというと夕食の最中からなにか考え事をしており、時折ぶつぶつ独り言を呟いている。
話し合いとは名ばかりに静けさで時が進んでいく中、初めに声を出したのはため息を吐きながら愚痴をこぼすフィリアの声だった。
「ハア……疲れた……やっと……解放されたわ。私、格式ばった喋り方とか作法とか面倒で嫌いなのよね」
ようやく堅苦しい雰囲気から解放されたフィリアはそのままベッドの上に倒れこみ、大の字になりながら身体を伸ばしている。
「まあ、これで明日の試練さえクリアすればアルカディアに帰れる目途がつくからいいけどね」
「そうじゃな。儂も今から楽しみじゃ。エルフ族特有の魔法にも興味あるが、明日の試練の方が儂としては興味があるからな」
「どうせ明日になればすぐに会えるんだから少しは落ち着きなさいよね。……それはそうと、リースにレイン。アンタたちは、なに暗い顔してんのよ。その顔、私たちの前ではいいけどエルヴバルムの連中には見せないでよ」
試練の内容を聞いてからというものずっとこの顔をしており、我慢の限界を感じたフィリアが二人に注意する。
注意された二人は、すがるような目でフィリアを見ながら訴えかける。
「で、でもフィリア様!
「レインの言う通りです。……どうしてフィリア様とお兄ちゃんだけで試練を受けなくちゃいけないんですか!? 私たちはただ見ているだけなんて……」
リースは言い終えると、下を向いてしまい、試練に参加することもできない無力な自分を歯がゆく思っていた。
リースの言葉通り、ソルドレッドからの試練にはフィリアと紫音の二人が参加することとなっている。
残りは二人の試練に立ち会うこととなり、手出しは禁止と条件づけられている。
「儂の勘じゃが、おそらくあの王様は二人の実力を確かめたいからそのような条件を
「それに、あの試練の内容だったら紫音にとっては難しくないはずよ。……ねえ、紫音?」
そう紫音に呼びかけるが、当の紫音はまだ考え事をしている様子でフィリアの声になど眼中にないといった様子だった。
無視されたのが気に入らなかったのか、寝っ転がっていたフィリアは紫音のもとへ駆け寄り、紫音の耳を引っ張りながら声を上げる。
「ちょっと紫音! 聞いているの!」
「うおっ!? ビックリした……。なんだよフィリア?」
「紫音……私の声が聞こえないほどいったいなにを考えていたのかしら?」
笑顔を見せながら言っているが、目だけは笑っていなかった。静かな怒りを孕みながら紫音に尋ねていた。
「ああ、実はな……俺が欲しがっていたものがさっき見つかってな。それでいろいろと考えていたんだよ」
「……? いったいなんなの? そんなのあったかしら?」
「ついさっきの夕食の場でだよ。もしかしてフィリアは知らないのか?」
「いや、さっぱり分からないわね?」
一応、フィリアはディアナたちの方に顔を向けるが、知らないと言わんばかりに首を横に振っていた。
「本当に知らないか。……米だよ……米! あの料理の中に米が使われている料理があったんだよ」
「……こ、コメ?」
「やっぱり知らないのか……。まあ、ノーザンレードの街にも旅の商人にも聞いてみて、ないって言われたからこの世界にはてっきりないとばかり思っていたんだけどな……まさかこんなところで見つかるとはね……」
あの夕食の場に出されていた料理の数々。その中でリゾットのような料理を見つけ、もしかしてと思い、紫音が口にしたところ前の世界で食べていた米だと確信した。
探していたものがようやく見つかり、思わず紫音の口元から笑みがこぼれる。
「これでまた料理のレパートリーが増えるな。手に入ったら料理人に作り方教えてやらないとな」
「……紫音、今はそんなことよりまずは試練のことを考えなさいよね」
「分かってるよ。まずは試練をクリアしないとなにも始まらないことぐらい……」
コンコン。
紫音たちが話していると、部屋の扉から誰かがノックをする音が聞こえてきた。
「どうぞ。開いているので入ってきてください」
その言葉の後にガチャリとドアが開かれ、ドアの外にはメルティナの姿があった。
「メルティナじゃない。いったいどうしたの?」
「あ、あの私はただの付き添いで話があるのは……その……」
歯切れが悪そうな言い方をしながらメルティナは後ろの方へ視線を移す。
それにつられるようにメルティナの後ろに目を向けるとそこにはフリードリヒとクリスティーナ、そして最後は見慣れないメイド姿の女性の姿が見えた。
「フリードリヒ王子にクリスティーナ姫、こんな夜にどうしましたか? ……あの、そちらの女性は……」
紫音の質問にフリードリヒが一歩前に出て答える。
「こちらはユリファ。ティナの専属メイドです。あなた方にお礼の言葉がしたいということで連れてきました」
「初めましてアルカディアの皆様。この度は姫様をお救いいただいただけでなく、遠路はるばるエルヴバルムまで送り届けていただき本当に何と申し上げてよいやら、感謝の言葉もありません」
丁寧な言葉遣いで紫音たちにお礼の言葉を述べると、深々と感謝の気持ちを込めて頭を下げていた。
「そんな気にすることでは――」
「そうです。私たちは当たり前のことをしたまでです。」
(変わり身早いなこいつ)
先ほどのノックをきっかけにフィリアの頭が瞬時に外面モードに切り替わったのか、言葉遣いがまるっきり変わっていた。
「それでみなさんはわざわざお礼を言いにここまで?」
「いや、それもあるのだがここに来たのは……」
フリードリヒはクリスティーナに向けて目で合図を送ると、今度はクリスティーナの口が開く。
「両者の間に試練の内容について齟齬はないか確認するために足を運びました」
「それはわざわざありがとうございます」
「場所はフェアリス大森林の深奥部。あなたたちにはそこに
その後、クリスティーナから試練の全貌が明らかになる。
要約すると、この試練はエルヴバルムの中で行われる成人の議と酷似している。
成人を迎えるエルフ族が一人前と認めてもらうために行われる試練なのだが、今回紫音たちに課せられた試練はいつもの成人の議に行われる試練と微妙に違う。
エルヴバルムの試練ではドラゴンの住処まで行き、その住処から生え変わり古くなった鱗をドラゴンに気付かれずに取りに行くという度胸試しのような内容になっている。
しかし、紫音たちの場合はそのドラゴンと戦うという普通なら無謀ともいえる内容に変わっている。
さらにそこに、フィリアと紫音しか試練に参加することができず達成させる気がない思惑が感じ取れる。
ディアナたちの参加は認めないが、紫音がテイマーだということもあり、使い魔の使用は三体まで認められている。
「――という試練なのだが、ここまで質問などはないだろうか?」
「いいえ、ありません。……あ、でも、約束のほうは守ってくれるんですよね?」
「残念だけど、それについては私たちが知るところではないわ。父上がどう思っているかは知らないけど……フリード兄様はなにか聞いていないかしら?」
「元々、エルヴバルムで行われる試練は本来、複数のチームに分けて挑むもの。それをたったの二人で挑むのだ。それで達成できたらさすがに彼女たちのことを認め、要求を呑むのではないか?」
フリードリヒの予想ではどうやら試練をクリアした暁にはこちらが提示した交渉内容を呑む腹積もりでいるようだ。
すると、ここで紫音がみんなに分かるように手を上げ質問する。
「そういえばフィリアは分かるけどなんで俺も選ばれたんだ? やっぱり人間だからか?」
「た、確かシオンさんを指名したのはお母様でしたよね? なんでお母様、そんなことしたんだろう?」
メルティナはそのときのことを思い出しながら不思議そうに首を傾げていた。
紫音もそのことが気になっていた。ソルドレッドから試練の内容を告げられた際、当初はフィリアのみ参加を許されていたのだが、クローディアの一声により紫音も参加することとなった。
「どうも母上は、シオン殿がアルカディアの心臓だと見抜いていたようだ」
紫音の問いかけにフリードリヒが答える。
「交渉の内容はシオン殿が考えたものをそのまま言っていたのだろ」
(バ、バレてる!?)
「どうやら図星のようだな。まあこれは母上が俺に教えてくれた根拠の一つに過ぎないがあの様子では他にもあるようだな」
「そういった経緯で俺も参加することになったってことですか?」
「そのようだな。アルカディアの真の立役者の実力を見たいという母上の思惑で選ばれたのだろうな」
恐ろしい女王だ。
フリードリヒの話から紫音は真っ先にその言葉が頭の中に浮かんだ。
しかしこうなると、紫音にとっては逆に好都合。フィリア一人ではなにかと不安だったので紫音の参加は願ってもないことだった。
「ああそれと、言い忘れていたが明日は試練の立会人として私が同行する」
「フリードリヒ王子がですか? でもいいんですか? あと数日でエーデルバルムが侵攻してくるというのに?」
「それに関しては父上やクリスに任せるから気にしなくてもよい」
「お、お兄様!?」
話の途中でメルティナがなにかを懇願するような眼差しでフリードリヒを見つめていた。
「ん? どうしたティナ?」
「明日の試練に私も付いていってもいいですか?」
「…………っ!? な、なにを言っているんだティナは!?」
予想だにしていない申し出にフリードリヒはひどく困惑していた。
「あそこは竜の他に凶暴な魔物たちもいるんだぞ。そんな危険なところに行かせるわけないだろう」
「お、お願いします。……わ、私……シオンさんたちの行く末をこの目で確かめたいんです! 元々、私と出会ったらこの試練を受ける羽目になったんです。……だったら最後まで見届けるのが私の義務だと思うんです!」
声を荒げ、話疲れたのか、自分の主張を言い終えたメルティナはハアハアと息切れを起こしていた。
「そこまでティナが気に病むことじゃないと思うぞ」
「シ、シオン……さん?」
「ティナは自分のせいだと言ってるが、俺たちだって言い方は悪いが、ティナを利用してここまで来たんだ。だから無理して来なくてもいいんだぞ」
メルティナの申し出を断るような口調で言うが、それでもメルティナが食い下がることはなかった。
「む、無理なんかしていません。私がそうしたいから付いていきたいんです。ダメでしょうか? お兄様?」
「しかしだな……」
「
メルティナに助け舟を出すようにユリファが申し出る。
この申し出にフリードリヒは散々悩んだ結果、一つの答えを出す。
「しかたない……。同行を認めよう」
「あ、ありがとうございますお兄様! ユリファもありがとう」
満面の笑みを浮かべながらメルティナは二人にお礼を言っていた。
少し話が別の方向にずれてしまったためフリードリヒはコホンと咳払いをしてから話を元に戻す。
「それでは明日の朝に試練の場所に案内する。それまで準備をしっかりとすることだな。……では、失礼する」
そう言い残しながらフリードリヒは部屋から出ていく。それに続くようにクリスティーナたちも出ていき、最後にメルティナがお辞儀をしながら部屋のドアが閉じられる。
後に残った紫音たちは、メルティナたちが遠くに行ったのを見計らうと、紫音が代表してみんなに向けて言った。
「明日も早いし、もう寝ようか? リースとレインもいつまでも落ち込んでいないで少しは俺たちを信じろ」
「で、でも……」
「言い訳はしない! もう寝るぞ」
リースたちの言い分を聞く前に紫音はベッドの中に入り、眠りにつこうとしていた。
「紫音の言う通りよ。不安のあまり寝坊なんかしたら置いていくからね」
脅すような言葉に二人は慌ててベッドの中に入る。フィリアとディアナもそんな二人を見ながら明日に備えて眠ることにした。
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