第87話 王宮の間
エルヴバルムの城内へ踏み込んだ紫音たち。
メルティナを救ってくれた恩人としてこれからエルヴバルムの国王と謁見するため『王宮の間』という場所に向かうことになっていた。
途中まで一緒だった魔物使いのエリザは、城内に入る際にアイザックからなにやら指示を受け、別行動をとることになり、現在はアイザックに案内されながら歩いていた。
王宮内というリースとレインには縁のない場所のせいかその雰囲気に呑まれ、おどおどしている様子だった。
紫音もリースとレインほどではないが、ただ歩いているだけで緊張してしまい手に汗を握っていた。
ちらりと紫音が横目でフィリアたちの様子を窺ってみると、やはりこういう場所に慣れているからかフィリアはまったく様子が変わっていない。
ディアナはというと、なにか珍しいものでもあるかのようにきょろきょろと王宮内を観察していた。
「……お、お兄ちゃん」
「どうしたリース?」
服の裾を控えめに掴みながらリースが声をかけてきた。
リースは不安そうな面持ちをしながらなにか紫音に訊きたそうな顔をしていた。
「わたしたち、やっぱり歓迎されていないんでしょうか? なんだかさっきからすれ違う人にジロジロと見られているような気がするんですが……」
その視線は紫音も感じていた。
ここまで来る途中、数人ほどすれ違ってきたが、どれもこちらの様子をジロジロと窺っており、また警戒しているようにも見えた。
シーアからの報告が王宮内に伝わっているなら紫音たちのことはメルティナを救ってくれた恩人としてみてくれているはず。
しかし、そのように見られていないように感じる。
(やっぱり俺たちのことは外から来た異物とでも見られているのか? まあ人間や獣人、森妖精なんていうおかしな組み合わせに物珍しさで見ているという可能性もあるが……しかし大丈夫かな。これで後々の交渉に響かなきゃいいけど……)
胸中でそのような不安に掻きまわされながらその後もアイザックたちに付いていくと、ある場所で立ち止まった。
そこは、ここまで通ってきた部屋の扉の中で一際大きく、一番豪華な造りに
「……?」
紫音たちがその扉に圧倒されている中、すぐ近くで嗚咽を我慢するような声が紫音の耳に入ってきた。
すぐに声のする方へと視線を移すと、口で手を抑えながら涙を堪えているメルティナの姿が映る。
「ティナ? 大丈夫か?」
「は、はい……す、すみません大丈夫……?です。……あの時のことを思い出してしまって……」
「あのとき?」
「あの襲撃の日にメイドのユリファと一緒に安全な場所へ走っていたことを思い出したんです。……そして、その場所というのがこの王宮の間。私のお父様たちがこの中で避難していたんです。……でも私は……」
メルティナはそこで言い終えると続きを言うことなく、俯いてしまった。
おそらく当時を思い出しているのだろう。
紫音もメルティナの口から当時のことは聞かされていた。
メルティナの言うように王宮の間を目指して避難しようとしていた。しかしその途中、襲撃者の一味に囚われてしまい、家族と合流することはできなかったという。
「そ、そうでした……! アイザック、いまユリファはどこに? 無事なのですか?」
今の話をして思い出したのか、慌てた様子でアイザックに詰め寄る。
「ご安心ください姫さま。ユリファなら無事です。襲撃者を相手にした後、私も急いで王宮の間に向かったところ廊下で倒れている彼女を発見しましたが、命に別状はありませんでした。今は城内で仕事をしているはずですから後でお会いいたしましょう」
「よ、よかった……」
ユリファの無事を確認し、メルティナはほっと胸をなでおろす。
人見知りのメルティナがこれほど心配しているところを見ると、よほど親しい間柄だということがメルティナの顔を見ればすぐにわかる。
「それではみなさん、これより陛下たちに謁見いたしますが、よろしいでしょうか?」
アイザックは扉に手を当てながら神妙な面持ちで紫音たちに問いかけてきた。
いよいよか、と紫音は気を引き締めながらフィリアたちの方を見る。
「お前たちも準備はいいか?」
「は、はいっ! だ、だだ大丈夫です!」
「ま、任せておけ兄貴! こ、これくらいどうってこと……」
案の定、リースとレインは緊張しまくっており、しどろもどろになっていた。
この二人の様子を見ていると、ようやく国王と謁見する機会が与えられたのに紫音はなんだか幸先が不安になってきた。
「2人ともそう緊張するな。直接交渉するのは俺たちなんだからお前らはもう少し気楽に構えていていいんだぞ」
「う、うん……」
「……わかった」
緊張をほぐすため二人の頭を撫でてやると、少しは落ち着きを取り戻し、紫音の助言に頷いていた。
その後紫音は、「そうだ」となにかを思い出すと、リースの耳元でないしょ話でもするように小さな声で話しかける。
「リースは打ち合わせ通り頼むぞ。レインとは違ってお前にしかできない大事な役目があるんだから会う前から緊張している暇なんかないんだぞ」
「そ、そうでした! すっかり忘れていました」
「……おいおい大丈夫かリース」
「だ、大丈夫です。お兄ちゃんの役に立つためわたしガンバります」
紫音から与えられた大事な役割を果たすため
リースの方は大丈夫だと判断した紫音は、次にフィリアたちの方へ顔を向ける。
「フィリアとディアナも打ち合わせ通り頼むぞ。特にフィリアは国の代表者として交渉するんだから余計なことや尊大な態度を取らないようにな」
「相変わらず私にだけ厳しいわね。それくらい分かっているからいちいち言わないでよね。……それと、私だって国の代表者っていう自覚あるんだからそれくらいわきまえているわよ」
ぷくっと少しだけ頬を膨らませながらフィリアは怒っている仕草を紫音に見せつけている。
これには紫音も悪いことをしたような気がして申し訳ない気持ちになっていた。
「わ、悪かったな。そんなことわざわざ言う必要なかったな。……ち、ちなみにだけど話す内容って覚えているか?」
「当然よ。話す内容くらい紫音と何百回も練習したおかげで一言一句、全部頭の中に入っているわよ」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
紫音はもう一つの不安材料を取り除くことができたため一安心していた。
安心したところで紫音は深呼吸を一つしてからアイザックに言った。
「待たせたな。こっちはもう大丈夫だから陛下たちに会わせてくれ」
「了解した。ご武運を祈る」
紫音たちに軽い会釈をした後で王宮の間に通じる大きな扉を開けた。
「シ、シオンさん……」
「……? なんだティナ?」
「が、がんばりましょう……。わ、私も精一杯シオンさんのお力になります」
「ああ、ありがとなティナ」
メルティナに励まされ、紫音は俄然やる気が出てきた。
そうしている間に扉は完全に開かれ、アイザックが「失礼いたします」という断りの言葉を入れてから王宮の間へ入っていく。
それに続くように紫音たちも王宮の間へ足を踏み入れる。
中に入ると、そこは広々とした豪奢な部屋。
周囲には騎士甲冑を身に纏ったエルヴバルムの兵士が武器を携えながら立っている。床には真っ赤なカーペットが敷かれており、それを辿ると上へ昇る階段が見える。
そしてさらにその先に視線を移すと、二つの玉座が鎮座してある。
玉座には二人の男女が悠然と座っていた。
男の方は淡い茶色の長髪。中年男性のような少し老けたような顔つきだが筋肉質な体格に隠しきれない厳然さが体からにじみ出ている。
女の方は、思わずため息が出るほど美しいと思える美貌の持ち主だった。
メルティナと同じく金糸のような細く綺麗な長い髪。
碧眼の瞳に端正の取れた体つき。
とても子持ちの女性には見えないほど若々しい女性だ。
この二人がエルヴバルムを統治する国王陛下と女王陛下。
いざ対面してみると、同じ王族のフィリアやメルティナには感じられなかったプレッシャーが伝わってくる。
「……?」
国王たちの姿に気を取られて見失っていたが、二人の男女が国王と女王それぞれの傍らに立っている。
(だれだあの人たちは? ティナの兄姉か?)
紫音がそんな疑問をしていると、
「国王陛下ならびに女王陛下! メルティナ王女殿下と王女殿下を保護していただいたアルカディアの方たちをお連れいたしました」
アイザックは顔を伏せ、その場で片膝をつきながら国王たちに告げる。
紫音たちはアイザックに倣うように片膝をつき、顔を下に向ける。
数秒の時間が流れ、重苦しい空間が築かれている中、女王陛下の口が開かれる。
「アルカディアよりお越しの皆様、どうか顔を上げてください」
女王陛下からの許しを得たところで紫音たちは顔を上げる。
「あの日以来、行方が掴めなくなっていた娘を保護してくれただけでなく、こうして送り届けていただきあなた方には感謝しきれないほどの大恩があります。改めて私からのお礼申し上げます」
次の瞬間、王族という身分でありながら女王陛下がメルティナを救ってくれた紫音たちに頭を下げ始める。
予想外の事態に周囲にいた騎士たちが動揺しているのが見える。
「もったいなきお言葉です女王陛下。しかし我々は、メルティナ王女殿下の祖国に帰りたいという願いに対して私たちはそれを叶えたに過ぎません。当然のことをしたまでですから女王陛下ともあろう人が頭を下げる必要はありません。どうか頭をお上げください」
(これはいったい誰なのだろうか)
自分の隣にいるフィリアを横目で見ながら紫音はそう思っていた。
そこには、いつも紫音たちといるフィリアとはまったく違う王女としての一面を持つフィリアの姿がいた。
これが紫音たちに初めて見せる王女としてのフィリアの顔。いつもこうしてくれれば少しは王様としての威厳が出るのに、場違いながらもそのようなことを考えていた。
「お心遣いありがとうございます。……ですが、あなたたちに大恩があるというのは本当のことです。このお礼しなくては我が国の恥になります。……ところで、あなたがアルカディアの代表の方でしょうか?」
「はい、申し遅れました。私は亜人国家アルカディアを治めている竜人族のフィリアと申します。そして畏れ多いですが、今回私とともに同行した民の紹介をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。かまいませんよ」
女王陛下からの了承を得たところでフィリアは、紫音たちのことを紹介し始める。
(さて、どうやって交渉のことを切り出そうかな。向こうからは敵意はなさそうだし、予定通りこのまま真正面に切り出してもいいかもな)
これからの展開のことについて紫音が考えていると、くいっと服の裾が引っ張られる感覚に襲われた。
(これは……どうやらさっきの女王陛下の発言は本当のことみたいだな)
紫音は誰にも気づかれないように小さく笑った。
先ほど紫音の服の裾を引っ張ったのは後ろにいたリースの仕業。
リースには、事前に国王陛下たちの会話から嘘か本当か確かめるように頼んでいた。本当のときは服の裾を引っ張るように、これはリースがウソを見破ることができるため彼女に任せていた。
疑うようで心苦しくはあるが、エルヴバルムの真意を知るために紫音はどうしても確かめておきたかった。
先ほどの女王陛下の言葉が本当だというなら紫音の予想通りこちらに敵意を持っていないようだ。そればかりか紫音たちに感謝している。
これならうまくすれば簡単に交渉の場に持ち込むことができる、そんな考えが頭に浮かんでいたとき、ガタッという音を鳴らしながら突然国王陛下が立ち上がる。
「……?」
「……はあ」
何の脈絡もない国王陛下の行動に一同困惑している中、女王陛下だけがなぜかため息をこぼしていた。
そして立ち上がった国王陛下は、大きな足音を上げながら階段を駆け下り、メルティナのもとへ一直線に真っ赤なカーペットの上を走り抜ける。……そして、
「オオオオオオオオオオオォォォォォォッ! 愛しいティナちゃん会いたかったぞぉっ!」
大粒の涙を流しながらメルティナに熱い抱擁を交わしていた。
その姿はもはや一国の国王ではなくただの親バカの父親の姿にしか見えなかった。
予想だにしない事態に紫音たちが呆気に取られていたことは言うまでもない。
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