第86話 エルフ王のもとへ

シーアが王宮へ報告に向かっている間、残された紫音はアイザックたちに自国のことについて語っていた。


彼は、メルティナの護衛騎士や新設部隊の隊長に任命されるほどの男。

エルヴバルム内での彼の地位は高いと判断し、アルカディアに対していい印象を持ってもらおうという打算的な意味を込めて話していた。


そして、あわよくばこちらへと引き込み、メルティナとともに口添えをしてもらえれば交渉もスムーズにいくという期待も入っていた。


そうした考えがあったせいか、いつしか話題は紫音たちがここへ来た本当の目的に変わっていた。

アイザックは、紫音の話に口を挟むこともなく、真摯に話を受け止めていた。


「なるほど。お前たちはエルヴバルムとの友好的な関係を結びたい……と。しかし……まさか見返りとして出されるとはな……」


「それだけ彼らが本気だということですね……」


アイザックとエリザは、紫音から出されたものをまじまじと見ながら心底驚いていた。

それは、紫音が王との交渉の場で出す予定のもの。アルカディアと手を結ぶことでエルヴバルムにどれほどのメリットがあるのか、それを証明するための一つとして紫音が用意していたものである。


(この驚きよう、やはり貴重なものだったか)


アイザックたちの反応を見た紫音は、わざわざ持ってきたエルヴバルムにとってメリットになりえるものだと判断し、安心していた。


「確かに貴重なものだが、果たして陛下がこれらのものでアルカディアとの友好を結ぶとは思えないのだが……」


「」


「なによ、これじゃあダメっていうの? 市場にもめったに出回らないとっても貴重なものなのよ」


威張りながらアイザックを責め立てるフィリアに強く否定するように首を横に振りながら反論する。


「物の問題ではない。ただ単純にできてたったの数年の国と手を結ぶかという問題だ。いくらこちらにメリットがあると言っても実績も名声もないお前たちの国ではどう考えても我が国とは釣り合わないという話だ」


アイザックの言うことももっともだ。

無名の国と友好を結びたいと思う国などいるはずがない。


それでも紫音たちは、一度交渉の場に持ち込めさえすれば可能性があると信じていた。


「ふうん、別にいいわよ私たちの国を無名の国だと侮っても」


「そうだな。今はそういう目で見てもいい。……でもな、未来への投資とでも思えば安いもんだと思うぜ」


自信満々に言ってのける紫音の言葉にアイザックは少しばかりたじろいでいた。


「だ、だが――」


「隊長、ただいま戻りましたー」


アイザックがなにかを言いかけたところでタイミング悪くシーアが戻ってきてしまった。

言いかけた言葉をそのまま飲み込み、


「……あとは陛下たちが判断することだ。……しかし個人的には姫さまによい影響を与えてくれた君たちとは仲良くしたいと思っているよ」


紫音の味方になってくれるような言葉を言いながら話を終わらせる。


若干、言いかけた言葉が気になりつつも今は王宮に報告しに行った結果の方が大事だと思い、このことは胸の片隅に留めておくことにした。


「それでも、陛下たちはなんと?」


よほど急いで戻ってきたのか、シーアは軽い息切れを起こしながらもアイザックの質問に答える。


「結論から言いますと……姫さまをここまで連れてきてくれた恩人として王宮に招き入れたいとおっしゃっていました」


「それってつまり……国王様を俺たちと会ってくれるっていう意味でいいんだよな?」


「ええ、そうっスね。ああでも、先日の事件のこともありますからあまり国民たちに無用な刺激を与えたくないということで街には入らないでほしいとのことです」


「確かにそうだな……。先日のせいで民たちの警戒心が増す一向だ。そんなときによそ者の君たちに堂々と街を歩かれてはこちらにとっては不都合なことばかりになるな」


それに関しては紫音も同意見だった。

こちらとしてもわざわざ不安をまき散らすようなマネをするつもりはないためシーアの答えに賛成だが、一つ問題がある。


「それじゃあ俺たちはどうやって王宮に行けばいいんだ?」


「シオンさんたちには別のルートで王宮に向かってもらいます」


「別のルート?」


「王宮内へ入るためのルートの一つを今回だけ特別に通ることを許されましたのでご案内いたします」


「待て、シーア」


シーアが紫音たちを案内しようとしたところでアイザックがシーアを呼び止める。


「どうしたんスか、隊長?」


「どのルートでを通るのかだけ私に教えろ。シーアには別の役目を与える」


「はい、了解しました」


「お前には今からエーデルバルムへ偵察に向かってほしい」


「偵察っスか。でもなんでこんなときに?」


アイザックは、紫音たちから聞いた情報をそのままシーアに伝える。

その事実にシーアはひどく驚いた声を上げ、唖然としていた。


「それホントの話っスか? まさかエーデルバルムが犯人だったなんて……」


「それは紛れもない事実だそうだ。しかも最悪なことにエーデルバルムのギルドでは二度目の襲撃に備えて冒険者たちを募っているそうだ」


「そいつらの規模や今後の動向について探って来いってことっスね」


「その通りだ。報告は逐一するように。それと、危険を感じたら真っ先に撤退するように」


アイザックからの注意を受けたシーアはすぐさまエーデルバルムの偵察へと向かっていった。


「あいつ、なんの準備もなしにいきなりお前に任務を与えられたみたいだけど大丈夫なのか?」


「偵察だけならあいつの能力で大抵の場所に潜り込めるから心配はいらんよ。それよりも早く王宮に向かうとしよう。あまり陛下たちを待たせるわけにはいかない」


アイザックを先頭として紫音たちはアイザックの後ろを付いていくように歩き出す。

道を進んでいくと、やがて草木が生い茂る場所へと移り、その中を通っていく。


十分ほど歩き進めていくと、紫音たちの視界に大きな建物の姿が見え始めてきた。

上を見上げるほどの城壁に中世ヨーロッパを思わせるような城。

その裏手に紫音たちは到着した。


「少し待ってろ」


そう言うと、アイザックは城壁に手を当てる。

すると、突然城壁に魔法陣が浮かび上がったと思ったら壁が音を立てて形を変化させていく。

誰も通さない堅固な壁から人が通れるほどのすき間が生まれる。


「ほう、これは城壁に術式を組み込んだ仕掛けじゃな。なかなか興味深いのう」


城壁の仕掛けにディアナは感心するように顎に手を乗せていた。


「こちらから城内に入ります。くれぐれも粗相がないようにお願いします」


アイザックの忠告を聞き、紫音はいよいよかという気持ちになっていた。

このさきいったいどういう風に転がるかだれも分からないが、絶対に成功させなくてはならない。

紫音は、これから挑む戦場に意を決して踏み込んだ。

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