第84話 制圧完了

 リースとレインに続き、フィリアもエルフの制圧に成功したことを確認した紫音は、今度は自分の番だと自分自身を鼓舞する。


 ……しかし、


(なんとかみんなに続きたいのだが、一筋縄ではいかないようだな)


 視線の先にいるアイザックを相手に紫音は手こずっていた。

 なるべく傷付けないように少しだけ手加減していたせいもあるが、それ以前にアイザックの強さに紫音は翻弄されていた。


「ハアアアァ!」


 アイザックは踏み込んだと同時に振り上げた剣が紫音に襲い掛かる。


「くっ!」


 間一髪のところでアイザックの剣を横に跳ぶことで躱し、その隙に魔法を発動するため構える。


「でやああぁっ!」


 アイザックは攻撃の手を緩めることなく、躱した紫音を追いかけるように無理やり身体を捻りながら横薙ぎに剣を振るい、追撃する。


「――っ!? なっ!」


 咄嗟に防御魔法を発動させ、アイザックの剣に対抗するが、思いのほか力強い一撃だったため耐えきれず後方に飛ばされてしまう。

 紫音は冷静に地面で受け身を取りながら態勢を整え、アイザックから目を離さずにいた。


「危なかった……」


 一時の危機から回避することができた紫音はほっと安堵した。


(……でも、やっぱりダメだな。前の金翼の旅団とかいうパーティの剣士とやり合ったときにも感じたが、同じ剣での戦いでは圧倒的に向こうに分がありすぎる)


 紫音は自分の剣の腕のなさを痛感していた。


 この二年間ジンガに剣の稽古をつけてもらったが、それでも幼少のころから剣を叩き込まれてきた者たちには敵わない。圧倒的に紫音には実戦での経験が少ないため並みの相手なら通用するがそれ以上になると、苦戦を強いられる。


「通用しないなら別の方法を取るまでだ」


 自分にだけ聞こえるような小さな声で呟くと、剣を地面に投げ捨てる。


(ストーン・エッジ――5連・サンダーボール――5連)


 岩のつぶてと雷の球体を無詠唱で周囲に展開する。


「こ、これは……二つの異なる属性を同時に発動させただと……」


 先ほどから紫音がとる行動の一つ一つに驚愕していたアイザックだったが、これに対しても同様の反応を見せていた。


(な、なんなんだ、この人間は……。魔法を完全に自分の手足のように扱い、しかも俺の剣を防いだあの防御魔法もなんだ。あれはかなり強固なものだった。あんなものを瞬時に展開させるとは油断していた……)


 今まで人間ということで紫音に対して油断していたがここにきてようやく認識を改めることにした。


「もうお遊びはここまでだ。貴様を倒し、姫様を救い出す」


「だから俺らはお前の敵じゃないって言っているだろが」


 紫音がそう弁解しようとも今のアイザックの耳に届くことはなかった。

 しばらくの間、お互いに対峙した状態で膠着した中、紫音はこの後の出方について考えていた。


(……よし、あの手で行くか。そうなるとにも手伝ってもらう必要があるな)


 アイザックを制圧するための作戦を思いつき、その筋書きに必要なある人物に念話で指示を送る。

 念話を送り終えた紫音は、「作戦開始」と胸中でささやきながら展開していた魔法を前方に放つ。


「この程度で俺を止められると思うなよ!」


 次々と襲い掛かる魔法の数々に怯むことなく、アイザックは剣を振るった。

 その剣は的確に魔法を切り捨て、破壊していく。魔法を操り、四方からの攻撃に変えてもすぐに反応し、紫音が放った魔法を全滅させた。


(まだだ。攻撃の手を緩めるな)


 たとえアイザックにすべての魔法を切り捨てられても紫音は絶えず魔法を撃ち続ける。

 自分の魔力が消耗していくのも気にせず、アイザックに攻撃させる暇を与えなかった。


「こいつ、ヤケを起こしたのか。しかしこれでは……前へ進めぬ。……こうなったら」


 アイザックは剣に魔力を込め、横に薙ぎ払う。

 瞬間、一陣の風が巻き起こり、わずかな間だけ紫音からの猛攻に隙ができた。


 アイザックは地面を蹴り上げ、高々に跳躍した。

 そして、木を足場として上から紫音に攻撃を仕掛けようと考え、足に力を入れようとすると、


「……っ!?」


 アイザックの眼前になにかが飛んでくる。

 決して速くはないが、それは確実にアイザックに向かっていた。


「まさかこれは……」


 アイザックはこの物体の正体がなんなのか気付いた。

 これは先ほどからメルティナが矢じりに括り付けていたものと同じもの。


 そしてその矢をメルティナがアイザックの後方へと放っていたことからおそらく攻撃性のあるものだと予想する。


「ならば方向を変えるまでだ」


 例の物体は一方向にしか飛んできていない。

 それなら別の方向に移動してしまえば簡単に躱すことできる。そう考えたアイザックは左右どちらかに方向転換する。


(そうだな。その爆弾から逃れるにはそうするしかないよな)


「……ば、バカな」


 しかしアイザックが方向転換することを読んだのか、アイザックの両側に二本の矢が同時に放たれる。


 次の瞬間、アイザックは自分の目を疑う。

 アイザックの移動方向を潰した二本の矢を放ったのは今までお仕えしていたメルティナからのものだった。


 紫音からの指示でメルティナは攻撃を仕掛けたのだがアイザックはそのことなど知る由もない。状況が掴めないまま無情にも爆弾はアイザックのもとへと着々と近づいてくる。


 左右の逃げ場が潰されたアイザックは、身を低くさせ真下に向かって木を蹴り上げる。

 地面に着地したところで上空から爆発音が数回鳴り響く。


(どんな手を使ってくるかと思えばあんなものか。大方、移動経路を潰してあの物体を直撃させようといった算段だろうが残念だったな)


 紫音の策略を破いたと確信したアイザックは、胸中で笑みを浮かべる。


「さあ……こっちの――っ!」


 ――番だ。という前にアイザックの眼前に再び飛来物が襲い掛かり、今度はまともに直撃を受けてしまう。


「がっ――ゴボボッ!?」


 冷たい衝撃の後、突然呼吸を奪われる状態に陥る。

 なにが起こったのか一瞬アイザックは答えを見つけ出せずにいた息苦しい中、その答えを見つけ出すことに成功した。


(こ、これはまさかヤツの魔法なのか。しかしこれはいったいどんな魔法だ。離れようと動かしてもどこまでも水の中ではないか)


 これが紫音の仕業だということは分かったが、どんな魔法を使ってアイザックを苦しめているのか、その方法までは理解できずにいた。


 もがき苦しんでいるアイザックを見ながら紫音は集中を研ぎらせず、意識を一点に集中させていた。


(早く! 早く! 意識を失え!)


 戦闘不能状態にさせるため紫音は心から強く願った。


 アイザックを苦しめている正体は紫音が放ったアクア・ボールという水の初級魔法。ただの水の塊でしかないが、これでアイザックの顔を包み込めば一瞬にして水中の中にいる状態にさせることができる。


 しかしこれは、紫音が魔法を完全に制御下にしているからこそできる芸当。

 普通ならアクア・ボールは水の球体を相手にぶつけるもの。


 それを紫音は、魔法を操作することで形状を維持させたり自由自在に移動させたりすることで逃げ場のない水の牢獄を作り出した。


 今のアイザックは水槽を頭から被ったような状態。

 手で水を振り払ってもいくら動かしても逃れる術などなかった。


(は、離れない……。うっ! も、もうダメだ……い、いきが……)


 やがてアイザックは、抵抗する手を止め、がくっと膝を地に着いた。


(申し訳ありません……姫様……)


 そのまま地面に伏するように倒れこんだ。


「……はあ……はあ」


 アクア・ボールを解除した紫音は、息を切らしながらもアイザックのもとへとゆっくり近づく。

 そして気を失っていることを確認し、念のため紫音はバインドを発動させ、アイザックを拘束する。


 無事アイザックを捕まえることに成功した紫音は、地面に座り込み大きく息を吐いた。


「制圧作戦終了だな……」


 無事、エルフの無力化に成功し、紫音は一安心していた。


「こいつが目を覚ましたら次は説得か……」


 作戦は終了したが、まだ紫音たちのことを誤解しているためただたんに振出しに戻っただけ。

 ほっと一安心したのも束の間、これからどうしようかと今度は頭を悩ませる羽目になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る