第83話 戦況を変える一撃
フィリアに場所を察知され、追いかけられていた諜報員の少女は、なんとかフィリアを
しかしそれでも戦線から離脱することは叶わず、フィリアが諦めてくれることを願ってひっそりと身を隠していた。
(なんとかあの化け物を撒くことができたけどこれはマズいね……。あたしの力じゃ万に一つ勝ち目なんてないだろうし、いっそのことおとなしく降参しちまおうかな……)
などという考えが一瞬、頭をよぎったが慌てて頭を振りその考えを消去した。
「いやいや、さすがにそれはダメっしょ。……こうなったらあの手で逃げるとしますかね」
そう言いながら諜報員の少女は、装備していた弓と矢を取り出す。
弓矢の矢じりの部分には無色無臭の液体が付着していた。
「この痺れ薬をたっぷりと塗った矢ならあの化け物もさすがにしばらくは動けなくなるだろうからその間に逃げるとしますか」
弓矢を構え、いまだ彼女を探しているフィリアに向けて照準を合わせる。
(まさか大型の魔物を無力化させるために使用する矢を使うとはね……。まっ、これで終わりっスね)
ビュンと風を斬るような音とともに彼女の手元から矢が放たれた。
その矢は森の中を突き抜け、フィリアに襲い掛かる。
そして……、
ギイィン。
「……?」
「なっ!?」
放たれた矢がドラゴンの腕と化したフィリアの腕に当たると、まるで岩にでもぶつかったかのような音を立て、弾かれた。
「なにか当たったようね。……これは矢?」
フィリアの足元に落ちている矢を確認しながら言った。
どうやらドラゴンの固い鱗のおかげで矢が刺さらず、痺れ薬の影響を受けていない様子だった。
「へえ、しかもただの矢ではないようね。大方毒か痺れ薬でも仕込んでいるみたいね」
落ちている矢を拾い上げると、フィリアはすぐに矢じりに付着しているものの正体を見破った。
そして、矢が飛んできた方に顔を向け、ニヤリと笑う。
「そこ――ねっ!」
手に持っていて大木を軽々しく振りかざし、飛んできた矢の射線上に向けて大木をお返しする。
(ヒイイイィッ!)
慌てて諜報員の少女は、別の木へと飛び移る。
フィリアの行動を先読みしたおかげで直撃はなんとか免れた。
「チッ! 当たんなかったようね……」
手ごたえを感じず、舌打ちをする。
(あんな逃げ回っている奴相手にこれ以上時間は割けないわ。はあ、仕方ないわ……)
このままではジリ貧になると、考えたフィリアはある苦肉の策に出る。
『紫音、フィリアよ。ちょっと手を貸してほしいんだけど』
『ああ、そろそろ来ると思ったよ。ずいぶんと暴れているようだな』
紫音の皮肉交じりの言葉になにも言い返せず、ぐうの音も出なかった。
しかし今のこの状況を覆すには紫音の力が必要のため無視して念話を続ける。
『まるで見てきたようね。お得意の視覚共有で盗み見でもしていたのかしら?』
『まあ、戦闘の合間にね。悪いがこっちもまだ時間がかかりそうだからそっちには行けないぞ』
『……そう』
『でも、代わりにティナが援護するから最後はお前が決めろ』
『ええっ! あの
不安そうにしているフィリアに対して「大丈夫」と一言念話で送りつつ説明する。
『お前は見ていなかったから知らないだろうがティナの弓の腕前は一級品だ。さっきもリースとレインを援護してくれたから問題ない。それにフィリアの目にはもう敵の姿が見えているみたいだしな……』
『……っ! それなら早く教えなさい。すぐにそこに行くから』
『それだと途中で向こうに気付かれるだろ。こっちに考えがあるからそれに従ってくれ』
その後、紫音から作戦の概要を説明される。
『……それだけ? ずいぶんと簡単な内容ね』
『全部ティナ次第になるが、これが一番効果的だろ』
『まあ確かにアレを使うならあとはなんかとなるわね』
『それじゃあ頼んだぞ。もうこれ以上念話をしている余裕がないから切るからな』
フィリアの返事を聞かず、その言葉を最後に紫音との念話が途絶えてしまった。
その後、フィリアは長いため息を吐きながらつぶやく。
「一人で片をつけようと思っていたのにメルティナの力を借りることになるとはね……」
元々、自分の手で仕事をこなそうと決めていたのに誰かの力を借りる事態になってしまい、少しばかり悔しい思いをしていた。
しかし、すぐに気持ちを切り替え、紫音からの作戦開始の合図を待つ。
その頃、フィリアの動向を監視していた諜報員の少女は先ほどの光景に首を傾げていた。
「なんだったんスかね……いまのは? もしかして念話……でもだれに? すぐに気づいていれば盗聴ができたのに一生の不覚っス」
念話の相手が気になるが、それ以上に妙な悪寒に襲われていた。
「なんかイヤな予感がするっスね。こういう勘は意外と当たるもんスからもう少し遠くに逃げるとしますか」
フィリアとの距離を少しだけでも長く空けるために移動しようとすると、
ボンッ。
突然、彼女の体になにかが直撃したと思ったら次の瞬間、彼女を巻き添えにしながら小さな爆発が起こった。
「アチチッ! うげっ! しかもなんか付いた!?」
爆発自体はほんの小さなものだったため少し熱い思いをした程度だが、爆発に紛れて彼女の体に得体の知れない液体が付着したようだ。
「ハッ! こんなことしている場合じゃないっス。いまの爆発で気付かれただろうし、早く逃げないと」
爆発のせいで位置を特定されてしまったと考え、颯爽とその場から離れ、どこか別の場所へと再び身を隠そうと走る。
(でもいまのはいったいどこから? あたしの姿はだれにも見えないはず……まさか!?)
彼女の位置がなぜバレたのか、そのことが気がかりだったがすぐに犯人を特定することができた。
(侵入者と一緒にいた姫様の能力ならあたしの居場所も分かるはず。……でもなんで姫様は侵入者の片棒を担ぐマネなんか――うっ! な、なんスか……この匂いは)
走り回っている途中、突然強烈な匂いが彼女の鼻腔を刺激する。
その匂いは臭く、鼻をつまみたくなるほどの刺激臭を放っていた。
「うえええぇ! くっさ! い、いったい……どこから――って……まさか?」
吐き気がするほどの匂いを我慢しつつ匂いの出元を確認したところそれは先ほどの爆発とともに彼女に付着した液体からだった。
「そ、そんな! さっきまでニオイなんてしなかったのに……イ、イヤ、それよりもこれはマズい。早くどうにかしないと敵に――」
「見つけたッ!」
事態の急変に身の危険を再び感じた彼女はこの状況を回復させる打開策を考えていた。
しかし、彼女から漂う匂いを辿り、フィリアが全速力で走っている光景が彼女の目に映っていた。
気付くのが遅れ、フィリアとの距離はあっという間に近づき、
「捕まえたッ!」
竜化していない手でフィリアに捕獲され、そのまま地面に押し付けられる。
地面に衝突した痛みで意識が一瞬遠のいてしまい、気配遮断の能力の効果が途切れてしまった。
「ハア……ハア……ずいぶんと手こずらさせてくれたわね。やっとあなたの顔が拝めたわ」
散々逃げられっぱなしだったせいか、今のフィリアの怒りは最高潮に達していた。息を荒くさせ、目は若干血走ってもいた。
「ヒイイイィッ!」
こんな状況になってしまえば、さすがの彼女もこの戦況を好転させるような手立てを持ち合わせていなかった。
(それにしてもこんな簡単な方法でこいつを見つけることができるとはね……。あの娘の弓の腕も大したものね)
先ほどの紫音がフィリアに説明した作戦の概要は本当に些細なもの。
潜伏している諜報員の少女にメルティナが爆弾を付けた矢を彼女に直撃させることが大前提。しかもこの爆弾はこれまでのパムルの実が入っているものではなく、魔境の森で採取したシューレミングの実と呼ばれるとてつもない匂いを発する実を一緒の入れ物に収めたもの。
シューレミングの実は内部が空気に触れることで匂いを発するためすぐに匂うことはない。しかもなかなか落ちないため追跡用に事前に用意していたものが今回役立ってくれた。
直撃した後はフィリアがその匂いを辿れば作戦完了なのだが、これはメルティナの百発百中の技術があるからこそ今回の作戦を成功させることができた。
なんにしてもこれでうっとうしい鬼ごっこも終わり。
無力化させ、紫音のもとへ彼女を連れていけばいいのだが、それではフィリアの腹の虫がおさまらなかった。
「さて、このまま紫音のところに行く前に一発殴っていいかしら?」
「えっ!? イヤ、それは……」
「いいわよね……。私のこと散々コケにしてくれたんだから」
「ぎゃああああああっ!?」
「あっ!」
それほど強く諜報員の少女を掴んでいなかったせいで簡単にフィリアの手元から離れてしまう。
慌てて再びフィリアが彼女を捕まえようとすると、
「こ、降参です! もう抵抗も反抗もしないので勘弁してください!」
その前に彼女が両手を首の後ろで交差させ、深々と地に頭を伏していた。
一連の動作があまりにも鮮やかすぎて思わず振りかざそうとしていた手の動きも止まってしまった。
しかもこれではまだ足りないと思ったのか、着ていた外套を脱ぎ捨て、体のあちこちに仕込んでいた武器や魔道具の数々を地面に投げ捨てていた。
「身に着けているものはこれで全部です! どうか命だけは!」
「…………はあ」
長いため息の後、フィリアは頭を抱えた。
ここで彼女を殴ってしまえば逆にこちらが悪者になってしまう。これからのことを考えると、ここで終わりにした方が賢明だと判断する。
「もういいわ……。じゃあ一緒に来てもらおうかしら」
いつの間にか腹の虫もどこかへと消え去り、少し冷静になったフィリアは彼女を紫音のもとへ連行することにする。
「はい! ただいま!」
開き直ったのか、元気のいい声でフィリアの後ろについていく。
「……あ、悪いけど少し離れて付いてきてくれないかしら。……ちょっとニオイが……」
「は、はい……」
匂いのことを指摘され、彼女は少しだけ落ち込んだ声で返事をした。
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