第78話 行く手を阻む結界

 エーデルバルムを出国した紫音とフィリアは、メルティナたちが待機している場所まで大急ぎで向かっていた。


「おっ、みんな兄貴にフィリア様が帰ってきたぞ。兄貴どうでした? なにか収穫はありましたか?」


 紫音たちが戻ってきたことにいち早く気付いたレインは、他のみんなに呼びかけながら手を大きく振っていた。

 本来なら手を振り返したいところだった紫音だったが今はそれどころではなかった。


「ハア……ハア……みんなマズいことになった」


「あ、兄貴!? どうしたんすか。そんなに息を切らして」


「まずいことっていったいなにがあったのじゃ?」


 紫音の言葉に一同顔を曇らせながら紫音の言葉を待っていた。

 そんなみんなを見た紫音は息を整え、覚悟を決めてエーデルバルムで得た情報をみんなに伝えた。

 情報屋から買い取った情報、ギルドで起こったことなど事細かく説明した。


「そ、そんな……ま、またあのような悲劇が……うっ!」


 慌てた様子でメルティナは近くにあった木に駆け寄り、


「おっ! おえぇぇぇぇっ!」


 再びエルヴバルムにてあのような悲劇が繰り返されると知ったメルティナはその時のことを思い出してしまい、たまらず吐いてしまった。


「わあぁっ!? だ、だいじょうぶですか、メルティナさん!」


「最近は吐く心配もなく安心して暮らしていたのにやっぱりさっきの話がそうとうこたえたみたいだな」


「そうね。前置きくらいしたほうがよかったんじゃないかしらね、紫音」


「いやだって、みんなに話すことで頭が一杯でそこまで気を回す余裕がなかったんだからしょうがないだろ」


「お兄ちゃん! フィリア様! 他人事みたいに言ってないで少しはメルティナさんのことを心配してあげてください!」


 メルティナを心配する素振りすら見せない紫音たちに痺れを切らしたリースが、大声を上げながら紫音たちに怒るように言った。


「は、はい!?」


 普段、リースの口から出ないような声量を耳にし、紫音は思わず委縮しながら返事をする。


「フフ、無様ね紫音」


「お前もだろ」


 軽口を叩きながら未だ吐き気を催しているメルティナの介抱をする。

 しばらくしてようやく落ち着きを取り戻したメルティナは、呼吸を整えながら紫音に確認をするように言った。


「シ、シオンさん、本当にエルヴバルムに人間たちが襲ってくるのですか?」


「確かな情報だ。現にギルドでは高額な報酬で依頼が貼りだされている」


「もう……時間もありませんね。……急ぎましょう」


 その場から立ち上がったメルティナは、おぼつかない足取りでエルヴバルムへと向かおうとしていた。


「オイ、もう少し休んだらどうだ? まだフラフラじゃねえか」


「だ、大丈夫です……。早くこのことを……お父様たちに伝えなくては……」


 ただその一心でメルティナは、自分に鞭を打つかのように一歩一歩進んでいた。

 そんな光景にこれ以上なにも言えなくなった紫音たちは、メルティナを支えながらエルヴバルムへと進路を変えた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから数時間、紫音たちがエルヴバルムに向かってからそれだけの時間が経過していた。エーデルバルムから竜化したフィリアの移動でも長時間かかるほどの距離だった。

 途中、メルティナの指示のもと、徒歩へと移動手段を変え、現在紫音たちは霧が立ち込める森の中を歩いていた。


 舗装など当然されておらず、草木が膝につくくらい伸びきっていた。その道とは言えないような険しい道を先頭にメルティナを置きながら歩く。

 幸い、魔物の類は今のところ発見していないため少しは楽なのだが、一向にゴールが見えず、少しずつ体力だけが消耗していった。

 誰も口を開くことなく、黙々と歩きながらしばらくすると、突然メルティナの足が止まる。


「どうしたティナ?」


「ハア……つ、着きました。ここから先がエルヴバルムです」


 息を切らしながらメルティナはそう告げた。

 そう言われ前方を見るが、先ほどと風景がまったく変わらず霧の森の中。ここから先がエルヴバルムと言われても紫音たちにはいまいち実感が湧かなかった。


「ここが……エルヴバルム……なのか?」


「……まあいいわ。さっさと行きましょう」


「あっ! ま、待ってください!」


 さっさとエルヴバルムへ行こうとするフィリアの行く手を阻むようにメルティナが呼び止める。


「なに? どうしたのよ」


「こ、ここから先は結界があるのでまずはそれをどうにかしないといけません」


「結界……? ああ、そういえば前に紫音がそんなこと言っていたわね」


「ティナから聞いた話だが、確か結界内だとエルヴバルムへ行こうとしてもいつのまにか森の入り口に辿り着いてしまう空間操作系の結界だっけ?」


「はい。それだけでなく、この霧も結界の影響で発生している人為的な霧です。詳しい距離までは分かりませんが結界の外に霧を発生させて侵入者の侵攻を妨げるものだと聞いています」


 メルティナの説明を聞いた紫音は改めて周囲を確認する。霧が立ち込め、視界が不明瞭となっているこの状態に加え、この森の中では確かに方向感覚が狂いそうになる。

 外からの侵入者を防ぐためには最良の手だと紫音は胸中で感心した。


「それにしてもよく結界の場所が分かったな。こんな霧の中、俺だったら全然分かんなかったぞ」


 紫音の問いかけにメルティナは少しバツが悪そうな顔をしながら答える。


「じ、実は……ずっと黙っていたのですが、前に私が言った能力は、生物の魔力を視るだけでなく、周囲のマナも視ることもできるのです。そのおかげで結界を維持しているマナの場所もすぐに分かりました」


「別に黙っていたことは気にしていないが、でもそれって大変じゃないか? マナなんてそこら中にあるわけだから日常生活に支障をきたさないのか?」


 マナというのは自然界に存在するエネルギーのようなもの。大地や木々、いたるところにマナは存在し、人間たちにとっては魔法を発動する際に周囲のマナを取り込み、発動させている貴重なエネルギーともいえる。


「意外と日常生活にはそれほど影響はないんです。自然界にあるマナはどれも弱いものばかりで凝らして見ないと気づかないほどなんです。……ですが、強いマナともなると、さすがにはっきりと視ることができて今も目の前に頂上が見えないほど大きな壁があるように見えるんです」


 ひとまずメルティナの新しく発覚した能力について理解することができた。紫音たちには見えないが、どうやらメルティナの目には空に届くほどの壁がそびえ立っているようだ。


「ティナの能力については分かった。それでさっきどうにかするって言っていたけどこの結界の影響を受けずに入る方法とかはないのか?」


「……申し訳ありません。そう言った方法があるかどうかすら私は知らないのです」


「それならここはディアナに任せましょう」


 諦めたようにフィリアはまるで丸投げするかのようにディアナに頼んだ。しかし、魔法の解呪や結界系の魔法も扱えるディアナならばこの状況を打破してくれると思い、一同ディアナに視線を向ける。


「儂も微かじゃが、前方に魔力の反応を感知しておるから結界があることは分かっておるのじゃが、結界を取り除くことは儂でもかなり難しいぞ」


 珍しく困ったような表情を浮かべ、難色を示していた。


「時間はどれだけかかりそう?」


「うーん、どうかの? これから結界の構造を調べたり、術式の解析もするとなると、どれだけ時間がかかるか見当もつかないの」


「ティナ、内部に連絡する手段はないのか?」


「すいません、その方法もあるかどうか……」


「それじゃあ結界の解除しか方法はなさそうね。ディアナとにかくやってちょうだい」


「まあ、やってみるかの」


 ディアナは気合いを入れつつ、目の前の結界の解析をし始めた。

 一方、その間やることのない面々は解除できるまでおとなしく待つことにした。ただ1人紫音だけは、目の前にあると思われる結界をじっと眺めていた。


 ――1時間後。


「これがこうなって……これはエルフの魔法か? やはりエルフの魔法も組み込まれておるのか。しかもこれはかなり古いものじゃな」


 結界に悪戦苦闘しながら解析を続けるディアナ。

 結界の構造や術式を調べるも未だ解除の糸口すら見つけられずにいた。


 他の者はというと、霧の中にいるためどこかに移動することもできず、じっとその場で待機していた。

 しかしさすがに時間が経ちすぎたせいか皆待ちくたびれている様子だった。


 そんな中、この1時間穴が開くほど結界を見続けていた紫音はポツリと呟くように声を発した。


「なあ、ティナ」


「どうしましたか、シオンさん?」


「この結界はエルフ族が作ったものなのか?」


「……はい。エルフ族の中でも高位の魔導士たちが何人も集まって作り、維持している結界だと聞いています」


「エルフ族……か。それなら……もしかして」


 ひとり言のように呟きながら紫音はゆっくりと結界があるほうに手を伸ばす。


「シ、シオンさん……?」


「確か……この辺だっけ?」


 メルティナが呼ぶ声にも無視しながら手を前に突き出す。……すると。


「…………え?」


 パリィィン。

 ガラスが割れるような音が辺りに響き渡る。そして、この辺り一帯に霧が立ち込める森の中、紫音が触れた向こう側だけは霧が発生していなかった。

 紫音は、手を上下左右に動かし、人1人が入れるほどの空間を作る。


「うまくいったようだな。さっさと行こうか」


「さすがっすね兄貴!」


「はあ、紫音……あなたね。できるなら早くやりなさいよね。まったくこんなに待たせて」


「悪かったよ。俺もいろいろと考え込んでいたらついこんな時間に……」


「結局ディアナさん……無駄骨でしたね」


「まあ、どの道あの構造じゃと解除するまで数日はかかる羽目になりそうじゃったから儂は別に気にしておらんよ」


 呆気に取られているメルティナをよそに紫音たちは次々と破壊した結界内に入っていく。


「ちょっ!? ちょっとみなさん!」


 メルティナは慌てた様子で紫音たちのもとへ走る。


「どうしたティナ? 結界は破壊しておいたから早く進もうぜ」


「い、いえ、あ、あの……ど、どどうやって……その……」


 あまりにも突然の出来事で頭がパニックになり、訳を聞きたいのにしどろもどろになってしまっていた。


「い、いったい……どうやって結界を壊したんですか!?」


「え? 普通に手を前に出して結界に触れてそれだけで破壊できたけど……」


「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!」


「……? ああ、そういえば言っていなかったけ? 俺、亜人種や魔物とかからの攻撃を無効化にできるんだよ。逆にこちらからの攻撃は向こうにとっては天敵みたいなものでね、こんな結界も簡単に破壊できるみたいなんだよ」


 ここ数ヶ月、メルティナと暮らしてきたが紫音の能力については話していなかったことに今になって気づき、思い出したように説明する。


「そ、そんな能力聞いたことありませんよ! ……ハッ! そういえばアルカディアで最初にシオンさんに会ったとき私の魔法が効いていなかったような」


 メルティナは紫音との2度目の接触した時のことを思い出していた。

 自分の身を守るために紫音に風の魔法――『ウインド・エッジ』を放ったことがあったが、その時は攻撃が通らずまったくの無傷だった。


「まあ、この能力があるおかげでこいつらとも仲良くやっていけているんだけどな」


「もういいでしょう。早く行きましょう」


 急かすように言いながらフィリアは先へと進んでいく。


「ティナ、行こうか」


「は、はい……!」


 メルティナは、紫音の新たな発見に戸惑いながらも亜人種や魔物すら凌駕する能力を保持している紫音に不思議な魅力を感じていた。

 もしかしたらこの人なら本当にエルフとの友好も結べるのではないか。

 そう思いながらメルティナは紫音たちについていく。

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