第77話 悪夢の再来

「まずいことになったわね……」


 隣にいたフィリアが紫音にだけ聞こえるような小さな声でそう呟いた。

 紫音も「ああ」と一言に口にし、フィリアの言葉に同意しながら今の状況について思案していた。


 この展開、紫音は頭の片隅ではあるが、想定していた。

 一回目のエルヴバルムの侵攻計画がうまくいき、大量のエルフの奴隷が手に入ってしまったことがすべての原因。

 大方、味を占めた国王が二回目を提案したのだろう。


 紫音の予想では、あともう少しは猶予があると踏んでいたが、数日前にすでに出回っていたとは目算を見誤ったようだ。エルヴバルムの国王に助言して十分な対策を立てる時間を稼ぐという紫音の計画も頓挫してしまった。


「どうする紫音。早いところメルティナたちのところに戻った方がいいと思うんだけど……」


「……いや、まだだ。もう少し情報が欲しいな。襲撃はいつになるのかだとか詳しいことが分からないうちはまだ戻れねえよ」


「情報ねえ。例の依頼書は人ごみのせいで見れそうにないし、どこか適当なやつを見つけて吐かせる?」


「その方が手っ取り早いな。……ひとまず一回目に参加した奴でも探して問い詰めてみるか。そいつなら今回も参加するだろうし、手間が省けるだろう」


 今の紫音にはとにかく情報が必要だった。一回目の侵攻については情報屋からある程度聞かせてもらったが、所詮は又聞きしたもの。実際に参加した冒険者からも一応話を聞きたかったため紫音は条件に合う冒険者を探していた。


(しかし、どうやって見つけたものか……)


 フィリアにああ言ったものの探す手立てなどなかった紫音がどうしたものかと悩んでいると、ギルドの扉が開く音が聞こえた。


 どうせこの依頼書の情報をどこからか嗅ぎ付けた冒険者が来たのだろうと思い、特に気にも留めず、紫音はひたすら探す手立てについて考えていた。


「あれー! ランドルフさんじゃねえか!」


 人ごみの中にいた一人の冒険者がギルドの扉の方に目を向け、大声を上げながら手を振っていた。


 紫音もその冒険者の視線の向こう側に目をやるとそこには、ガチャガチャと複数の金属音が鳴らせながらこちらに近づいてきている騎士の一行の姿が見えた。


 その人たちは、騎士甲冑を身に纏った四人の若者の騎士とその騎士らを従えるように前に出ている中年の騎士。

 鎧にエーデルバルムの国章が刻まれていることからこの騎士たちはエーデルバルムの騎士だということは一目瞭然だった。


「あのオジサンそこそこ強そうね」


「やっぱりお前もそう思うか? かなり戦闘経験が豊富そうだな。俺の見たところ騎士団長っていったところかな」


 紫音とフィリアには中年の騎士にそのような印象を抱いていた。メルティナではないが、その騎士から出ているオーラや立ち振る舞い。そういったものが中年の騎士から読み取れる。


「ランドルフさん、どうしたんすか? こんなところに」


「数日前に貼りだされた依頼書に君たちのような冒険者がどれだけ食いついたのか物見遊山で見に来たんだよ」


 ランドルフと呼ばれた中年の騎士は先ほどの冒険者と顔見知りなのか親しげに話していた。


「またまたー、ホントはどれだけ参加者が集まったのか心配で見に来たんだろ。心配すんなって、今はまだだけどもう少ししたら前回より何倍にも増えているぜきっと」


「ガハハ、心配などしておらんわ。国王様の要望で今回は募集する冒険者の定員を増やすとのお達しだ。だから依頼書が貼りだされる一ヶ月も前に各方面に情報を流しておいたから確実に前回よりも人数は集まるはずだ」


「さすがエーデルバルムが誇る騎士団長様だな。オレは今回も参加するからヨロシクな」


「頼りにしとるぞ。……それはそうと、ここ数日でどれくらい集まったか念のため聞いてみるか?」


 本心では不安であったランドルフは、確認するため早足で受付へと向かった。

 一連の会話を近くで見ていた紫音とフィリアは顔を寄せながら小声で話していた。


「どうやら俺の予想通りだったみたいだな」


「今はそんなことどうでもいいでしょう。そんなことよりあの男に話を聞いた方がよさそうね」


「そうだな。あの人なら今回の依頼について詳しく話せそうだし、なにより探す手間が省けた」


「それじゃあ行ってくるわね」


「ああ、分かった――えぇっ!?」


 自信満々に聞きに行こうとするフィリアに紫音は思わず驚きの声を上げてしまった。


「なによ、その反応?」


 せっかくのところを邪魔されたフィリアは当然、不機嫌そう顔をしていた。


「だってこういうのって俺の役目だろ。それにフィリアが行ったら絶対に問題起こすだろ。お前、怒りの沸点が低いし」


「なっ!? 紫音、私のことを問題児みたいに言わないでよね! 私が問題なんて起こすわけないでしょう」


 どこからその自信が来るのか、フィリアは胸を張りながら紫音に豪語していた。


「問題児じゃなくて本当にそう思っているんだが……。そもそもフィリアは人間に対して見下した話し方するだろ。それにちょっとでもからかわれたりしたらすぐに怒るし、そういうのを心配してんだよ」


「フン。あまり私を舐めないでよね。私はねどこかの野蛮人とは違って過去の過ちは繰り返さない女よ。それに高貴なお姫様でもあるんだからこのくらい簡単よ」


「いや、だってお前――」


「紫音はおとなしく待っていなさい。あなたの私に対する評価をすぐに改めさせてあげるわ」


 紫音の制止の声に耳を傾けず、フィリアは一直線にランドルフの元へ向かってしまった。


「しかたないか……」


 フィリアに自覚はないようだがいつも問題を起こしていたため紫音はここでも問題を起こさないか心配になっていた。しかし当のフィリアがやる気になっているのを見て、せっかくなので子を見守る親のような気持ちで静観することに決めた。


 紫音は、やれやれと肩をすくめながらフィリアのあとを追う。

 一度決めたことに対しての行動に関しては早いフィリアは、紫音が追い付く頃にはすでにランドルフを捕まえて情報を問いただしていた。


「なんだい嬢ちゃん? オレに訊きたいことっていうのは?」


「ええ。私もあの依頼に募集したいと思っているんだけど詳しい条件や情報を教えていただけないかしら?」


(おおっ! あのフィリアが人間に対して横柄な態度を取っていないだと。……本当に成長したんだな)


 しみじみとフィリアの成長を目の当たりにした紫音は、大丈夫そうなのでこのまま見守ることにした。


「ガハハハッ! 嬢ちゃん、悪いことは言わねえからやめときな。お前みたいなちっこいガキには無理だって。背伸びしたい気持ちは分かるが、お前さんは薬草採取の依頼でもやるんだな」


「……あぁん!」


 突如、フィリアの口から高貴なお姫様とは思えぬドスの効いた声が聞こえた。


「あのバカ……少しは見直したと思ったらこれだよ」


 おそらくランドルフから子ども扱いされたことが原因だったんだろう。フィリアは、見た目は少女なのだが、年齢の方は人間よりも遥かに上のため子ども扱いされるのを一番嫌っている。


 本人が気にしていることをランドルフに指摘されてしまい、こめかみをピクピクと動かし、今にも怒り出しそうな雰囲気だった。


「ん? どうしたんだい嬢ちゃん?」


「い、いいえ……なんでもありません。そ、そんなことよりこれを見てください。私こう見えてCランクの冒険者なんですよ」


 ひとまず怒りを鎮めたフィリアは、ランドルフに自分の実力を見せつけようと、ギルドの登録証をランドルフの眼前に突き出した。


「ほう。人は見かけによらないもんだな。悪かったな嬢ちゃん。今回の依頼はCランク以上の冒険者全員を対象にしているから嬢ちゃんも参加できるよ」


「そう、ありがとう。それで、他にも聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」


「おう、いいぜ。何でも聞きな」


 その後は、特に紫音が心配することなく進んでいった。今回の依頼を出すに至るまでの経緯や募集人数に決行日、前回の侵攻についての詳細な情報までフィリアがランドルフから聞き出していた。

 心配するのは最初だけでこのまま無事に終わりそうだなと、紫音はほっと一息していた。


「そう、決行日は三日後なのね。それで作戦当日の私たちの動きとかは騎士団の指示に従えばいいのかしら?」


「まあそうだな。前回もそうだったが基本的に何人かのパーティを組んでもらうことになるな。嬢ちゃんもCランクとはいえまだちっこいんだからパーティの仲間にでも守ってもらうんだぞ」


「はあ? こ、この私が……人間ごときに……」


(あ、まずい……)


 一安心したのも束の間、またもやランドルフに痛いところをつかれてしまい、ピクピクと体を震わせ、暴発しそうな怒りを抑えている。


「まあ、どれだけやれるか分からんが精々頑張るんだぞ」


 激励のつもりなのか、ランドルフはそう言いながらフィリアの肩を何度も叩いていた。見下したようにも聞こえるその言動にフィリアの気に障ったのだろう。今にもフィリアの怒りが爆発しそうになっていることが後ろ姿からでも読み取れる。


「あ、あんたね……」


「はい、頑張らせていただきます!」


「し、紫音?」


 このままではまずいと判断した紫音は慌てて2人の間に割って入って助け舟を出した。


「なんだい君は?」


「俺はこいつと一緒に組んでいる仲間のシオンって言います。俺もこいつと同じCランクなんですよ」


 紫音は、フィリアと同じように懐にしまってあった登録証をランドルフに見せつけるように前に突き出す。


「ほう、君もか」


「はい、そうなんです。それでさっきの話も聞いていまして、実は俺たち今まで2人でやってきたもんですから複数のパーティを組んで戦う経験があまりないんですよ」


「君たちはずいぶんとお互いのことを信頼しているんだな」


「ええ、そうなんです。だからもし参加する場合は、俺たちだけでやらせてもらえないかなと思いまして……」


「うーん、悪いがそれは無理な相談だ。相手は貴族を殺すようなエルフが相手だ。君たち二人だけで戦わせるわけにはいかない。こちらとしては大人数で確実に捕獲するという方針を決めているから君たちの都合に合わせるわけにはいかないんだよ」


 ランドルフは申し訳なさそうに顔をゆがめながら紫音たちに頭を下げた。


「いえ、別にいいんですよ。俺もわがまま言ってすいませんでした。……あとはこいつと相談して決めるんで、いろいろと教えてくれてありがとうございました」


「おう、また会おうな」


 ランドルフに握手をしながら紫音はお礼の言葉を述べる。そして、紫音たちはそこから逃げるように去っていく。

 ランドルフの元から離れた紫音とフィリアはそのままギルドを出て大急ぎでメルティナたちの元へと向かっていた。


「どうかしら、紫音? やればできるでしょう」


「けっこう危ない場面もあったが、フィリアにしては上出来だ」


「それにしてもあの人間、この計画の真相について知っているのかしら?」


「いや、それはないだろう」


 ランドルフはおそらくエルヴバルムを狙うわけを知らないでいると紫音は踏んでいた。それは彼の人柄や言葉の中から簡単に読み取れる。


「ああいう奴は嘘がつけない、もしくはつけたとしても隠せないタイプだ。それにエルフ族が貴族を殺したって言ったときのあいつの顔、嘘をついているようには見えなかった」


「リースでもないくせにそんなことどうしてわかるのよ」


「嘘をつくとき大抵の奴は目線が動くはずなんだよ。それなのにあいつ、まっすぐ向いてやがった。少なくとも騎士団の連中には真相は伝わっていないんだろう」


 紫音が掲げる根拠はそれだけだったため本当のところは分かっていないのだが紫音は少なくともそう思っていた。


「それよりも早く急ごう。もう時間がない」


 エルヴバルムへの侵攻が始まるまであと三日。

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