第75話 エーデルバルムの情報屋
「それじゃあ行ってくる」
先日の紫音からの調査報告から二日目の朝。紫音の予想通り、エーデルバルムへと辿り着き、人気のない場所に降り立つ。
そして、最低限の荷物だけを背負い紫音とフィリアは、エーデルバルムへ出発しようとしていた。
「兄貴、留守番なんてひどいですよ。オレも行きます!」
「そうですよ。わたしも行きます!」
と、付いてくる気満々のリースとレインだったが、紫音は首を振りながら二人の要望に対して断りを入れる仕草を見せる。
「悪いがお前たちは連れていけない。エーデルバルムでは奴隷商売もやっているって言っただろ。首輪がないお前たちが行ったら攫われる危険性があるからな……」
奴隷業が行われているエーデルバルムにレインたちも連れていけば向こうにとっては格好の獲物となる。いくらレインたちが強くても可能性がある限り紫音は連れていく気にはなれなかった。
「そうね。その点、紫音は人間だし、私にいたっては竜化さえしなければ人間の少女にしか見えないから溶け込みやすいのよ。そもそも、あなたたち身分証明書持っていないでしょう」
「うっ……」
「入国する際は必ず見せる必要があるのよ。私たちはギルドの登録証を見せさえすれば問題ないはずだけどそれすらないあなたたちにはまず入国すら無理な話ね」
正論を言ってのけるフィリアの言葉を聞き、リースとレインはガクッと肩を落としていた。
「そういうことだからお前らは大人しくここで待っていてくれ。今日中には戻ってくるから留守番頼むぞ」
「……はーい」
「わかりました……」
明らかに落ち込んでいる様子だったが紫音にはどうすることもできないためひとまずほっとくことにした。
「ディアナ、後のことは頼んだ。なにかあったら念話をくれ」
「うむ、了解じゃ」
「ティナも……行ってくる」
メルティナにも言葉をかけるが、先日のことがまだ頭に残っているのか、浮かない顔をしている。
「はい……いってらっしゃい」
メルティナの様子が気になる紫音だったが、目的を果たすため後ろ髪を引かれる思いをしながらエーデルバルムへと出発した。
それから徒歩で二十分ほどしたころようやくエーデルバルムの入り口に辿り着いた。エーデルバルムには国を囲むように高い城壁がそびえたっており、東西南北にそれぞれ四つの入り口となる門が建てられている。
門の入り口付近には、衛兵が建っていて入国者の検問を行っていた。紫音とフィリアは検問で待っている列に並んだ
1時間くらいだろうか、それほど長い時間が経過した頃にようやく紫音たちの順番が回ってきた。
「お待たせしました。身分を証明できるものはありますか?」
衛兵から身分の提示を求められたので紫音とフィリアは、ギルドから発行された登録証を衛兵に提示した。
「あんたたち冒険者か」
「はい。冒険者をしながら旅をしていましてね。ここには、武器の補修や消耗品を買い込むために立ち寄りました」
あらかじめ考えていたセリフをスラスラと口に出すと、衛兵は特に不審がることもなく登録証を紫音たちに返却した。
「そうか。だったらギルドにも顔を出してみな。ここだけの話、かなりいい依頼が数日前に貼り出されたみたいだぜ」
「わざわざありがとうございます」
ここに来た本来の目的とは関係はないが、気になる情報だったため頭の端っこに残すことにした。
そして、検問を切り抜けた紫音とフィリアは難なくエーデルバルムへと入国することができた。
「ずいぶんと長い列だったわね。待ち疲れたわよ」
「商人も出入りしていたせいだろ。あんないちいち荷物まで調べていたら無駄に時間も食うからな」
「それで紫音。確かここには情報を集めに来たんでしょう? アテはあるのかしら? それとも冒険者ギルドにでも行って聞いてみる。」
「ギルドには、後で行くよ。その前にモリッツさんからここを拠点にしている情報屋の紹介状をもらったからまずはそこから問い詰めてみるよ」
そう言いながら紫音は、カバンから一枚の封筒を取り出し、フィリアに見せる。
エルヴバルムへ出発する前、密かに紫音はモリッツのところに訪問していた。いつも紫音が情報を買っていた情報屋はモリッツのところで雇われていた者でその情報屋もモリッツの紹介で交流していた。
しかし、エーデルバルムに関しての情報が紫音にとっては、まだまだ不十分であったためより詳しい情報を手に入れるためモリッツに訊いてみたところエーデルバルムを拠点としている情報屋に知り合いがいるということで一筆紹介状を書いてもらった。
「その情報屋っていうのはどこにいるのかしら? そもそも急に尋ねてちゃんと会えるのよね? 無駄足なんて私はイヤよ」
「まあ、たぶん大丈夫だろう。ここに到着する大まかな予定日は向こうに伝わっているだろうし、待っていてくれているはずだよ」
紫音のその言葉にフィリアはやれやれといった表情で肩をすくめる。
「結局会えるかどうかは運みたいなものじゃない。もういいわ、早く行きましょう。……それで、どこに向かえばいいのかしら?」
「その情報屋、モリッツさんと同業の人がやっている商会のところ根城にしているみたいだからそこにいるってよ」
「あの人と同業……ねえ」
フィリアは嫌な予感をしながらも紫音の後へとついていった。
そしてしばらくしてから、フィリアの予感は的中のものとなる。情報屋のところに行くため紫音とフィリアは国の中心部を離れ、人気の少ない場所へと足を踏み入れていた。
スラムのような場所に入り、街並みが古びており、微かな異臭が漂う。
「またこういう場所、通るの?」
服に汚れが付かないように歩きながらフィリアは文句を言っていた。
「正直俺もそう思ったよ。こういう商売をしている奴らはみんなこんなところに店出しているのかよ」
ため息交じりに紫音も文句を言いつつ歩く速度を速める。
「この場所……だな」
紫音は、モリッツから貰った地図に目をやりながら目的の商館に着くことができた。モリッツのところの商館と比べ、やや外観が大きく、そこまで古びた建物のように見えなかった。
商館に入った紫音とフィリアは、受付らしき場所へと向かう。
受付のカウンターには、一人の狐耳の獣人の男が本を読みながら座っていた。
「あの……すみません」
男は紫音たちの存在に気付くと、読んでいた手を途中で止める。本に栞を挟みながら紫音たちの方へ顔を上げた。
「何かご用ですか?」
「俺たちモリッツさんの紹介でここにいる情報屋に会いに来たんだ。悪いけど呼んできてくれるかな?」
受付の男にモリッツからの紹介状が入った封筒を手渡す。男は封を切り、中身の紹介状に目を通していた。
一通り読み終えると、男はため息を一つしながら再び紫音たちに視線を移した。
「ようやく来ましたか」
「……? それって」
「ええ。申し遅れましたが、私がその情報屋のクルトです」
丁寧な言葉遣いでクルトは紫音たちにお辞儀をしながら自己紹介をしていた。
「お前が例の情報とはね……」
「獣人の情報屋ではお気に召しませんでしたか?」
「いいや。単純に受付にいるとは思わなかっただけけど……」
「そうですか。こちらの早とちりでしたね。受付にいたのは、ここにいればあなたたちに会えると思っていたのでご主人様に無理言ってここで待たせていただきました」
「なんだそうだったのか? だとしたら悪かったな。もっと早く来れなくて」
「別にいいですよ。モリッツ様にはいつもお世話になっているので。……それよりも場所を変えましょうか」
「受付、留守にしてもいいのか?」
「ええ。こんな朝早くから訪問する人なんてめったにいませんから」
そう言って受付のカウンターから出たクルトは、紫音たちを先導するように前に進みながら商館の中を移動した。
2階への階段を上り、一番奥の部屋に入ると、応接間のような部屋へと紫音たちは入っていった。部屋の中には向かい合うようにソファーが並んでおり、その間にはテーブルが置かれていた。
「どうぞお座りください」
クルトに言われるがままに奥の方のソファーに座り、クルトはドアに近い場所にあるソファーに座り、互いに向かい合うような形で座っていた。
「それにしても……狐妖族の情報屋ねえ。そんな目立つ耳をして人間社会に溶け込めるのかしら?」
「それは情報屋としての技術を疑っているのでしょうか?」
一瞬、紫音たちを睨み付ける行動をとるクルトだったが、冷静になったのか一呼吸入れながら紫音たちに告げた。
「まあ、お嬢さんの言い分はもっともでしたね。でもご安心ください。狐妖族は幻術系の魔法に長けた種族でもあります。このように……」
言いながらクルトは自分自身に幻術をかける。筋肉質の大男、妖艶な美女、10歳ぐらいの男の子。顔だけでなく体つきまでも幻術で変身していた。
紫音たちのところにも狐妖族の獣人がいたが、これほど完成度の高い幻術には出会ったことがなかったため驚きを隠せずにいた。
「これさえあれば私はどこにでも潜入することができます。ですから、情報に関してもかなり有力なものが手に入るかもしれませんよ」
「なるほどね。実力に関しては理解した。さっそくだが、情報を売ってくれ。」
「ええ。でもまずは、私の存在についてと情報の出所については他言無用でお願いします。それと情報料についてですが一つの質問につき、基本的に銀貨一枚で答えてあげます。……では、質問の方どうぞ」
クルトにそう促され、紫音は事前に用意していた質問をクルトに投げかける。
「数ヶ月前にこの国のギルドでエルヴバルムへの侵攻に参加する冒険者を募集する依頼書があったそうだが、そうなった経緯を教えてくれ」
「そのことですか。その質問に関しては少々お答えすることは難しいですね」
「それはどういう意味だ?」
「簡単なことですよ。金額面でもう少し上乗せしてくれれば話しますよ」
お金を催促するような言い方だが、紫音も頼れるクルトだけであるため黙ってテーブルの上に金貨を一枚置いた。
クルトは、ニヤリと口角を上げ、テーブルに置かれた金貨を懐にしまった。そしてクルトは紫音の質問に答え始めた。
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