第74話 事件の手がかり
夕食を食べ終わり、腹が膨れたところで先ほどのフィリアの要望通り紫音たちも一緒に紅茶を飲みながら一息ついていた。
「みんな、そのままの状態でいいから聞いてくれ。フィリアのおかげでエルヴバルムまであと明日か明後日に着く予定だ。……でもその前に寄り道したいところがあるからエルヴバルムに行くのは少し待ってくれ」
「えっ!?」
突然、どこからか驚きの声が漏れ、皆一様に声の持ち主の方向へ視線を向けた。そこには、心底嫌そうな顔をしているフィリアの姿があった。
「寄り道って、私聞いていないんだけど……。イヤよ私、あなたたちは乗っているだけだからいいけど、結構疲れるのよアレ」
「安心しろ。寄り道といってもすぐ近くだ」
フィリアの懸念を払拭するかのように
そして、地図のある一点を指差しながら説明し始めた。
「ティナが教えてくれたエルヴバルムの場所はここ。それで、俺が寄り道したいところはこのエルヴバルムの近くにある国、商業国家――エーデルバルムだ」
「エーデルバルム……聞いたことないわね」
「お前はもっと他国のことについて興味を持てよな」
フィリアの関心のなさに紫音は肩を落とす。大きくため息をつくと紫音はエーデルバルムについて説明する。
「エーデルバルムは、簡単に言えば商業が盛んな国だ。自国の商品だけでなく、多くの国とも貿易を行っているからエーデルバルムでは各国の商品が輸出入されているんだよ」
「あの……エーデルバルムがどんなところか今の説明でわかりましたが、それでどうしてエーデルバルムに行く必要があるんですか?」
と、紫音の話を聞いたリースが小首をかしげながら質問する。
「まあ、そう思うのも無理はないな。俺としてはいくつか気になることがあってね……ここには情報収集のために一度行ってみたいんだよ」
「気になるところ……ですか?」
「そうだ。……だがその前にエーデルバルムとエルヴバルムの関係について話す必要があるな」
そこで言い終えると、紫音はティナの方へ視線を移す。すると、紫音と交代するようにメルティナの口が開いた。
「私も詳しくは知らないのですが、どうやらエルヴバルムとエーデルバルムは大昔から友好な関係が結ばれていたそうなのです」
「まあ、ありえなくはないわね。地図で見る限り、お隣さんみたいだから交友ぐらいあるわよね」
「はい。それに両国は、友好の証として不可侵条約が記された契約書を交わしたこともあり、その契約書も王宮に大切に保管されています」
「その契約書とやら、もしかして魔法が行使されておるものか?」
「よくご存じですね。ディアナさんの言う通りです。契約書に使用された紙には魔術師たちがかけた術式が組み込まれていて契約内容に違反すると、最悪死に陥る魔法が発動されるようになっています」
それは大昔から貴族や王族の間で使用されてきた特別な紙。そこに契約内容と名前を記し、血判を加えることで特殊な魔法が組み込まれた契約書が完成する。
そして、契約内容を反故にすると、魔法が発動し、その者に災いが降りかかると言われている。
「おそらく、エーデルバルムにも同じ契約書があるはずです。……ですが、時が流れていくうちに両国との交友はばったりと途切れてしまいました」
両国との関係性について語ったメルティナは、目を伏せながら黙りこくってしまった。
「……それで紫音、今の話のどこに気になるところがあったのよ?」
流れていた沈黙を破るようにフィリアが紫音に問いかけた。
「今のは前置きみたいなものだ。今の話を前提に俺がティナや情報屋から集めてきた情報を一度聞いてくれ」
もったいぶるようにフィリアたちに言った紫音は、カバンからさらに数枚の紙を取り出す。紫音はその紙を見ながら話を続ける。
「まずは、ティナの国が襲撃された件についてだ。ティナの話によると、その襲撃でティナを含めて何百人ものエルフ族が捕獲され、奴隷堕ちとなった。……俺としてはこの点がどうも腑に落ちない」
「どういう意味っすか兄貴?」
「ティナに聞いた話だと、エルヴバルムの周囲には結界が張られているんだよ。それもウチとは違って侵入を阻害するタイプの結界をね」
「なるほどのう。エルヴバルムを襲ってきた連中はどうやってその結界を突破したのか気になっておるのじゃな」
ディアナの言葉に紫音は首を縦に振った。
「ディアナの言う通りだ。それにエルフ族は魔法に
「となると、エルフ族が扱う魔法に精通したものなら、結界の解除も可能かもしれんのう」
「俺もそう考えている。それと今回の襲撃は大人数で行われたのは確かだな」
「それもそうね。何百人ものエルフ族が捕まったのなら、少人数では無理な話ね。……それにしても急に話題を変えるわね。いったいどうしたのよ?」
「エーデルバルムにある冒険者ギルドに、数ヶ月前に依頼が出されたんだよ。『エルヴバルムへの侵攻に参加する冒険者を募集』っていう依頼が。」
「え…………? それってどういうことですか?」
その言葉に、メルティナの顔からイヤな汗が流れ、青ざめた表情へと変わる。
「つまり、この襲撃は誰かの手によって引き起こされたものなんだ。……それでだ。ここで一度エーデルバルムの話に戻す」
紫音の再びの話題展開に今度は誰も口を挟まず、静かに紫音の言葉を待っていた。
「エーデルバルムではあらゆる商業が盛んだって言ったが、1つだけ参入していない分野があった。それは……奴隷業だ。だがここ最近、国王の代替りが行われ、王が変わった途端、エーデルバルムは奴隷業に参入するようになったんだ」
「紫音……まさか……」
「ティナの国が襲われたのは約3ヶ月前のこと。そして、エーデルバルムが奴隷業に参入するようになったのは半年前。例の依頼書が貼りだされたのは4ヶ月前。時期に少々ズレがあるが、まあそこは準備期間とかいろいろと向こうであったんだろ」
「シ、シオンさん……」
「知ってるかティナ? ティナがどういう経緯でモリッツ商会に行き着いたのか。俺が流通元を調べた結果、最初にティナたちを奴隷として商品にしたのはエルデリッツ商会。そこは国王が管理しているエーデルバルムの中でも一番大きな商会だ」
次々と知らなかった事実を聞いたメルティナは、下唇を噛み、感情が抑えきれないでいた。
「エルフ族は市場でもなかなか出回らない希少な種族だ。だから商品として売れば当然高値で売れる。……ここまで言えばわかるよな。まだ確証を得てはいないが、俺の推測だと今回の事件を引き起こしたのはエーデルバルムだと俺は思っている」
「そ、それじゃあ私たちはかつての友好国に裏切られたのですね……」
今は交友などないが、それでもかつての友好を結んだ国に裏切られたことを知り、メルティナはショックを隠しきれていない様子だった。
「……ここまで言っておいて悪いが、まだ憶測でしかない。それをはっきりするためにも一度エーデルバルムに立ち寄る必要があるんだ」
「だから、エーデルバルムに寄り道したいだなんて言っていたんですねお兄ちゃんは……」
「それにしてもずいぶんと調べたみたいね。さっき言っていた情報屋……から入手したのかしら?」
「でも兄貴、その情報屋が言っていたこと本当に信用できるんすか?」
レインは、情報の信憑性についての疑いを隠せていなかった。
「それについては大丈夫だ。これまでもその情報屋から情報を買っていたが、どれも本当のことばかりでウソの情報なんか売っていなかったよ」
レインの質問に答えた紫音は、パンと手を叩き、早々に話を切り上げた。
「俺の話はこれで終わりだ。というわけだからティナにはもう少しだけ帰るのを待っていてほしいんだがいいか?」
「はい……。私も少し考えたいことがあるので……」
紫音の言葉がだいぶ効いたのか、少し気持ちが沈んでいる様子だった。
「……そうか。ずいぶんと時間も過ぎたようだし見張り番以外の人たちはそろそろ寝ようか」
紫音の指示に従うようにフィリアたちは就寝の準備に取り掛かる。
今夜の見張り番である紫音は、座ったままの状態でじっと延々と燃え続ける焚火を眺めていた。
そんな紫音を横目にしながらメルティナはテントの中に入り、眠ろうと横になる。
しかし、先ほどの紫音の話が頭に残り、なかなか眠れない思いをしていた。毛布を頭からかけ、必死に目を瞑っていたが、それでも紫音の言葉の数々がメルティナの頭の中を駆け巡っていた。
(私……いったいどうしたらいいのでしょうか……)
初めて知った衝撃の新事実を前にメルティナは苦悩していた。
どうやらメルティナにとって今夜は眠れない夜になりそうだ。
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