第71話 メルティナの決意
日が沈み、月明かりが夜を照らす頃、メルティナは1人ベッドの中で何度も寝返りを打っていた。
時折、「うーん」という唸るような声を出しながら眠れない夜を過ごしていた。
「はあ……いったいどうしたらいいのかな……私……」
窓から覗く月明かりを眺めながらメルティナは苦悩していた。
つい先ほど紫音の口から近々、メルティナを故郷へ送り届けるという連絡をもらった。一時は喜んだメルティナだったが、しばらくしてからその喜びはどこかへ消え去り、今では悩むことで頭が埋め尽くされていた。
メルティナの悩みの種というのは、アルカディアとエルヴバルムとで国交を開き、友好関係を築いていく際に国王との謁見の機会を与えてほしいという依頼を紫音より受けたことだった。
メルティナ自身、そのようなことを簡単に決められるわけもなく、故郷に戻るまで返事は保留にしておいた。
しかしそれももうすぐ終わってしまう。
メルティナはアルカディアで過ごした日々を思い出していた。
当初は多種族が暮らす国と聞き、ウソをついているのではないかと疑っていた。エルフ族の中では、他種族同士の交流などそもそもしていなかったからだ。
大昔に行われた大戦以降、亜人種は迫害を受け、奴隷のような扱いを受けるようになった。亜人種にとって人間という存在は敵。その敵から自分たちを守るので精一杯で他種族との交流を深めている時間がなかった。
しかし、この国で暮らしていく中でメルティナはその目で真実を確かめてきた。全体の数からしてまだまだ小国程度の人数しか暮らしていないが、それでもこの国の中で多種族が暮らしていた。
商店街では様々な種族が店を構えており、そこには他の種族がそして外から来た亜人種たちも商品を購入していた。
時折、他種族同士のいざこざを見かける機会があるが、すぐに紫音たちが問題に尽力を注ぎ、解決に向かっている。そうして多種族たちが互いに手と手を取り合う国を築いている。
メルティナはその目で見てきたため紫音が言っている言葉に嘘偽りがないことくらい分かっていたが、それでも一つの問題があった。
「そんなシオンさんたちを見て私はあの人たちの力になりたい。……けど外界との交流を閉ざしたエルフ族が今さら新しくできた国と交流したいと思うかしら」
メルティナの答えとしては紫音の頼みを聞き入れてもいいと思っている。しかし、エルヴバルム自体がそれを許すわけがない。
なんの実績もない新設国家にただでさえ、外からの異物を嫌うエルフ族が紫音たちの話を聞き入れてくれるとは思えなかった。
「シオンさんはお父様と謁見さえできればあとはなんとかなるって自信満々に言っていたけど本当に大丈夫なのかしら? やっぱりこの国にしかないもので交渉する算段でいるのかな……」
メルティナがアルカディアで過ごしてきた中で見てきた今まで見たことのないものの数々。真っ先にメルティナが思いついたのは料理だった。ここで食べてきた料理はどれも見たことがないものばかりだった。
他の種族が食べている伝統的な料理も美味しかったが、なにより紫音の故郷で作られている料理が一番だった。
特に初めてアルカディアの視察に紫音たちといったときに食べたハンバーガーはメルティナの中で衝撃を受けた。
作法も何も気にせずにただ手掴みでそのままかぶりつくというナイフもフォークも必要としない料理にメルティナは初めて出会ったからだった。
「それに……シオンさんが持っている戦力も交渉の材料になりそうね」
この国にいる魔物や魔獣は通常のものより格が違いらしい。紫音の話によると、アルカディアがある魔境の森に漂うマナが他の場所と比べ、多くのマナが溢れており、その影響を受けた魔物たちが突然変異を起こした原因とのことだった。
そしてその魔物たちの多くを紫音が従えている。それだけでなく、アルカディアに暮らしている国民全員が紫音と契約を結んでいる。それも、竜人族や吸血鬼族などの誰かの下につきそうにない種族も紫音と契約していた。
しかし契約したといってもメルティナの目には主従契約を結んだとは到底思えなかった。主従というよりもどちらかというと友人や仲間のような付き合い方をしている。
本来であるならば、命令を下したり主人のために動いたりするはずなのに紫音の場合は命令などせずに基本的に自由にさせている。
紫音にとって契約した者たちは単なる従者ではなく自分と対等な存在としてみているようにメルティナの目にはそう捉えていた。
そんな人物をメルティナは悪い人だとは思えず、きっと私たちの力になってくれるのではという願望を抱いていた。
「それにこの国の開発途中の兵器があれば私たちの国も……」
紫音の口からはまだ開発途中だと言っていたが、この国には独自に開発している兵器が存在している。突然変異を起こして攻撃力が増した植物などの自然のものを利用してこの国では兵器を開発している。
以前、メルティナも爆弾と呼ばれる爆発物の威力を見せてもらったが、あれは爆発系の魔法と類似していた。
魔力なしであれほどの威力のものが大量に量産できればあのような惨劇は二度と起こらないのに、メルティナはあの時のことを思い出しながら胸中で悔いていた。
少しだけ昔みたいに引きこもりでなにもできない自分に戻ってしまいそうになり涙が出そうになるが、グッと我慢する。
「私はシオンさんたちのおかげで少しは変われるようになったのよ。……それに私は……シオンさんたちに恩返しがしたい……」
紫音の人柄やここに住む人たちのことを考え、エルヴバルムにとって悪影響を及ぼす存在ではないとこの国にしばらくの間住んでいたメルティナはそう断言する。
そうなるとメルティナの答えはもう決まっていた。いや、本当ならもうすでに自分の中では決まっていたことなのかもしれない。
「ええと、確か……シオンさんのことを考えながら相手に魔力を送るようなイメージだったかな?」
自分の中で答えが決まった途端、気が変わらないうちにメルティナはそのことをすぐに紫音に報告したかった。
メルティナは以前紫音に教えてもらった念話魔法のやり方を思い出しながら紫音に送ろうとしていた。
『し、シオンさん……聞こえますか? 今……大丈夫でしょうか? ええと、これでいいの……かな?』
『……メルティナか? どうしたんだこんな夜に?』
『し、シオンさんっ!?』
念話魔法を使ったのだから当たり前のことなのだが、いざ相手からの返事が返ってくると、思いがけず心臓がドキッとしてしまった。
『ご、ごめんなさい。確か今日は会議があると言っていたのに連絡してしまいまして……今は大丈夫なのでしょうか?』
『ああ、もう会議なら終わったから大丈夫だよ。それよりもなにかあったのか?』
『は、はい……。シ、シオンさんにお話ししたいことがあるので今から一人で私の部屋に来てもらってもいいですか?』
『…………こんな時間にか?』
『……はい。どうしても今お話しがしたいのです。……だめ……でしょうか?』
『分かった……。すぐに行くからもう少し待っていてくれ』
その言葉を最後に紫音からの念話は途絶えた。
まもなくして紫音がノックをしながらメルティナの部屋を訪れる。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
「それで、話っていったいなんだ?」
覚悟を決めたメルティナは意を決して本題に切り出す。
「話というのは以前シオンさんが言っていた依頼のことについてです」
「依頼……? ああそのことか? もうすぐ国に帰れるしな」
紫音はついに答えが決まったのだと知り、待ちわびたと同時に不安も少しあった。メルティナの答え次第でこの国の転換期を迎えることができるかどうか決まるからだ。
一抹の不安を抱えながら紫音はメルティナの答えを待っていた。
「それで……お前の答えを聞かせてくれ」
「はい。シオンさん私はあなたの依頼を――」
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