第68話 意外な才能

「シオンさん、私にも仕事をください」


「……は?」


 それは、メルティナが迷子になってから数日ほど過ぎた日に何の脈絡もなく言われた言葉だった。

 その日も紫音はメルティナの部屋に訪れ、変わったことはないか様子を見に来ていた。いつのまにかメルティナの部屋に行くという行動は紫音の日課になっていた。


 そしてしばし談笑していると、突然メルティナの口から出た言葉が仕事を斡旋してほしいというお願いだった。


「ええと、ティナ。どうしたんだ急に?」


「きゅ、急ではありません……。この前、みなさんにご迷惑をかけてしまってこのままでは私、みなさんのお荷物みたいで我慢ならないのです」


 どうやら先日のことで随分と責任を感じている様子だった。このままメルティナの要望を受け入れるのも一つの手なのだが、仮にもメルティナは他国のお姫様。

 そのような人物に労働をさせるのはどうなのかと困り果てていた。


「そ、それに……この国では『働かざる者食うべからず』というのが国の法律なのですよね。このままでは私、国の決まりを破っていることになってしまいます」


「……お、おい誰から聞いたんだそんなデタラメな決まり事。」


「……? 昨日ここに来たローゼリッテさんにそう言われましたけど?」


「あのアホ吸血鬼め……」


 おかしなことを吹き込んでくれたローゼリッテに紫音の怒りが溢れかえっていた。


(しかしなんであのバカはそんなことを…………あっ、あれが原因か)


 それと同時に紫音は、ローゼリッテがなぜそんなことを言ったのかその原因について心当たりがあった。


 昔ローゼリッテが働きもせず、ぐうたらな日々を過ごしていた時期があったときのこと。

 このままではさすがにマズいと思ったためローゼリッテに仕事をせざるを得ない状況を作り出すために言った言葉だった。


「わ、私は……ここに来てから毎日本を読んだりみなさんと話したりと部屋にこもってばかり。そんなときにローゼリッテさんに言われたのです。『毎日毎日暇を持て余していいご身分ね。アタシなんて仕事をしないと食事すら許されていないのに』って。その後に先ほどの言葉を言われました」


「あのバカは……」


 なんだか頭が痛くなってくる話だ。確かに紫音は『働かざる者食うべからず』と常日頃か思っていた。両親が働きもせず借金をして酒や賭け事に走る毒親だった。そのため自分で働かないと本当に食べ物を調達できないほどの生活を送っていたためにそう考えるようになっていた。


 しかし、これはすべての人間に当てはまるわけではない。さすがの紫音も子供や病人といった働くことが難しい人にまでそのようなことを言うほど鬼ではない。

 そのためローゼリッテが言っていたことはメルティナを脅すためにかなり脚色を入れている。


 メルティナが他国の王族だということは知っているはずなのだが、それを理由に働きもせずに過ごしていること自体に羨ましくなって言ったのだろう。


 ひとまず紫音は、ローゼリッテが言っていた言葉の意味についてや自分の考えていることを説明し誤解を解こうと試みる。


 一通り説明し終えてこれでもう大丈夫かと思いきや、なぜかティナは納得いかない様子だった。


「紫音さんの言いたいことは分かりましたがそれでも私はみなさんのお役に立ちたいのです。……だ、だから、私に仕事をください」


(い、いい子過ぎる……。ニート志望のローゼリッテにティナの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ)


 ティナにここまで言わせられたらさすがの紫音も首を縦に振るしかなかった。


「わ、分かった……。仕事をさせてもいいけど……ちなみにティナってなにができるんだ。それによって仕事を見つけるから」


「え、ええと…………あっ! ひ、人や魔物たちの魔力が視れます」


 自信満々に答えてくれたティナだったが、正直言って対応に困る。


「い、いや、それは知っているけどそういうことじゃないんだよ。確かにその能力があれば侵入者を見つけることとかに役には立つんだが、もうその役目は他に適任者がやってくれてるからな……」


 適任者というのはもちろんディアナのことだ。魔境の森周辺に結界を張り、侵入者がいればすぐに教えてくれる。そのためティアの能力は今のところ必要なかった。


 紫音が望んでいた答えは料理ができるとか裁縫が得意ということが聞きたかった。それらであれば仕事を紹介できる心当たりがあるのだが部屋にこもってばかりのティナにはやはり荷が重いみたいだ。


「そ、そうです! わ、私……弓の扱いならだれにも負けません」


「へえ、それならなんとかなりそうかもな……。というか、そんな前髪伸ばし切った状態で的なんか見えるのか?」


 弓の扱いの前に紫音にはその心配があった。

 人と目を合わせることが苦手という理由で前髪を切らず、目が隠れるほど前髪を伸ばしている。さすがにこれでは狙いを定めることすら難しい。


「な、慣れているので大丈夫です」


「まあお前が大丈夫なら口出しはしないが……。ちなみに腕前は?」


「は、はい……。百発百中でどんな離れた場所からでも狙った的に射ることができます。お父様たちからもすごいって褒められたことがあります」


「……そ、そうか」


 満面の笑みで自分の特技について話してくれているのだが、紫音はその話を半信半疑で聞いていた。

 それもそのはず。今のメルティナの話をすぐに信じることができなかったからだ。


 弓を射れば百発百中でしかも長距離からでも的を外すことはない。そんな芸当ができるはずがないと紫音は思っていた。


(どうせ家族や臣下の人たちがなにか仕組んでいるんだろうな)


 紫音は胸中でそう予想していた。

 しかし一度、ティナの本当の腕前を見る必要がある。それを見てから判断しようと考え、メルティナに提案する。


「じゃあティナ。実際に弓の腕前を見せてくれないか?」


「は、はい……。あ、でも……肝心の弓と矢がないのですが……」


「それなら当てがあるから心配するな。今から外に出るんだが……大丈夫か?」


「が、がんばります……」


 あんなことがあったせいだろうか、まだまだ外に出るのが苦手なような口振りだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 なんとかティナを外に連れ出して紫音たちはとある工房に向かっていた。

 着くまでの間、なるべく人通りの少ない道を選びながら歩く。歩いている最中もメルティナの手を握り、離さないと言わんばかりにお互いに強く握っていた。


 先日の一件があった後、メルティナにも変化が起き始めていた。

 あれからというもの紫音に対しての距離が以前より短くなり、すぐ近くにいても吐き気が起きず、手を振れるという接触行為もできるようになっていた。


 紫音もティナもなにが原因でこんなことになったのか分からないでいたが、これでもうティナとはぐれる心配もなくなるようになった。


 そうして歩いていると、人の往来が激しい商店街地区から離れたところに煙突がある一軒の店に辿り着いた。


「こ、ここは……?」


「ガンドルっていうドワーフがやっている店兼工房だよ。ここは武器や防具とか扱っているところだから弓矢もあるはずだよ」


「そ、そうなのですか。……でもどうしてこんなところに店が?」


「ああそれは、武器の製造の際に火を扱うし、煙も出るから近隣住民から苦情が出ないようにしているためだよ」


 ドワーフ族というのは武器や防具などのモノづくりという分野において全種族の中でも特に秀でている。しかし気難しい性格の人が大勢いるため人がいると作業の邪魔になるという理由もあり、こんな離れた場所に店を建てることとなった。


「ここの他にもドワーフ族が作業している工房はあるが、その中でもガンドルが作る品々はどれも一級品だからきっとティナが気に入る品もあるはずだ」


 そう言いながら紫音たちは店へと入っていった。

 最初に目にしたのは店のカウンター、そして周りには様々な武器や防具が飾られている。しかしカウンターにはだれもいなかったため工房のほうへと移動する。


 カン、カンという一定間隔で鳴り響くつちの音が工房内に響き渡る。

 その音を鳴らしている張本人は額に汗を流しながら作業の真っ最中だった。


 今目の前にいるガンドルという男は、ドワーフ族の中でも高名な鍛冶師の1人。

 いつしか国を出て外の世界で自分の店を持つというのが夢であり、そのための資金を日夜稼いでいた。そんなある日、一等地に店を構えてやるといううまい話に乗ってしまい、借金をしてまでお金を出してしまう。


 しかし実はその話は真っ赤な嘘であり、金を騙し取られ、不運にも詐欺の被害に遭ってしまった。そのせいで奴隷落ちとなり、とある工房に買われては作りたくないものを作らされ、用済みになったらまた奴隷として売られる。

 そんな地獄のような日々を送っていたときに紫音と出会い、こうして念願の自分の店と工房を持つことができたという意外にも波乱万丈な人生を送っている男だった。


 紫音は作業に精を出しているガンドルを眺めながらふと昔のことを思い出いしていた。しかし当の本人は集中しているのか紫音たちが入ってきてもまったく気づかないでいる。自分たちの存在を気付かせるために紫音は大きく息を吸って声を上げた。


「オイ、ガンドル! 客が来たぞ!」


「……アァッ!」


 紫音の大声による呼びかけでようやく紫音たちの存在に気付いたガンドルだったが、仕事の邪魔をされたため少々声色に怒気を孕んでいる。


「なんじゃい、お前さんか! 何の用じゃ。冷やかしなら付き合ってやる暇はねえぞ」


 ガンドルは作業の手を止めることもなく、そのままの状態で返事をした。


「冷やかしじゃなくて客だって言っただろう! 弓矢を探しているんだけどあるか?」


「……チッ! ついてこい!」


 会話をしている最中も続けていた作業の手を止め、口元が隠れるほど生やした長い髭を触りながらガンドルは重い腰を上げた。紫音たちについてこいと顎で指示すると、店のほうへと1人で行こうとするので紫音たちも慌ててガンドルの後を追うように歩いていく。


「あ、あの……大丈夫なんでしょうか? もしかして怒っていませんか?」


「心配ないよ。あの人、いつもあんな感じだから。」


「そ、それならいいのですが……」


 不安そうにしているメルティナをなだめながらガンドルの後を追い、店に入るとすでにガンドルが弓を見繕っていた。


「ほれ。ここにある弓と矢はこれで全部じゃ。それでこの弓は後ろに引っ付いている娘が使うのかい?」


 そう言って十種類以上の弓矢をテーブルの上に並べる。


「ああ、そうだよ。弓の扱いに慣れているっていうからその腕前を見るために必要だったんだよ」


「あ、あの……はじめまして」


 初対面の人を相手にしているためか細い声であいさつする。


「ああん! 聞こえねえぞ!」


「ヒッ、ひいぃぃ!」


 ガンドルの大声に委縮したティナは身を隠すように紫音の背中に隠れてしまう。


「こ、こいつ人見知りなんだよ。だから少し多めに見てくれ」


「なんじゃい、そうじゃったのか。そりゃあ悪かったな」


「い、いえ……私が全面的に悪いので……。で、では、見させていただきます」


 ガンドルが謝ってくれたことでメルティナの警戒も少しは解け、弓の具合を確かめるためテーブルに置かれた弓を手に取る。

 長弓や短弓、弩弓のものの中から迷わず長弓を選んだティナは弦のしなり具合や実際に矢を射る姿勢を取りながら試していく。


 それから数十分と長い時間をかけてようやくメルティナは1つの弓を選んだ。


「お待たせしました。こ、これにします……」


「ほう、こいつはここにある中でも一番の自信作なんじゃが、娘さんなかなかの目じゃな」


「あ、ありがとうございます」


「じゃあ、この弓と後は矢も売ってくれ。……と、これで十分か?」


 ジャラジャラと音を立てながらテーブルの上に代金を置く。すると、ガンドルはその代金を一枚一枚丁寧に数え始める。 


「ああ、あっておるよ。毎度あり」


 代金を受け取ると、ぶっきらぼうにそう言った。


「それじゃあさっそく腕前を見せてもらおうか?」


「は、はい。わかりました。」


「作業のジャマして悪かったな。今度はヒマなときに来るよ」


「あ、あの……ありがとうございました」


「フン。勝手にせい」


 お礼を言いながら紫音たちは店を出ていった。

 そして店を出たメルティナは次の目的地について紫音に尋ねる。


「腕前を見せるって言っていましたけど、どこに行くのですか?」


「ああ、メルティナには悪いけど森に行くつもりだあそこには魔物たちが大勢いるからな腕前を見るにはちょうどいいと思ってな。……ちなみに動く的にも当てることってできるか?」


「も、問題ありません。百発百中っていうのは動く標的のことも言っているので……」


 またもや百発百中などとウソみたいなことを言っているメルティナに今さら否定することができず、「そうか」と生返事で応える。


「とりあえず行こうか。今度は俺も一緒に行くから前みたいなことにはならないと思うけど絶対に離すなよ」


 メルティナの言っていることが本当かどうか、それも森に行けば真実が明らかになる。そう考えた紫音は、再びメルティナの手を強く握り、野生の魔物がいるエリアへと向かった。

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