第57話 国の方針

 椅子に縛り付けられたローゼリッテは、その場でジタバタしながら脱出を試みようとするが一向に解ける気配がない。


「ちょっとなによ、このロープ。アタシの力でも破ることができないなんてどれだけ頑丈なのよ」


「俺が縛ったやつだからな。亜人にとっては解くことができない強固なロープになっているはずだよ」


「くっ! ホント厄介な能力ね」


 紫音の力が直接加えられたものは亜人にとってはすべて天敵となってしまう。例えば、紫音が直接触れず、武器を通して亜人と力の押し合いになった場合、必ずと言ってもいいほど紫音の方が押し勝ってしまう。


 今回の場合でも亜人をロープなどで縛った場合にはなかなか解くことができない厄介な拘束が出来上がる。


「いったいアタシがなにをしたっていうのよ! まったく心当たりがないわ」


「それはお前が勝手に侵入者を眷属けんぞくにしたうえ、それを俺に報告しなかったからだよ」


「……あら、そんなこと。別にいいじゃない眷属にしたって。お城では何人ものかわいい侍従じじゅうがアタシの世話をしてくれたものよ」


「……お城?」


「…………あっ!? お、お、お城なんて持っていないわよ! そ、そう! 普通の吸血鬼族はみんな従者を侍らせているものなのよ! アタシにも欲しいと思ったから今回眷属にしただけよ。……報告しなかったのは悪かったわよ」


 慌てた様子で目を泳がせながら必死に取り繕っている。

 ローゼリッテの言動から読み取れるように彼女が何かを隠しているのは明白だった。まるで自分が王族か貴族といった身分の高い人だとほのめかす言い方だ。


 こういったボロを出す場面は何度もあったが、必死に隠そうとするローゼリッテの姿を見ていたので触れてはいけない話題だと瞬時に悟った。それからというもの紫音たちは自然とその話題には関わらないようにしている。


「本当にそうだな。お前が報告しなかったせいで余計な人員をお前のところに寄こしちまったじゃねえか」


「……うっ」


「それとな……。お前に眷属をつけるのが問題なんだよ。お前のことだから絶対に仕事しなくなるだろ」


「な、なんのことかしら……?」


「せめて、こっちを見ながら言え」


 とぼけ方が誰から見ても分かるくらいわざとらしい。どうやら図星のようだ。


「それに、どうせ私利私欲のために眷属にしたんだろ。眷属に自分の仕事を代わりにしてもらうだとか、血が自分の好みだから食料として確保したんだろ」


「…………っ!?」


 ビクンと体を震わせ、おまけに額から冷や汗が流れている。

 図星ばかりつかれているせいかなにも言い返せずにいた。


「な、なによ! 別にいいじゃない! 戦力が増えるんだからそんなに文句言うことないでしょう。」


「確かに……それもそうなんだけれどもな……」


 ローゼリッテの言う通り彼女の眷属となった魔法使いのリディアはAランク冒険者。これ以上ない戦力になることは分かり切っていること。

 しかしそれでも紫音にはある懸念があった。


「問題はリディアが本当に俺たちの仲間になるかどうかなんだよ。向こうにとって俺たちは仲間を殺した敵だからな。いくら眷属にしたって反乱因子を抱える気はないからな」


「それなら問題ないはずよ。ディアナ、さっき言ったことなんだけど問題なかしら?」


 事前になにか手を打っていたのか、ローゼリッテは確認するようにディアナに投げかける。


「シオンの心配はおそらく杞憂に終わるはずじゃ。ローゼリッテから忘却魔法の依頼を受けておったんじゃよ」


「忘却魔法……?」


「簡単に言えばこの魔法を使えば記憶を消すことができる。儂の力があれば一部の記憶を消すこともできるからその魔法を使ってこちらの都合の良い方に記憶を改竄すれば反乱など起こすこともないはずじゃよ」


「まあ、それならいいんだが……」


「それに、人間側の情勢に詳しいものがおった方が何かと便利じゃろ。もしかしたら儂らが知らないことも知っておる可能性があるはずじゃ」


 ディアナの言うことも一理ある。

 情報を武器と考える紫音にとっては、眷属にされた冒険者は貴重な情報源になりえる。先ほど抱えていた心配事もディアナの一言によって消えていったため反対する材料もない。


「……分かったよ。眷属のことについてはディアナたちに任せるよ」


 紫音はため息をつきながら渋々、眷属の件については受け入れることにした。

 まだ払拭できていない不安もあるが、ひとまずこの話はここで終わりにすることにする。


「それじゃあ次の議題に移るぞ。ええと、次は――」


「オイ、小僧。ちょっといいか?」


「……ジンガ?」


 紫音が報告会を進めようと口を開いたとき、横から割り込むようにジンガの声が耳に届いた。

 腕を組んでいるジンガは睨み付けるように紫音を見ている。


「これはオレが毎回思っていたことなんだが、いい機会だから言わせてもらう」


 そう前置きを言いながら続けて口を開く。


「オレたちは一体いつまでこんなことをしているつもりだ」


「こんなこと……?」


「やることと言えば、国の開拓に侵入者の撃退。オレたちの目標は他種族国家を創り、奴隷を解放することだ。それなのにはぐれ者を受け入れたり、正攻法で奴隷を買い取ったりするばかりでちっとも目標に近づいてすらいないじゃねえか!」


 ドンと拳を机に叩きつけながら日頃から溜まっていた不満を垂れ流す。

 それに対して紫音は、ため息を大きく吐きながらジンガの問いに答える。


「今は力を蓄える時期だって言っただろ。あれから二年経ったとはいえ、まだ国としては発展途上の段階だ。まだまだ解決するべき問題も多いし、そう焦る必要はないと思うんだが」


「もう二年も経ったんだぞ! 力を蓄える時期だからと我慢していたが限界だ。こちらには十分な戦力が整っているんだ。小僧もAランク冒険者に勝てるほどの実力があるならこちらから動くべきではないのか?」


 おそらく作戦も何もないのだろう。力技で他国を侵略しようと考えている様子だった。

 脳筋発言に頭を痛めながらも紫音はジンガの意見に反論する。


「悪いが、ジンガの意見には賛同できない。戦力があるといっても他国と比べたらあまりにも少なすぎる。この国の人口は小さな国程度しかないんだぞ」


 アルカディアの人口は二年の月日を経て数百人に増加した。しかしこの人口は他国と比較すると多いとはいえない。

 さらにここから戦える者は人口の半分にも満たない。はっきり言ってこれでは他国と渡り合えるほどの戦力にはならない。


「もし戦うとするならば、もっと力を手に入れてからだ。それまでは人間側にこの国の存在を知られるわけにはいかないんだ。だからこれまで侵入者は全員殺してきたんだぞ」


 紫音の見立てでは、アルカディアは大国にでも狙われたら敗北することは必至だと予想している。

 いくらフィリアたちがいるとしても多くの高ランク冒険者やアーティファクトという存在の前では勝算は薄い。


 勝つ可能性を少しでも高めるためには戦力の増強が一番なのだが、国の開拓や問題の解決などでなかなか手が回らないでいる。


「そんなことを言って事態を先延ばしにするな! 大体なんでいつもお前が仕切っているんだ! この国の王はお嬢だぞ! なにか言ってくださいよお嬢っ!」


 声を上げながら懇願するようにフィリアに助けを求めるジンガ。

 当の本人はというと、紫音に腹を立てている様子もなく、冷静に話を聞いていた。


「別にいいじゃないの。二年前に比べてまったく変わっていないってわけでもないんだし、気長に紫音の計画に乗りましょう」


「なっ!? お、お嬢……」


 まさかの返答に相当ショックを受けたのか、頭に生えた狼耳が力を失くしたように垂れていた。


「ジンガ、諦めろ。……こいつは国の政策だとか方針とかは全部俺に丸投げしているからな。お前は知らなかっただろうが、こいつは国の発展にほとんど関与していないぞ」


「……っ!? お嬢!?」


 紫音の言葉にジンガは思わずフィリアのことを二度見した。


 紫音の言う通りフィリアは戦うこと以外ほとんどといってもいいほどアルカディアに貢献していなかった。

 というのもフィリアがまったく仕事をしようとしないからであった。難しいことを考えることが苦手なのか国に関わる仕事はすべて紫音たちに丸投げしていた。

 そのためアルカディアをここまで成長させてきたのはほとんどが紫音たちのおかげである。


「お前も元王族なら俺たちばかりに仕事を押し付けないで少しは国のために頭を使えよな」


「こういうのは適材適所だと思うのよ。紫音はそういうことを考える方で私はこの力で国に貢献していくつもりよ」


 自分の苦手分野から逃げているような発言だが、それを裏付けるほどの強さを持っているため適材適所ということで片付けられてしまう。


 紫音を信用しているからこそ発している言葉でもあるから紫音も強く言い返せずにいた。


「……でも、ジンガの言うことも的を射ていると思うのよ。亜人の奴隷を正攻法で手に入れてもそれを上回るほどの奴隷が新たに加わっているわ。紫音は力を蓄える時期だというけどそれはいつまでなのかしら? なにか考えでもあるの?」


 訴えかけるように真剣な眼差しを向けてくるフィリアに紫音は一息ついてから返答する。


「どこか……大国の後ろ盾が必要だと思っている。俺たちが掲げる他種族国家や亜人の奴隷解放に賛同してくれる同盟みたいな国が必要だ」


「そうすれば紫音の計画が進むのかしら?」


「ああ。同盟国から兵士を借り入れたり、移民をつのらせたりすることができる。それに貿易関係に持ち込めば向こうの商品や素材も手に入ってこちらの生活水準も上がるはずだ」


 同盟国さえ手に入れられればアルカディアとしては様々な点から潤いを与えることができると見込んでいる。

 人口の増加や技術の向上、食料品など生活に関わる幅も広がっていく。


 そうすればアルカディアはもっとよりよい国へと変貌していく。

 しかしそうするにはいくつかの問題があった。


「それで、紫音はその同盟国とやらを手に入れるためにどうするつもりだと考えているの?」


 紫音が触れてほしくないことを容赦なく突いてくる。考えていないわけではないが、今から紫音の言うことはあまりにも無謀であった。


「俺としては、亜人国の貴族か王族関係者とコネを持つことが一番の近道だと考えているよ」


「それって……かなり可能性が低いんじゃないの?」


「まあ、フィリアの言う通りなんだけどな。今のところ手っ取り早く同盟国を手に入れる方法としてはこれしかないんだよな」


「もし見つかったとしてどうやって同盟を結ぶつもりなの?」


「それに関してはいくつか考えがある。……まあそれで本当に同盟を結んでくれるとは言い切れないけれどな」


 紫音自身、いろいろと策を練っているが、確実に同盟国を手に入れられるとは断言できないでいた。


 王族関係者と出会うために街に出たり、奴隷を解放したりしているが、一向に出会える気配もなかった。


「そもそも王族関係者が私たちの近くにいるはずないでしょう。そういう人たちは本来、城に住んでいるものなのよ……私以外はね」


「……はあ……だよな。偶然出会えるなんて、そんな都合のいい展開、起きるはずもねえよな」


 紫音は大きなため息を吐きながらテーブルを見つめていた。

 この作戦は諦めて別の作戦でも考えるか、そう紫音はこれまでの考えを改めようとしていた。


 しかし、紫音のこの発言が後に生涯、忘れることのできない出会いに繋がるとはこの時の紫音には夢にも思っていなかった。

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