第56話 戦果報告

 ここはフィリアが住処にしている木造二階建ての家屋。


 その中の一室に大人数が集まれるような部屋があり、中央には大きなテーブルがある。そのテーブルを囲むようにフィリアを含め、今回の侵入者撃退に参加した面々が集まっていた。


 これからここで報告会が始まろうとしていた。

 静寂が漂っている中、先陣を切るように口を開いたのは紫音だった。


「さて今から報告会を始める。今回は久々のAランク冒険者パーティだったが、獲得した戦利品と被害状況についてリース話してくれ」


「は、はい。分かりました」


 紫音に呼ばれたリースは席から立ち上がり、手元にある報告書を見ながら読み上げ始めた。


「ええと、まず被害状況についてですが、偵察班の報告によると第一エリアの魔物、五十体ほどが討伐されました。……でも、どれもアルカディアに生息する魔物の中では弱い部類のものばかりだったのであまり痛手にはなりません」


 そこで一呼吸を入れながら報告の続きを読み上げる。


「次に第二エリアの被害ですが、ミノタウロス二体は侵入者により深手を負い、現在治療中です。完治まで約一ヶ月はかかるそうです。ゴブリンたちに関してはどの子も軽傷だけで済んだので引き続き戦闘はできるそうです」


「そうか。みんな無事でよかったよ。……やっぱり高ランク冒険者相手にはもう少し強力な敵を用意した方がいいみたいだな」


「そうじゃな。今回の敵が少人数だったからよかったが、大人数で攻め込まれていたらこちらの戦力が失われるところじゃったぞ」


「そうだな。配置する戦力に関しては今後調整していくとして……作戦に関しては今回も成功したからとりあえずこの作戦を基本としてやっていくか……」


 紫音の言っている作戦とは実に単純なものである。

 相手の戦い方や装備品などの情報を可能な限り掴み取り、その中から敵の不利になるような相手と戦わせる。

 ただそれだけの作戦だった。


 それを実現するにはこの魔境の森は最適だった。

 アルカディアがある魔境の森の国土は大きな円の形をしている。その円の中にいくつもの円を描き、区分けすることで様々なエリアを設けている。


 魔境の森の入り口から第一エリアとしている。ここでは魔物発生防止の結界など張られておらず、野生の魔物が多く生息している。その魔物たちに侵入者をぶつけさせ、どのような戦い方をするか偵察する。


 第一エリアから奥を第二エリアとしており、ここからは新たな魔物が発生しないように結界を張っており、そこには紫音が使役している魔物が侵入者の撃退にあたっている。

 ここにいる魔物は、紫音が様々な戦術を仕込んでいるため第一エリアよりも苦戦する相手になっている。

 それによって相手の本気や奥の手などを出させることができるためより一層情報を引き出すことも可能となる。


 そこから奥の第三エリアにはフィリアやジンガといった高ランク冒険者相手とも渡り合えるような人材を配置して分断した侵入者を各個撃破していく。


 そして最後の第四エリアは住民たちの居住区域などになっている。

 このようなエリアに分けて向かってくる侵入者に応戦している。


「戦利品についてはどうだ? Aランク冒険者だから貴重なものとかあっただろう?」


 被害状況については一通り聞いたので今度は獲得した戦利品のことについてリースに尋ねる。

 この戦利品はいわばアルカディアの収入源の1つでもあるため紫音は大いに期待しながらリースの返答を待っていた。


「戦利品については討伐した魔物の魔石や素材部位が多くありました。そのほかにはポーションや身に着けていた防具や武器、巻物スクロールなどもありました。どれも上質なものばかりで高値で売れるみたいです。……あっ、そういえば鑑定能力のあるドワーフのかたからの報告でお兄ちゃんに合いそうな魔道具があったそうですよ」


「おっ、そうなのか。それなら後で見てみるか。……獲得した戦利品はまた町で売りに行くからフィリア、そのときはまた頼むぞ」


「しょうがないわね。私がいなくちゃ紫音、街まで行くことすら難しいものね」


「……それじゃあ次に移るけど今回の侵入者と戦ったみんなに訊きたいんだけどどうだった? 全員Aランク冒険者だったが、苦戦するような相手だったか?」


 紫音は集まったみんなの顔を見ながら尋ねた。

 Aランク冒険者と戦う機会など少ないため実力者相手に力の差はあったのか紫音は知りたかった。


「儂らの場合は、武器の実験に付き合ってもらったようなものじゃが、防御と治癒能力に長けておったな」


 最初に答えてくれたのはディアナだった。


 ディアナたちの場合は相手が攻撃手段を持ち合わせていないと思ったため試作品の実験相手にさせてもらった。

 そのためほとんどまともな戦いにならないと踏んでいたがどうやら違うようだ。


「傷を負っても治癒魔法をかければすぐに治ってしまうほどじゃったわ。さすがの儂でもあれほどの高速治癒はできぬ」


「ランクが高いとそれくらいのことができるってことか。……そういえば爆弾のほうはどうだった? 実戦で使えそうか?」


「火力は申し分なしじゃな。近接戦には向いていないが、量を調整すれば、中遠距離の武器として十分活躍しそうじゃぞ。詳しく書き記したものがあるから後で見てくれ」


「了解。実践で使えるようになるまでもう少し実験していくか」


「ご主人様! ピューイもがんばったよ! ほめて、ほめて」


 ディアナから実験結果が記された紙を受け取ると、横から割り込むようにピューイが前のめりに出てきた。


「ピューイも爆弾の実験に付き合ってもらったみたいだが、ディアナの見たところどうだった?」


「十分戦力になると思うぞ。狩りに関しては頭が回るようで敵を仕留めるために様々な方法でダイナマイトを当てておったぞ。ほぼ百発百中じゃったな」


「……そうか」


 テーブルから乗り出しているピューイの頭を撫でながら考え事をしていた。今回の結果でピューイの能力を知ることができたので彼女に見合った仕事を用意しようと考えていた。


 実力に関しては申し分なく、一見賢そうに見えないが、戦いのことになると頭が冴えるようだ。オマケに空も飛びまわれる。


「ピューイ」


「なあに。ご主人様?」


「お前にはこれからも引き続き侵入者撃退のための警備に就いてくれ。今回みたいに侵入者を用意するからお前の力で倒してくれ」


「わたしのことなかまとしてみとめてくれるの?」


 ピューイは小首をかしげながら確認するように訊いてくる。


「ああ、そうだよ。これからもよろしくな」


「ヤッター! ご主人様がみとめてくれた! これからピューイいっぱいがんばるね!」


「頑張ってくれよ」


 そう言いながら紫音は再びピューイの頭を撫でていた。ピューイはよほどうれしいのか目を細めながら気持ちよさそうにしていた。


(それにしても……『ご主人様』って呼び方、どうにかならないかな)


 ピューイの頭を撫でながら紫音は今まで抱えていた悩みについてどうしようかと悩んでいた。


 ピューイが紫音のことをそう呼ぶようになったのは出会ったときのある出来事が原因だった。

 群れからはぐれたピューイがアルカディアに迷い込んだとき、初めて会ったのが紫音だった。そのときのピューイには紫音が弱そうな人間だと思い、捕食するために襲い掛かったことがある。


 それに対して紫音が抵抗してあっけなくピューイの方がやられてしまった。

 ハーピー族の世界は完全実力主義。強い者に従う習性があるためこの呼び方はピューイなりの誠意のようだ。


「そうじゃった。シオン、ちょっといいかの?」


 ディアナはあることを思い出し、紫音に報告するため口を開く。


「先ほどリースの言っておったポーションについてじゃが、あれは儂らが捕らえたリリィベルという奴が製作したもののようなんじゃ」


「……? そういえばさっき出てきたな。それがどうした?」


「本来、ポーションなどという回復薬の製造方法は一般的に公開されておらんのじゃよ。儂でさえ作ることなんて到底無理な話じゃ」


 ディアナの言う通り、ポーションの作り方は一般市民や冒険者にも知られていない。

 ポーションは教会をはじめとする三つの組織で製造を行っており、そのレシピは非公開とされている。今回捕らえたプリーストのリリィベルは冒険者でありながら教会に属している信徒であったためポーションの製造方法について熟知していた。


 ここまでの話を聞けば紫音もある程度、ディアナが言わんとしていることを理解できていた。


「つまり、リリィベルだっけ……? あのプリーストからポーションの製造方法を聞き出そうとしているんだな」


「そういうことじゃよ。儂としてもポーションの製造については以前から興味があってないろいろと試しては見たものの失敗続きで困っておったんじゃよ」


 そう言うとディアナは薄ら笑いを浮かべ、まるで意欲に飢えた獣のような顔をしていた。

 元々、好奇心や知識欲が誰よりも高いせいか、まるで水を得た魚状態になっている。


「元々、強い魔法耐性や自己治癒能力が高いから実験用に捕まえたが変更じゃな。あの者から何としてでもポーションの製造方法を訊き出したいのじゃが構わぬよな。それができれば国の収入源も増えるはずじゃ」


「別にいいが、あまり痛めつけるなよ。訊き出せても口頭だけじゃ難しい部分もあるだろうし、そのとき手足がケガをしていたら大変だからな」


「心配するな。その点は心掛けておる」


 不敵な笑いを漏らしているディアナを尻目に紫音は別の話題に移ることにする。


「次にジンガの方はどうだった?」


「……」


 ディアナたちの報告はこれまでにして次に紫音は、ジンガたちの意見を訊くことにした。

 しかし、訊かれたジンガはというと、まるで聞こえていないかのようにそっぽを向いていた。


「……はあ、フィリア代わりに訊いてくれ」


 この反応を見た紫音は、またいつものかと諦めたようにフィリアにお願いした。


「ジンガ。今回の敵はどうだったかしら?」


「はい! それはもう多少は手こずりましたが、オレの前では赤子の手をひねるようなもの。敵はAランク冒険者でしたが、まったく相手になりませんでした! あまりにも力の差があったせいですね」


 フィリアから訊かれた途端、ジンガは饒舌に語り始めた。

 毎度のことながらジンガは紫音のことを敵視しているため今回のようなことは初めてではなかった。

 修行中でも私情を挟んで殺されかけたこともあったほどである。


「そう。よく頑張ったわねジンガ」


「身に余るお褒めの言葉! ありがとうございます!」


 ジンガはテーブルに額をこすりつけるほど深々と頭を下げていた。

 このお礼の仕方に若干フィリアは引いていた。


「……これで全員に訊いたし、次の議題に移るか」


「……おい。ちょっと待て」


 次に移ろうとしていた紫音を遮るように誰かが口を挟んできた。

 紫音はいったん手をテーブルの上に置き、小さくため息を吐きながらその人物に向けて視線を移す。


「なにかな。問題児のローゼリッテさん」


「問題児呼ばわりとはひどいわね。アタシは華麗に侵入者の人間を倒したというのにこのような扱いをされる覚えはないのだが」


 今回、ある問題を起こしたローゼリッテがなぜか椅子と一緒にロープで幾重にも巻き付けられ、拘束された状態で座っていた。

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